第8話 お値段
二回くらい野営を挟んで、ついに問題の街に到着した俺達。
いや、到着してしまったと言うべきか。
途中に幾つか村があったので、もしかしてちょっと買い物に来ただけ? なんて淡い希望も抱いたのだが……残念な事に、ゴール地点はでっかい街。
そうか、やっぱりそうなのか。
この街に入る為の入国チェックだろうか? 長い列に並びながら、見上げる程背の高い門を見つめてぼうっとしていた。
『おいスー、そんな上ばっか見てるとはぐれるぞ。お前はただでさえちっこいんだから』
「そしたら俺、段ボールに入って餌待ちするわ……」
『ここ数日ですっかりおかしくなっちまったなぁ。大丈夫かぁ?』
片腕はリリシアさんと手を繋ぎ、もう片手にはビル。
そして頭の上にはモモンガというよく分からない状況のまま、俺はこれから売られるであろう大国を見つめた。
森では全然役に立たなかったし、言葉も未だに分からないけど。
出来ればお爺ちゃんとリリシアさんと一緒に居たかったなぁ……他の人の所に行くとかは普通に怖いし。
でもそれも致し方ない事なのだろう。
俺が今まで見て来た異世界系の物語って一般的に奴隷も居たし、主人公の能力が低ければ平気で追放したりする話多かったし。
確かに人権とかそういう法律とか無ければ、使えなかったら見捨てるよなぁ……ソイツの分まで周りが頑張らないといけない訳だし、自分の子供でも無ければ育てるメリットも何も無いだろう。
ここ数日何度もそんな事を考えては、何度も深いため息を吐いて来た。
せめて言葉が通じれば自身をアピールしたりとか、相手が求めている能力を伸ばしたりとか出来たのかもしれないが。
わっかんないし、全然覚えられないし。
俺、英語のテストで毎回赤点取ってたしなぁ……仕方ないよなぁ。
せめて迷子としてどっかに預けられるとか、この街に日本語でも分かる人が居るとかって理由で連れて来られたと願おう。
値札とか掛けられません様に……望みはちょっと薄そうな気がするが。
「はぁ……」
『あ~あ~辛気臭ぇ、何がそんな不満なんだよ。街っつったらアレだぞ? 人がめっちゃ集まる所だぞ? 色々ありそうだし、少しは楽しもうぜ?』
「お前は良いよな、猫で」
『お前も猫だろうが』
「ソウデシタ……」
何で俺、猫とは会話出来るのに人と会話出来ないんだよ。
絶対能力の使い方ミスってるよね、最初に出会った相手の言語に合わせるとかだったら、最初に出合う相手間違えたよね。
詰んでますわコレは。
教科書も何も無い状態で、新しく言語習得しないとスタート出来ない異世界生活とか、誰が憧れるだろうか。
こんなものを漫画やゲームにしたら、喋っている相手の言語が全部文字化けしている状態になる気がする。
そんなの絶対見ていて面白くないし、その世界に行きたいとも思わないだろう。
でも来ちゃったのだ、キャラクリもランダムな上リセット不可の状態で。
「はぁぁぁ……」
未だ深いため息を溢していれば、なんか頭の上が騒がしい。
俺が捕まえたモモンガ、名前はまだない。
何故か妙に懐いたコイツが、人の髪の毛を齧りながらひょこひょこと動いている。
全く気楽なもんだ、こっちはコレから売られるかもしれないと言うのに。
「モモンガになりたい……」
『本気で大丈夫か? お前』
ビルからは非常に心配そうな視線を向けられてしまうのであった。
――――
「何度来ても、人族の国に入るには手続きが多いね」
思わずため息が零れてしまった。
随分と長い時間を掛け、やっと入国出来たが……未だスーの様子がおかしい。
人が多い事に怯えているというより、何か落胆しているというか。
やはりあまり良い思い出が無いのだろう。
こればかりは私達ではどうしようもないが、良い思い出を新たに作る事は出来るはずだ。
グラベルに視線を向けてみれば、彼も静かに頷いてから口を開いた。
「リリシア、俺は一度馬を預けて来る。その間に何か……そうだな、アレなんか良いんじゃないか? スー、ホラ見てごらん? リリシアと一緒にアレを食べておいで」
そう言って彼が指さした先には。
「グラベル……君は私の年齢を知っているだろう? いくらスーを連れているからとは言え、まさかあの空間に飛びこめとでも言うのかい?」
「そのまさかだ。行ってこい」
それだけ言って、彼は二頭の馬を連れて預り所へと足を向けた。
彼の背中を恨みがましく見つめた後、先程言われた場所へと目を向けてみれば。
実に色鮮やかな看板が飾られた、菓子を売っている露店が。
どうやら飴菓子を扱っているらしく、スーよりも小さそうな子供達がワラワラと集まっているのが見える。
周りに集まる若い奥様方も、随分とあか抜けている様子でキャッキャウフフと。
あの中に足を運ぶのか。
齢……いくつだったかな。百を超えたあたりでグラベルと会ったから、えぇっと。
何てことを考えながら、う~むと唸り声を上げていれば。
「んなぁぁお」
ビルが唐突に声を上げ、そちらに視線を向けた結果。
そこには非常にしかめっ面のビルが、普段以上に機嫌悪そうにスーの腕に抱かれていた。
それもその筈、ビルの頭には涎が垂れているのだから。
「えぇと……スー、食べたいのかい?」
であれば、いい加減覚悟を決めようと決心した訳だが。
如何せん、彼女の視線は菓子屋の方へは向かっていない様に見える。
不思議に思って彼女の見つめる先を追ってみれば、そこには。
「アレは、なんだ? イモの素揚げか?」
やけに薄切りにしたジャガイモを油で揚げた物が売られていた。
ほぉ? あちらにも子供は多いが、大人の男性の姿もちらほらと見られる。
菓子にもなるが、酒の摘まみにもなると言う所か?
こちらの店ならば、私でも寄りやすそうだ。
「スー。あっちの飴と、こっちのイモの店。どっちが良い?」
膝を折って視線を合わせ、指差ししながら確認を取ってみれば。
彼女は迷う事無くイモの店に向かって指を向けた。
いよぉし!
街に着いたら甘い物を、なんて思っていたがあの空間に飛びこむのは私には少々辛い。
年齢の事を考えると、スーが選んだイモの素揚げの店の方が寄りやすいというモノだ。
「ではアレを食べようか。行こう、スー」
そんな訳で、私たちは芋屋の露店へと足を向けるのであった。
――――
さっきまでの憂鬱な気持ちは何だったのかという程、眼の前の物に夢中になってがっついていた。
流石は街、人類の進化を感じるぜ。
何て事を思いながら、バリバリムシャムシャしているのは。
『おい、それ旨いのか? スー』
「旨いけど、結構しょっぱいよ? ポテチ」
『あー……んじゃ俺はいいや、お前でも塩辛いなら俺にはキツイ』
先程頭に涎を垂らした事を未だ怒っているのか、ビルの奴が不機嫌そうにしながら足元を着いて来る。
しかし、まさか異世界に来てポテチが食えるとは思わなかった。
普通に塩味って感じだが、食感は非常に良い。
あぁ、青のりかけたい……とか思いながらムシャムシャしていれば、戻って来たお爺ちゃんにとても妙な視線を向けられてしまったが。
ポテチ旨いのに。
試しに一つ差し出してみれば、いつも通りの緩い表情に戻ってポリポリし出したので、布教は成功した様だ。
などと思っている内に声を掛けられ、街中を歩き出す俺達。
その間もポリポリとお菓子を摘まんでいた訳だが、とあるデカイ建物の前に立ち止まった所で現実を思い出した。
そうだ……俺は多分、この街で売られる為に連れて来られたのだ。
改めて事態を思い出し、ポテチの入った簡易紙箱を胸に抱いたままプルプルしていれば。
『どした、また腹でも痛くなったか?』
「痛くなるかも……」
『そんな塩っ辛い物ばかり食ってるからだ、肉を喰え肉を』
ビルの見当はずれな言葉を聞きながら、俺達は建物内へと足を踏み込んだ。
そこに広がっていた光景は……まさに異世界ファンタジー。
屈強な男達が酒を飲みかわし、両手に木製のビールジョッキ持った給仕が走り回り、建物の奥では非常に広いカウンターに受付嬢です! って感じの女性が並んでいる。
あれ? これはもしかして奴隷云々人身売買云々ではなく、冒険者的なモノに登録する感じなのだろうか?
もしくはモンスターをハンターする的な、雰囲気としてはそっちに近い。
俺も明日から骨の大剣を担いじゃったり、上手に焼けましたって叫ぶ感じになるのか?
そんなことを思いながら二人に連れられてカウンターまで進めば、何やらお爺ちゃんが若い受付嬢と話し始める。
全くもって何を喋っているのか分からないけど、途中チラッと受付嬢が此方に視線を向けたので多分そういう事なのだろう。
とりあえずやる事もないのでポテチを摘まんでいると、受付さんが笑顔で此方に掌サイズ水晶玉みたいなのを差し出して来た。
え、何コレ? くれるの?
ペコッと頭を下げてから、ポテチでベトベトになった方とは逆の手で受け取りポケットにしまったが。
「スー、――」
どうやら間違っていたらしく、リリシアさんが掌をギューってする動作を見せて来る。
なんか動きが可愛い。
じゃなかった、詰まる話さっきのでかいビー玉を握れって事だろうか?
ポケットから先程の玉を取り出し、渾身の力で握りしめる。
「ふぉぉぉ!」
『そんなに強く握る必要あんのか?』
ビルに突っ込まれながらも、ひたすらに握りしめていたが……あの、コレと言って変化ないんですけど。
光ったり、なんか出て来たり、ましてや割れたりもしないんですが。
ぜぇぜぇ息を吐いて皆の事を見上げてみれば、受付さんが困った顔を浮かべてこちらに掌を差し出していた。
えっと、返せば良いのかな?
思い切り握りしめていたから、手汗とか付いてたら恥ずかしいな。
何て事を思いつつお姉さんにでっかいビー玉を返してみれば、今度は何やら難しい顔で話し始める三人。
雰囲気的に想像すれば、さっきのはきっと俺の何かを調べる行為だったんだと思うんだけど。
あくまでファンタジーな妄想でなければ。
流石にあのガラス玉で握力を図っていた訳ではないと思いたい。
という事はつまり、ここで俺の隠された能力が明らかになって、周りから「おぉぉ!」って雄叫びが上がるか、もしくは今受付さんが「この能力は隠した方が良いです……」とかアドバイスしているのかもしれない。
色々と妄想を膨らませ、ニヤニヤしながら待っていれば。
次の瞬間、少しだけ困った顔をしたリリシアさんが俺の首にタグの様な物を掛けて来た。
なにこれ? 身分証みたいな物?
思わず摘まんで目の前に持って来れば、そこには良く分からない文字で色々と書かれており、裏返してみれば。
「えっ」
そこには、見慣れないが……何かの文字と、明らかに数字っぽい何かが書かれていた。
この瞬間、俺は全てを理解した。
「ビル……元気でな」
『おい、本当にどうした?』
俺の豹変ぶりに驚いたのか、ビルも心配そうに前脚で俺の脚に触れ、更には頭の上のモモンガ心配そうにプクプクと変な鳴き声を上げながら降りて来て、おもむろに俺のポテチを食い始めた。
モモンガだけはこの野郎と言ってやりたいが、今はその元気も無い。
なんたってこれ……間違いなく。
「値札首に掛けられたぁ……」
結局俺は売られてしまうらしい。
この雰囲気だったら、絶対冒険者だと思うじゃん。
これから胸躍る冒険が始まるのかと思っちゃうじゃん。
でも首に掛けられたのは値段が書かれているであろうプレート。
しかも見た限り、数字は良く分からないけどあんまり高くなさそうだし。
桁なんか一桁だ。
分かってたさ、大した値段がつかない事くらい。
だって俺狩りも出来ないし家事も出来ない、それどころか“こっち側”の言葉すら喋れないし。
そんな奴が高い値段で取引される訳ないよね、むしろ何に使えるんだって話だよね。
分かるけど、分かるけどさ。
「もうやだぁ……言葉分かんない異世界怖いぃ……」
男子中学生、ガチ泣きである。
元々強い人間じゃないし、妹にも女々しいとか情けないとか色々言われてたし。
でも仕方ないじゃん。
優しい顔をして安心させ、結局売る。
まんま詐欺にでも引っかかった気分だ。
しかも言葉も分からない地で、自身の値段も分からぬまま売られるんだから。
普通に怖いよ。
今の俺ケモ耳のちびっ子な上、女の子よ?
ゲヘゲヘ笑う油塗れのおじさんとかに買われてみなさいな。
何されるか分かったもんじゃない、舌噛んで死んだ方がマシって思えるレベルだが舌を噛む勇気なんてあるわけがない。
つまり買われるしかない。
そんな事を想像すれば、ボロボロと涙も零れて来る厄介な体な訳で。
「スー!? ――、――!」
分かんないんすよ、何言ってるのか。
リリシアさんが慌てて抱きしめてくれる訳だが、今だけは慰めにもならなかった。
俺、売られちゃったよぉ……なんて、声を押し殺して泣いていれば。
「――――!」
何やら隣から叫び声が聞こえて、リリシアさんから引き剥がされてしまった。
そして、やけに柔らかい感触が顔面に押し当てられる。
お? おぉ? 何が起きた?
などと思いながら視線を上げてみれば、そこには。
「褐色……ではなく、日焼け美女。しかもケモ耳」
そこには立派な狼? の耳を生やした女性の顔があった。
しかもこの人、リリシアさんより大きい。
あ、もしかして早速お買い上げですか? こんな人なら買ってくれて嬉しいかも。
お爺ちゃんとリリシアさんの家で三人落ち着いた生活ってのも良いが、ケモ耳美女に買って頂けるならそれも悪くないかもしれない。
何たって俺、結局売られちゃったし。
などと考えている内に口論は激化し、お爺ちゃんの方も凄い形相で言葉を紡いでいる。
もしかしてこの女の人、凄い値切りとかしているのだろうか?
状況がわからぬまま彼女の胸に抱かれていれば。
『おーい馬鹿野郎。これ、お前のせいだからなぁ?』
ビルだけは、非常に冷たい視線を此方に投げて来るのであった。




