第9話 愛猫
スーの鑑定結果。
特別な称号などは無かったが、不審なスキルを持っている事が判明した。
それは、“愛猫”とだけ書かれている訳の分からないスキル。
愛猫、とは?
確かに愛らしい姿の猫人族ではあるが、こんなスキル聞いた事が無い。
コレと言って追記などもなく、ただただそう書かれている。
獣化などの変身スキルという訳でも無さそうだし、本当に何が出来るのか分からない特技。
唯一考えられるのは野生動物に好かれていた、アレ。
しかしどこまでがスキルの効果なのか、どの程度まで懐かせる事が分からない以上安心する事は出来ないだろう。
そしてやはりと言って良いのか、出身地も名前の表記も無かった。
だが彼女は自らをスー・サヒーと名乗ったのだ。
本来生まれた子供に名前を付ける時は、教会や役所などで特別な魔術の付与された羊皮紙に名を刻み本人に付与するのが一般的。
こうする事で“魂に刻まれる”とでも言えば良いのか、その後鑑定など受けた際にどこの誰だか分かるという形になるのだが。
彼女の場合には、この付与が行われなかった様だ。
だがこう言う事は、ままある。
そもそも教会も無い片田舎や、望まれぬ子。
または登録料さえ払えぬ場合などは、名も出身地も空欄になるのだ。
その他に分かる事と言えば種族と年齢くらいのモノだが、種族は獣人、猫人族。
ここまでは良いのだが、年齢まで空欄なのだ。
こればかりはどう言う事なのか分からない。
鑑定魔術というのは、魂と肉体から読み取れる情報を文字に起こすと言われている。
称号やスキル、名前や出身地などは魂の方から。
種族や年齢、身体能力などは肉体から。
それらを明確にして、初めて身分証として扱われる訳だが……。
「こんなにも空欄ばかりでは……証明として使えるものかな?」
「厳しい、だろうな……」
リリシアと二人でスーの鑑定結果に眉をしかめていると、少し同情した様な瞳の受付嬢が一枚の羊皮紙を差し出して来た。
「えぇと、とりあえず仮の身分証でしたらすぐに作成できますよ? こちらは身元保証人が必要ですが、それはお二人で問題ありません。冒険者ギルドに鑑定にいらっしゃったという事は、お二人は冒険者ですよね? そしてその子の登録を兼ねて、でよろしいのですよね? 正式な物とは違うので、登録しても受けられる依頼などはかなり少なくなってしまいますが」
身分証の発行自体は、意外と色々な場所で出来る。
何かの仕事に就く際、その都度新しい身分証を作る為だ。
但し今のスーの様に、ほとんどの情報が不明という状態では断られるだろうが。
その代案として上げられたのが、受付嬢の言う仮登録証。
一応は冒険者として身を置ける形になるが、登録者が何かやらかした時の責任は全て保証した人間に降りかかる事になる。
仮身分の人間が正式な身分証を作ろうとすると、どこかの国に住民として登録から始めなければいけない。
もしくは教会という手もあるが……そちらは結構な金と、とても長い時間が掛かる、数ヶ月単位で。
本来なら生まれた時にする手続きを、成長してから改めて行う訳だ。
そしてそうなって来ると、年齢によって登録費が跳ねあがる。
これには、犯罪者などが情報を偽装して再度新しい人間になる事を警戒しての措置な訳だが……スーの場合は年齢さえ空欄。
こうなってしまうと、役所に行った所で問題にされる可能性がある。
教会なんて以ての外だ。
もしかしたら“忌み子”などと言い始め、敵として認定される恐れだってあるのだから。
そうでなくても教会に在籍させ、数ヶ月に渡り“教え”を叩き込まれる事になる。
なので、とりあえず。
「仮の登録証でお願いします、保証人は我々二人という事で。このまま身分証を作ると空欄ばかりだ。備考欄に名前と、私達と同じ住所を刻印していただけますか? 名はスー・サヒーです」
「畏まりました。すぐお作りいたしますので、少々お待ちください。お二人の登録証もお預かりしますね? 年齢は……見たところ十歳にいかないくらいですかね? 九つくらいで刻印してしまって大丈夫ですか? あくまで仮で、備考欄に彫るだけですが」
「それでお願いします」
言葉を返しながら、俺達は首から冒険者登録証のプレートを外して差し出した。
それらを受け取り、彼女が視線を落した瞬間。
ピタッと停止する受付嬢。
「……グラベル・カラドロックに、リリシア・ローレンス? え? ほ、本物?」
フルフルと震えながら、受付嬢は俺達に視線を向けて来る。
くそっ……もう随分と昔の事だから、若い人なら名も知らないと思っていたのだが。
彼女が次の言葉を放つ前にスッと掌を相手に向けて、人差し指を自らの唇に持って来る。
「すまないが、今はスーの登録を頼みたい」
「は、はいっ! ただいま!」
言いたい事は理解してくれたらしく、今まで以上に慌てた様子でスーの登録証(仮)を作っていく受付嬢。
とはいえ既に鑑定も終わり、彼女の情報が書かれた羊皮紙もあるので、後はプレートを作るだけなのだが。
二枚の石板の間に鉄のプレートを置き、上から先程の羊皮紙を押し当てる。
そして魔力を流し込めば、プレートに情報が刻印された状態で完成するという魔道具。
冒険者の場合、このプレートの素材によって受けられる仕事が変わって来たりするのだ。
いわば強さの証明書。鉄から銅へ、銅から銀など。
この辺りは硬貨の価値と同じ。
プレートの種類によって、一目で相手の実力が分かると言う訳だ。
なので、スーの登録証は鉄。
最低ランクではあるが、初期登録だから仕方がない。
どうしたって仮なのだ。それに冒険者を生業にさせるつもりも無いので、今の所問題ないだろう。
「お、お待たせしましたっ!」
慌てた様子で受付嬢が差し出して来るプレートを確認してみれば、本人情報より備考欄の方が多いという不思議な登録証が出来てしまった。
裏返してみればスーの名前と保証人の俺達の名前、そして暫定九歳と刻印されている。
よし、問題はなさそうだ。
という事で俺は財布を取り出し、プレートをリリシアに渡した。
「これは大事な物だ。無くしたりしたらいけないよ?」
隣でそんな声が聞えて来る間に手早く登録料を払って、早くこの場を後にしようと考えていたのだが。
何故か、突然スーが泣き始めてしまった。
「スー!? 落ち着いて、急にどうしたんだい!?」
慌てた様子でリリシアが彼女を抱きしめるが、スーはグズグズと声を押し殺す様に泣いている。
一体何があった?
いつもならリリシアに抱きしめられていれば、ある程度は落ち着いてくれたというのに、今だけはそんな様子がまるでない。
「スー、何があった? 落ち着いてくれ、大丈夫だから」
俺も片膝を付きながら、彼女の頭に手を伸ばした瞬間。
「そこのエルフと人族! その子を放せ!」
鋭い声と共に、何者かが駆け寄って来た。
声のした方向へと視線を向けてみれば、すぐ目と鼻の先に見えるのはブーツの靴底。
まさか、ギルド内でいきなり仕掛けられた?
驚きと同時に身体を逸らし、ギリギリの所を通り過ぎるブーツ。
しかし相手の攻撃はそれだけでは収まらず。
床に付いた手を軸にして、その場で両足を振り回し始めた。
これにはリリシアも驚いた様で、左腕に抱いたスーを庇いながら、右腕を犠牲にするかの様に構えてガードしてみせるが。
「グッ! 鉛入りか……!」
鈍い声を上げながらも、相手の蹴りを逸らした所までは良かったのだが。
まるで獣の様に四足で動き始めた相手は、素早い動きでリリシアの腕の中からスーを掻っ攫って行った。
完全に奇襲が成功した状態と言えるだろう。
まさかこんな場所で襲われる事は無いだろうという慢心と、此方の想像以上の実力を持っていた相手にあっさりと出し抜かれてしまった訳だ。
スーを胸に抱いているのは、汚れたコートを羽織っている獣人の女。
フードを被ってはいるが、大きな狼の耳がはみ出している。
顔を見る限り、若い娘の様だ。
そして先程攻撃に使われたブーツは……随分とゴツイ。
鉛入りどころか、ブーツの外側にも鉄板やら牙の様な形をした装飾が付いている。
一見装飾に見えても、アレだって立派な武器なのだろう。
更にはリリシアの腕からあの子を奪い取った程だ、実力はかなりのモノと見受けられる。
「すまないが、その子を返してくれるか? 俺達が保護している女の子だ」
気分を落ち着かせてから、静かに声を掛けてみれば。
その言葉に更に機嫌を悪くしたかの様に、彼女は舌打ちを溢した。
「何が保護だ、人族め。お前達は皆そんな言葉を使って、私達獣人を道具扱いする。こんな子供まで……恥を知れ!」
ガルルッと牙を向いて威嚇して来る彼女は、より一層スーの事を抱きしめた。
本人は状況が理解出来ないのか、ポカンとした表情で相手の事を見上げているが。
「もう一度言う、スーを返してくれ。俺達はその子の事を道具扱いもしていないし、獣人を差別する気はない。俺達の大事な子供だ、解放してくれ」
深呼吸して、ゆっくりと言葉を紡いだ。
大丈夫、相手も誤解しているだけだ。
ちゃんと説明すれば分かってくれる筈。
なんて、思っていたのだが。
「安い獣人の子供を買ってパーティに入れる、数名以上などの人数制限のある依頼はコレで条件を達成する。そして使い潰す、当然の様に獣人の取り分は無し。この国の人族がよく使う手だ、下衆が」
彼女の言葉に、思わず頬が引き攣った。
今のこの国は、そこまで酷い状況になっているのか? というのと。
俺達がこの子をそんな風に扱うと思われているのか?
正直誤解云々以前に、相手の妄想と正義感をぶつけられて少々苛立ってしまった。
落ち着け、たかが被害妄想をぶつけられただけだ。
心外以外何者でも無かったとしても、ここで俺が怒鳴り散らせば更に状況が悪くなる。
という事で、再度深呼吸してから相手に向き直れば。
「見る所、この子は尻尾がないな。獣人族でも尾無しは嫌われる傾向にある、しかし買う人族からすればありがたいのだろうな? なんたって“尾無し”の方が、欠陥品として安く買えるのだから」
更に続く言葉に、ビキビキッと何処からか音がした気がする。
最初から気づいていた、スーに尻尾が無い事くらい。
だから何だと言うのか、彼女は彼女だ。
だと言うのに、言うに事欠いて“欠陥品”だの“安い”だの。
更には買う買わないと、さっきから随分言ってくれるでは無いか。
「先程冒険者のタグを首に掛けられて泣いていたのが証拠だ。これから無理に死地に向かわせられるのだから、当然だろうな。この下衆共め、もう一度言うが……恥を知れ!」
彼女の言葉に、ブチッと何かがキレた音がした。
勘違いも甚だしい。
だというのに、相手は自らが正義だと言わんばかりにベラベラベラベラと。
今の状況で言えば、お前の方が人攫いだと叫んでやりたかったが。
「此方も警告する、コレが最後だ。スーを解放しろ、さもなければ斬る。獣人だの人族だのは関係ない。俺達の家族をそれ以上侮辱する事は許さん」
静かに言い放ってみれば、此方の気配を敏感に感じ取ったのか相手の耳がピンと立ち上がってフードがずり落ちた。
そして、ギリッと牙をむき出しにしながら。
「何が家族だ……人族のくせに。私達を本心から迎え入れる奴らなどいる筈がない」
そう言って、彼女はコートの下から大きなナイフを抜き放って見せた。
そのまま正面に構える訳だが……相手の腕にはスーが抱かれているのだ。
当然、ナイフは彼女のすぐ目の前に来る。
「……っ!」
刃の輝きを見た瞬間スーが息を呑み、身を引いたのが分かった。
それだけで、俺達には“十分”だった。
ウチの子を怯えさせる輩に、鉄槌を食わらせてやる理由には。
「先程から聞いていれば……自身の価値観で語ってくれるね。十数年しか生きていない様な小娘如きが。さっさと解放しろ、でなければ容赦はしない」
リリシアもブチギレてしまったらしく、周囲には魔術による風が漂い始めた。
とはいえ、俺だって同じような状態だ。
長剣を抜き放ち、魔力を纏わせる。
これ以上スーを怯えさせるようなら、容赦などするつもりは無い。
「言葉には責任が伴う、スーを助けたいと豪語するならしっかりと守れよ? まさかとは思うが、俺達の攻撃を前にその子を盾にしたりはするまい? そんな動作を少しでも見せてみろ、肉片一つ残さないからな……」
三者三様に武器を構えながら睨み合っている中、受付嬢だけはどうしたものかと慌てていた訳だが。
今だけは致し方あるまい。
何たって勘違いによってスーが攫われそうになっているのだから。
なんて、一種即発の状態を保っていれば。
相手の頭に、バシャッと何かの液体が掛けられた。
最初は暴走する彼女を収めようと、誰かが横から水でもぶっかけたのかと思ったが。
「おい狼女、またお前かよ。いい加減学習したらどうだ? お前は鳥の獣人だったか? 三歩歩くと忘れちまうのか?」
ゲラゲラと笑いながら、他所の冒険者が彼女に向かってジョッキを向けていた。
そして彼女からは、酒の匂いが漂って来る。
「いつまでも獣人獣人って、そりゃ自分も獣人だからな。分かるよぉ? でもなぁ、現実を見ろよ。表向きには平等だって言われていても、奴隷商を覗きゃ分かるだろ? 人族と獣人ってだけで、どれくらい価値が違うのか。そう言うこった、いい加減現実を見るんだな狼娘」
また別の冒険者が、ゲラゲラと笑いながらジョッキを振り上げる。
どうやら今度は、中身だけではなくジョッキまで投げるつもりの様だ。
しかし彼女は回避行動を取らない。
腕に抱いたスーをコートの中に隠す様にして、ただジッとその場に留まっていた。
あぁ、なんとも酷い横槍が入ったものだ。
「グラベル」
「あぁ、ここまで腐っているとはな」
短い言葉だけを残し、その後投げられた木製のジョッキを持ち主に対して剣の腹で打ち返してやった。
結果、頭からビールを被る冒険者。
「て、てめぇ! こっちは味方してやってんだ! なにしやが――」
「仲間が必要に見えるか? 未熟者め。貴様らのソレは、自ら欲望の発散だろうが。そんな下らない事に、俺達を理由に使うな」
声を返しながら剣を構えてみれば、そこら中で立ち上がる一部の冒険者達。
誰しも武器を手に取り、此方に鋭い視線を向けて来る訳だが。
「相手の力量くらい図れる程度には成長しようか、クソガキ共。そちらの狼のお嬢ちゃんもそうだが、些か不快だよ。それに、スーが酒を浴びてしまったらどうするつもりだ? もしもジョッキがぶつかって怪我をしたら? そんな事があれば私は、この建物ごと全員吹き飛ばしてしまいそうだ」
怒れるエルフの風魔法が、ギルド内を包み込んでいた。
その風に呑まれるだけで裂傷を負い、者によっては武器が根元から両断されている者も見受けられる。
コレが脅しなどではなく、「少しでも下手な真似をすれば首を落す」という警告だと察した冒険者がどれ程居ただろうか。
俺達が活動していた頃は、もう少しまともだったのだが。
なんて、老人の戯言になってしまうのだろう。
「ざけんな! お前らの肩を持ってやったんだろうが! それなのに何だ? そのちびっこい獣人がそんなに大事か!? だったらこれから幸せに生きられるよう、耳を削いで“人族モドキ”にでもしてやらぁ!」
どこかの馬鹿が、そんな事を言い始めた。
「ほぉ?」
リリシアが呟いた瞬間、暴風が止んだ。
建物内には静寂が広がり、俺とリリシアの足音だけが響く。
そして、言葉を紡いだ馬鹿の目の前まで来てから。
「俺達の保護した女の子の耳を削ぐと言ったのは、貴様だな?」
相手の耳に長剣を当てた。
「言葉には責任が伴う。さっきの騒動を見聞きしていたのなら、当然覚えている筈だね?」
もう片方の耳に、リリシアが杖を当てる。
ガクガクと震える冒険者は今では涙を浮かべながら腰を抜かし、俺達の事を見上げて来ていた。
「今お前が言い放った言葉の意味を、この場で理解させてやろう」
そのまま、スッと剣を引き下ろす。
筈だったのだが。
「シャァァ!」
俺の脚には物凄く尻尾を太くしたビルが噛みつき、リリシアの頭には変な声を上げるモモンガが飛び乗って来た。
聞いた事が無い声だったが、多分アレは威嚇しているのだろう。
ブービブービブービ! みたいな変な声を上げながら、彼女の頭と顔面を行ったり来たりしている。
「……スー、何故止める」
彼女の称号にもスキルにも、テイマーと思われる文字列は見られなかった。
だらこそ、この小動物達が彼女に操られている訳ではない事は分かる。
しかしこの二匹が止めに来たのだ。
間違いなく、その原因は。
「んー! んー!」
振り返った先には、先程の狼人族の口に揚げ芋を突っ込みつつ、必死にバッテン印を作るスーの姿が。
「傷つけるな、という事なのかな。しかし、コイツ等は君の事を――」
未だ鋭い視線を向けるリリシアの元にスーが走って来たかと思えば、おもむろに芋揚げを口に突っ込んだ。
「リリシア、――?」
何を言っているのかは分からないが、多分今の俺たちが怖いのだろう。
この空気が、嫌なのだろう。
身体を小さく震わせながらも、スーは笑って見せた。
そして、続けざまに此方にも揚げ芋を差し出して来る。
それを受け取り、口に運んでみれば。
「グラベル、――?」
なんとなく、落ち着けとか、止めてと言っている気がした。
もしくは、美味しい? と問いかけられている様で。
俺達は思わず武器を下ろした。
「ありがとう、スー。美味しいよ、もう大丈夫だから」
そう言って、彼女の頭に手を置いた。
この子は強い子だ。
言葉が伝わらなくとも、とても悲しい過去があろうとも。
俺達が暴走した時に、真っ先に止めに来る勇気を持っている。
とても優しくて、とても繊細な女の子。
思わず目尻に涙を溜めながら、リリシアと共にスーを抱きしめた。
俺達の命に代えて、この子を守ろう。
そう、改めて決意した瞬間であった。




