第38話 隠された能力
私の生理が始まったという事で、皆様には退室して頂いた訳だが。
「アグニ、貴方は残りなさい。大切な話があります」
そう言って、弟だけには室内に残って貰った。
未だ涙を浮かべ、再び子を宿せる体になった私を喜んでくれているが。
今は、それよりも。
「スーちゃんは、多分今この国に居る誰よりも優秀な“テイマー”よ」
「姉さん? 急に何を言い出すんだ。彼女はどう見たって回復術師だろう? 実際もう完治は無理だと言われていた姉さんの体を、たった数時間で治して見せたじゃないか」
弟は嬉しそうに声を上げるが、シーと口元に指を当てた。
皆様に退室しては頂いたが、まだ扉の向こうには居るのだ。
聞かれては不味い。
「よくお聞きなさい。確かに彼女はとんでもない回復術を行使した、けどそれだけじゃないの。ジローの存在にも気づき、従魔に攻撃を仕掛けさせた。紹介してなかったから、多分敵だと勘違いしたのだろうけど。でもその時現れたのが……それこそ神獣かと見間違える程の巨大な猫の魔獣だったわ」
「いや、姉さん何を言って……」
「事実よ、確かにこの目で見た。しかもその魔獣は、ジローと対等に……いえ、まるで弄ぶ様に戦闘を繰り広げたわ。部屋の様子を御覧なさい、どこも壊れていないでしょう? 実力者同士が攻防を繰り広げたのに、回りに一切被害を出さない。巨大な獣が、よ? それだけでも異常だわ。テイマーと言えど、ここまで従魔の行動を制御できる筈がないもの」
あの光景は、今でも眼に焼き付いている。
こんな事はあり得ない、今までだったらそう言い切れる程の異常事態。
グラベル様でさえ気づかなかったジローの存在に、あの子は気が付いたのだ。
そして差し向けるは、巨大な魔獣。
本人はアレの事を“ビル”と呼んでいたから、きっと普段から近くに置いているあの猫。
平時は普通の猫に変化させ、緊急時には本来の姿に変えて戦わせる。
一体どれ程高位の魔術を折り重ねているのか。
むしろ猫の姿を保たせている方が、魔力を食われそうな程の変化だったというのに。
「ソレが本当だったとしたら……とんでもないぞ? スーはこの国最強のテイマー兼、最高位の回復術師という事になる」
「だからこそ、隠しているのでしょう。あのグラベル様とリリシア様ですよ? 気付いていない訳がありません」
そう、問題はそこなのだ。
あの二人が、英雄たる存在の二名が彼女の異常さに気が付いていない訳がない。
だからこそ、これは“そういう事”なのだろう。
私達にさえ“スーちゃんに特別な能力はない”と公言した状態で、我々の依頼を達成する。
恩を売るつもりは無いが、仕事はこなすという事なのだろう。
きっとあのお二人の事だ。
たまたま完治の時期と被っただけだ、なんて言って何てことない顔で出ていってしまう。
それでも手を貸してくれたのだ。
そして何より、問題のスーちゃん。
「この事は、決して口外してはいけないと思います。英雄の二人が、王族にさえ口を割らないどころか、虚偽の発言をするくらいです。もしもこの件を追求などしたら、その時は……」
「スーを連れて、国どころか森からも離れる可能性がある。むしろ完全に姿をくらましてしまう事だって……」
これ程の回復術だ、きっと弟の脚だって治してくれるだろう。
こう言っては悪い、というか非常に申し訳ないが。
せめて現在の王という立場にある弟の脚を治してもらうまで、私達は彼女を手放す事は出来なくなってしまったのだ。
彼女ならきっとそれが出来るからこそ、申し訳ないが彼女の能力を使わせてもらう。
先にも言った通り、彼女の功績を称えようとすれば本人達の都合が悪いか、その場で姿を消す可能性があるのだ。
だったら、私達でさえ気が付かないフリをしなければいけない。
あの人達の性格を考えると報酬さえ受け取ってくれない可能性も出て来るが……よし、皆には内緒でスーちゃんに直接渡そう。
大人の都合で振り回している様で悪いが、ジロー同様言葉の分からないあの子なら素直に受け取ってくれる気がする。
だから、グラベル様達がちゃんとした報酬を確認するのは家に帰ってから。
それまでは絶対に皆には見せちゃ駄目だと、身振り手振りで伝えよう。
いやむしろ、絵本でも書いて理解させてあげた方が確実かも知れない。
今すぐ取り掛からなくては。
ブツブツと呟きながら、彼女に何をあげようか考えていれば。
「姉さん、ここに宝物庫の鍵が二つある。一つは国の宝、もう一つは俺が趣味で集めた物を保管してある部屋の鍵だ。この脚だからな、自ら探しに行けないからついつい珍しいモノを買ったり取り寄せたりしてしまう癖がある。知っているだろう? 俺の私物の方が、珍しい物が揃っているかもしれない」
そう言いながら、弟は私の掌に二本の鍵を渡して来た。
まさかとは思うが、良いのだろうか?
信じられないとばかりに彼の瞳を見つめてみれば、弟はフッと笑みを浮かべて柔らかい表情を作っていた。
「そんなものより、ずっと大切なモノを治してくれた少女だからな。好きな物を選ばせてやってくれ。全部持っていかれては流石に困るが、そうだな……姉さんを治してくれた礼としてまず一つ、俺の脚を一本治してくれたらもう一つ。両足とも治れば、計三つ選ばせてやろう。何を持ち出したか報告してくれれば、何だってくれてやろう。それくらいの仕事をしてくれているのだから」
愉快そうに笑いながら、弟は車椅子を動かして入り口に向かっていく。
「グラベル達には、何も言わない。そしてしばらく仕事を続けてもらう様に交渉してみるさ」
そんな事を言いながら、弟も私の部屋を後にするのであった。
あぁ、神よ。
こんな事ってあるのでしょうか?
諦めていたモノが戻って来て、更にはまだ取り戻せる希望が見える。
もっと言うなら不仲になってしまっていた英雄とも再び繋がりが持てる上に……あの少女だ。
「スーちゃん……貴方はきっと、神様がこの地に下ろした天子様なのね……」
獣人を嫌う王族が管理する地に舞い降りた、獣人の真っ黒い天使。
本当に不思議な女の子だ。
この国を変える転機だと言わんばかりに、次々に物語が動いていく。
変わるべきなのだ、私達も、この国も。
過去も、人種も関係ない。
もう一度全てを見直すべきなのだ、真剣に。
今だったら、素直にそう思えるのであった。
――――
「俺はね……最初完全にゲーム感覚だったんだ。魔法やスキルがあって、戦えば戦う程自分が強くなって行くのが実感できて。言葉が分からないから物凄く苦労したけど、身振り手振りで伝えてどうにか仕事にも就けた。と思ったんだけどね……結局良い様に利用されちゃったみたいなんだ」
次郎さんの話は、やけに重い雰囲気で始まってしまった。
どうやら彼の場合は、あまり良いスタートではなかったらしい。
言葉が分からないのは俺と一緒だが、それでも聞いている限りだと強いみたいだし、というかビルともやり合ってたし。
能力的には物凄く羨ましいと思ってしまうのだが。
本人としては、手放しに喜べる状態ではなかったみたいだ。
「俺の能力はね、代表的なのが“完全隠密”。ジッとしていれば姿どころか、匂いや気配さえ消しちゃうくらい凄いものなんだ。ビルには見破られちゃったけどね? ソレが俺の選んだ特別なスキル、後は細かいのをいくつかっていうか……基本的に隠密戦に長けたスキルを選んだり、“こっち側”に来てから取得したりと色々なんだけど」
「へー、ふーん。そっかー」
遺憾のイって奴である。
思わず不機嫌ですって顔をしながら、座っている椅子に踏ん反り返ってしまった。
「スー、えっと。ど、どうしたの? なんか、ごめんね?」
「いえいえ別に、次郎さんには一切不満とか無いです。でも俺は神様に会ってもいないし、スキルとか貰って無いなぁって。異世界に来てからも、特別な能力とか出現して無いなぁって思っただけです。あーあーあー! 俺の担当神様は居眠りでもしてたんですかねぇ!?」
空に向かって叫んでみたが、返事はない。
未だ冬眠しておられるらしい、ちくしょうめ。
「む、むしろ一切スキル無しで生活して来た方が凄いと思うけどね……それ、首に下げてる身分証、ちょっと見ても良い? スキルがあったら書いてあるから。俺にも読めないんだけど……書いてある場所は分かるからさ」
「え、マジですか!? この値札、首に下げられたまでは良かったんですけど、全然読めなくて困ってたんですよ」
「値札? それと何で急に敬語?」
そんな訳で、プレートを首から外し二人で覗き込んでみれば。
「あ、ここだよ。何か書いてあるから、多分スキル自体はあると思う。でも、何だろうね……読めないから分からないけど」
「嘘でしょ!? 俺なんかスキル持ってんの!? でもコレと言って何か特別な事は起きてないんだけど……あ、トラブルならめっちゃ巻き込まれます」
「そんなスキルは、ちょっと嫌だね……前世で何かした?」
「いや全然、超平凡に生きてました」
なんて会話を繰り返しながら必死にプレートを睨むが、結局の所何も分からず俺の首元に帰って来た。
でもなんかスキルがあるらしいってのは分かった。
やったぜ、この身体には何かしらの秘められた力があるらしい。
今の所最有力候補はマッサージだが、これで“猫とお喋り出来る”とか書いてあったらどうしよう。
前世だったら確かに欲しい能力だったかもしれない。
でも今は違うのよ、それ以上に必要な物がいっぱいなのよ。
次郎さんの言う様に、本来神様に出会ってから転生するのが普通だった場合。
俺の担当神様は相当ズボラで時間にルーズなのだろう。
目の前に現れたらビルの全力攻撃とムムを投げつけてやる。
それくらいに不遇な扱いを受けているのだから。
「ま、何はともあれ。何にもないって訳じゃない事が分かって一安心だよ……」
「よかったね、スー。今でも充分凄い状況になってると思うけど、普通ならお城とか入れないだろうし」
「そこはあれ、保護してくれたお爺ちゃん達が物凄い腕利きだったから」
ぶへぇ……とため息を溢しながら会話を続けていれば、周囲で遊んでいたグリフォンやら兎が戻って来た。
どうしたんだろう、飽きたのかな?
『迎えが来たぞ』
何だか眠そうな声を上げるビルまで戻って来たかと思えば、花々の向こうからシャームが顔を見せた。
お城の人? というか案内人と一緒に。
「あ、シャーム。話終わったの?」
声を掛けてみるが、やはり言葉は伝わらず。
向こうも向こうで何か呟きながら、此方に手を振っている。
『もう飯だとよ』
「ご飯! お城で出て来るご飯とかめっちゃ楽しみ!」
通訳のビルが声を上げた瞬間、俺は椅子から飛び降りた。
「ほ、本当に言葉通じてないの? 今凄くナチュラルに会話してなかった?」
ちょっとだけ驚愕な表情を浮かべる次郎さんの方を振り返ってから、ニカッと笑みを浮かべてビルを持ち上げる。
「常時通訳機が居ますんで、一方通行だけど。そんな事よりご飯だって次郎さん! 行こうよ! 話はまた今度聞かせて!」
「う、うん。わかった」
そんな訳で、ルンルン気分でシャームの元へと走り寄ってみれば。
『なぁスー。さっきスキルがどうとか聞こえたが』
「あ、そうそう! 書いてあったの一個だけだけど、俺にも何か秘められた力があるらしいぜ!?」
腕の中のビルに笑みを向けてやると、向こうからは物っ凄く呆れた顔をため息が返って来た。
なんだよ、喜べよ。
俺にも何か出来るかもしれないんだぞ?
コレで狩りに使えるスキルとかだったら万々歳じゃないか。
とかなんとか、この時までは考えていたのだが。
『お前、本当に馬鹿というか……適当に生きてるんだな。前にもお前にはスキルがあるって教えたじゃねぇか』
「……ありゃ?」
そういえば、グリフォンの巣に落ちた時にビルが何か言っていた気がする。
思い出してみれば、変なスキルがあるってグラベルが言っていたとか。
そんでもってビルの予想では、そのスキルが効かなかったからグリフォンが襲って来たって……え、それってつまり。
『小動物にやけに好かれるアレなんだろうな、お前の秘められた力とやらは』
「嘘だぁぁ! 結局今まで通りな上に、殆ど役に立たねぇぇ!」
「スー!? ど、どうしたの急に……」
思い切り叫び声を上げた俺に驚いたのか、次郎さんはすぐさま声を掛けて来て、シャームが不安そうな顔で覗き込んでくる。
お城の案内人の皆様方は「うわぁ……」みたいな顔でこっちを見ていたが。
でも仕方ないじゃない。
ぬか喜びだった上に、結局ごく潰しは継続する事が決まったのだから。
「じ、次郎さん……スキルってどうやったら増える?」
「えっと、急だね。とりあえず、ご飯食べた後またゆっくり話そうか。俺の経験談になっちゃうけど、良かったら教えるよ」
「お願いします! 全力で!」
「う、うん?」
何だよ何だよ。
次郎さんも戦闘職っぽいスキル持ってるし、妹だって何か強そうだったのだ。
だと言うのに俺のこの扱いは何だ? 俺の案内役の神様マジで何してんの?
もはや泣きそうになりながら、とりあえずお城ご飯へと向かうのであった。




