第44話 いつか聞いた、その声
「くそっ、思った以上にやるじゃないか……」
スーに似た少女の剣を受け流しながら、どうにか拘束しようと試みるが。
中々どうして、大量のスキル持ちというのは厄介だ。
まだ戦闘経験は浅いのか、大雑把な動きが多いが。
それでも、何かしらのスキルを使ってスルリと逃げられてしまう。
殺すつもりで行くのならもっと簡単なのだが、今回はそう言う訳にもいかない。
そしてどうやらリリシアの方も似たような状況になっているらしく、苦戦を強いられているようだ。
単純に攻めて来てくれるだけならまだしも、鬱陶しい道具まで使い始めた様で白い煙が部屋の中を包んでいく。
「グラベル! 少しくらい怪我をさせるつもりでいかないと埒が明かないぞ! いつまでも手加減しながらでは、その分周りに被害が出る!」
「致し方あるまい……王子! 少しだけ部屋が荒れるが、許せよ!」
叫んでから剣に魔力を纏わせ、相手の剣を思い切りブッ叩いた。
バリンッと普通の金属なら聞こえないであろう音が室内に響き、少女の長剣は砕け散って持ち主に向かっていく。
咄嗟に片腕で防ぐ体勢は取った様だが、防ぎきれなかった剣の欠片が彼女の体を傷付けている。
スーと同じ顔をしている為かズキリと胸の奥から痛みを感じたが、今はそれを気にしている暇はない。
「許せ」
武器を失った相手の懐に飛び込み、拳に魔力を纏わせながら腹に叩き込んだ。
幸い防具の下に鎖帷子も着こんでいた様で、大きな怪我にまでは至らないと思うが……些か心配になる勢いで吹っ飛んでいき、壁に激突してから動かなくなる。
よし、先ずは一人。
すぐさまリリシアの援護に入ろうと振り返ってみれば。
「流石は元暗殺者、こういうのには慣れているか。助かったよ、ジローとやら」
リリシアの魔術に拘束されながら、気を失っている少女が三人。
彼女達の中心に、ジローと呼ばれた王女の護衛が静かに立っていた。
まるで釘の様な武器と、もう片手には何やら小瓶を持っている。
何かの薬を使って大人しくさせたのだろうか?
「とにかく、この鬱陶しい煙を退かしてしまおう。グラベル、窓を開けてくれるか?」
言われた通り手近な窓を開け放ってみれば、リリシアが風の魔術を使って煙を押しのけていく。
とりあえず一段落かと、安堵の息を溢したのだが。
「まて、皆は何処だ?」
煙の無くなった室内には、地に伏せている四人と俺達三人の姿しかない。
シャームが皆を室外に退避させたのか?
しかしこの場には車椅子に乗っている王子だって居たのだ。
そう簡単に移動できると思えないんだが……。
「とにかく廊下に――」
なんて言葉を発した瞬間、室外からシャームの怒鳴り声が響いて来た。
慌てて廊下へと走り出してみれば、そこには燕尾服の男を取り押さえながらナイフを突きつけているシャームの姿が。
そして。
「アクレシア王女!?」
青い顔で倒れている王女の姿と、彼女に必死で呼びかけている王子とスーの姿が。
リリシアがいち早く彼女の元に駆けつけ、魔術を行使しようと掌を向けるが。
「あははっ! 無駄だ無駄! 高位の回復術師でも治療が間に合わなかった程の猛毒だ! 残念だったなぁ!」
「貴様っ! 解毒薬を出せ! 暗殺者の類なら持っていない訳が無い!」
「生憎と俺は薬師でね、普段から解毒薬を共に持ち歩いている訳じゃない。俺の部屋に行けば揃ってるぜ? 探して来たらどうだ? お前みたいなのに、薬の種類が分かるとは思えないけどなぁ」
未だゲラゲラと笑い声を上げる男は、どう見てもこの城に仕えているのであろう執事。
何が彼をここまで駆り立てる?
また以前の様に敵国からの刺客だったとしても、こんな捨て身の様な作戦を取る程に切迫している状況なのか?
色々と気になる所は多いが、今は王女が先だ。
「リリシア、どうだ?」
思い切り拳を握りしめながら、王女の事を診ている彼女に問いかけてみれば。
「厄介だな……ソイツの言う通り、結構な毒の様だ。解毒魔術が間に合わない」
顔を顰めながら彼女が言い放った瞬間、ジローがどこかに向かって走り出した。
「ジロー! 何処へ行く!?」
「――、――――!」
彼は何かを叫びながら、シャームに取り押さえられている男を指さした。
そうか、彼なら毒薬の類の知識はあるのかもしれない。
そして取り押さえられた男の事も知っている様で、迷いなく彼の部屋へと向かったのであろう。
だとすれば、後はジローに任せる他ない。
「喋れないお付は間に合うかなぁ? それに、悪い事は続くってもんだろ? もしもアイツが薬を見つけても、それだけじゃ足りない。冒険者の娘四人にもまた、別の毒を仕込んである。ざーんねん」
「貴様! 狂っているのか!?」
ニヤニヤと笑う男の声が響いた瞬間、シャームも激情に任せてナイフを更に相手に押し付けるが。
もう、今この場でコイツから聞き出せることはないだろう。
よって。
「少し静かにしていろ、不快だ」
取り押さえられた男の顔面を、靴の踵で踏み抜いた。
殺さない程度にしたつもりだが、床に叩きつけられた事により凄い音が響き渡る。
これでやっと静かになった、が。
「状況は良くないな……」
思わず奥歯を噛みしめながら、皆の元へと戻るのであった。
――――
さっきからヤバイ事態の連続で、マジで混乱して来た。
妹達は暴れるし、煙幕でろくに見えなくなったと思ったら新キャラ出て来るし。
その人に案内されながら煙だらけの部屋から脱出した瞬間、お姫様が倒れちゃうし。
滅茶苦茶慌てながらファットマンと一緒にお姫様に声を掛けていたら、今度はシャームがさっきの人に刃物突きつけてるし。
もうね、意味が分からない。
とか何とかやっている内にも、お姫様はどんどん顔色が悪くなっていき、今では呼吸も浅い気がする。
これ、絶対不味いヤツだ。
どうしたら良いのか分からず、ひたすらにお姫様に声を掛けていれば。
「――!」
室内での戦闘が終わったのか、皆が来てくれた。
良かった、多分これで安心だ。
今ではリリシアがお姫様の事を診てくれているし、多分すぐに……。
「こいつの部屋なら分かる! 俺が解毒薬を探して来る!」
次郎さんが、そんな事を叫びながらどこかへ走り去ってしまった。
彼の後姿を見送ってから、遅れて脳みそが事態を理解し始めた。
「え? ……毒? だって、お姫様あれから何も食べてない」
もはや唖然としながら言葉を紡ぐが、俺の声に答える人は居ない。
当然だ、俺の言葉は今この場に居る皆には伝わらないんだから。
そして、リリシアが治療しているのにどんどんと顔色が悪くなっていくお姫様。
え? なんで? だって、毒を盛られるタイミングなんて……。
あの煙幕が毒だったとするなら、彼女だけが苦しんでいる理由にならない。
だとしたら他に何が……なんて思って周囲を見回した所で、先程までお姫様が口を押えていたハンカチが目に入った。
もしかして、アレが?
だとしたら燕尾服の人にシャームが怒っているのも分かる。
コイツが犯人だ、多分夕食の時の毒も彼がやった事なのだろう。
そこまで思考が追い付いて、サッと背筋が冷えていく。
だって、もしもあの時の毒と同じ物が使われていた場合。
『人間にとっちゃ猛毒だ』
ビルが、確かにそう言っていたのだ。
その証明とばかりに、治療されているのに顔色が悪くなっていくお姫様。
もしも煙が出た瞬間、俺が慌ててばかりいないですぐに彼女にハンカチを差し出していれば、結果は変ったのかもしれない。
あの状況だったのだ。
知らない顔が急に出て来た事にもっと警戒して、抵抗していれば違ったのかもしれない。
そんな後悔とも反省ともつかない思考が、グルグルと頭の中を巡って行く。
待って、待ってよ。
こんなんじゃ、お姫様死んじゃうって。
異世界に来てから、人の死というものには触れて来なかった。
いつだって皆が守ってくれたから、いつだって頼もしい人達が近くに居たから。
だというのに……今回は何だ?
頼もしい皆が近くに居るのに、どんどんと事態が悪い方向へと進んでいる気がする。
普段と何が違った? なんて、考えるまでも無いじゃないか。
「俺と、妹のせいだ……俺たちのせいで、皆不幸になってる……」
その結論に至った瞬間、両目からは涙が零れた。
俺が皆の足を引っ張って、妹が暴れたせいで燕尾服の男に付け入られる隙を作ってしまった。
俺たちのせいで、今お姫様が苦しんでいて。
俺たちのせいで、皆が辛そうな顔で各々出来る事をこなしている。
だというのに、今この場で。
俺だけが何も出来ないでいた。
ただただ不幸を嘆き、情けなく涙を溢しながら。
「俺……マジで何も出来てないじゃん。ヒモとか寄生虫どころじゃない……こんなの害悪だよ、ガンみたいなもんだよ」
もはや止まらなくなった涙を拭いもせず、無表情で倒れているお姫様を眺めていた。
駄目だ、駄目だよ。
俺のせいでこんな事になったなら、俺が死ぬから。
お姫様を殺さないでよ。
誰かが死んじゃうのは、もう嫌なんだよ。
平和な世界の“向こう側”でさえ、誰かが居なくなった時には悲しくて苦しかったのだ。
そんなに長くないって分かっていた筈の爺ちゃんと婆ちゃんの時だって、胸が張り裂けそうになったのだ。
それなのに、お姫様こんなに若いのに。
あんなに綺麗で、優しかったその人が。
俺なんかのせいで死んじゃうのは、駄目なんだよ。
「誰か、誰でも良いから……助けてくれよ。俺、もう便利な能力とかそう言うの欲しがらないから。だから、俺の代わりに助けてよ……皆困ってるんだ、お姫様も苦しんでるんだ。だから、俺になんも能力をくれなかった神様でも良いから……助けて、下さい」
もはや願望の様な言葉が口から零れ落ちる。
こんな事を言った所で意味はない、俺の言葉は誰にも届かない。
何の力も無く、何の役にも立たない。
それが、今の俺という存在。
だからこそ懇願した、必死に助けを請うた。
でもやっぱり現実はそう都合良く変わってくれる事など――
『それが、スーの願いなの?』
ふと、下から声が聞えて来た。
いつか聞いた事がある様な、女性の声。
『スーが本当に望むなら、叶えてあげる』
声の主に視線を落せば、そこには真っ白いモモンガが居た。
さっき貰ったピスタチオを齧りながら、ジッと此方を見つめている。
この状況で何飯食ってんだと言いたくなったが……今のって、ムムが喋ったの?
『正確に言えばちょっと違うかな。ムムは御神体の傍でお昼寝するのが好きだっただけのモモンガ。私はこの子の体に憑いて、世界を見せてもらっているだけ』
「えっと……」
『でも、ムムで良いよ。今は私も、この子に宿っているだけの精霊だから』
良く分からない声が、頭の中に響いて来る。
ビルみたいに相手が喋っているという確信が持てない程、曖昧なその声。
でも、何故か妙に落ち着いた気持ちになった。
『難しい事は良いよ、スーは私が外に出られる“鍵”を見つけてくれた。だから、貴女の願いを叶えてあげる。もう一回聞くね? スー、貴方は……何を望む?』
ジッと此方を見つめて来るモモンガに、そんな事を聞かれてしまった。
もう何というか、どんどんと状況が分からない方向に転がって行く。
何なんだこの世界、本当に意味がわかんねぇ。
猫が喋ったり、人に言葉が通じなかったり。
売られそうになったり、ちょっとお手伝いした相手がお姫様だったり。
終いにはモモンガまで喋り始めた。
全然理解が追い付かない、追い付かないからこそ。
俺は考えるのを止めてムムを抱き上げた。
「ムム、お願いだ。皆を助けて……俺の大事な人たちを皆、元気にして。誰かが死んじゃうのは、嫌なんだよ……」
『分かった、“貴方”の願いを聞き届けるよ。でも、一つだけ。この子の体じゃ私の力に耐えられないから、少しの間だけ身体を貸して? スー、“貴女の体”を』
「はい?」
ちょっとだけ怖い事を言い始めたモモンガが、食べ終わったピスタチオの殻を投げ捨て、俺の指に噛みついて来た。
ピリッと走る様な痛みに思わず顔を顰めていれば、徐々に遠のいていく意識。
多分“身体を貸して”と言っていたアレなんだろうが……些か動物に齧られて意識が遠のくのは何か怖いぞ。
変な病気とか持っていて、症状が出たのかと疑ってしまう。
などと考えている内にフラフラと体は揺れ動き、本当に身体を支えられなくなって来た。
あ、これ不味い。
普通に倒れる。
『大丈夫だから、私に任せて?』
「ムム……頼んだ」
その声を最後に、プツッと意識は途切れた。
まるでテレビの電源を落としたみたいに、本当に一時を境に。
残ったのはふわふわと揺れる意識と、やけに心が安らぐような温かい眠り心地だけが、俺の中には残ったのであった。




