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入学式の朝

「良樹。入学式が終わったらちょっと大変なことになるかもしれないから、覚悟しとけよ」


 入学式当日の朝。トーストをかじる兄の竜樹が、ニヤニヤしながらそんな不吉な予言を口にした。もちろん良樹には何のことだかサッパリわからない。


「はあ? 何それ。どーゆー意味さ」

「まあまあ。それはお楽しみってことで」


 その全てを知っているかのような、意地悪そうな笑み。良樹は胸の中に、嫌な予感が広がるのを感じていた。

 

(兄貴がこーゆー顔してる時って、たいていロクでもないことが起きるんだよなぁ)

 

 重ねて問いただしても、竜樹はのらりくらりとかわして答えようとしない。

 そして自分は入学式の準備に駆り出されているからと、さっさと家を出てしまった。

 

「よしくん、どうかしたの?」

「いや、なんか兄貴がさ、入学式の後で大変なことになるかもだから覚悟しとけって」

「竜樹さ、じゃなくて、お兄ちゃんが? なんのことだろうね?」

「わかんねーけど、絶対ロクでもないことだよなぁ。そーゆー顔してたし」

 

 竜樹が残していった謎の言葉の意味は?

 一抹の不安を胸に抱きながら、良樹は志保と共に、今日新しい高校の門をくぐる。

 



「どうしたの、川島。これから入学式だってのに、なんだかずいぶん浮かない顔してない?」


 新しい教室で自分の席に座わっている良樹に、美咲が不思議そうな顔でそう尋ねた。

 良樹の目の前の席には、少し緊張した面持ちの志保が座っている。

 そして、その隣の席にこちらを見ている江藤美咲がいる。


「よしくんね、たつ……じゃなくてお兄ちゃんに朝言われたことが気になってるみたい」

「ふーん。で、竜樹さんから何を言われたのよ?」

「入学式の後で大変なことになるかもだから覚悟しとけって言われたんだって」

「何それ。何が起こるって言うのよ?」

「だろ? わかんねえだろ? わかんねえからなおさら気になってさ。だいたい兄貴があーゆー顔してる時って、だいたいロクでもないことが起きるんだよ」

「竜樹さんって、意外とお茶目なトコあるもんね」

「お茶目って……兄貴は面白がってるだけだって」

「竜樹さん、何が起こるか教えてくれないわけ?」

「それはお楽しみ……なんだとさ」

「お楽しみ、ねぇ。確かにそれは完全に面白がってるね」


 それにしてもさぁ……と良樹のボヤきは続いた。


「まさか、3人そろって同じクラスとはなぁ。しかも席まで固まってるってどういうことよ? 普通こういう時ってさ、最初は出席番号順じゃねーの?」

「ホントだね、ビックリしちゃった」

「まあ、川島的には両手に花で嬉しいでしょ?」

「んなわけあるかよ!」


 美咲の軽口に、良樹が間髪入れずに食ってかかる。

 

「なによ川島。アタシと同じクラスで文句でもあるっての?」

「あるに決まってるだろ。オマエにビンタされた恨み、俺は忘れてねえからな?」

「あ、まだ覚えてたんだ。しつこい男はモテないよ? 過ぎたことは、さっさと水に流しなよ」

「流すわけねーだろ! ビンタした本人がそれ言うな!」

「えっ? よしくん、美咲ちゃんにビンタされたの?」


 志保の天然な一言が、二人の間に絶妙なタイミングで割り込む。

 そのワチャワチャとした、中学の頃と何も変わらない空気。

 

 ――ああ、こいつらとの高校生活も、きっと、退屈はしないんだろうな。

 

 良樹はそんなことを思いながら、小さく笑みを漏らした。

 その穏やかな朝の喧騒は、担任の教師が入ってくるまでしばらく続いた。

 



「疲れたぁ……」

 

 長ったらしい入学式をなんとか終えて教室に戻った良樹は、疲労困憊で自分の机に突っ伏した。

 

「アンタ、こーゆーのホント苦手なんだね。市原から中学の入学式の話を聞いてはいたけどさ」

「だって、校長とかPTA会長とかのクソ面白くもねえ話聞いてるの、退屈だろ?」

「そりゃそうだけどさぁ……子供なの? アンタは」

「はいはい。子供ですよ、俺は」

「でもさ、中学の卒業式ではちゃんとしてたじゃない。やれば出来るんじゃないの?」

「あれは……特別だろ」

「なによ、それ。意味わかんない」

「よしくん、お疲れさま」

「マジで疲れたわ。もう早く帰りてぇ」


 志保に優しく労われながら、ぐったりとして愚痴をこぼす良樹だが、彼が疲れるのはまだまだこれからだった。


「おーっ。ここが良樹と志保の教室かぁ」


 教室の後ろのドアから、ひょっこりと顔を出したのは竜樹だった。

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