第42話 帰らぬビル、やらかすムム
「あれ? ビル、どこ行くの?」
『ちょっと見て来るから、お前は大人しくしてろ』
「お、おぉ? うん、わかった」
何か良く分からない事を言い放つブサ猫が、お城の中をスタターッとばかりに走って行ってしまった。
良いのかな、猫放し飼いにしちゃったけど。
お姫様のスープに毒入り事件とか物騒な事が起きた後なのだ。
皆ピリピリしてるだろうし、あまり好き勝手やると怒られてしまいそうだが。
もしかして犯人を捜しに行ったとか?
だとしたら流石ビル、出来るオスだと褒めてやろう。
例え相手に遭遇しても、今は腕輪をビルに装着させてあるのでヤバかったら勝手にでっかくなって戦う事だろう。
これで単純にお外へ向かって行ってトイレしてました、とかだったら残念ブサ猫の評価に変わるが。
「スー、――」
さっきからニコニコしっぱなしのお姫様が、やけにくっ付いて来る。
もしかして危機を救ったとかで、フラグが立ったのだろうか。
だとしたら嬉しいですハイ。
しかしながら今は通訳猫が居ないので、本当に何を言っているのか分からない。
とりあえず皆が何か言ったら、笑顔を向けて対応。
それで解決、というかそれしか出来ない。
通訳にゃんこよ、はよ帰って来い。
周りが分からない言葉で会話している中、一人だけ状況が掴めないのって結構怖いのだ。
リリシアとシャーム、そしてお姫様だから視界的には素晴らしい事になっているが、言葉が通じないと些か居心地が悪い。
この状況じゃ身振り手振りって訳にもいかず、本当に意思疎通が出来ない。
ビル~早く帰って来ておくれぇ……あ、もしかして次郎さんも部屋の中に居たりするのかな?
なんかお姫様の護衛っぽかったし。
「じ、次郎さ~ん? いますかー?」
部屋の四隅に視線を向けながら、小声で呼んでみる訳だが。
当然の如く、俺だけでは見つけられない。
これは、困った。
「ビルゥゥ……」
美女三人とモフモフに囲まれながらも、俺は切ない声を洩らす他なかった。
――――
今しがた問題が起こったばかりで、スーちゃんも気を張っているのか。
少しだけ不安そうな表情を浮かべながら、身を固くしている。
それでも話し掛ければ笑みを見せてくれるし、先程ビルと呼んでいた従魔を城の中に放った様だから、この子自身も戦うつもりでいる様だ。
何というか、本当に強い子だ。
食事の際には誰も気づかなかった毒にいち早く勘付き、私を守ってくれた。
その上で問題ない食べ物を選び、私の気を解す為に笑顔で一緒に食事を取ってくれたくらいだ。
そんな彼女が、不安げに従魔とジローの名を呼んでいる。
この子にとって唯一言葉が通じるジローと、恐らく彼女の最大戦力なのだろうビルが居ない状況が、もしかしたら不安なのかもしれない。
「大丈夫よ、スーちゃん。今日はリリシア様とシャーム様も一緒に居てくれるみたいだから」
ゆっくりと語りかけながら、腕に抱いたスーちゃんを揺らしていた訳だが。
やはり不安は拭い去れない様で、視線を此方に向けていない時は難しい顔をしている。
今日訪れた冒険者の女の子。
彼女は随分とスーちゃんに似ている様だったけど……どういう繋がりがあるのだろうか?
弟のアグニも詳しく分からない様子で、これと言った説明はしてくれなかったが。
とはいえ、今はそういう難しい話をしても更に場の空気を悪くしてしまう。
せめてスーちゃんの気分転換というか、もう少し楽しそうな様子に変えてあげたいのだが……。
「そうだ、ちょっと皆でお散歩でも行きましょうか」
「アレクシア王女、流石に危険だ」
これだとばかりに手を叩いた私の一言に対し、リリシア様がピシャリと言ってのけるが。
「大丈夫ですよ、何も外に行く訳ではありません。というより、本当に一部の人間しか立ち入る事しか許されていない場所に行くだけですから。それに、お二人が居れば安心でしょう?」
ニコッと微笑みを返してみれば、リリシア様は非常に渋い顔をしている上に、シャーム様に関しては必死で首を横に振っている。
「相手がまだ判明していない以上、あまり動くべきじゃない……です。えぇと、脅かす訳じゃないんですが、もしも相手が凄腕の暗殺者の類だった場合我々でも対応できない可能性がある。ではなく、あります」
「シャーム様、普段通りの口調で大丈夫ですよ? 守って頂いている以上、あまり堅苦しくて緊張していては不味いでしょう?」
「あ、はい……では、私には“様”を付けないで頂けると……」
「では、シャームと。替わりに敬語を止めて、普段通りでお願いします」
「えーと……いいのだろうか」
何ともやり辛そうに頬を掻いているが、出来れば彼女とも仲良くなりたい。
弟だって獣人の事をもっと理解しようとしているのだ。
姉である私だって、いつまでもお堅いままではいられない。
そんな訳で、ニコニコと微笑みながらスーちゃんを胸に抱き椅子から立ち上がった。
私に合わせて立ち上がってくれた彼女は不思議そうに此方を見上げて来るが。
「スーちゃん、私から御褒美……というか、お礼として贈り物をしたいの。良いかしら?」
声を掛けてみるがやはり伝わっていないのか、首を傾げてから微笑みを返して来る。
でもまぁ、“その場”に連れて行けば身振り手振りで何とかなるだろう。
そう思って彼女の手を引いて、部屋の扉に向かってみれば。
「アレクシア王女、今一度確認するが本当に一部の人間にしか立ち寄れない場所なんだな? そしてもう一つ、専門家には専門家をぶつけよう。ジローとやらをこの場に呼べるか?」
「えぇ、それくらいお安い御用です」
チリンッと鈴を鳴らしてみれば、フワッと優しく動く空気。
私を守ってくれる彼はいつだって、どんな時だって騒がしい音を立てないのだ。
「ジロー、これから宝物庫に向かいます。護衛して下さいな」
「――」
なんと言っているのかは分からないが、すぐ隣に現れたジローが静かに膝を折って頭を下げる。
突然現れた彼に、周りの皆は驚いた様子を見せたが。
「宝物庫……?」
リリシア様だけは先程の私の言葉に疑問を持ったらしく、眉を顰めて見せるのであった。
――――
「うおぉぉぉ……すっげぇ」
辺り一面、何か良く分からないモノに埋め尽くされている。
しかも何か高そうなモノがいっぱい並んでいるのだ。
一体何に使うのか全く分からないが、変な箱だったり宝石だったり。
あとはおかしな形の鎧や、やけに宝石がギラギラした剣なんかも飾られていた。
コレで部屋の隅に金貨とか山積みになっていたら、完全に盗賊のお宝部屋だったんだけど。
何て事を考えながら、お姫様に手を引かれるままこの部屋に訪れた訳だが。
で、結局何? 俺はどうすれば良いんだろう?
絶対触っちゃ不味いだろって感じのする高そうな物品が周囲には並んでおり、彼女の様子を見れば単純に自慢したいって感じでも無さそうなんだけど。
「次郎さん、俺は何でここに連れて来られたのかな?」
「うーんと、俺にも良く分からない。普段なら絶対人を入れる事の無い部屋だから……」
途中から合流した次郎さんに尋ねてみたが、答えは分からず。
ほんと、どうしたものかな。
こういう時こそビルの出番なのだが、生憎とおトイレから全然帰ってこない。
まさか城内で迷ってる訳では無かろうな、あの猫。
「全然言葉わかんないから、ここに連れて来られてもどう反応したら良いのか困るんだけど……」
困惑顔を浮かべながら周囲の物品に視線を向けてみれば、困りはするが興味を引かれる物は非常に多い訳で。
これでも男の子ですから、お宝が並んでいれば気になっちゃうんですよ。
そんな訳で、遠慮なく拝見。
周りの皆も止めに入って来ないから、触らなければ見ても良いよって事なのだろうか?
ではでは……。
「ねぇ次郎さん、これなんだと思う? 鹿? ヤギ? なんかめっちゃ宝石っぽい見た目の頭蓋骨、超強そう」
「うーん、多分ヤギだとは思うけど。触らない方が無難じゃないかなぁ?」
「だよねぇ、落っことしたら一生借金地獄になりそう」
なははっと乾いた笑いを浮かべていたその時、事件は起きた。
チビグリフォンや兎だって大人しくしていたというのに、あろう事か頭の上に居た筈のムムが棚に飛び乗ったのだ。
ご飯の後からは定位置に戻り、大人しくしていたというのに。
「ムム! 駄目! 本当に駄目! お前の遊び場じゃない上に、一つでも落としたら俺が金銭的に死ぬ!」
「ちょちょちょっ! スー、それは流石に不味いって! ここ多分王様個人のコレクション部屋だよ!?」
「んあぁぁ! ムム! 本当に止めて!」
次郎さんから恐ろしい情報を頂き、必死にムムを回収しようとするが。
このモモンガ、棚の上を結構な速度で走り始めやがった。
体も小さい上に機敏なので、物品を叩き落しながら移動する様な事は無かったが。
それでも心臓に悪いのは確か。
むしろムムを捕まえようとする俺が何か落としそうで怖い。
「ムムー! 馬鹿ー! 本気でヤメロー!」
並んでいるお高そうな代物を、まるでレースゲームの障害物かって程に華麗に避けていくモモンガ。
薄暗い部屋の中でもコイツの体が白くて良かった、見失わずに済む。
などと思いながらムムを追いかけて、部屋の奥へと足を踏み込んでみれば。
「何、本当に何? お前はソレをどうするつもりなの?」
部屋の奥の方に置かれていた、やけに高そうな箱にヒシッと捕まっているモモンガ。
サイズ的にはね、確かにお前の寝床にピッタリかもね? でも止めろ、今すぐ離れろ。
皆に見られる前に回収したい所だが、無理矢理引っぺがして傷でもつけたらえらいこっちゃ。
何たって箱には色とりどりの宝石的な何かが散りばめられているのだから。
こんな部屋に置かれているくらいだ、レプリカやら玩具の宝石って事は絶対無い筈。
「ムムー? そのまま、そのままだぞ? 絶対爪立てるなよ?」
ソロリソロリとムムに近付き、どうにか捕獲しようとゆっくり手を伸ばした所で。
「ばかぁぁぁ! それ絶対やっちゃ駄目なヤツ!」
あろう事か、モモンガは思い切り爪を立てて箱の蓋をこじ開け、豪華な箱の中へと侵入しやがった。
やっちまった、ここから異世界借金生活の始まりだ。
こじ開けた場所には思いっ切り爪の痕が残っているし、中に何が入っているのかは知らないがモモンガの毛だらけにして良い物では無いだろう。
あぁぁぁ……死んだ、俺死んだ。
ムンクの叫びもびっくりな表情を浮かべながら、その場でグネングネンと後悔を現す踊りを繰り広げていれば。
「――?」
背後から急にお姫様の声が聞えて、ビクンッ! と大袈裟に背筋を伸ばした。
もはや振り返るのが怖すぎて、ダラダラと脂汗を流しながらジッとしていれば。
「あ、あの……あれ?」
お姫様はニコニコしたまま、今しがたムムが立てこもった箱を手に取った。
そして何故か、此方に差し出して来るでは無いか。
えぇと? これはどうすれば良いんだろう?
とりあえず差し出された箱を受け取り、ポカンと彼女の事を見上げていれば。
「――――」
「あ、あはは……今日ほど言葉が分からないのが怖いって思った事無い……」
彼女は笑いながら顔の前に人差し指を立てて見せた。
つまり、アレだろうか。
王様には内緒ね? みたいな?
いや、うん、駄目でしょ。
何か俺がコレ貰ったみたいな雰囲気になってるけど、駄目でしょ。
皆普通に部屋から出ようとしているけど、戻さないと不味いよ。
そんでもって、今から全力のジャンピング土下座かまさないと。
「じ、次郎さん……」
「ごめん、こればっかりは俺も全然理解出来ない」
情けない声を洩らす彼は困り顔を浮かべて、俺を連れて部屋を後にする。
ダメダメ、絶対コレ後で怒られるヤツ。
リリシアもシャームも付いているのに、何で止めてくれないの?
俺王様のコレクションをネコババしちゃったんだけど?
不味いって……グラベルに見つかった時に、絶対顔を押さえながら天を仰ぐ感じになっちゃうって。
「ビル~……早く帰って来てぇ……」
もはや、通訳猫を頼る他なかった。
だって何喋ってるか全然分からないんだもん。
どうしてコレを渡されたのか、状況に着いて行けないんだもの。
涙目になりながら手に持った箱を眺めていれば、箱の中からムムが顔を出した。
そして手に持っているのはピスタチオ的な何か。
てめぇ、食い物があったからこの箱選びやがったな?
不味い事態になったら、帰ってからモモンガ焼きにしてやる。
なんて、恨みがましい視線をムムに向けながら俺達は元の部屋へと戻って行く。
嫌だよぉ、借金生活。
もしくは窃盗罪で普通に犯罪者だろうか?
兎にも角にも、今後の明るい未来が視えない。
上機嫌なモモンガが入る高そうな箱を手に、俺は完全に顔を伏せてトボトボと皆の後に続くのであった。




