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凛の計画

 午後の授業が終わるや否や、凛が良樹たちの教室を訪れた。


「あっ、凛先輩」

「良樹くん、このあと、少し時間いいかしら? あなたの未来に関わる大事な話があるの」


 その真剣な表情に、良樹はゴクリと唾を飲む。

 そんな彼の気持ちも知らず、クラスメイトたちは凛の姿を見て、男も女も能天気にキャイキャイと騒いでいる。


「今からでもいいよ。行きましょう」

「じゃあ、よしくん。私はこれから部活の見学だから」

「ああ、わかってる。また後でな」

 

 そう言うと良樹は、凛の後を慌てて追いかけた。


 

「足の具合はどうなのかしら? まだ痛むの?」

「いや、今はもう全然大丈夫。攣ることもないし」

「そう。それはよかったわ。ただ昨日だいぶ無理をしたようだし、今日は休養してちょうだい」

「わかりました」

「では良樹くん、昨日のことについて、私から一言言わせてもらうわ」


 良樹は、凛のその物言いから一瞬苦言を呈されるのかと思って、とっさに身構えた。

 だが凛から発せられた言葉は、彼が想像したものとは正反対だった。


「素晴らしかったわ。そうとしか言いようがない。昨日のアナタは、私が想像していた遥か上を行っていた。どれだけ褒めても褒め足りないわ」

 

 凛は、まず良樹の「8分間の奇跡」を最大級に称賛した。だが彼女の話は、それだけでは終わらない。

 

「昨日のアナタは、本当に素晴らしかった。でもね」

 

 最上級の誉め言葉を送った後で、凛は急に表情を曇らせ、バッサリと言い放った。


「でも、今のままではダメね。このままでは、アナタはただの一発屋で終わってしまうわ。 あの足の攣りが、その何よりの証拠よ」

 

 驚く良樹に、凛は続ける。


「あなたの頭脳(思考スピード)と身体フィジカルは、全く釣り合っていないの。例えるなら、そうね……少し違うかもしれないけれど、軽自動車にレーシングカーのエンジンを積んでいると言ったら分かりやすいかしら?」

「えっと……つまり、俺の能力と身体のバランスが悪いってこと?」

「そうよ。なかなか物分かりがいいじゃない」


 凛は、まるで子供を褒めているかのような言い方で良樹を褒めた。良樹は口を尖らせるが、凛はかまわず話を続ける。


「私は最初、アナタの武器はその飛び抜けた身体能力だと思っていたわ。でも違った。良樹くん、アナタの本当の武器はね。頭脳の方だったのよ」

「頭脳? 俺の武器が?」

「そうよ。頭脳、それこそが川島良樹の最大で最強の武器なのよ」

 

 凛はそう言ってニッコリと笑みを浮かべる。その表情は、どこか底知れない危うさを感じさせるな、と良樹は感じた。


「ひとつ聞きたいのだけれど、中学では部活でサッカーをしていたのよね?」

「そうだね。三年間やってました」

「試合で足が攣ったことは?」

「そういえば、一度もないなぁ。なんでだろ」

「そうねぇ……ひとつ考えられるのは、アナタの脳に身体がついてきていないってことかしら」

「ん? どゆこと?」

「良樹くん、人間は成長していくわよね? 身体は大きくなって筋肉量も増えていくでしょう?」

「まあ、そうだよね」

「でもそれって、鍛えたからそうなるの?」

「いや、そんなことは……自然とそうなるよね」

「そうね。身体が大きくなるにつれて筋肉量は自然と増える。当然力強くなっていくわよね。なんのトレーニングもしてなくたって、大人は小さな子供より強いでしょう?」

「そりゃあまあ、そうだね。で?」

「私の個人的な見解だけれど、良樹くんの場合は。脳の成長に身体の成長が追いついていないのじゃないかしら。以前と今とで、何か変えたことはない?」

「変えたこと? うーん……しいて言えば、受験勉強で死ぬほど頑張ったことぐらいかなぁ」


 良樹は凛に、自分がこの高校に通うためにどれほど勉強したのかを話した。もちろん志保が関係していることまでは話さないが。


「なるほどね。今までロクにしてこなかった勉強を、いきなりそれほどやったわけね。もしかしたら、それが脳になんらかの刺激を与えて、何かが覚醒したのかもしれないわね」

「ロクにしてこなかったって……言い方」

「あら、ごめんなさい。ちょっと口が悪かったかしら」

「でもさ、そんなことあるの?」

「私は専門家じゃないから断言はしないけれど、可能性はあると思うわね。人間の脳は未解明の部分が多いから。超能力は、その未解明の部分が覚醒した結果として身に付くものだと聞いたことがあるわ」

「つまり、俺は超能力者ってこと?」

「バカね。そんなこと誰も言ってないでしょう?」


 凛はクスクス笑いながら、そう言った。


「私が言いたいのはね、アナタの覚醒した脳が、身体の限界以上の命令を出しているのではないかってことよ。アナタは身体能力の高さでその命令をこなしてしまうけれど、身体がそれについていけないのではないかって言ってるの」

「なるほどね。だから昨日足が攣ったってわけか」

「もっとも、昨日は違う原因が大きいかもしれないけれどね。8分間とはいえ、あの竜樹相手に五分の勝負をしたんだもの。そりゃあ身体も悲鳴をあげるでしょう」


 凛は「もしかしたら中学の時点で、もうギリギリのバランスだったのかもしれないわね」と続けた。ギリギリだったものが高校に入って崩れたのではないかと言うのだ。


「さて、話を戻すけれど、私はアナタを、どこの部にも入れさせるつもりはなくなったわ。だって川島良樹という素材は、そんな小さな枠に収まらないもの。いいこと? 私がこれから提案するのは、アナタという存在そのものを誰も到達したことのない領域へと引き上げるための特別育成プロジェクト……名付けて『川島良樹・唯一無二化スペシャライズ計画』よ」

「なんかスゲー名前だな……」

「どうする、良樹くん。このまま楽しい部活ごっこを続けて、高校時代の思い出を作って終わる? それとも私と一緒に、誰も見たことのない景色を見に行く? 選ぶのはあなたよ」


 突然究極の選択を突きつけられた良樹。その心境を言葉に例えるならば戸惑い。それしかない。


「どっちを選ぶって言われても、まだ中身を何も聞いてないのに選べないよ」

「それもそうね。私としたことが、気がはやってしまったわ。では、これから私の計画をイチから話してあげましょう。しっかり聞いてちょうだいね?」


 凛はそう言って、自らの計画を話し始めた。


 


 良樹が凛と話しているその間、志保と美咲は部室棟の廊下を歩いていた。志保は数日前から、美咲と一緒に文化部の見学をしているのだ。


 「どう、志保? 何かピンとくる部活あった?」

 

 美咲にそう尋ねられた志保は、力なく首を振る。

 

 「ううん……手芸部も茶道部も、他の部もみんな素敵なところだったんだけど……私がここで頑張っている姿が、どうしても想像できなくて……」

 

 文化部で活動している人たちは、志保の目から見てもみんなキラキラしていた。自分の『好き』を見つけて、夢中に懸命に部活をしていた。それに比べて自分は……。


(よしくんのこと以外で、私が夢中になれるものって、何だろう……)

 

 美咲はそんな志保の様子を見かねて、少し意地悪く、しかし核心を突くようなことを言った。

 

「ふーん。まあ志保の場合、夢中になれるものが、もうとっくの昔に決まってるんじゃないの?」

「えっ?」

「志保が一番やりたいことってさ、結局、川島の応援なんでしょ? だって川島の世話焼いたりしてる時が一番楽しそうじゃん」


 図星を突かれた志保は、顔を真っ赤にして「そ、そんなことないもん!」と反論するが、内心ではそれを否定できない。

 

「でもね、志保。川島のヤツ、本当にとんでもないところに行っちゃうかもよ? 中学の時にはわからなかったけど、アイツがあんなすごいヤツだったなんて、全然知らなかったよ。正直言ってアタシは本当に驚いてるの」

 

 そう言われた志保は、今朝感じた不安な気持ちを美咲に正直に打ち明けてみた。

 

「うん……そうだよね……よしくんのことすごく誇らしいし、みんなによしくんの良さを知ってもらえて嬉しいんだけど、でも、よしくんがどんどん遠くに行っちゃうみたいで……それが怖くて……」


 だが美咲はそんな志保に同情するのではなく、少し意地悪く、しかし力強く励ました。

 

「ふーん。で? アンタはただ寂しがって、遠くから見てるだけなわけ? 川島が遠くに行っちゃうのが怖いんなら、あんたも一緒に走ればいいじゃない。アイツの隣で」

「私が……よしくんと一緒に……?」

 

 美咲の言葉が、彼女の中に新しい光を灯した。ただ待つだけじゃない、自分から動くという選択肢。美咲はそれを志保に教えてくれたのだ。


「私に、何ができるかな……」

「できるかな、じゃなくてさ、やるんだよ。さっさと覚悟決めなさいよ。川島があの先輩と一緒に、どんどん遠くに行っちゃうのが嫌なんでしょ? だったらアンタも川島の一番近くにいられる場所を、自分で作るしかないじゃない」

「自分で……作る……」

「そうだよ。無いなら作るしかないじゃん。でも、無いなんてことないよ。志保が川島にできること、絶対あるハズ。アンタたち二人には、それだけの歴史があるんだから」


 美咲はよく知っている。良樹と志保の二人に、どれだけ深い絆があるのかを。

 志保は「私に、何ができるかな……」と自分を卑下したかのように言うが、できることはいくらでもあるハズなのだ。

 今は凛が良樹のマネージャーということになっているが、「本来ならその役目は志保にこそふさわしいのよ。志保がマネージャーになったらそれこそ最強でしょ」と、美咲はそう思っている。

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