第40話 英雄の卵
「今日もまた、姉さんの事を頼むぞ? スー」
それだけ言って彼女の頭に手を置いてみれば、ふんすっ! とばかりに拳を握って駆け出して行った少女。
頼もしい限りだ。
このまま治療を続けて貰えば、きっと姉は“普通の幸せ”という物を取り戻す事だろう。
「それで、今日はどうするんだい? また書類の山を崩す手伝いで良いのかな?」
此方の部屋に残ったリリシアが、そんな事を言いながらため息交じりに書類を捲ってみせるが。
「いや、今日は別件でな。人と会う約束になっている」
「ほう、王子が直接となると要人と面会でもあるのか?」
グラベルの方もそんな声を上げて来るが、残念な事に外れだ。
特別な存在、という意味では合っているのだろうが。
「今日顔を合わせるのは冒険者だ。なんでも、とんでもないスキル持ちが現れたとかでな。お前達に替わる英雄の誕生かもしれないぞ? なんて、言えれば良かったんだが。一定以上の力を持つ者が現れた場合、顔見せの為に訪れるだけさ。ただの恒例行事だ」
そう言って車椅子を動かし始めれば、音も無く獣人の女が俺の後ろに付き車椅子を押してくれる。
「……えぇと、不要でしたか?」
振り返ってみれば、銀狼を思わせる彼女が少しだけ心配そうな瞳を向けて来るが。
「いや、すまないがお願いして良いか? 自分で動かすのは結構疲れるんだ。魔道具だが、使い方は分かるか?」
「えぇ、先日王姉殿下からご教授いただきましたので」
「では、頼む」
そう言ってからゆっくりと進み始める車椅子。
少し前の俺なら、獣人の彼女にこんな事を頼んだりはしなかっただろう。
むしろ背後を見せている事に恐怖を抱いたかもしれない。
しかしながら、彼女がグラベルの弟子でありスーの姉代わりと聞いて、今ではこれ程までに信頼を置いている。
全く、不思議なものだ。
「最近はそんな恒例行事があるのか? 私達の時には無かった気がしたが」
隣に並ぶリリシアが、先程の話題を振って来る訳だが。
確かに戦争開始直後にこの国を去っているのなら、二人は知らないだろう。
だからこそ、今の内に説明しておいた方が良さそうだ。
「これは俺が作った法だ。冒険者だけではなく、国にある全ての鑑定が出来る場所に厳命してある。国の戦力になり得る人間を遊ばせておくのは勿体ないからな。もちろん本人の希望も聞くが、可能な限り国に仕えて貰ったり、監視できる位置に置いたりと色々だ」
「監視とはまた、物騒だな」
リリシアとは逆の位置、俺を挟む形で隣に並ぶグラベルが些か眉を顰めながらそんな事を呟いて来る。
「仕方ないさ。集団による暴力なら正面からどうにでも出来るが、強者たる“個”の場合は使い方次第で盤面をひっくり返す事もある。暗殺や情報収集、それこそ以前の戦争の様にな。そしてこの法により捕らえた……いや、手に入れたというべきかな? ジローは“こちら側”に付いてくれた。面倒ではあるが、確かに意味を成しているんだよ」
正直に言えば非常に面倒な上に時間も掛かり、国民からは高い能力持ちを“献上”するかの様に思われている事だろう。
しかしながら、必要な事なのだ。
強い力を持つ人間というのは、大抵の場合他者を引き付ける。
そして集まって来る人間達は、全てが善人とは限らないのだから。
誰かに利用される、または本人が国に牙を向く様な思考に染まってしまった場合、以前俺達が受けた惨劇の繰り返しになりかねないのだ。
「そうか……王様というのは、やはり大変だな。例え周りからどう見られようと、国の為に尽力しなければいけないのだから」
そんな事を言いながらグラベルが肩に手を置いて来る訳だが。
「一応言っておくと、今お前達は護衛として雇われている。他人事の様に言っているが、今回の相手が下手な行動を起こした場合、しっかりと働いてくれよ?」
「そういう席には慣れていないんだが……」
「駄目だ。お前達が居るという事で、多くの護衛達には休暇を出してしまったからな。こういう時くらいは、しっかりと羽を伸ばす時間を与えてやりたい」
という事で、今回は英雄二人を連れての顔合わせとなる。
まぁ、相手も冒険者なのだからむしろ都合が良いだろう。
なんて軽い気持ちで、俺は謁見の間へと向かうのであった。
――――
王に謁見する部屋。
言葉にするだけなら国のトップと顔を合わせるだけなのだが。
しかしながらこの部屋は他国の人間が訪れた場合に、この国の“顔”となる。
よく門を越えた先に広がる光景が国の顔と言われる。
どれ程整っているか、人々に活気があるか、治安が良いか悪いかなどなど。
そしてこの場所は、第二の国の顔と言える程重要だと言われている。
だからこそ、なのだろうが。
落ち着いた雰囲気を放ちながらも、全て質の良い物が使われ、この部屋の空気だけでも威圧されてしまいそうだ。
そんな感想が残る程に、その部屋は豪華であり攻撃的だった。
「面を上げよ」
アグニ王子が普段からは想像もできない低い声を上げれば、俺たちの視線の先に居る集団が顔を上げた。
先頭に立つのは冒険者ギルドの支部長のバッジを付けた男。
何度か世話になった、若い職員だと思っていたあの彼だった。
「本日は貴重なお時間を頂き――」
何やら長そうな挨拶が始まったな。
なんて事を思って他の者に眼を向けた瞬間、思わずビシリッと固まってしまった。
彼だけじゃない、他にも知った顔が居るのだ。
他の者が喋っている為か、今は俯いている状態ではあるが見間違えるはずもない。
「な、何故ここに……」
「あの小娘……またか」
「あれは確か、以前の宿で出会った……」
思わず、皆と共に声を上げてしまった。
未だ支部長の挨拶が続いていると言うのに。
「ゴホンッ! 此方の者が不躾な真似をした、許せ。しかし挨拶はこれくらいにしておこう、早速その者達を紹介してもらって良いか?」
アグニ王子が此方のミスをフォローする形で、良い方向へと話を進めてくれて助かった。
普通なら、相手の挨拶中に無駄話を始める等失礼にも程がある。
思わず冷や汗を流しながら、再び視線を戻してみれば。
「須賀 雅と申します。本日は御招き頂きまして、ありがとうございます」
何やら緊張した様子で、ガチガチの女の子が顔を上げたが……間違いなく、以前宿屋で戦闘になりかけたあの子だ。
そして彼女の後ろに居るのは、どう見てもあの時みたパーティメンバー。
彼女達が本日の謁見人?
つまりあの子か、もしくは他のメンバーがとんでもないスキルを保有しているという事になるのだが。
そんな事を思いながら、静かに場を見守っていると。
「……ん?」
何故だろう、状況が進まないんだが。
不思議に思いアグニ王子に視線を向けてみれば、そこには口をパクパクさせながら言葉を失っている王子が。
そうだ、そうだった。
あの子、ウチのスーと瓜二つなんだ。
そりゃ当然驚くし、何やらスーに入れ込んでいる様子も見受けられたので衝撃も相当なものだろう。
「アグニ王子……アグニ、しっかりしろ」
「はっ! す、すまない。中々聞かない発音で戸惑った、もう一度名を聞いても良いか?」
小声で語り掛ければ彼の意識は戻って来たらしく、再び威厳がありそうな声で語り始めた。
「須賀 雅です」
「スーガ、ミャービ? で良いのか? どこの出身だ? ちなみに妹は居るか?」
「またですか……妹は居ません、居るのは兄だけです。出身は日本です」
「……うん? ニホン、とは?」
もはや彼女も聞かれてる事に慣れているのか、面倒くさそうに瞼を伏せながらツラツラと語って行く。
何でもここではない世界で、とても遠い場所。
そしてこっちよりもずっと技術の進化した地であったらしいが、兄を探してこの地に訪れたとの事。
以前会った時に兄の事はチラッと聞いたが、ニホンがどうとかという話は初めて聞いた。
しかし、異世界からの民と来たか……。
こればかりはアグニ王子も渋い顔を浮かべながら、「どうしたものか」と言いたげな表情で彼女の事を見つめている。
周りに居るパーティメンバーはやれやれと首を振り、支部長に関してはちょっと青い顔をしていた。
ここでアグニ王子が「下らん戯言を」なんて言い始めたら、彼の責任として問われるのだから当然だろう。
とはいえ、今回はそうならなかったみたいだが。
「なるほどな、非常に興味深い。書類は見せてもらったが、後ほどゆっくりと話を聞こうと思う。通例通りで芸がないかも知れないが、一晩王城での暮らしを楽しんでくれ。この国に新しく誕生した有能な者には、国からも支援しなくてはな。各々、ゆっくりと羽を伸ばすと良い」
それだけ言って、アグニ王子は顔合わせを早々に切り上げた。
こんな簡単で良いのか? とは思ってしまうが要は王様に顔を見られた、覚えられたという事が大事なのだろう。
どんなに大きな力が有ろうと、顔が割れている以上容易に悪さは出来ない。
そういう釘を刺す意味でも重要な会合であるのだろう。
謁見室を後にして、長い廊下を歩きながら思わず息を洩らした。
「いやはや、やはりあぁいった場所は立っているだけでも緊張するな」
「というより、肩が凝る。こっちは齢百を超える老人なんだ、もう少し気楽な会場には出来ないモノかな」
「私はもう、何というか……異次元過ぎて着いて行けなかった」
各々ため息を洩らしながら、あぁ疲れたとばかりに声を上げてみる訳だが。
「何故、皆そんなに冷静なんだ……?」
青い顔の王子が、フルフルと震えながら此方を振り返って来た。
不味い、説明が先の方が良かった。
「スーと同じ顔だったんだぞ!? しかも彼女は人族だ! 更に兄弟姉妹は兄しか居ないと言っていた。ではスーとどう関係してくる? どちらかが魔術による複製体だとでもいうのか? しかし錬金術師の多くが、というか各国が治療以外で肉体への錬金術を行使する事は禁じている筈……まさかニホンという国では、そういったモノが禁じられていないのか!? そうなって来ると、ホムンクルスなんぞというお伽噺の産物が現実に――」
「王子、落ち着いてくれ……」
未だ分からぬ事も多いが、確かに彼女という存在は何かしらスーと関りが有るのだろう。
それくらいに似ているし、本人もミヤビと名乗った彼女に対して、随分距離感が近かった。
だからこそ、何かしらの手掛かりにはなると踏んでいるのだが……。
「前に一度彼女に出合った事がある、というだけさ。聞いていた感じだと、今日は彼女達も城に泊まるんだろう? だったら食事の時にでも色々と聞いてみれば良いじゃないか。その時なら、スーも同席するしな」
「あ、あぁ……そうだな」
未だ困惑が拭えない様子のアグニ王子。
致し方ないとは言え、こればかりは俺たちにも答えられない。
そんな訳で、シャームが押す車椅子に大人しく体重を預ける王子だったが、その表情はやはり納得がいっていない御様子。
だろうな、としか言えないが。
しかし、ここに来て事態が動き始めた。
「ちなみに、あの子の“特別なスキル”とやらは何だったんだ?」
「え? あぁ、スキルか。そうだな、本来個人情報は他者に晒したりしないんだが……お前達は“今は”護衛だからな。知っておいた方が良いだろう」
そう言いながら、彼は車椅子に取り付けられたポケットから書類を取り出してこちらに寄越して来た。
受け取ってみれば、そこには。
「……なんだ、これは」
思わず驚愕の声を上げてしまった。
そこに記されていたのは、先程のミヤビという少女の情報。
ただそれだけなら驚きはしない……筈だったのだが。
スキルの数が異常なのだ。
とんでもなく多い、数えるのが馬鹿らしくなってくる程に。
見た所十六かそこらの少女が、これだけの数のスキルを保有出来るモノなのか?
俺の三倍以上、下手したらリリシアの倍くらいの能力を保有しているかもしれない。
「問題は数だけじゃない。最後に書かれているスキル……いや、どちらかと言うと称号か何かに近いのかもしれないが。それが一番の問題だ」
王子の声にツラツラと並ぶスキル名の一番下に視線を落せば。
「“英雄の卵”、だそうだ。つまり彼女は、これだけの才能を持ちながらまだ開花していないと言う訳だ」
おいおいおい、嘘だろ?
もはや文字列だけで、彼女の才能はそこらの人間と比べ物にならない程だ。
だというのに、これですらまだ“卵”と言える状況なのか?
もしもこれより先があり、更には彼女がしっかりとその力を使いこなせる様になった時。
一体どれ程の実力者が生れる事か。
英雄なんて呼ばれている俺達の何倍、何十倍と強い存在がこの地に誕生する事になる。
「出来る、とは思っていたが……まさかこれ程とは」
「……やはり強いんだな、彼女は」
リリシアとシャームも苦い顔を浮かべながら、俺が手に持った書類を覗き込んでくるが。
「それで、どうするつもりだ? 王子」
コレが分かった所で、俺たちの立場ではどうする事も出来ない。
出来れば敵にはなりたくないが、かと言って彼女の性格を見る限り再び戦闘になる可能性は捨てきれない。
国の事を一切考えないのであれば、無関係を貫きたい所ではあるのだが。
「なに、いつも通りさ。豪華に持て成して、この国を気に入ってもらう。そして協力を得られるようであれば取り入れ、無理なら監視を付ける。それだけだ」
幾分か調子を取り戻したらしい王子は、フンッと鼻を鳴らして改めて車椅子に座り直した。
彼の立場ならば、王命として絶対命令権があるというのに。
あれ程の存在が相手でも、そう言う態度は取らないらしい。
何ともまぁ、謙虚と言うか不器用というか。
「王子の事を知れば、きっと仲間になってくれるさ」
「だと、良いんだがな」
そんな会話をしながら、俺たちは廊下を歩いて行くのであった。




