第5話 精米無双
「これは壮観だな。古米とはいえ、保存状態も良さそうなのにどうして食べないんだ?」
「いやそ、それが……」
俺の言葉にマリンは後ろで指を絡めながらもじもじしている。
「私が悪いんじゃないんですよ。私はちゃんと精霊たちに命じたんです。なのにお供えを忘れていただけで、精霊(あの子)たちが拗ねちゃって」
「ちょっと待て、この世界には精霊なんているのか」
「勇者様、何言ってるんですか。何を隠そうこの私、マリン=ディアと言えば、王国筆頭魔導士にして、精霊使いの第一人者なのです」
腕組みをしてドヤ顔を決めるマリンの周りを金色と水色の二色の光の粒が取り巻き、ゆっくりと回転しはじめた。
「ひょっとして、これが精霊なのか?」
「はい。金色の光は火と土の精霊さんで、水色の光は水と風の精霊さんです。ですが、いくらなんでもお米を一夜のうちに一夜のうちに米を全部ひび割れさせちゃうなんて、ひどいと思いませんか」
するとこれまでマリンの身体を包むように回っていた二色の光は、急にマリンを攻撃し始めた。
「いたたたた、やめて、ほんと、ごめん、謝るから、私が悪かったから許して~!」
「これのどこが精霊使いだよ」
「えーん! お供え絶対忘れませんから~っ!」
頭を抱えてうずくまるマリンを尻目に、俺は摘まれた米袋の一つを開けてみた。
「うっ……」
中から刺すような嫌な臭い。米は一粒残らずひび割れて変色している。
さっきの古米とは根本的に違い、明らかに食べたらあかんヤツだ。とても去年収穫したばかりの米とは思えない。
「確かにこれじゃ食えないな」
「はい。試しに飼料に混ぜて家畜に与えたら、牛がお乳を出さなくなったり、馬が下痢をしたりして、散々でした」
「お前こんなのよく食わせたよな……それにしても、こんな米いつまでも置いとくなよ」
「だって、処分しようにも費用が掛かりますし、見つかったら怒られちゃうかもですし、だったらこのまま倉庫に置いておくのがいいかな……なんて。てへっ」
「いいわけあるか!」
こいつ、給食のパンを机の中に突っ込んで腐らせる小学生みたいなことしやがって。
俺はため息をつき、古米を炊飯器に投入。精米モードを起動した。
ブオオオン――。
数秒で振動が止まった。
蓋を開けると、ひび割れた古米がつやつやの白米になっている。粒は少し小さくなったが、濁りも臭いも消え、手触りや匂いもまるで新米のようだ。
「よし、うまくいったようだな」
「勇者様、この調子でどんどんいきましょう。こんなこともあろうかと、あえて処分せず大事にとっておいた甲斐がありました」
「お前なあ……」
「まあ、細かいことは置いといて、私も張り切ってお手伝いしますね」
マリンはそう言うと米袋を抱え、炊飯器にドサッと――ずっこけた。
「あわわわーっ!」
米が床に散らばるかと思った瞬間、粒がまるで吸い込まれるように炊飯器の中へ。5合炊きの小さな炊飯器に、米粒が全部収まってしまった。
「固有スキルの能力、見極めさせていただきました」
「は?」
「勇者様は気付かれませんでしたか? さっきのは、固有スキルの力をはかるためにわざとこぼしてみせたのです」
「はぁ……」
「
え? ちょっと勇者様、ため息なんかつかれてどうなされました?」
「……」
「勇者様ぁ~」
結局、俺はマリンに足を引っ張られながら、倉庫に籠って延々と精米作業をするハメになったのだった。
◆
「よーし終わった!」
あれから三日。俺は全ての精米を終えて大きく伸びをした。炊飯器は無限に処理してくれるが、重い袋を運ぶ肉体労働がキツい。
米を炊飯器まで入れる作業の繰り返しからようやく解放され、晴れ晴れとした気分にひたっていたのだが……。
「勇者様、こちらはすっかり片付きましたね」
「ああ。何だか清々するな」
「実は古すぎて食べられない麦や雑穀もありまして……」
「ちょっと待て!
「待てと言われましても……」
「いくら何でも俺一人での作業なんてキリがないぞ。明日から誰かに手伝ってもらおう」
「それはダメです! 固有スキルは異世界から召喚された人しか使えません。しかも勇者様の固有スキルはいわば我が国の最高機密なんですから」
マリンはそう言うと俺の炊飯器を両手に抱えた。
「とにかく人前でのご使用は、なるべくお控えください――あっ!」
俺が炊飯器に意識を向けると、炊飯器はマリンの手から俺の目の前にひゅんと移動した。
「わかりました。作業のペースを落としましょう。私は一向に構いませんよ」
「こっちが困るわ! 俺は早く帰りたいんだからな」
「勇者様は、ほんとわがままですね」
「どっちがわがままだよ!」
「では精米作業は一時中断して飛竜山脈のドラゴンを討伐しに行きましょう。ちゃちゃっと退治したら、一括返済も可能です」
「あほか! 炊飯器で戦える訳ないだろうが。それより国内の産業を見せてくれ。とにかく内政で財政を立て直したい」
「ふっふっふ……よくぞ言ってくださいました。我が国の主要産業は農業。そして何を隠そう私は農業政務官なのです」
「そ、そうだったな。早速明日からでも頼むよ」
「はい! 残りの小麦と雑穀が終わりましたらご案内しますね」
「おい!」
「勇者様なら我が国の食糧事情はもうお分かりのはず。ここを頑張れば、勇者様の食卓にあの固い黒パンや塩スープが並ぶこともありませんよ」
「くっ、足元を見やがって!」
こうして俺は、しぶしぶマリンの尻拭いをさせられたのだった。




