第55話 何故居る
「中に入ってみれば、意外と快適な街じゃないか」
宿に到着してから、えらく気が緩んだ様子でグッと体を伸ばすリリシア。
先程食べたおでんが予想以上に旨かった為、酒が進んでしまったのもある。
森に引き籠ってばかりだと、やはり街に来た時に財布の紐が緩くなってしまっていけない。
とはいえ、今回は皆満足そうにしているので後悔などはないが。
「私は冒険者ギルドに顔を出して来ようと思う。恐らく私一人の方が、トラブルも少ないだろうからな。師匠たちは先に休んでいてくれ」
荷物を降ろしたシャームが、すぐさま仕事に取り掛かろうとしている。
もう少しゆっくりしてからでも良いんじゃないか? なんて思ってしまう訳だが。
「私達の仕事は先行したパーティの助力だが……その、王族から期待されたのなんて初めての経験だからな、私も少し張り切っているのかもしれない。無茶はしないと約束するから、安心してくれ」
それだけ言って、彼女は最低限の装備を整え部屋から出て行こうとしたが。
その背中に、もう一人小さいのが飛びついた。
「シャーム! ――!」
「どうした? スー。ちょっとお仕事をして来るだけだから、部屋で待っていてくれればすぐ帰って来るぞ? 私だけ部屋が違うという訳ではないから安心しろ」
シャームの言う通り、最初はスーがそういう類の勘違いでもしているのかと思ったのだが……どうやら違うようだ。
彼女を一度止めたかと思えば、急いで自らもコートを羽織って隣に並び手を繋いでいるではないか。
「一緒に行きたいのか?」
「――、ぃーく」
シャームの問いかけに、たどたどしい雰囲気で答えるスー。
どうしたものかと視線を投げかけられてしまい、苦笑いを浮かべてから一つ頷いて見せた。
「ギルドから随分近くの宿を取ったからな、少しの散歩程度になるだろう。良いんじゃないか? シャームが居ればスーが手を離す事もないし、スーが居ればシャームが無茶をする事も無い筈だ。多分まだ新しい街に来た事で興奮しているんだろう、連れて行ってやってくれ」
少々警戒心が薄い様に感じるかもしれない発言だが、本当に目と鼻の先に冒険者ギルドがあるのだ。
それこそ、窓から顔出せば建物が見えるくらいに。
更に言えば、スーはシャームに前以上に懐いている。
仲の良い姉妹の様に、森の中でも手を繋いで歩いている程だ。
「そういう事なら、了解した。少しギルドの様子を見て来るのと、先行したアーラムの冒険者が居れば、話を聞いて来よう」
「あぁ、そうだった。俺達が知っている顔だと言っていたから、“豪鉄”のメンバーかもな。なら、少しゆっくり話して来ると良い」
なんて緩い会話をしてから、シャームはスーを連れて部屋から出て行った。
結構な頻度でトラブルに巻き込まれる子ではあるが、獣人の国で獣人の二人が動き回るのであれば問題はあるまい。
そんな事を思いながら、ふぅと息を吐き出してソファーに身を沈めてみると。
「ふふっ。何だかんだ言いつつも、流石のグラベルも長旅は疲れると見た」
クスクスと笑うリリシアが隣に腰を下ろし、ぽんぽんと膝を叩いて見せる。
「この歳だからな、やはり衰えているのだろう。数日馬に乗っていただけで、まさか門番の態度にあそこまでイライラしてしまうとは」
はぁ……とため息を吐いてから答えてみれば、リリシアはムスッとした様子を見せながら更に膝を叩く。
「愛する者達を馬鹿にされれば、誰だって苛立つものさ。そんな事より、早く頭を乗せろ」
「膝枕をされる歳ではないと思うんだが」
「こういうのは歳の問題じゃないんだよグラベル」
という事らしく、ガシッと頭を掴まれて彼女の膝の上に頭を乗せられてしまった。
「人族は歳を取ると我慢ばかり覚えるからな、たまにはゆっくりすると良い。久し振りに二人きりなんだ、しっかり甘えると良いよ」
とかなんとか言いながら、頭を撫で始めたリリシア。
これは不味い。
酒の影響もあるが……早くも眠くなって来る。
「二人が帰って来る頃には起こすから、寝てて良いぞ?」
彼女の言葉を最後に、俺の意識はゆっくりと夢の世界に旅立って行った。
最近、移動続きだったからな……。
――――
せっかく新しい街に着いたというのに、リリシアはリラックスモードだしグラベルは何だか眠そうにしていた。
その為、お出掛けしようとしていたシャームにくっ付いて来てみれば。
「暗くなって来たのに、結構露店あんのなー」
『向こうの街でもあったのかもな。基本夜出歩かなかったから分からんが、食い物の匂いはしてた』
「まーじか、勿体ない事した気分」
現在はシャームと手を繋ぎながら、夜になりかけの街中をお散歩中。
いっぱい食って小動物達も眠くなって来たのか、兎とグリフォンのモモは俺が陣取ったベッドで一緒に丸くなってしまった。
という訳で、今はビルとムムの二匹。
非常に軽装である。
「あ、見て見て。何か変な道具売ってる」
『良く分からん玩具なら、あの太いのから貰ったのが残ってるだろ? 遊ぶならアッチにしろよ。アイツに返せって言われたら不味いとか心配して、バッグに押し込んだままだろ』
「やっべ、籠手だけじゃなくてアレも持ってきちゃったか」
『お前はもう少し荷物を整理する癖を付けような?』
もはや完全に保護者みたいになっているブサ猫と会話しながら、そこら中で明かりを放っている露店に目移りしてしまう。
結構おでん食べたから、食べ物系には惹かれないかな? なんて思っていたのに。
あら不思議、珍しい物とか懐かしい物とか売っていると普通に涎が垂れそうになる。
「スー、――?」
『離れんなとさ、ちゃんと手繋いでおけよ?』
「あいあーい」
緩い言葉を返しながらシャームと一緒に歩いていけば、割と最初から見えていた大きな建物に到着した。
あれ? 目的地ここ? 意外とご近所さんだった。
もうちょっと色々見て回りたかったなぁとか思いつつ、シャームと一緒に建物に入ってみれば。
「――――! ――!?」
「――!」
何やら、非常に騒がしいというか。
怒鳴り合っている声が聞えて来る。
周りを見る限り冒険者ギルド的なアレだろう、前の街にもあったし。
皆鎧を着ていたり剣を担いでいたりと、見るからにって雰囲気がある。
ただ何というか、獣人が多い?
頭からケモ耳を生やした男女が多く見受けられる気がする。
コレだけでも、街によって違うんだなぁという感想になる訳だが。
はっきり言おう、それどころじゃなかった。
「なぁビル、妹が居る」
『居るなぁ……またアイツかよ』
カウンターの近くで、妹より遥かに身長の高い相手と胸ぐらを掴み合っているではないか。
アイツは……アイツはぁぁ! どこに行ってもトラブルしか起こさねぇなマジで!
思わずシャームの手を振り払い、集まっている屈強な方々の間を走り抜け、辿り着いた先に居る妹の頭を引っ叩いた。
「雅! お前こんな所まで来て何やってんだ! 次から次に問題起こすんじゃねぇよ! ごめんなさいしなさい!」
『おー、珍しくしっかりしてるじゃねぇか』
付いて来たビルはニッと笑いながら言葉を溢すが、正直俺としては気が気ではない。
相手は尖った耳まで合わせれば身長二メートルくらいあるんじゃねぇの? という巨漢。
身長は高いが結構ヒョロっとしているというか、そんな感じだが。
しかし俺の様な身長からすれば巨漢な訳で、普通に怖い。
という訳で未だポカンとしている妹の頭を掴んでから、一緒にペコッと頭を下げた。
「ウチの妹がすみません。まだまだ生意気なクソガキってだけなんで、大目に見て頂けるとありがたいんですが……」
謝罪しながらチラッと相手を覗いてみれば。
「あ、これもしかしてヤバい?」
相対する彼はニッと口元を吊り上げながら此方に手を伸ばして来ていた。
装備やら見た目やらもあって色々怖い! ビルー! たすけてー!?
――――
「スー! 急にどうした!?」
人混みをかき分けて彼女の元へと向かった所。
「なんだなんだ? 随分とそっくりな顔だが……嬢ちゃんは獣人なんだな? 姉妹って訳じゃ……ねぇか、こんだけ性格が違えばな。こっちの子の方が育ちも良さそうだ」
グリグリとスーの頭を撫でまわす獣人の男が言葉を発すれば、周囲からは笑い声が轟く。
「誰の育ちが悪いですって!?」
「お前だよお前。ったく、この国で人族がイライラする事があんのは珍しい事じゃねぇが……なんだよ、俺とぶつかってスッ転んだ程度で絡んで来やがって。俺らは実力主義だから種族なんぞ関係ねぇって言ってるだろ? だって言うのに、自分が人族だからってイチャモン付けんじゃねぇ!」
再び当事者同士で言い争いが始まりそうになった瞬間、スーが彼女の頭を引っ叩き再び頭を下げさせる。
あの子は……見間違えるはずもない、スーと同じ顔のミーと呼ばれていた少女だ。
そして彼女のパーティも居るらしく。
「本当に、ほんっとうにウチのメンバーがすみません。この子馬鹿なんで、直情型なんで。ちょっと目を離した隙にご迷惑をお掛けしました」
皆揃ってペコペコしていた。
一応何事も無く収まりそうな雰囲気ではあるが……ギルドに来ただけでこの騒ぎか。
というか、先行していた調査隊って彼女達の事だったのか。
ちょっと、いやだいぶ先行きが不安になってきたのだが。
思わずため息を溢しながら、皆の下へと足を運び。
「スー、こっちにおいで。あまりトラブルに首を突っ込む物じゃない」
名前を呼んでみれば、若干涙目のスーが此方に帰って来た。
まぁこの子からしたら相手はデカい獣人な上に、言葉も分らない訳だからな。
怖いと感じてしまったのも致し方あるまい。
「えぇと、そっちの嬢ちゃんはアンタの所の子供かい? わりぃな、何か怖がらせちまったみたいで」
「いいや、大丈夫だ。この子はここらの言葉を知らなくてな、だから余計に勘違いしてしまったのだろう。こちらこそすまない」
「あっちゃぁ……マジか。あ、ちょっと待ってくれよ? お嬢ちゃん、何か食いたい物は無いか? 怖がらせちまったお詫びに、おっちゃんが何でも奢っちゃうぜぇ? ホラ、何が食いたい? ここのギルドは結構飯も旨いぞ?」
そんな事を呟きながら、彼はメニュー表を持ってスーの前に座り込んだ。
見た目に似合わず、と言ったら失礼なのだが。
随分と子供好きの様だ。
今ではニコニコと微笑みを溢し、スーにおすすめ料理を紹介している。
「……なんでアンタ達が居る訳?」
男性と、おどおどしたスーを他所目に。
ミーという冒険者が此方に声を掛けて来た。
私達からすれば、逆に何故お前達が居ると問いたい所ではあったが。
「些か今回の仕事には向かないメンバーだと聞いたので、我々が増援に来た」
「何かムカつく言い方ね」
ムスッとした様子で此方を睨んで来た瞬間、スパーン! と良い音を立てて、後ろからパーティメンバーが彼女の頭を引っ叩いた。
「ミー、そろそろ自覚しようか? 今回は誰のせいでトラブルが起きた? 確かにイライラさせてくれる環境が多かったのは分かるけど、関係ない人に八つ当たりする必要はないよね? ミーが強いのは私達も認めてるけど、そろそろ周りを見る能力を養おうか? ココにはミーの代わりに謝ってくれるお兄さんは居ないんだよ? 代わりに年下の女の子に謝らせちゃったね? この状況を見て、君は何も思わないのかな?」
おそらく彼女達のパーティリーダーであろう人物が、表情に影を落とした状態でニコニコ微笑みながら彼女の頭をガシッと掴んでいた。
これはまた……なかなか尖ったパーティの様で。
そして彼女達の行動を見るに、調査には向かないのかもしれないと言うのも納得できる。
スキルを大量に保有しているとの事だから、確かに今回の仕事が危険なモノだった場合、一人でも危機を脱する事が出来るのかもしれないが。
どちらかと言えば、自ら危機を招きそうな雰囲気があるのだが……。
「そちらも、大変そうだな……」
「申し訳ないです。えぇと、アーラムからの増援って事で良いんですよね? すみません、私達だけじゃあまり調査が進んでおりませんので……」
予想通り、向こうも向こうで困った状況になっているらしく、コソッと耳打ちして来た。
なんともまぁ、溜息を溢してしまいそうになるが。
「シャーム! シャーム! 旨い!」
「狼のお姉さんや、この子海老が食いたいみたいなんだが平気だよな? 俺からの詫びだ。あぁ、すぐ帰るってんなら土産にしてもらうから遠慮しないでくれよ?」
やけに興奮した様子のスーと、先程の男性が意気揚々と此方に話しかけて来た。
こっちはこっちで、早くも和解したらしい。
本当にスーは色んな所で人から好かれるな……。
問題の一行とは違う意味で、思わずため息が零れてしまうのであった。




