第60話 事態の変化
「貴女テイマーよね!? お願い! その歳でどうやったらそこまでの動物を従えられるのか、私に教えて!? 見た感じ魔術を使ってる雰囲気も無かったわよね!? つまり無理やりの従魔じゃない、ただただ好かれてるって事? どうしたらそんな事出来るの!?」
何やら、凄い勢いのお嬢さんがスーに向かって突撃して来た。
露店で魔獣蟹料理を味わって満腹になった所だったので気が抜けていたのか、思わずポカンと彼女の行動を眺めてしまったが。
両手を掴まれたスーは、何が何やらと言った様子で視線をあちこちに投げていた。
い、いかん……あまりの勢いにリリシアもシャームも反応出来ないでいる様だし、俺が何とかしないと。
「すまないお嬢さん。この子は此方の地方の言葉が――」
そう言いながら彼女に近付こうとした瞬間、護衛の男二人がスッと前に出て道を塞いで来た。
ほう、コレはまた。
なかなか出来そうな雰囲気を放っているではないか。
「今、姫……ではなく、お嬢様はこの方とお話されております。申し訳ありません、少々お待ちくださいませ」
「あまり不用意に姫……じゃなかった。お嬢様に近付こうとすると、俺等も黙っていられない立場なモノで。すんませんね、ちょっとだけ時間下さいな」
えぇと、はい。
嘘だよな? まさかとは思うが、先程言いかけた内容が本当な訳ないよな?
もしも本当だった場合、スーの引き運はとんでもない事になっているのだが。
以前の国でも、ちょっとお手伝いに行った相手がアグニとアレクシアだったみたいだし。
流石に嘘だよな? 嘘だと言ってくれ。
「まさかとは思うが、この方は此方の国の王女殿下だったりは……」
「「断じて違う! 絶対違う!」」
護衛二人が、非常にダラダラと汗を流しながら焦った様に声を上げた。
コイツ等、隠す気があるのだろうか?
絶対に護衛に置く人物を間違っている気がする。
「とにかく、すまないがウチの子はこの周辺の言葉が喋れないんだ。あまり勢いよく迫られると怯えてしまう、一度止めたいのだが」
「え? あ、遠くの国の方なんですか?」
「やっば、ウチの姫様勢いしかねぇから絶対嫌われるぞ」
もはや隠す努力を忘れているのか、彼等は焦った様に背面に居る彼女達の方を振り返った。
いやうん、今普通に姫様って言ったな?
そして君達、意外と軽い性格をしているな?
「何はともあれ、何か話があるなら聞こうと思う。なので一度皆腰を下ろしてゆっくり――」
「キャァァ! 嘘、本当に!? こんな事ってあるの!? ガウム、タウラ! 見て見て! 契約さえ結んでいないのに、兎が抱っこさせてくれたわ!」
一度お話合いを、なんて思ったその瞬間。
向こう側では悲鳴が上がり、兎を抱えた女の子が護衛二人にキラキラした瞳を向けながら抱えた小動物を見せていた。
あれ、間違いなくスーが飼っていた兎だよな?
人に懐いて来たとは思ったが、あそこまで騒いでも逃げない程になっていたとは。
「姫様スゲェっすよ! テイマーとして一歩前進じゃないっすか!」
「良かったですね、姫様。あちらのお嬢さんにお借りしたのですか? お礼は言いましたか?」
「あっ、そうだった! 貴女、名前はなんて言うの!? ありがとう! 私はイリーゼ、よろしくね!」
怒涛の勢いでスーに迫る彼女は、最初こそフードで顔を隠していたというのに。
今では興奮のあまり完全に顔を晒しながら、その場で飛び跳ねそうな程喜んでいる御様子。
肩くらいで切りそろえた茶髪の髪を揺らし、そして頭からは……熊だろうか?
獣人である事は間違いないらしく、丸っこい耳がピコピコと揺れ動いている。
とても嬉しそうだ。
そして何よりスーとそう歳も変わらなそうな見た目をしており、見ている側としては非常に和む。
が、そろそろスーに手を貸してやらないと本人も困り果てているだろう。
なんて思っていたのだが。
「え? え? 嘘でしょ? こっちも抱っこさせてくれるの? このグリフォン……それにモフモフの猫に、キャッ!? モモンガまで乗って来た!」
何やら向こう側は盛り上がっているらしく、小動物にまみれたお嬢様……もといお姫様が騒いでおられる。
盗み聞きした様で申し訳ないが、イリーゼさんと言っただろうか?
イリーゼ姫殿下と呼んだ方が良いのかもしれないが。
「とにかく、一度座って話さないか? そちらが敵意を向けないのであれば、我々も手を出すつもりはない」
そう提案してみれば、護衛二人は顔を見合わせた後。
「大変、お騒がせしました……少しの間、相席してもよろしいでしょうか?」
「えぇっと、すんませんっした。俺等護衛で……何かあると不味いって事でしゃしゃり出ましたけど。マジですんません」
二人揃ってペコペコと頭を下げ始めたではないか。
恐らく兄弟なのだろう、雰囲気は違うがやけに似た見た目の二人。
片方は落ち着いた様子の長髪に、もう片方はツンツンと毛が跳ねたような少々荒っぽい外見。
それでも、顔と動作はよく似ている気がした。
「こちらこそ、警戒したとはいえ敵意を向けて悪かったね。スー、こっちにおいで。皆でお話をしよう」
呼びかけてみれば、小動物を全て相手に預けた状態のスーが此方に戻って来た。
そして、ちょこんと元の席に腰を下ろす。
良かった、今回は急にトラブルに巻き込まれる様な状況にならなかった様だ。
「それでは、えぇと」
「あっ、すんません! 俺飲み物買って来ますね! 摘まむ物を買って来ますんで、先に始めててください!」
それだけ言って、軽い方の護衛が露店に向かって走りだしてしまった。
なんというか、凄いな。
完全に向こうのペースに飲まれている気がする。
――――
また、凄い子が来た。
何を言っているのかは分からないが、とにかく人懐っこいのは分かる。
しかも、クマ耳なのだ。
まん丸のケモ耳がピコピコ動いているのだ。
あら可愛い、なんて言ってしまえるもう一つの理由。
何となく俺より幼そうというか、とりあえず背は小さい。
だから何だと言われそうだが、そんな女の子が興味津々で絡んで来た上、クマ耳を揺らしながら何かする度にオーバーリアクションで喜んでくれるのだ。
えぇんやで、みたいな感じで全てを許してしまいそう。
“こっち側”に来てから、初めての妹以外の年下キャラと言って差し支えないだろう。
そんな彼女が、小動物を渡す度にとても喜んでくれるのだ。
何か和む。
というのと、こんな子が妹だったら非常に楽しい毎日になりそうだ。
などと思いながらも、お爺ちゃんに呼ばれた為席に戻ってみれば。
「――!? ――――!」
即座に隣の席に腰を下ろすクマっ子。
その瞳は非常にキラキラしており、青春真っ盛りな御様子。
あぁぁ、俺もこんな妹が欲しかった。
この子だったら一日中ニコニコしながら相手していられる気がする。
俺を蹴っ飛ばしたり、無理難題を要求してきたりはしないのだろう。
妹、おい妹。
お前もこの子を見習え。
『スー、兎。抱き直してやる様に言ってやれ、あれじゃ苦しいぞ』
「お? マジか、了解」
我らがビル様に助言を頂き、妹系クマっ子のお手を拝借。
今一度兎の位置を直してやり、彼女の膝に上手く収まる様に位置を変えてやれば。
「こんな感じかな?」
『問題ねぇみたいだな。俺はそっちに戻るぞ……あんまりワッシャワッシャと触れるのは好きじゃねぇんだ』
そんな事を言いながら、ブサ猫様が俺の膝の上に帰って来た。
まぁ確かに、たまにモフるくらいで基本抱っこか足元付いて来るから放置だもんね、俺。
猫って構われたくない子も居るみたいなので、常日頃から触るって言うより“傍に居る”って感覚を心掛けていた訳だが。
ビルの場合はまさにコレだったらしい。
「お疲れ様、嫌じゃなかったかい。モフ猫様は」
『んーまぁ興奮すると鬱陶しいけど、触り方は悪くねぇんじゃねぇか? お前の妹程嫌悪感は無い』
「ハァハァしながら寄って来る訳ではないもんね、この子」
思い切り溜息を溢してビルを緩くナデナデしていれば、隣に座ったクマっ子が未だ興味津々と言わんばかりの瞳を此方に向けているではないか。
……え、何?
「――! ――――!」
「ヘイ、ビル。通訳よろしく」
『コツを教えてくれとよ』
「何のコツだい?」
『動物の扱いじゃねぇか? コイツすげぇ喋るから疲れる』
「参ったね、俺にも分からん」
『だろうな、そんなもん感覚でしかないからな』
ビルからもあまり良さそうな助言は頂けなかったので、どうしたものかと彼女を見てみれば。
おやおや、ちょっと先輩面出来そうな個所を見つけてしまったぞ?
「えっとね、グリフォンは四足獣って事もあってかあんまり前脚を浮かせる持ち方は好かないみたいなのよね。なので、こう。抱っこするって言うより、膝に乗っけておく感じ。抱き上げるより、顎だけ手に乗せる感じにすると気持ち良いみたい」
彼女の腕からグリフォンのモモを外し、膝の上に乗せてみれば。
モモは気持ちよさそうに目を細めて、クマっ子の膝の上でペタリと伏せ始めた。
あらあら可愛い、ウチの妹には威嚇の声を上げていた個体とは思えない程だよ。
「後はそうだな……兎も、こう。ほら、あんまり抱き上げると苦しそうにするから、こうやって余裕を持たせるか、やっぱり膝の上に乗っけて」
とか何とか、言葉が分からないながら小動物の扱い方をレクチャーしていれば。
クマっ子が、完全に溶けた。
膝の上ではグリフォンと兎がスピスピ言いながら眠り、ニッコニコの彼女の肩にはムムがへばり付いている。
わぁぁ……小動物塗れだぁ。
とか思ってしまうが、彼女の自身が幸せそうなので良しとしよう。
ウチのブサ猫は、滅茶苦茶呆れた目で相手の事を見ているが。
「これって、結構好かれてるって事なんだよね? コツがどうとか言ってたけど、平気そうじゃん」
膝の上に居るビルに問いかけてみれば、コイツもコイツで飽きて来たのか。
俺の膝でゴロンゴロンと転がりながら。
『ま、嫌われちゃいないわな。しかしアレだ、魔力の関係だ。コイツ等はリリシアで結構慣れてるが、そこらの小動物じゃ逃げられるんだろ』
「どゆこと?」
『そのチビは魔力の流れが特殊な上に多い、多分テイマーだろうな。動物にも感じ取りやすい魔力が漏れてんだよ。だから余計にそこらのヤワな奴等じゃ逃げるって事だ』
「つまりこの子、結構強い? あれ? でも魔力強いと魔獣には嫌われるんじゃなかった?」
『制御出来てねぇみたいだからまだまだとしか言えんがな。魔力が多くて警戒されんのは、せめてグラベル以上、お前の妹は規格外ってだけだ』
「俺の周り、もしかしてとんでもない人ばっかり?」
『もはや今更だろ』
そんな台詞を溢しながら、俺がビルの鼻先にちょいちょいっと伸ばした人差し指をパシッ! と両手の肉球で掴み取るビル。
すまんて、気になっちゃったか。
というか、やっぱ自分では全然使えないから魔力関係とか良くわっかんねぇなぁ……。
ビルがかなりふんわり説明してくれるから「ふーん?」くらいで済んでいるが、実際にはもっと色々あるのだろう。
「んで、この子は結局何を求めて俺に話しかけて来た訳?」
『テイマーとして、色々教えてくれってよ』
「へぇ、そりゃスゲェ。俺もテイマーになりてぇよ」
『ある意味テイマーな気がするが……まぁ良いか。グラベル達も興味を持ってるみたいだし、もうちょっと関わってみるか? どうやらコイツ等、金持ちらしい。旨いもんが食えるかもしれんぞ』
「マジで?」
『多分な? 分からんけど』
ビルの一言により、俄然労働意欲が湧いて来た。
やはり人間は、旨い物食って明日からも頑張ろうって思える生き物ですよね!
俺より小さい子相手に何を言っているのかと自分でも思うが、でもお金持ちなら美味しい店とか知ってるかもしれないし。
グルメ調査を手伝って貰おう。
なんて言い訳を考えていれば。
「お、おぉ!? どうしたムム」
さっきまでクマっ子の肩にくっ付いていた筈のムムが、ダッシュで俺の頭の上に戻って来た。
相も変わらず、兎とグリフォンは向こうの膝の上に乗っかっているが。
「どうしたムム? まだ向こうのクマっ子を喜ばせてやってて良いんだぞ? こっちに来たって、今は飯の一つも――」
なんて事を言った瞬間。
ズンッと、肩に衝撃を感じた。
今まで感じた事の無い、鋭い痛み。
いや、え? なにこれ。
そんな事を思っている間にも、衝撃に耐えきれなかった俺の体は吹っ飛んでいく。
『スー! 大丈夫か!? 待ってろ、すぐ相手を探して来てやるからな!?』
ブサ猫はその場から駆け出し、他の小動物達が此方に寄って来るのが分かった。
しかしながら。
「ぃ、いってぇぇ……! なに、ナニコレ。なんで狙撃されてんの俺……」
ジンジンと痛む肩に視線を向けてみれば、矢が突き刺さっているではないか。
マジでいてぇ、冗談じゃなくいてぇ。
思わず涙をボロボロと溢しながら歯を食いしばっていれば。
「――――!」
リリシアが何か呟いた瞬間、広場は風に包まれた。
間違いなく、ブチギレてる。
そんな表情を浮かべながら、矢が飛んで来た方向を睨んでいる御様子だが。
ダンッ! と凄い音を立てて、今度はシャームが跳躍した。
いや、うん。
何か凄い事態に発展してしまった様だが、全然意味が分からない。
残るグラベルだけが此方に走って来て、俺の肩にぶっ刺さっていた矢を引っこ抜いてくれた訳だが。
「あぁぁぁ!」
思わず泣き叫び、デカい声を上げてしまった。
非常に情けない状況ではあるが、致し方あるまい。
すっげぇ痛いし、抜く瞬間とかゴリッって言ったのだ。
もはや痛すぎてボロボロ涙が出て来るし、呼吸も荒く今自分自身が何やってるのかもよく分からなくなってくる。
しかしながら。
目の前に、頼もしいモモンガが着陸して来たのが見えた。
「ムム、ムムごめん。また頼む、滅茶苦茶いてぇ……」
泣き叫びたいのを我慢しながら言葉にしてみれば、プクプクと変な声を上げたモモンガ俺の傷口に向かって身体をよじ登って行った。
これで平気な筈、死ぬ事は無い。
ホッと一息ついてみれば。
「あ、不味い……」
未だ続く痛みと、衝撃的な感覚に意識が飛びそうになっていた。
俺は平和な場所で過ごしていた人間だし、致し方ない事なのかもしれないが。
それでも、こんな状況で意識を飛ばすのは怖いというもので。
「どうにか、どうにかぁ……あぁ、無理だコレ」
とりあえず、矢がぶっ刺さった腕が物凄く痛いのだけは分かった。




