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テスト

 基礎体力測定をした翌日の放課後。良樹の嵐のような助っ人生活は、その幕を開けた。


「まず初日は、中学でやっていたというサッカーの実力から見せてもらいましょうか」

 月島凛は、そう言うと有無を言わせず、良樹をサッカー部の練習へと連行した。

 グラウンドの脇には、すでにサッカー部の監督と部員たちが腕を組んで待ち構えている。

 凛が、事前に全て根回しを済ませていたのだ。


「――というわけで、監督。彼が噂の川島良樹くんです。本日は紅白戦に混ぜていただけるとのこと、感謝します」

「おお、君が川島竜樹の弟か……昨日の基礎体力測定では、とんでもない数字を連発していたそうだな。私もその場に居たかったよ」


 恰幅のいいサッカー部の監督が、そう言いながら値踏みするような目で良樹を頭のてっぺんからつま先まで、まるで舐めるように見た。


「まあ、月島くんから熱心に頼まれちゃあ断れないからな。川島くん、中学時代のポジションは?」

「特に決まってなかったです。フォワードからディフェンスまで一通りやりました。やらなかったのはゴールキーパーぐらいですかね」

「なるほど。スポーツ万能のウワサは伊達じゃなさそうだな」


 監督は、少しだけ感心したように頷いた。


「それなら、ひとまずBチームの中盤に入ってもらおうか。アップしてこい!」


 良樹は頷き、Bチームの部員たちと一緒にアップを始めた。



「キミが噂の川島良樹くんか。よろしくな」


 Bチームの、人の良さそうな二年生キャプテンが、笑いながら手を差し出してきた。

 良樹はその手を握り返しながら、周りの好奇心に満ちた視線を感じていた。


「あのさ……俺って、そんなに噂になってるんすか?」

「そりゃあもう。なんたって川島竜樹先輩の弟だし、おまけにあの月島先輩がご執心の逸材だからな。噂だけ聞いてたら、スポーツ万能どころかスポーツの神様レベルだぜ?」

「ああ、もう……! あのバカ兄貴とバカ女のせいで……!」


 良樹の本音の悪態に、Bチームの面々から、どっと、笑いが起こった。


「でも、基礎体力がスゴイってのは本当なんだろう?」

「基礎体力がいくらスゴくても、スポーツはそれだけじゃダメなことくらいわかってますよ。まあ、サッカーは中学で三年間やってきたけど」

「なんだよ。ずいぶん弱気じゃないか。どうせだったらさ、俺たちに夢を見させるようなプレーを披露してくれないかな。Aチームの鼻をへし折るぐらいのプレーをさ」

「うわっ! マジか! 味方からもプレッシャーかけられた!」


 再びBチームの面々から、一斉に笑いが起こる。

 その和やかな、しかし自分への確かな期待が込められた空気に、良樹は少しだけ身が引き締まるのを感じていた。


 (……やるしか、ねえよな)


 ピッチの脇では、月島凛が腕を組み、冷たい目でこちらを見ている。

 その値踏みするような視線が、なぜか無性に腹が立った。


 (……見てろよ。ただの体力バカじゃねえってこと、今から証明してやるよ)


 良樹の瞳の奥に、中学時代にはなかった静かで、しかし燃えるような闘志の炎が宿った。

 そのほんの僅かな変化を、凛が見逃すはずもなかった。


 (――面白いわね。少しは牙を見せてくれるじゃない、良樹くん)


 15分ハーフの紅白戦。そのホイッスルが鳴り響く。

 『原石』川島良樹の最初の査定が、今まさに始まろうとしていた。



 良樹が入ったBチームは、主に一、二年生で構成された控え組。

 対するAチームは、三年生を中心としたレギュラー組だ。

 試合が始まってすぐに、良樹は高校サッカーのそのレベルの高さを痛感させられていた。


 (……はええ! そして、強い……!)

 

 パスのスピード、フィジカルの強さ、判断の速さ。その全てが、中学の頃とはまるで別次元だった。

 そしてフィジカルの差は、一番痛切に感じられた。競り合ったらことごとく倒される。弾き飛ばされる。


(高校で一年二年練習するだけで、こんなに差がつくもんなのか?)

 

 良樹は、持ち前の運動能力でなんとか食らいついてはいるものの、Aチームの組織的なプレスの前に、なかなか思うようなプレーができない。


「おい川島! ボーッと突っ立ってんじゃねえぞ!」

「もっと周り見て動け!」


 敵味方両方から、良樹に向けて厳しい声が飛ぶ。


(やっぱみんな、内心では俺のこと面白く思ってないんじゃねーの?)

 

 グラウンドの脇では凛が腕を組み、冷たい目で良樹のその無様な姿を、ただ黙って見つめていた。


 (……クソッ、このままじゃ、ただの使えねえ一年生で終わっちまう……!)

 

 焦りが募る。

 だが良樹は、焦っているばかりではなかった。


(短い時間だけど、俺の何が通用するかくらいは掴めてきたぞ)


 ついこの前まで中学生だった良樹が、レギュラー相手にフィジカル勝負をしたのでは敵わない。競り合いなんてもっての外だ。それをやるには基礎体力だけでは到底足りやしない。


(でも、スピードと瞬発力はヒケを取らないぞ。それに……)


 前半を0対2でリードされたハーフタイム。良樹はBチームの面々を集めた。

 



「……みんな、聞いてくれ」

 

 荒い息を整えながら、良樹は集まったBチームの面々に、まず頭を下げた。


「……ごめん。俺、完全に足引っ張ってた」

「……いや、まあ、相手はレギュラーだからさ。気にするなよ」

 

 キャプテンが慰めるようにそう言うが、良樹は首を横に振った。


「違うんだ。いや、違わねえんだけど……俺さ、前半は自分のフィジカルがどこまで高校生相手に通じるか試してたんだよ」


 その一言で、全員の視線が一気に良樹へと向けられた。


「……で? 試してみてどうだったんだよ?」

「いやぁ、それがさぁ、ぜんっぜんダメだったわ! 笑っちゃうくらいダメだった!」


 自身の力不足を笑い飛ばすその口調でチームメイトから笑いが漏れたが、その質は試合前の笑いとは全く違う。それは苦笑と評するのがふさわしい笑いだった。

 だが、良樹は何も気にすることなく話を続ける。


「でもさ、逆にわかったこともあるんだよ」

「わかったって、何がわかったって言うんだよ」

「俺のスピードは、Aチーム相手でも通用するってことさ」


 その場にいた誰もが息を呑んだ。


「通用するって、オマエのドリブルも裏への飛び出しも、みんな対応されてたじゃないか」

「でも、いっぱいいっぱいの対応だったろ?」

「それはまあ、たしかにそうは見えたけど」

「大丈夫。俺のギアは、まだもうひとつ上があるから」


 再び皆が息を呑んだ。良樹の発言は、前半は手を抜いていたとも採られかねない発言だ。


「オマエ、前半は手を抜いてたのか?」

「そうじゃないよ。言ったろ? 前半は俺のフィジカルがどこまで通じるか試したって」

「だったら前半でスピードも試せばいいじゃないかよ」

「15分ハーフだぜ? そんなあれもこれも試せないよ。だからフィジカル面ではガチガチに試したけど、スピード面は探り探りだったんだ」

「……それで? だったら後半はどうするんだ?」

「まずボールを奪ったら、俺に縦パスを出してくれ。長いか? って思えるくらいのパスでいい。それでも必ず追いついてみせるから、とにかくボールを奪ったら俺を目掛けてロングボールを蹴って欲しいんだ」


 生意気だけれど、しかし不思議な確信に満ちたその言葉。

 Bチームの面々が、ゴクリと喉を鳴らす。


「俺はそのボールを受けて、ドリブルでサイドの一番深いスペースに全力で駆け上がってクロスを上げる。その形を一度でも作れば、向こうのディフェンダーは俺のスピードに驚いて、絶対に守備を二人つけてくるはずだ」


 彼はキャプテンの目を、真っ直ぐに見た。


「俺に二人付けば、その分スペースが生まれる。そうして一瞬だけでも空いたスペースに、キャプテンが走り込んでくれ。もちろん他の奴らも連動して全員相手のエリアに走りこむんだ」

「全員攻撃にまわれってことか?」

「そうさ! その攻撃の形をアイツらの脳裏に刻み込むんだ。一回でもその形を作ることが出来れば、アイツらはその後必ず対応に迷いが出るから」

「ちょっと待てよ。向こうのディフェンダーがオマエに二人付かなかったらどうするんだ?」

「それでも、俺がピッチをギリギリまで使ってサイドに走りこめば、必ずスペースは空く」

「なんでだよ」

「このチームのディフェンダーは、互いの距離を必要以上に詰めるクセがあるからさ」


 Bチームの全員が目を見開いて驚いた。


「オマエ、この短い時間で、そんなことに気づいたのか?」

「ん? ああ、まあね」


 たった15分で相手ディフェンダー陣のクセに気づく。しかも自らがテストされている状況下でだ。

 そんなことは、当然誰にでもできることではない。


「先に言っとくけど、俺が今から言う作戦は今だけしか通用しないからな? 俺のトップスピードに面食らって慌ててパニックになっている時だからこそ通用する策だから」

「わかった」

「で、だ。中央から攻めて全員攻撃参加しても、まだ向こうの守備は崩しきれないだろう。俺は一度後ろに下がるから、そこでもう一度パスを出してくれ。それを受けて、さらにドリブルで一気にサイドを駆け上がる」


 良樹は、地面に図を描き、相手ペナルティエリアの脇を指さした。


「俺がボールを持てば、さっき言った通り、中央に集まっていたディフェンダーが、焦って慌てて二人で俺を潰しに来るだろう。そのまま俺は二人を引きつけてここまで走りこむ……ここからが重要だ」


 良樹は顔を上げた。

 

「あいつらは距離を詰めるクセがあるって言ったよな。つまり、挟み込もうとして二人とも必要以上に吸い寄せられるんだ。しかもパニック状態で。そうなるとどうなる?」

「そりゃ当然、そのぶん中央のマークが薄くなるし、守備陣形も乱れそうだよな」

「そう。俺に対しての門が閉じる代わりに、その背後にスペースができるだろ。もちろん一瞬だし、わずかなスペースだけどな」


 良樹は指で、ゴール前ではなくペナルティエリアの手前、いわゆるバイタルエリアをグリグリと示した。


「キャプテン。さっき空いたエリアに走り込んでくれっていったけど、俺がサイドをえぐったら自陣付近まで一度下がってくれ」

「えっ? ゴール前に留まらないで、下がるのか?」

「そう。他の奴らがゴール前に突っ込んでディフェンスラインを押し下げる。でもキャプテンだけは、いったん下がって、あえて遅れてこのエアポケットに入り込むんだ」

「あぁ、なるほど。そういうことか」

「わかった?」

 

 良樹はニヤリと不敵に笑った。

 

「俺の足を無視できないけど、捨て身の攻撃を防がなきゃならない。あいつらの意識は、俺とゴール前へ飛び込む奴らの両方に向いてどっちつかずになる。そうなれば俺たちの圧力に押されてディフェンスラインは必ず下がる。そしたらこの場所は、ほんの一瞬だけど必ず無重力になるハズだ。そこで俺がマイナスのクロスを入れる」

「マイナス……!」

「そのクロスを、一旦下がったキャプテンが決めるって寸法か!」

「振り回して混乱させてラインを下げさせて、向こうが乱れてるその隙に一点いただこうぜ。キャプテン、フリーでパスが来たら、決められるよな?」


 キャプテンは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 目の前の一年生が描いている攻撃の絵図が、ありありと脳裏に浮かんだからだ。

 

 高速のドリブルでサイドを切り裂いて相手守備陣をパニックに陥れ、全員攻撃でその混乱に拍車をかけて、ディフェンスラインを押し下げると同時に中央に密集させる。

 そこから再びサイドからのドリブルでもう一度守備陣形を広げさせ、混乱の中ぽっかりと空いたスペースに優しいラストパスを供給する。

 

 それは、あまりにも完璧な崩しのシナリオだった。


「……そこまでお膳立てされて外したら、男じゃねえよなぁ」

「よし、じゃあ決まりだ。……あ、もし俺がパス出せなかったらごめんね。そん時は多分、俺が潰されてるから」

「縁起でもないこと言うんじゃねえよ! 絶対に成功させるぞ!」

「言っとくけど、全員攻撃してるんだから、ボール奪われたら一気にカウンター喰らって失点すっからね? チャンスは多分1回っきり。その1回を確実に決めるんだ」

「おう! やったろうじゃん!」


 Bチームの円陣が、熱を帯びて解けた。

 そして後半開始のホイッスルが、高らかに鳴り響く。


 


 ハーフタイムで良樹たちが話し込んでいるその同じ時間に、もちろんAチームの面々も互いに意見交換をしていた。


「それで、どうなんだ? あの川島竜樹の弟は」


 監督のその言葉に、しかし選手たちの表情はあまり芳しくなかった。


「うーん、一年生にしてはスゴいとは思いますけど、正直ウワサほどではないかなと思いましたね」

「フィジカルは全然ダメだしな」

「スピードはありますけど、それも対応できるレベルだし……まあギリギリですけど」

「そうか……」


 監督の顔に、若干の失望が浮かんだ。もちろん15分プレーしただけだが、噂ほどの逸材ならば、もう少し片りんを見せてくれてもいいのじゃないだろうかと彼は思ったのだ。


「月島くん、キミはどう思う?」

「心配いりませんよ、先生」

「えっ?」

「彼は、きっと後半で私たちを驚かせてくれますから」


 根拠のない発言ではない。彼女は、Bチームの面々と何やら真剣に話し込んでいる良樹の姿を、しっかりと目にしていた。

 たった15分を一緒にプレーしただけなのに、彼はすでにチームの中心人物となっている。その事実に凛自身が一番高揚しているのかもしれない。


(後半、彼はきっと何か仕掛けてくるわ)


 それは予感というよりも、もはや期待だった。

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