第37話 着々と
「おぉぉ……すげぇ」
「姫様が、毎日お世話しているからね」
目の前に広がっているのは、見事なまでに咲き誇った花々。
何て言うんだっけこう言うの、温室?
ガラス張りの建物の中に、綺麗なジャングルかな? っていうくらいに色々な花が咲いていた。
すげぇ、それしか感想が出てこない。
『あったけぇが……鼻が馬鹿になりそうだな』
「花だけに?」
『上手い事いうじゃねぇか』
「猫にヒューマンジョークは難しかったか」
そこは「うわぁ……」って顔して欲しかった。
普通に褒められちゃった。
とは言えやはり温かいのは気に入ったのか、ビルはその辺でごろんごろんし始め、兎は不思議そうに花の匂いを嗅いで回っている。
そして最後のグリフォンはと言えば。
「うっわぁ……超テンション高いじゃん」
「ゲームや漫画で、グリフォンが甘い物を好むって見た事がある気がしたけど……もしかして、花の蜜とかも好きなのかな?」
「蜂蜜なら分かる様な気もするけど……花の蜜まで反応してたら相当だねぇ……」
次郎さんとそんな会話をしながら歩いていくと、それに合わせて小動物達も付いて来る。
あれ? そういえばムムは何処に行った?
キョロキョロと見回してみるが、姿が見えない。
まさか重量に慣れ過ぎて俺が気づいていないだけかと思い、頭の上も触って確認してみるがやはり居ない。
「なぁ、ビル。ムムどこ行ったか知ってる?」
『ん? あぁ、あいつならさっきの女の腹にくっ付いたままだったぞ。グリフォンの一匹と同じで、アレに懐いちまったのかね?』
「えぇぇ……」
ムム、何やってんの。
まぁお姫様に懐いたってんなら、別にそのままあげても良いけど。
でもちょっと切ないなぁ……今までずっと一緒に居たのに。
すぐさま美女に乗り換えられるとか。
こんなちんちくりんの猫耳娘より、大きな谷間の中で眠った方が気持ちよさそうなのは理解出来るが。
「スー、どうかした?」
「あ、いえ。何でもないです。というか次郎さんも漫画とかゲームとか好きだったの?」
不思議そうに此方を覗き込んでくる次郎さんだったが、モモンガが一匹居ないですとか言うと探しに行ってくれちゃいそう。
なのでとりあえずムムは放置して、先程の話題の続きを。
俺としては、“向こう側”を知っている上に言葉の通じる相手だ。
久々に色々と話したいし、“こっち側”でどういう生活を送って来たのかも聞いてみたい。
「そ、そうだね……うん、好きだった。というか、こんな性格だから、就活に失敗しちゃってね。引きこもってゲームばっかりやってたよ」
「お、おうふ……」
まさか急にヘビィな内容が飛び出して来るとは。
何と答えて良いのか分からずに、モゴモゴしながら言葉を選んでいれば。
「ごめんね、気にしないで? そのお陰で、スキル選びにも困らなかったっていうか……まぁ結果論なんだけどね。でも最初ゲーム感覚だったから、余計に失敗したと言うべきなのかなぁ?」
「うん? どういう事?」
さっきから何を言ってるんだろうか?
スキル選びってなんだ、もしかしてどこかへ行けばステータスの操作とか出来るのだろうか?
だとしたら俺も早い所その場所に行って、すぐさま強くなりたいんだが。
「え? どういう事も何も、この世界に来る前に何か“特別な能力”を選んだでしょう? 俺は“完全隠密”を選んだんだけど、まさか言葉が通じない事態になるとはね……こんな事なら、普通に言語能力の取得とかしておけば良かったよ」
「ちょ、ちょっと待ったぁぁ! 何それ! 俺そんな特別イベント経験してない!」
その一言に、次郎さんは信じられないって目を向けて来る訳だが。
俺としても同じような瞳を彼に向けてしまった。
何それ、他の世界にいくなら絶対必要なイベントじゃん。
というかあれだろ? ラノベやアニメにある最初期のイベントだろう?
何で俺には何も無かったんだよ、アバター勝手に設定された上に能力ランダムで放り出されたみたいなもんじゃん俺。
「……よく思い出して? なんかこう、女神様的な何かに会わなかった? それで、世界の説明をされて、このままの状態じゃ生き延びるのは困難だからとか何とか、特別な何かを差し上げましょう的な」
「ん~ないっ!」
「本当に? 俺と一緒で言葉が通じないのに、今までどうやって生き延びてきたの?」
「他力本願!」
「鑑定を受けた事は? スキルとか、特殊能力とかは?」
「ないっ! 多分! 鑑定は受けた……と思うんだけど、文字も読めないから。ホラ、これこれ」
未だ信じられないという顔を浮かべる彼に向かって、首に下げたプレートを見せてみるが。
彼もまた“こちら側”の文字が読めないらしく、解読不能。
なんか数字っぽい物が見えたので、俺の値札かと勘違いした代物だ。
「俺、他国語とか覚えるのとにかく苦手で……英語でも今の中学生より出来ないと思う」
困り果てた様子で俺のプレートを睨む次郎さんも、どうやら此方と同種の様だ。
俺も英語とか苦手。
覚えられないってあんなの、無理無理。
英語だけはいつだって赤点スレスレだったもん俺。
他も平均点くらいしか取れなかったけど。
「でも妹は……その言語能力取得? 的なの選んでたのかなぁ? 普通にこっちの言葉喋ってたし、でも日本語が分からなくなってたみたいだけど」
「い、妹さんも“こっち”に来てるの? 凄いね……というか、そっか。便利そうに見えるスキルでも、そういう問題があるんだ。え、という事は妹さんと話出来なくなっちゃったの?」
「あぁ~まぁそっすね。でも普段から色んな意味で話が通じなかった奴なんで、あんまり変わらないっていうか。でも、滅茶苦茶強そうになってたんだけどなぁ……アイツは地味に便利スキル取りながら、超強いスキルも選んだって事? 嘘でしょ?」
だとすると俺は何だ?
転生者だってのに低レアどころじゃない、ドノーマルって事にならないか?
むしろ言葉が通じないのでそれ以下?
やばい、お先真っ暗だ。
何てことを思いながらボケェっと花々を見つめていれば。
「多分、いくつも選べたんじゃないかな。聞く限りだと色々取得してるみたいだし、凄い妹さんなんだね……」
「え? どういう事?」
急に次郎さんが変な事言いだしたぞ?
それ何てジャイ〇ン?
目の前にあれば全部俺のものってか? ウチの妹はどれ程強欲にスキルを奪い取って来たんだか。
「えっとね、神様……俺の場合は女神様だったけど。その人と、最初面接みたいな事をするんだ。前の世界でどんな事をしたか、こっちの世界でどんな事がしたいか。それを点数というか、ポイントみたいなのにされて……俺の場合は特殊なスキル一つしか選べなかったというか。判断基準は良く分からなかったけど、特殊なのを一つと細かいのを幾つかで俺はポイント無くなっちゃったから」
「だったらアイツがそんな幾つもスキルを選べる訳がない! 傲慢、強欲、癇癪、激情などなど。一人で七つの大罪コンプリートしそうな妹なのに!」
「凄い妹さんなんだね……でも、人の心なんて分からないもんだからさ。もしかしたら、スーにだけ我儘を言っていただけかもしれないよ? 家族だから甘えちゃうって事も、あるからさ」
何だか凄く優しい瞳を向けられてしまった。
本当にこの人、保育士とか似合いそうなんだけど。
そのくらいに雰囲気が柔らかいし、俺が妹の事を悪く言うと自然に止めようとしている気がする。
一度も見た事も無い相手に対して何を、とも思うが。
次郎さんからすれば妹の情報は、俺の一方的な申告以外の何者でもないのだ。
だからこそ、どうにか中立に立とうとしているのだろう。
「次郎さんって、ほんと優しいんだね」
「そ、そんな事無いよ……きっと“こっち側”に来てからやっていた事を聞けば、スーも俺の事を怖がったり、嫌いになったりするんじゃないかな……」
そう言って、彼は視線を逸らしてしまった。
何やら隠したい事があるみたいだが……どうしよう。
とはいえ、俺はそこまで器用な人間ではないので。
「じゃぁさ、次郎さんが今までどんな風に生きて来たのか。言っても良いかなって範囲で教えてよ、俺もこれからどうすれば良いのか分かんないから、参考にしたい」
「う~ん……あんまり参考にはならないと思うよ?」
「それでも同じ転生者な訳だし、聞きたいなって。駄目かな?」
無理に聞き出そうとは思わないが、出来れば聞いてみたい。
俺と同じ様な境遇の人が、どうやって生きて来たのか。
俺とは違う、異世界体験記を。
「そうだな……じゃぁ、ちょっとだけ。でもあまり気分の良いモノじゃないけど……椅子にでも座って話そうか。ホラ、あそこ。お客様が来た時の為にって、姫様が用意したんだ」
「勝手に使って怒られない?」
「ど、どうかな? でも、多分大丈夫だよ。優しい人だから」
なんて会話をしながら、俺たちは手を繋ぎながら温室の中央にあるテーブルへと向かうのであった。
――――
「それで、結局何が……あぁいや、その前に。ムム、こっちにおいで」
皆が集まって真剣な表情を浮かべている中、王女のお腹にヒシッとしがみ付いているモモンガがプクプクと鳴き声を上げているのが気になって仕方がない。
「あぁいえ、これくらい構いませんよグラベル様。スーちゃんの施術を受けている時から、ずっとくっ付いていたんです。もしかしたらこの子も、私を治してくれているつもりになっているのかしら」
クスクスと笑いながら、お腹にくっ付いたモモンガを撫でるアレクシア王女。
何ともまぁ締まらない空気になってしまっているが、まぁ良いか。
とにかく先程の悲鳴の原因を聞き出さなくては。
流石にちょっとした事で、あんな大声は上げないのだろう。
此方としては、やはりあの“元暗殺者”を疑ってしまう訳だが……面と向かって言葉を交わしてみれば、何か問題を起こす様な雰囲気は無かった。
それに王女の護衛として、かなりの忠誠心を示している様にも見えたのは確か。
だとすれば、他に何が?
「えぇと、お話する前に……グラベル様、スーちゃんは本当に何者なんですか?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
アレクシア王女の言葉に、思わず首を傾げてしまう。
スーが何者か、それは俺たちも知りたい事例ではある。
しかし、彼女が言っているのはそう言う事では無いのだろう。
俺たちが見て来たスーは、動物に好かれるだけのただの少女だった。
スキルは“愛猫”、それ以外には特に目立ったところは無し。
王子の言っている様な回復スキルも無ければ、身体能力は平凡。
猫人族ではあるが、森の中で転ぶ程には普通の女の子。
そして彼女の行動を見るに過去には何かしらの闇を抱えており、遠い地でかなり酷い扱いを受けていたのではないか。
と言うのが、今の所俺達の見解だ。
その全てを包み隠さず話みれば。
「あの子は、多分……いえ、間違いなく特別な存在です」
アレクシア王女は、キッパリと言い放った。
その瞳に迷いはなく、まさにこの目で見たと言わんばかりの自信に溢れている。
「それはどう言う事か、説明してもらって良いだろうか? アレクシア王女」
リリシアも黙っている筈が無く、鋭い視線を彼女に向けながら言葉を紡ぐ。
だが俺だって同じ気持ちだ。
王子がスーに対しておかしな希望を抱いてしまっているのも問題だが、これ以上積み重ねられては余計に事態が悪くなる。
位の高い者から期待を寄せられる、それは本来良い事だ。
しかし彼女はまだ子供なのだ。
あまりにも大きすぎる期待は、スーの重荷になりかねない。
そして失敗してしまった時。
周囲からの関心が大きければ大きい程、彼女の心に傷を残す事だろう。
だからこそ今回の依頼もある程度で切り上げ、“成果なし”という事実の元引き上げようかと思っていたのだが。
「なるほど……そう言う事ですか。分かりました、今回私は何も見ておりません」
「「はぁ?」」
彼女は、自信たっぷりにそんな事を言い放った。
俺とリリシアは、思わず二人揃って間抜け面を晒してしまうのであった。
この人は、何を言っているのだろうか?
「たまたまです、本当にたまたま大きな虫が室内に忍び込んでしまった為、悲鳴を上げてしまっただけに過ぎません。そちらもスーちゃんが対処してくれました。そしてこの通り、何の問題もありません」
次から次へと、訳の分からない口実が並んでいく。
彼女は何かを隠している、それは間違いない。
何たってスーは……虫が嫌いなのだ。
その彼女が室内に現れた害虫を駆除したというのはとてもではないが信じられない。
更に言えば、普段から土いじりをしている王女が虫嫌いだとはとてもとても
「すみません、ちょっと意味が分からなくて……」
「大丈夫です、私は何も見ておりません。なので今後もスーちゃんに王宮で……ウッ!? い、痛っ……え? なに……え? これって……」
「姉さん!?」
これからが話の本番だろうと言う所で、アレクシア王女がお腹を押さえて蹲ってしまった。
何が起きた? 外的な何かでは無さそうだ、つまり毒か何かか?
だが食事を取ったのは随分前だし、その後はスーによるマッサージしか受けていない筈。
「リリシア!」
「分かっている! アレクシア王女、ちょっと診せて下さい」
「シャーム! 城の者に伝えて来い! 医者を連れて来いと伝令しろ!」
「了解した、師匠」
誰もが慌ただしく動き始める中、リリシアがアレクシア王女をベッドに寝かせ、魔法を使って容体を確認していく。
その間も王女は苦しそうな声を洩らし、お腹を押さえている。
本当に何が起こった? まさかまた身内から裏切り者が……なんて、王子と共に心配そうな顔を向けていれば。
「ん? あぁ~その、なんだ。アレクシア王女、ちょっと失礼します」
「リリシア様?」
何やら不思議そうな、というか呆れた様な顔を浮かべるリリシアが、あろう事か王女のスカートに手を突っ込み始めたでは無いか。
一体何をしているのか。
アレが医療行為だった場合は問題ないが、それ以外だったら即刻首を落されても文句は言えない様な行動な訳だが。
「ふむ、なるほど。男達は外に出ろ」
「リ、リリシア殿。結局、何がどうなった?」
納得した様子の彼女からは答えが返って来ず、未だ不安な様子の王子が声を掛けてみれば。
「何、ただの生理だ」
「……生理?」
「あぁ、月のものだ。何も心配する事は無い」
彼女の一言に、思わず全身の力が抜けた気がした。
良かった。
敵がどうとか、そういう事態では無かった様だ。
安堵の息を溢しながらも、後はリリシアに任せようと背を向けた所で。
「待て、今生理と言ったか?」
「グラベル……流石に失礼だよ? 女性に対して、男性が何度も何度もその言葉を口にするのは。別に大した事じゃ……いや、待て。だってアレクシア王女は……」
二人揃って、慌てて王女に視線を向けてしまった。
その先には。
「あの子には……いくら感謝しても足りませんね」
「良かった、姉さん……本当に良かった」
まるで幼い頃の二人の様に。
王女と王子が抱き合って涙を流しているのであった。
スー……今度は何をしたんだ?




