練習試合
5月になると、運動部はどこも本格的に動き始める。新1年生も学校や部活動に慣れ、インターハイの予選も本格的になってくるからだ。
もちろん良樹も例外ではない。むしろ全ての運動部に所属している彼の場合、週末は全てどこかの部の試合に参加している状況だ。まるで大人気の芸能人かのような、超多忙なスケジュールと言っていいだろう。
その日はバレー部の練習試合が予定されていた。
いつものように薫子が用意してくれた朝食を良樹と兄の竜樹が仲良く摂っていた。竜樹も良樹同様、今日はバスケ部の練習試合があるのだ。
いつもと違うのは、そこに志保の姿はないことだろう。
「志保がまだ起きてこないなんて珍しいわね。夜更かしでもしたのかしら」
薫子が良樹にそう言った。たしかにいつもならもうとっくに起きていて、薫子と一緒に朝食の準備をしているはずだ。それがまだ起きてこない。
「志保だってたまには寝坊することもあんじゃない? 無理に起こす必要もないし、寝かしとけばいいよ。別にアイツが練習試合をするわけじゃないんだし」
良樹がそう言うと、竜樹がウンウンと相槌を打つ。そもそも志保は部外者なので、試合が始まる頃を見計らって会場に来ればいいのだから。
「別に起こしたりしないわよ。良樹と違って志保は、ちゃんと自分のことは自分でできるもの。学校がお休みの日に寝坊したからって咎めたりしないけど、ただ珍しいなって思っただけよ?」
「なんか、信頼度にものすごい差を感じるんだけど……」
竜樹が「なんだ、自覚はあるのか。えらいじゃん」と、からかうように口を挟んで薫子と一緒に笑った。
良樹が食事を終えて歯磨きをし、顔を洗い終えてそろそろ家を出ようかと思っていたその時、慌てた足音がリビングに近づいてくる。リビングのドアが勢いよく開いた。
「よしくん、ごめんなさい! 寝坊しちゃった!」
志保だった。よほど慌てて飛び起きたのだろう。寝起きそのままのパジャマ姿だ。
「すぐに支度するから、待ってて!」
志保はそう言うが、それでは彼女が朝食抜きになってしまう。良樹は「別に慌てることないんだから、ゆっくり朝メシ食ってから試合観に来いよ」と言って、慌てて部屋に戻ろうとする志保を止めた。
「でも……」
「でもじゃねぇって。別にオマエが試合するんじゃねえんだからさ、始まるまでに会場に着きゃいいじゃん」
「……ゴメンね。ドリンク作ったり、色々やろうと思ってたんだけど……」
志保は絵に描いたようにションボリと落ち込んでいた。まるで失敗を咎められている子供のようだ。
「いいって、いいって。そんな顔すんなよ。いつも寝坊なんかしないオマエなんだから、遅くまで勉強でもしてたんだろ?」
「それは……そう、なんだけど……」
なんとなく歯切れの悪い志保だったが、結局彼女は遅れて会場に向かうことになった。時間的に言えば良樹が待っていてもいいのだが、そんな急かすようなことを彼がイヤがったからだ。
会場に着いた良樹と顔を合わせた凛の第一声は「あれ? 志保ちゃんはどうしたの?」だった。おはようの挨拶よりも先にそう言ったのだ。
「志保は寝坊したんで、後から観に来ますよ」
「あら、志保ちゃんも寝坊なんてするのね。意外だわ」
「うん、まあ珍しいっていうか、もしかしたら初めてかもね」
「昨夜遅くまで何かしていたの?」
「そこまでは知らないけど、なんかやってたような口ぶりだったなぁ」
「知らないの?」と問いかける凛に良樹は「そんなアイツのこと全部知ってるわけないじゃん」と答えた。いくら同じ家に住んでいるからといって、志保が自分の部屋で何をしているかまで知っているわけがない。良樹はよほどのことがない限り志保の部屋に足を踏み入れない。その逆は頻繁にあっても、だ。
「まあ大丈夫だろうけど、志保ちゃんがいないからって調子を狂わせたりしないで欲しいわね」
「なんでそんな心配すんのさ。志保は俺の保護者じゃねえんだけど」
「あら、違ったの? 私はてっきりそうなんだとばかり思っていたのだけれど」
凛は顔色ひとつ変えずにそう言った。
(冗談なんだろうけど、この人は表情変えないでこういうこと言うから、冗談なんだか本気なんだかわかんねーんだよなぁ)
だが彼にそう言ったのは凛だけでなく、その後で良樹と顔を合わせたバレー部員たちは、誰もかれもが凛と同じことを尋ね、同じ冗談を言ったのだった。
練習試合がまもなく始まろうとしていた。ウォーミングアップを終えた選手たちがコートに足を踏み入れる。先発メンバーに入っていた良樹は、コートへと入る前に会場をグルリと見渡した。
(おっかしいな。志保のヤツ、来てねえじゃん。何やってんだ?)
志保は後から試合を観に来ることになっている。本人もそう言っていた。なのに会場には志保の姿がなかった。
(来る途中で、なんかあったんじゃねえだろうな……)
そんな不安が頭をよぎったが、試合に出ないで探しにいくわけにもいかない。わずかながらの違和感を抱えながら、良樹は試合をするしかなかった。
セッターからトスが上がる。走り込んだ良樹は思いきりジャンプをし、宙を舞うボールに向かって思いきり腕を振り抜いた。
バシッ!!
放たれた良樹のスパイクを何とか拾おうと、飛び込んで腕を伸ばす相手チームの選手たち。だがボールは、まるでそんな行為をあざ笑うかのようにコートに叩きつけられた。
ピィィ!
得点を告げる審判の笛が鳴った。良樹はコート内の全員とハイタッチを交わす。ここまでの彼は順調に期待通りの活躍をしていた。
「オマエ、ホントすげーな」
「もうオマエがどんだけ活躍しても驚かねえよ」
「もう一本、次も頼むぜ」
部員たちは口々にスパイクを決めた良樹を称賛する。以前行ったテストで良樹の能力の高さを知っていた彼らだが、その力を実戦でも発揮できるのは、やはり称賛に値する。
(コイツがいれば、今まで以上の成績を残せるかも)
部員の誰もがそんな妄想を抱いていた。
当初良樹が恐れていた「中途半端に出入りすると、真剣にその競技だけに打ち込んでるヤツらから反感買うんじゃ?」という心配は全くもって杞憂で、少なくともバレーボール部にそう思う部員は1人もいなかった。彼ら正部員に気を遣い常に謙虚な姿勢を貫く良樹を、彼らは好意を持って迎え入れていたのだ。
だが、そんなことは全く関係ないと言わんばかりに、凛は冷静な表情を崩そうとしない。彼女はむしろ、今日の良樹に不満を持っていた。
「良樹くん。ちょっといいかしら」
第1セットが終了したところで凛は良樹を呼んだ。
「良樹くん、志保ちゃんが来ていないことが、そんなに気になるの?」
思わぬ問いかけに驚いた良樹は、内心でギクッとしながら思わず「なんでそんなこと聞くのさ」と答えていた。
「なんでって、アナタ今日は明らかに集中力を欠いているわよね」
「えっ? いや、そんなことないと思うけど」
「ウソおっしゃい。だったらどうしてプレーが中断するたびに周囲をキョロキョロ見渡すのかしら。志保ちゃんが来ていないか確認しているのでしょう?」
(ヤッベッ! バレてる!)
凛の言う通り、良樹は明らかに志保がいないことに戸惑っていた。自分では集中を欠いている自覚はないが、事あるごとに周囲を見渡して志保の姿を探していたのは事実だ。
「まあ結果は出しているし、私以外は誰も気づいていないみたいだけれど、本来のアナタならもっとやれるハズよ。スパイクにしてもレシーブにしてもね」
「集中を欠いてるっていうか、心配なだけだよ。来るって言ってたヤツが来てないんだから、心配にもなるだろ? 志保だしさぁ」
「それが集中を欠いてるって言うのよ」
凛にピシャリを言われた良樹はグウの音も出ない。しっかりしなさいと叱咤された良樹は試合に戻ったものの、結局志保が会場に姿を現したのは、練習試合の終了間際だった。




