第6話 ハムタ
「勇者様、この辺りが直轄領であるヴェルミリア村です」
五日後、ようやく作業を終えた俺は、マリンと共に農地の視察に向かっていた。
馬車の窓から見える景色は荒れた麦畑ばかり。乾いた風が砂埃を巻き上げ、その向こうに粗末な門が見えた。
「それにしても荒れてるな。田んぼは無いのか?」
「それが、田んぼは設備が大変ですので、ほんの一部でしか作られてないんです。主食の麦も収穫が年々減ってきちゃって、今ではこのように……」
マリンが差し出した帳簿を見ると、年々穀物の取れ高が下がっている。
収支はかろうじて黒字のようだが、全て商人たちへの利子の支払いに充てられている。しかも足りない分は借金しているため、このままでは財政破綻してもおかしくないだろう。
「まず商人たちと交渉して契約を結び直すべきだな」
「それが一度結んだ契約を変えることは出来ないのです。麦の収穫がもう少し増えれば、何とかやりくりも出来るのですが、最近、厄介な問題も出てきて……きゃっ」
“ガタッ”
急な揺れに驚いて馬車を降りると、農道から畑まで何か巨大なものを引きずったような跡がある。土がえぐれ、麦が踏み荒らされていた。
「ひょっとして、厄介な問題ってこれか?」
「はい。魔獣が村を度々襲うんで困っているんです」
「まさか俺に退治しろなんて言うんじゃないだろうな」
「それが、昨晩ようやく捕獲されたそうなんです。見に行かれますか」
マリンに案内され村はずれの広場に行くと、大きな檻の前に人だかりができていた。
「こいつ、俺たちの畑を荒らしやがって」
「全くとんでもない奴だ」
「今までの恨みだ。早く騎士団に処分してもらえおうぜ」
「それにしてもこんな簡単な罠にかかるなんてな」
「魔獣は頭がいいと聞くが、こいつは違うのか」
口々に騒ぐ村人たちの先には、大きな金属製の檻があった。中にいるのが魔獣らしい。
白い毛で覆われた大きな背中をこちらに向け丸まっている。
「きゅーん」
ところが俺が近付くと、魔獣はこちらに向き直った。鼻をピクピクさせて弱弱しい鳴き声を上げている。
まさか、こいつは……。
「勇者様、こいつです。なるほど凶悪そうな面構えですね。さっさと処分してもらいましょう」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
「えっ? 勇者様、どうされました?」
「……やっぱりか‼」
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【ステータス一覧】
名前:ハムタ
年齢:2
職業:従者(竈の勇者)
スキル:言語理解
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「きゅ、きゅーっ」
「マリン、こいつは無実だから!」
「そんなはずはありません。この凶悪そうな顔が何よりの証拠です」
「ちょっと待て、どこが凶悪なんだよ。涙目になってるじゃないか。大体、この体でどうやったらあんな這ったような跡が付くんだよ」
「あのまんまるしたお腹で転がったら十分付けられます」
「なら聞くが、魔獣の被害はいつからだ?」
「それが半年ほど前からです」
「だろ? なら無実確定だ。何しろこいつは俺と一緒に来たばかりなんだからな」
ハム太を見ると、パールホワイトの体が汚れところどころ血がにじんでいる。
俺の目にも涙がにじんだ。
「よしよし、ハム太。もう大丈夫だぞ」
「勇者様、魔獣に近づくと危険ですよ!」
「こいつは俺の従者のハム太なんだ。一緒に日本から来たんだよ」
「そんな、信じられません。本当に異世界から召喚されたのなら固有スキルがあるはずですよ」
「道具を使えないような動物にもあるのか?」
「もちろんです。動物の場合は、身体能力に関するものになるとされています」
(固有スキルか…………)
ステータスを下にずずっと見ていくと、一番下に【固有スキル:巨大化(レベル1)】との表示を見つけた俺は、ハム太に向き直ると金網に中に手を差し入れた。
「勇者様、何をなさいます!」
「大丈夫だって」
ハム太はいつものように鼻をひくひくさせると、俺の指を甘噛みし出した。
「ハム太、やっおぱりお前なんだな。元に戻ってもいいぞ」
「きゅーん♪」
ハム太は一声鳴くと、たちまち小さくなった。そして金網を抜けて俺の元に駆け寄ってくる。
「勇者様、まさかそんなことって……」
「だから大丈夫って言っただろう」
口をあんぐり開けるマリンをよそに、ハム太は俺の肩によじ登り、顔をクシクシしている。
俺はハム太を掌にのせて顔を近づけた。
「ハム太、俺の言葉が分かるか」
こくこくと頷くハム太。
「畑を荒らしたのはお前なのか?」
すると今度はブンブンと顔を横に振った。気のせいか涙ぐんでいるようにも見える。
この後、色々質問したのだが、どうやらハム太は、魔獣に襲われた被害者らしい。
身の危険を感じて巨大化したものの魔獣には敵わず、自分から檻の中に逃げ込んだそうだ。
やがてハム太は俺の手から飛び降りると、林の方に走っていった。
本来なら骨折を心配してひやひやするところだが、異世界で巨大化スキルを得たせいか平気なようだ。
「ハム太、一体どこに行く気なんだ?」
「きゅい?」
俺の声にハム太は二本足で立ち上がってこっちを振り向いた。どうやら俺を案内したいらしい。
「ひょっとして魔獣の居場所を知ってるのかも。マリン、騎士団の人たちを呼んで来てくれ」
「はい!」
ハム太はしばらく走ると崖の前で立ち止まった。
よく見ると、前に茂っている草むらに隠れるようにして奥に大きな穴がある。
「マリン。どうやらここみたいだ」
「勇者様、それってサーペントの巣ですよ‼」
「サーペント? 何だそはれ?」
「大陸南部に生息する最凶の魔獣です」
「そんなに危ない奴なのか。ハム太よく教えてくれた。やっぱお前はえらいな。……って、え?」
振り返ると、マリンと騎士たちは、俺とハム太を置いて遠くの茂みまで避難している。
「勇者様、サーペントごとき、さっさとやっつけちゃってください」
「あほか。俺の固有スキルは炊飯器なんだぞ! ていうか、なんでお前ら避難しているんだよ」
「勇者様、後ろ!」
「うわっ!」
振り返ると、いつの間に巣から出たのか、サーペントが鎌首をもたげて大口を開けていた。
真っ赤な口に二本の牙。黄金色の瞳が冷たく輝いている。
……目が合った。
完全に俺をロックオンしているようだ。
ところが、そのとき―――。
「ハム太!」
思わず尻もちをついた俺を庇うように、ハム太がサーペントに向かって走り出した。
体をむくむくと巨大化させながら矢のように向かっていく。
ハム太の身体は、いつの間にか猪ほどの大きさになり、そのままサーペントに体当たりした。
“ズシーン”
土煙が舞い、地響きと共にサーペントは頭部を吹っ飛ばされた。
ひょっとして、ハム太は勝てるのか?
「ハム太さすがだ! ……あれ?」
思わず拳を握りしめてガッツポーズをしたのもつかの間、ハム太は力尽きたように元の大きさに戻ってしまった。
「シャーッ!」
「キュピーっ!」
「ハム太―――っ!」
俺の目の前で、ハム太はサーペントに飲み込まれてしまったのだった。




