第2章 第1話 晩餐会
大陸中央部の空白地帯。この谷間の広大な土地に穀物取引を牛耳るグリムストーン商会の本拠地がある。
重厚な石造りの執務室で、髭面の紳士ヴィクター・グリムストーンが新聞を広げていた。
その一面には、オルレアン公国の国主を糾弾する記事が躍っている。
「イリアス、オルレアンは順調のようだな」
「彼の国では、不満の矛先は全て国主に向かっているようです」
「ククク……いい気味だ。ところで、黄金米の栽培はまだ成功せんのか」
「王国では米を畑に直播きして栽培しているそうですが、相変わらず他国の土地では全く育ちません」
「ふむ。勇者の固有スキルか」
「おそらくは」
「ところでそれは?」
「勇者より伝えられし異世界の米料理です」
イリアスは軽く一礼すると、机の上にトレーをのせた。皿の上には握りたてのおむすびが盛られている。
「ほう……これが、異世界の食し方なのか」
「炊いて塩を振っただけの『塩にぎり』でございます」
「どれ、ひとついただくとするか」
「どうぞ」
「これは美味い。いくらでも食えそうだ」
「店主様、お手に米粒が……」
「うむ……。それにしても、儂としたことが夢中になってしまったわ」
ヴィクターはイリアスが差し出したハンカチをよそに、空になった皿を見つめたのだった。
◆
俺が倉庫で腰を痛めてから半月後。いよいよ晩餐会当日を迎えた。
表向きは国王在位23周年を祝う式典だが、マリンが言うには、単なる口実であることは明白らしい。
「だって、これまで王国は10周年や20周年どころか式典自体、開いたことなんてありませんでしたから」
「だったら、23周年なんてあからさますぎるぞ」
「勇者様大丈夫ですよ。皆さん承知の上ですから。それに商人たちからは、早く市場に流して欲しいという要望書が山のように来てるんです。何しろ闇ルートで流通するくらいなんですから」
「地下で流通してるなんて、マズいんじゃないか?」
「いいえ。大した量じゃないですし大丈夫ですよ。逆に目ざとい商人たちに黄金米の味を知ってもらういい宣伝にもなってるようですから」
「なら、今日も期待が持てるな。ところでハム太はどこに行ったんだ?」
「ハムちゃんなら衣装合わせ中ですよ」
「衣装?」
式典は午前中で終わり、貴族たちは国王らと共に貴賓室に移動していった。
大広間では残った商人たちが思い思いに歓談している。
「スイ様、いよいよですね」
「そうだな。ハム太が俺の代りに頑張ってくれたおかげで、味噌もしょう油も十分だよ……って、ちょっと待て、何だその恰好は!」
「何だかお股がすーすーするっす」
「おい、マリン! ハム太になんて格好させるんだ! ハム太は男の子なんだぞ!」
ハム太はマリンとお揃いの黒地に白いエプロンが付いたメイド服姿。顔を赤らめながら短すぎるスカートの裾を引っ張っている。
「勇者様、良く似合ってますよ。ねーっ、ハムちゃん」
「じ、自分じゃよくわからないっすけど、何だか頼りない気がするっす」
「ほら、ハム太も恥ずかしがってるじゃないか」
「子ども用の礼服がなかったんですから仕方ないですよ」
マリンによると、大陸において賓客に給仕をする際は、執事服かメイド服でないと非礼にあたるらしい。ハム太に手伝ってもらうにはメイド服しかないという。
「ハム太はいいのか。そんな服を着てると知らない人にじろじろ見られたり、触られたりするかもしれないんだぞ」
「あの……自分は、メイドの皆さんが褒めてくれるんで悪い気はしないっす」
「ほら、ハムちゃんも嫌がってませんし、今日の所は仕方ないですよ」
「……今日だけだからな!」
◆
大広間の商人たちは黄金米が気になるのか、歓談しながらもこちらにチラチラ視線を送っている。美少女メイド姿のハム太に対する視線だけではないことは明白である。
俺は大きく深呼吸すると、上座のテーブルに炊飯器を置いた。
「ほう……これが竈の勇者様の魔道具ですか」
「黄金米と言われて期待していたのですが、見たところ普通の米に見えますが」
「麦のように売れるかどうか」
「値段も高くなりそうですな」
カチンとする気持ちをぐっとこらえて蓋を開けると、湯気と共に炊き立てご飯のいい匂いが広がった。
お椀にご飯をよそい、香の物を添えてハム太とマリンに配膳してもらう。
ここで称賛の声が上がるはずなのだが……。
「変わった食べ方ですが、黄金米というわりには、普通の米と比べて代わり映えしませんな」
「いい匂いがしますが、少し味気ないのでは?」
「この、プラムの塩漬やぬか漬けの野菜との相性は悪くないようですが」
予想に反してどうも商人たちの反応が薄い。
ならばとばかり、次はみそとしょう油を塗った焼きおにぎりとみそ汁を出してみたのだが、相変わらずである。
「勇者様、商人たちは絶対黄金米に興味を持ってますよ」
「マリンもそう思うか」
「はい。ここでダメ出しして、少しでも交渉を有利に運ぼうという魂胆がみえみえです。ほら、みなさんご飯もおにぎりもペロリと完食されてますもの」
確かに商人たちは、文句を言いつつも、米袋や炊飯器に熱っぽい視線を向けている。
ならばとばかり、俺はとっておきを出すことにした。
用意していた七輪に火をおこし、串打ちしたサーペント肉を乗せる。以前バーベキューした残りを精霊の力を借りて保存してもらっていたものだ。
炭火の上で扇ぐと“ジュ、ジューッ”っと、脂がしたたり落ちた。
そこにしょう油ベースに味噌を加えたタレを塗って焼いていくと、たちまち大広間中が香ばしいかば焼きの匂いに包まれた。これで白ご飯が欲しくないなんて考えられない。
俺は丼にご飯を盛ると、もう一度たれにくぐらせたサーペントの肉を乗せた。
「これはたまらん!」
「焦げたところもなんとも香ばしい」
「肉の味もさることながら、さすがは黄金米だ」
「そしてこの米には、このタレが合いますな」
美味しそうに、かば焼き丼をかき込む商人たち。思わず俺としてはしてやったりという気持ちだ。
「勇者様、お見事です」
「あなたは……」
しばらくしてひとりの紳士がハンカチで口元を拭きながら俺の前に歩み出てきたのだった。




