第36話 理解者
「今の悲鳴は何だ!」
王女の部屋へと駆けこんでみれば、そこには。
「グ、グラベル様……」
やけに薄着の王女が、困り顔でベッドに座っていた。
思わず顔を背けようとしてしまったが、先程の悲鳴を考えるとそう言う訳にもいかないだろう。
「アレクシア王女、さっきの悲鳴は……」
「えぇと、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまっただけですから、大丈夫です」
少し驚いたにしては、随分な声が上がっていた気がするが。
部屋の中を見渡してみれば、王女の他に二名ほど。
片方はウチのスーだが、もう片方は知らない男。
両名とも床に正座した状態で、何やら話し合っている御様子。
言葉が通じているのか?
「とにかく無事で何よりです。それで、彼は……」
「すみませんグラベル様、最初に顔合わせさせておくべきでしたね。ジロー、こちらへ」
彼女が一声かければ黒い装備の男がすぐさま駆け付け、姫様の隣で膝を折る。
ジローと、確かにそう呼んでいた。
つまり王子が言っていた“元暗殺者”と言うのが、彼の事か。
黒目黒髪で、黒い軽装。
顔立ちは随分と若く見えるが……雰囲気や体つきを見ると二十代後半と言った所だろうか?
十代という訳では無さそうだし、三十過ぎにも見えない。
「普段私の護衛に付いて貰っているジローです、とても隠れるのが上手いんですよ? ジロー、あちらグラベル様。過去にこの国を救って頂いた、英雄とも呼べる方です」
なんて、王女から御大層な紹介をされてしまった。
思わずガリガリと頭を掻きながら、頭を下げておく。
「初めまして、グラベルと申します。慌ただしく入室してしまってすまない」
「――、ジロー。――、グラール――」
おや? まるでスーの様な状態だ。
などと思ってしまったが、そういえば王子も言っていたな。
確か他国の人間であり、言葉が通じないと。
「ジロー、グラベル様です。グーラーベール」
「グラ、ベル」
「そうです、グラベル様です」
「グラベルさー」
「あぁ、呼び捨てで構わないよ? グラベル、グラベルで良い」
多分スーと同じで、名前単体の方が覚えやすいのだろう。
その後何度か俺の名前を連呼し、相手も理解したとばかりに頷いてくれた。
暗殺者などと聞いていたから警戒していたのだが、中々どうして素直な反応を示して来る。
今回もそうだが、前回王宮にお邪魔した時にも近くに控えていたとなると、かなりの実力者と見て間違いない。
筈なのだが……今はその気配が微塵も無い。
しっかりと気配だって感じるし、動作もそこまで卓越している様には見えない。
特別な魔法やスキルでも使っていたのだろうか?
もしくは“普通”に見せる為の演技をしている、など。
こういう者には良くある事だが、見ただけでは実力も図る事が出来ない。
味方だというのだからそこまで警戒する必要は無いのかもしれないが、どうしたって生業からして不安になってしまうのだ。
いや、今は王女の護衛という立場にあるんだ。
元暗殺者だからとはいえ、あまり訝し気に観察するのも失礼だろう。
なんて、一人納得しながらため息を溢してみれば。
「姉さん! 何があった!」
リリシアが押す車椅子に乗ったアグニ王子と、彼を守る位置に立つシャームが部屋にやって来た。
先程のアレクシア王女の悲鳴を聞いたのなら、致し方あるまい。
「えぇと、とりあえず問題はないらしい。王女の恰好の事もある、男性陣は一度部屋の外へ出ようか」
本当、何があったのやら。
――――
「なんか、皆集まっちゃった」
「う、うん、そうだね。もっと俺が上手く動ければ、ビルさんも攻撃しなかったんだろうけど」
非常に申し訳なさそうにしているNINJAさん。
見た目は凄くそれっぽいのに、何だか雰囲気が弱々しい。
もしかして引っ込み思案だったりするのだろうか?
この状態で言葉が通じないって、良く今まで無事だったなこの人。
俺が言えた事じゃないけど。
「あ、コイツは別に転生者というか、元人間とかって訳じゃないから呼び捨てで良いと思うよ?」
「そうなの? えっと、よろしくね? ビル」
『んー。お前の匂いはあんまり好きじゃねぇけどなー』
そう言えば同族殺しがどうとか言ってたっけ。
マジで? この人が?
絶対無いだろ、雰囲気的に虫でも殺さず外に逃がしそうな勢いなんだけど。
何てことを話していれば、何やらグラベルとファットマンが退室していく。
特に何も無かったって事で解散になったのかな?
でもリリシアとシャームは残ってるけど。
そして先程まで女神かって程の肌を晒していた彼女も、再びドレスを身に纏っていく。
どうやらマッサージタイムは終了の御様子。
ちくせう。
「えっと、自己紹介がまだだったよね? 俺は鹿島 次郎って言うんだ、よろしくね」
ニコッと微笑みながら、しゃがみ込んで俺と視線を合わせて来る。
いやぁ言葉が通じるのって良いよね、物凄く安心する。
更に言うなら日本人だぁって分かる感じの渋い顔してる。
表情は柔らかいけど。
「俺は須賀 旭です。よろしくー……って、敬語じゃないと不味いですよね。すみません、ずっと猫としか喋ってなかったから癖で……」
慌てて口調を直してみたが、彼は笑いながら俺の頭に掌を乗せて来た。
「気にしなくて、良いよ? 久し振りに言葉が通じる人と会ったし、喋りやすい様に、喋って欲しいな」
「そう言う事なら、御言葉に甘えて」
という訳で、失礼ながらタメ口で話す事になった。
普通ならそれでも敬語にしろよと言われそうな程歳が離れている訳だが、今から話し方を変えたら逆に恐縮されてしまいそうだし。
「スー、――――?」
二人でニコニコしながら話し合っていると、リリシアが不思議そうな顔をしながら此方に近付いて来た。
先程ビルを変身させた事により悲鳴を上げられてしまい、随分と心配を掛けてた様だ。
不安そうな顔を向けながら、むぎゅっと抱きしめられてしまう。
「す、好かれてるんだね、旭ちゃん。というか、スーちゃんって呼ばれてるのか。凄いね、あだ名が付けられる程に意思疎通出来るとか。俺も、そう呼んだ方が良いのかな」
何やら酷い勘違いをされてらしく、次郎さんからそんな事を言われてしまった。
違います、意思疎通出来てません。
俺には通訳が居ただけで、未だに「旨い」しか言えません。
他は相手の言葉を真似するだけで、ろくに意味分からないし。
覚えられたのなんて動物の名称くらいだ。
「い、いやぁ……俺も全然こっちの言葉は喋れないっていうか。というかスーってのも、グラベル達に勘違いされてって言うか。あ、呼び方は何でも良いよ? あと“ちゃん”は止めて、違和感が凄い」
「えっと? とにかく、俺もスーって呼んで良いのかな」
「それでオナシャス」
ま、何と言っても俺の本名スーにされちゃったしな。
次郎さんが俺の事を旭と呼んでいたら、多分皆も混乱することだろう。
という訳で、ここでもまた俺はスーになった。
向こうもあだ名だと認識しているみたいだし、なによりこれならちゃん付けで呼ぶことはないだろう。
ちょっと寒気がした、とまでは言わないが何か嫌だ。
この見た目じゃ仕方ないのかもしれないけど。
「スー、――?」
「へ?」
リリシアとシャームが、やけに心配そうな顔で此方を覗き込んでいた。
なんだろう? グラベル達も出ていったし、何も無かったという事で落ち着いたモノだと思っていたのだが。
それでも二人はしきりに何かを呟いては、俺の体をあちこち確かめて来る。
何だ何だ。
「ビルー」
『知らん、この二人ずっと喋ってるから通訳すんの疲れる。とりあえず心配されてるだけだよ』
「ありゃー」
「え、えっと。大丈夫? ビルは何だって?」
通訳しないといけない相手がもう一人増えてしまった事により、更に面倒臭くなったのか、ビルは不機嫌そうな顔でそっぽを向いてしまった
そしてビルの言っている事は俺が次郎さんに通訳しないといけない訳で……うわ、なにこれ面倒くさい。
俺ってばこんな面倒くさい事ずっとビルに頼んでたの?
そりゃ適当に聞き流すわ。
「えーと、えーっと」
どうしたものかとアワアワしていれば、事態の方が先に動いた。
リリシアが先程のもち肌美女と話し始め、一声かければグラベルとファットマンが戻って来る。
『これからそっちの女に話を聞くんだと。おいスー、どっか行こうぜ。こんな部屋に籠ってウダウダ話を聞かされても疲れるだけだ』
お話合いが始まる前から飽きてしまったらしい我が家のブサ猫様は、ため息を溢しながら入り口の扉をカリカリし始めてしまった。
引っ掻くな引っ掻くな。
弁償とか言われたらどうすんだ。
「えっと、次郎さん……ビルが飽きちゃったらしくて。どこか小動物を遊ばせられそうな所ってある?」
「け、結構気ままな使い魔? 従魔? だね」
「あ、別に従えてないっす」
「野放しなんだ……あんな強い魔獣が」
次郎さんからも凄い目で見られてしまった。
何故だろう、絶対一度は皆からこんな目で見られている気がする。
仕方ないじゃない、俺自身には何の能力も無いんだから。
「えぇと、それじゃ裏庭にでも行こうか。あそこは姫様の箱庭状態だから、動物達を遊ばせても大丈夫……だと思う」
「姫様? え、それって大丈夫なの?」
「う~んと……許可、取ってみるね?」
それだけ言って、次郎さんは先程の女性の元へと歩み寄りジェスチャーで何かを伝え始めた。
そうか、あの人も言葉伝わらないんだもんね。
ほんと良く生き残って来たよ。
というかジェスチャーで伝えてる時の俺は、周りからあんな風に見えてるのか。
ちょっと切なくなって来た、本気で“こっち側”の言葉覚えよ……。
あともう一つ、気になる点が。
今許可取っている人が“姫様”?
どう見ても先程まで俺が揉み解していたその人なんだが。
嘘でしょ? ロイヤルなお肌を堪能した上に、御国のトップに近い人のたわわを間近で観察してたの? 俺。
打ち首でしょ、こんなの。
思考垂れ流し状態だったら即刻斬首だよ。
今の俺が女児で良かった。
「スー、良いって。皆何か難しそうな顔で話してるから、俺たちは席を外そうか」
「あいあいー」
戻って来た次郎さんが手を差し出して来たので、とりあえず手を繋いでみれば
本人としては予想外だったのか、一瞬ビクッと反応されてしまった。
やべっ、完全に最近の習慣になっている。
“どうぞこちらに”、くらいの感覚だったのかな?
「あーえっと、すんません。癖です」
「う、ううん? 大丈夫だから、手を繋いでいこうか」
そんな訳で、俺たちは手を繋ぎながら部屋を出ていくのであった。
後ろから小動物達がゾロゾロと付いて来るが。
「次郎さんて、優しいんだね」
「急にどうしたの? スーちゃん……あ、ごめん。ちゃんは嫌だったんだよね」
やけに慌てた様子を見せ、彼はいちいち言葉に困りながら大袈裟な反応を見せる。
だがしかし、歩調は完全に俺に合わせてくれていた。
彼からしたら、ものっ凄く狭い歩幅だっただろうに。
繋いだ手からは、引っ張られる様な感覚は一切伝わってこない。
「結構子供好き? もしくは保育士してたとか」
「えっと、親戚に小さい子が多かったから。そういうのに慣れてるって感じはあるけど……何か変だった? ごめんね?」
「ううん、平気。歩くの遅くてごめんね」
「ん? そう? 全然気にならなかったけど」
これはもう、根っからのお人好しなのだろう。
思わず顔を綻ばせながら、ニコッと微笑みを向けてみれば。
『あんまし警戒緩めるなよ、ソイツは油断ならねぇ』
「もぉ……ビル、話聞えてるなら察せよ。めっちゃ良い人じゃん」
『だと良いがな』
テッテッテと俺の隣を歩くビルが、妙に疲れた瞳を向けて来た。
同族殺しの匂いってヤツがやはり気になるのか、未だ警戒している様だ。
その後ろには、並ぶグリフォン達と兎が一匹。
なんだコレ。
「えぇと……ビルが何か言ってるのかな? 俺にも教えてくれると、嬉しいな。皆とも仲良くなりたい」
「モフモフ好きなの?」
「……好き、俺も猫飼ってたんだ。雑種なんだけど、ハチワレのちょっと毛の長いヤツ」
「名前は?」
「ゴマ……ちゃん」
この人めっちゃ猫好きやん。
飼い猫を“ちゃん呼び”してる時点で、絶対猫好きやん。
ちょっとだけ恥ずかしそうに視線を逸らしながら、チラチラとビルを覗き見る次郎さん。
あらぁ、これはまた。
波乱の予感もしますが、モフモフにキャラ崩壊する予感も出来ますねぇ。
「ビル、ちょっと抱っこされてあげてよ」
『ヤダ』
「なんで」
『匂い』
「じゃぁ俺が抱っこされて、お前を抱っこする。その状況でモフられるなら良いだろ?」
『……まぁ、ちょっとだけなら。でも旨いもん食わせろよ?』
「ういよ、任せろ」
そんな会話をしながら歩いていけば、次郎さんからは徐々に期待の眼差しが向けられ始めた。
「ビルは、何て言ってるの?」
「取りあえず、俺を間に挟めばモフOKだそうです」
事実だけを伝えてみれば、彼は嬉しそうに顔を綻ばせ。
「あの……出来れば、でっかくなった状態でモフって良いかな? あぁでも、間にスーを挟むんじゃ無理か……何とかこう、全身でモフモフしてみたいというか」
「あぁぁ……その気持ち、超分かる」
『お前等絶対頭おかしいって』
二人で盛り上がる中、ビルだけは冷たい視線を向けて来るのであった。




