第1章 第1話 固有スキルは炊飯器
「珠莉、これが懸賞で当てた炊飯器か?」
「お兄ちゃん、おかえり! へへーん。今日届いたばかりなんだよ」
炊き立てのご飯の甘い香りに誘われてキッチンを覗くと、エプロン姿の妹・珠莉が両手を拭きながら満面の笑みを浮かべていた。
「この匂いは……新米か?」
「えへへーん。いつもの米だよ。でもね、炊飯器がすごいんだって! 見事に当てたこの私に、ちゃんと感謝してよね?」
「聞いたことのないメーカーだけどな」
「もう、口が悪い! 早くスーツ脱いで手伝ってよ! お仕事大変だって思って、今日の料理当番も代わってあげたのに!」
「悪い悪い。感謝してるって」
「むうっ」
「そんなにむくれんなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「わかってるわよ。私はいつだってかわいいんだから!」
珠莉はショートヘアの前髪を軽くかき上げると、急に真面目な顔になって俺に向き直った。
「ところで、お兄ちゃん」
「なんだよ、改まって」
「仕事辞めて、お店を引き継ぐって……本当に大丈夫なの?」
「親父もお袋もあんなに弱ってるんだ。仕方ないだろ」
「でも、お米屋さんなんて……」
「安心しろよ。店は俺がちゃんと立て直してやるさ」
俺の名前は飯田炊。
実家は江戸時代から続く老舗の米屋だ。最近は経営が厳しくなり、親父が無理を重ねたせいか、両親が揃って入院してしまい、急遽、俺が跡を継ぐことになった。老舗を親の代で潰すわけにはいかない。それに、何より米が大好きな俺にとって、これはむしろ待ち望んだ機会でもあった。
「それにしても、いい匂いだな。嗅いでるだけで腹が減ってきたよ」
「きゅーっ」
部屋の隅では、ハムスターのハム太が小さな両手でケージの金網を掴み、鼻をひくひくさせながらこちらを見つめている。どうやら俺と同じく、炊き立てご飯の香りにやられてしまったらしい。
「よしよし、もう少し待ってろよな。……って、うわっ!」
炊飯器の蓋を開けた瞬間、大量の白い蒸気が勢いよく噴き出した。視界が一瞬、真っ白に染まる。
「なんだこれ!?」
「お兄ちゃん、大丈夫!? お兄ちゃん……!」
珠莉の心配そうな声が、だんだんと遠くなっていった。
◆
「この度の召喚は、無事に成功したようですね」
艶やかで落ち着いた女性の声が響いた直後、視界のもやがすっと晴れた。
「痛てっ……あれ? ―――おわっ! 危ねえ!」
目の前には、鈍い光を放つ複数の槍の穂先が、俺の喉元に突きつけられていた。
「皆の者、下がりなさい」
「はっ、マリン様」
槍の壁が左右に静かに開くと、黒いローブをまとった少女が姿を現した。北欧人形のような整った顔立ちに、腰まで届く金色の長い髪。見た目は中学生くらいなのに、妙に落ち着いた雰囲気を持っている。
「勇者様、ようこそ我がエルドリア王国へ。心より歓迎いたします」
「いきなり槍を突きつけられて歓迎もクソもあるか! それより、一体何がどうなってるんだよ!」
「私は政務官にして宮廷魔導士のマリン=ディアと申します。以後お見知りおきを。スイ=イイダ様を、勇者としてお迎えいたします」
「は?」
周囲を見回すと、そこはまるで中世の王宮を思わせる荘厳な大広間だった。
正面の一段高い玉座には、立派な顎髭を蓄えた男性が座っている。王冠と杖からして、どう見ても国王だろう。彼は俺と目が合うと、どこか安堵したように口元を緩め、小さく咳払いをした。
「ようこそ来てくれた、勇者殿。我々はエルドリア王国の国王、レイ=エルドリアだ。現在、我が国は財政破綻の危機に瀕している。この難局を打開するため、ぜひ力を貸してほしい」
「え? あ? ちょ、ちょっと待ってください」
「……少しお待ちいただきましたので、話を進めさせていただきます。陛下のおっしゃるとおり、勇者様には我が国の財政を立て直していただきたいのです」
「待てって、そういう意味じゃなくてだな……」
「財政再建の手段は勇者様に一任いたします。ドラゴンを討伐し、その素材を高値で売るも良し。他国に攻め入り、金銀財宝を奪ってくるも良し。細かい部分は何なりとご相談ください」「
できるか、そんなもん!」
このマリンとか言う奴、子供みたいな見た目のくせに、物騒なことばかり言いやがる。
政務官兼宮廷魔導士という肩書きを持つ以上、見た目よりはるかに年上なのかもしれないが、それにしたって倫理観が根本的におかしい。人を異世界に拉致して、無理やり働かせようとしてるのだからそれも当然か。
「勇者様、ご安心ください。異世界より召喚された方には、もれなく強大な固有スキルが授けられております」
「固有スキル? 俺にはそんなもんねえよ」
「そんなはずはありません。ステータスをご確認ください」
ステータス?
そういえば、さっきから視界の端に【鑑定】という文字が浮かんでいる。意識を向けると、透明な板のようなウィンドウが目の前に展開した。
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【ステータス一覧】
【名前】:スイ=イイダ
【年齢】:27
【職業】:竈の勇者
【スキル】:言語理解、鑑定
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「竈の勇者って何だよ! それに固有スキルなんてどこにも……」
「変ですね。異世界の勇者様は、魔道具と共に使いこなす固有スキルをお持ちのはずですが……」
もう一度視線を下にスクロールすると、ようやく【固有スキル】の欄を見つけた。
「勇者様の固有スキルは唯一無二です。私の知る限り、十中八九は一国に匹敵するほどの力をお持ちのはず……」
マリンが目を輝かせて続ける。
「どんな敵も一撃で粉砕する聖剣でしょうか? それとも光の速さで貫く神弓? あっ、もしかしてどこへでも一瞬で移動できる伝説の馬車とか!」
……どうやら固有スキルとは、武具などの道具を極限まで使いこなす能力らしい。
「一つ聞くけど、十中八九ってことは、ハズレもあるんだろ? そのハズレって、どんなのがあるんだ?」
「プークスクス。文献によりますと……パチンコや草履などの記録がありますわね。ああ、そうそう。お鍋なんてものもありましたわ。あの時は思わず吹き出しそうになりました。せっかく勇者として召喚されたのに、あんなクソスキルしかもらえなかった方って……一体どんな人生を送ってきたのでしょうね。本当にゴミですよね」
「…………」
「あの……勇者様? どうかされましたか?」
俺の目には、【固有スキル:炊飯器(レベル1)】という文字が映っていた。
そして足元には、珠莉が懸賞で当てた例の黒い炊飯器が、ぽつんと転がっていたのだった。




