第4話 古米
翌朝、王宮の食堂は相変わらず質素だった。石のように固い黒パンと、色の薄いスープ。申し訳程度に添えられた干からびたチーズが、むしろ貧しさを強調している。
俺の固有スキルが機密扱いらしく、今日はマリンと二人だけの朝食のはずだったが……奥に控えるメイドたちが、くすくすと笑いながら生暖かい視線を投げかけてくる。どうやら、俺とマリンの「夜の噂」がもう城内に広がっているらしい。
「はい、勇者様。あーん♡」
「こら。いらんことすんな。それよりこのパン、固すぎるだろ。どうやって食うんだよ」
「そのままじゃ無理ですよ。こうやってスープに浸して柔らかくしないと」
マリンは慣れた手つきでパンをちぎり、スープに沈めて口に運ぶ。具は青菜が数枚だけで、味付けは塩のみ。まさに貧乏の極みだ。
俺はため息をつきながら質問を切り出した。
「ところでマリン。エルドリア王国の財政状態のことなんだけど」
「ほんなにょ、空っぽですよ」
「本当に何もないのか?」
「はい。借金以外は何もありません。そして勇者様を召喚したことで、王国最後の貯えも完全に底を突きました」
こいつ、全部俺のせいみたいに言いやがって。
「もっと詳しく聞かせろ」
「では、耳をお貸しください。ごにょごにょ……」
マリンの説明を聞いた俺は、思わず顔をしかめた。単年度では一応黒字らしいが、その黒字はすべて借金の利払いに消え、足りない分は毎年他国商人から新たに借金しているという。
「そんなこと繰り返してたら、いずれ確実に破綻するだろ!」
「しっ! 勇者様、声が大きいです!」
マリンが慌てて口に指を当てる。
「わかった……。じゃあ少し、この世界の情勢を教えてくれ」
「では、これをご覧ください」
マリンは自分の皿を端に寄せ、テーブルの上に薄い紙を広げた。
大陸の農業系業界紙らしい。地図の上に小麦の収穫量がびっしり書かれている。文字は見たこともないような曲線文字だったが、【言語理解】のスキルのおかげで、俺には普通に日本語として読めた。
「一番南にあるのが、今私たちがいるエルドリア王国です」
「見る限り、かなり大きな国だな」
「ええ。大陸で最も古い歴史を持つ国ですから」
マリンは指で地図をなぞりながら説明を続ける。北には飛竜山脈を挟んで中央諸国連合、東には問題児のオルレアン公国が隣接しているらしい。特に公国の国主は相当ヤバい人物のようだ。食堂にメイドの目があるため、そこまでで話は中断された。
「続きは部屋で聞くか……。ところで俺、朝はご飯と決めているんだけど、米ってないのか?」
「すみません、こんな物しか……」
すると、俺たちの会話を盗み聞きしていたメイドが恐縮しながら、古びた麻袋を持ってきた。袋を開けた瞬間、むわっとしたカビ臭が漂う。中に入っていたのは古びた米。「古古古古古米」だそうだ。粒は不揃いで色はくすみ、触っただけで粉が落ちてきそうな代物である。
「一応、試してみるか」
「勇者様ダメですよ! そんな軽々しく固有スキルを使われては! ちょっと勇者様、聞いておられます?!」
(まあ、お二人ったら)
(喧嘩するほど仲がいいのよね)
俺はメイドたちの生暖かい視線に耐え切れなくなって、仕方なく部屋でご飯を炊くことにしたのだった。
◆
俺が米を研ぐ工程をマリンは珍しそうに眺めていた。
「勇者様、せっかくお水を入れたのに、どうして捨てるんですか?」
「俺の国じゃ普通に捨てるぞ。まあ、とぎ汁にも使い道はあるけどな」
この国では米はただ鍋で煮込むだけらしく、「研ぐ」という概念自体が存在しないらしい。炊飯器のスイッチを入れると、すぐにふんわりと白米の良い香りが部屋に広がった。
一分後、電子音が鳴り、蓋を開けるとほかほかの湯気があふれ出た。
中にはつやつやと輝く白米。粒は一回り小さくなっていたが、古米の糠層がきれいに落ち、新米のような仕上がりになっている。
俺は一口食べて、思わず目を細めた。
「……うまい!」
甘みは少し控えめだったが、日本の食堂に出されても十分通用するレベルだ。
あっという間に茶碗を空にした俺の横で「じーっ」と、マリンが指をくわえてこちらを見つめている。昨日、俺の炊いたご飯を食べて味を占めたらしい。
「仕方ないな。食べていいぞ」
「わぁっ!」
差し出した茶碗に飛びついたマリンは、一口食べて即座に目を輝かせた。
「こ、これは……! 柔らかくて、甘みがあって……! 我が国の古いお米が、こんなに美味しくなるなんて……!」
はむはむと頰張る姿が、まるで子犬のようだ。
「さすが勇者様! これなら王国の財政もすぐに——」
「おい!」
しゃもじ片手に炊飯器に手を伸ばしかけたマリンの手を、俺はぴしゃりと叩いた。
まだ俺がお代わりしてないのに、なんでこいつは3杯目に行こうとしてるんだ。
「ひょっとして、城の中にまだ古い米がたくさんあるのか?」
「そ、そうでした! 勇者様、こちらへ!」
◆
「ちょっとマリン、どこに行くんだよ」
「はあ、はあ……着きました! こちらです!」
城の離れにある、かなり古びた巨大倉庫。入口には重厚な南京錠と「立入禁止」の札がかかっていたが、マリンは慣れた手つきで鍵を開けた。
「……マジかよ」
そこには、米袋がうなるように積み上げられていたのだった。




