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その女、月島凛

 突然一年生である良樹たちの教室を訪れた竜樹。


「あれ? 兄貴じゃん。一年の教室に、何しに来てんだよ」

「いやぁ、これから起きることを一番間近で見物しようかと思ってさ」

「はぁ? 朝といい、いったいなに言ってんの? これから何が起きるってんだよ。いい加減教えてくれてもいいだろ?」

「まあまあ。それはお楽しみだって言ったろ?」


 良樹の耳に、クラスメートたちのヒソヒソ話が聞こえる。


(なんだこれ。なんか、みんな俺らの方を見てるけど、なんでだ? 俺を見てるのか? それとも兄貴を見てる?)


 なぜかわからないが、クラス中が自分たちの方を見て、小声でささやきあっている。

 

「なんか教室の中がザワついてんだけどさ……なんなの、これ。兄貴が来たから?」

「さあな。俺にもなんだかわかんねー」


 その時だった。

 竜樹の登場でザワついていた教室が、にわかに、そしてさらに騒がしくなる。


 「川島良樹くんは、いるかい?」


 野太い声と共に、教室の後ろのドアに屈強な体格の上級生たちが、次から次へと雪崩れ込んできた。

 

「おっ、来た来た」


 竜樹が、全てを知っているかのように、楽しそうにそう呟いた。

 

「あ、俺です、けど……」


 呆気にとられる良樹の周りに、先輩たちが一斉に群がる。

 

「おお、キミがそうか。さっそくだがバスケ部に入部してくれないか? お兄さんもバスケ部にいるんだし、キミも一緒に全国制覇を目指そうじゃないか」

「はあ? なんですか、いきなり」

「あっ! 先を越された! キミが川島良樹くんだな? 是非、我がバレー部に来てくれ!」

「川島くん、キミのそのフィジカルが必要なんだ! 我が野球部に!」

「キミは中学でサッカー部だったんだろ? だったら、ウチしかないだろう!」

「キミは足も速いんだろう? だったら陸上部でスプリンターを目指すべきだ。オリンピックだって狙えるかもしれないぞ?」

「いやいや、テニス部に入ってウインブルドン制覇を目指すってのも、夢があるじゃないか!」

「いや、柔道部に!」

「是非剣道部に入ってくれ!」

「器械体操部に来てくれよ!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんですか、これ?」

 

 もはやパニック状態の良樹に、一人の先輩が言った。

 

「なんだ、キミは知らないのか?」

「知らないのかって、何をですか?」

「キミのお兄さんはバスケ部不動のエースだろ? その弟が入学する。しかも弟は兄以上にスポーツ万能でヤバい逸材だって噂だから、キミの入学前から運動部の連中は色めき立ってたんだぜ?」

「はあ? なんすか、それ。ちょっと兄貴! どうなってんだよ!」


 全ての視線が、一斉に竜樹へと注がれる。

 

「いやぁ、俺はさ、弟は俺以上で、スポーツ万能『かもよ』って言ったんだけどさぁ。なのに、なんかみんな勘違いしちゃったみたいで?」

「いや、みたいで? じゃねーって。どーすんだよ、コレ」

「まあいいじゃん。どうせ高校でも、どっか運動部に入るんだろ?」

「そうだけど、こんないっぱい勧誘に来られたら断りづらいだろ! 選べるわけねーじゃん、こんなの」


 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 しかしその混沌のまっただ中に一本の、まるで鈴が鳴るような、しかし有無を言わせぬ凛とした声が響き渡った。

 

「だったら、全部の部に入ってしまえばいいじゃない?」

「えっ?」


 とんでもないことを誰かが口走った。一瞬で静まり返る教室。声がした方に、全員の視線が集中する。

 そこに立っていたのは、むさ苦しい男たちとは明らかに異質な、長い黒髪を揺らした一人の美しい女子生徒だった。その瞳は、まるで全てを射抜くような強い光を宿している。


「お、おい、あの美人は誰だ?」

「先輩……なんじゃねえか? 入学式にはいなかったろ?」

「キレイ……まるでお人形さんみたい」


 良樹のクラスメイトたちが口々に囁きあっているのが聞こえる。

 

「ゲッ! 月島……!」

 

 竜樹の顔色が変わった。それは良い意味ではなく、明らかに悪い意味でだ。

 

「これだけ多くの部から入って欲しいって思われてるんだから、どこか特定の部に入ったら逆に遺恨が残りそうじゃない? だったら、彼は全部の部の共通部員にしちゃえばいいのよ。そうしたら丸く収まるでしょう?」


 彼女――月島 凛は、にっこりと、完璧な笑みを浮かべてそう言った。

 

「なるほど。大事な大会とかで助っ人をしてもらうような感じか?」

「そうよ。川島の弟くんなんだから、それぐらい朝飯前じゃない?」

「しかし、全部の部に入るって、そんなこと出来るのか?」

「アナタたちだって、まさか一年生を即戦力として考えているわけじゃないでしょう? そうね……一年。一年間全ての運動部で彼を鍛え上げて、二年生になったら正式に入部するところを決めてもらう……それならどうかしら?」

「うーん、部員数の少ないところは、それでも充分助かるな……」

「でしょう? せっかくの逸材なんだから、一年間みんなで鍛え上げてあげれば、一年後には大化けするかもしれないわよ?」

「月島! オマエはウチの弟に何言ってんの? 余計なこと吹き込むなよ」

「なによ。もとはと言えば、アナタが弟のことを吹聴して回ったのが原因でこうなってるんでしょう?」


 竜樹と、月島と呼ばれた先輩が火花を散らす。

 そのあまりにもレベルの高すぎる口論を前に、良樹は完全に思考を停止していた。

 彼の目の前では、志保がどうしていいかわからずオロオロしている。


(ヤバい、志保がパニクってる。早くなんとかしなきゃ……)

 

 そして彼が叫んだ言葉。それは……。


「わ、わかりました! じゃあもう、俺は全部の運動部に入りますから! それでいいでしょう?」


 そのヤケクソ気味な魂の叫び。それを待っていましたとばかりに、月島 凛は一歩前に出て、そして良樹の目の前でこう宣言した。

 

「だったら、私がアナタのマネージャーになってあげる」

「はぁ!?」

「月島ぁ! 俺の弟に関わるんじゃねー!」


 竜樹の悲痛な叫びが、教室に虚しく響き渡った。

 


 「……はぁ。一番めんどくさそうな女が食いついたわねぇ……」


 一部始終を見ていた美咲が、ウンザリした顔でそう呟いた。

 

 (アタシの平和な高校生活は、入学式のその日にして、早くも終わったみたいね……)

 

 だがそう思いつつも美咲の胸の中は、これから起こるであろう様々な出来事にワクワクが止まらないでいた。

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