第34話 マッサージ師、お仕事開始
通訳猫の話を聞く限り、何でもファットマンからお仕事を受けたらしい。
急にテーブル土下座をかました事に驚いて、色々とテンパっていただけだったのだが、ビル曰く冬は街で過ごす事になるかもしれないとの事。
であれば残して来た保存食たちを食べてしまわないと。
そう思って「グリフォンと兎まだ食べてないよ!」と、必死にアピールした結果。
「食べないんだ……」
『まだ小さいからな』
一度家に帰って、一泊した後再び馬に跨った。
そこまでは良かったのだが、現状膝の上がえらい事になっている。
ビルが気を使ってグラベルの方に滞在するくらいに、大渋滞。
馬の背に跨っているので、膝の上というか馬の上が凄い事になっている。
グリフォンのチビが三匹、兎が一匹。
今でも元気よくモフモフと動き回っている。
落ち着けお前等、落ちるぞ。
落下死したら、いくら小さかろうとその場で捌いて今日の晩飯にするからな。
解体は俺じゃできないけど。
何てことを思いながらも、此方に引っ付いて来るモフモフ達に鬱陶しい視線を向けていれば。
「スー、――」
俺の事を抱きしめてくれる様な形で馬に二人乗りしているリリシアが、緩い声を上げている訳だが。
生憎とビルが遠いので通訳機能は作動しない。
とりあえずニコッと微笑みを向けておいたが……再びギュッと抱きしめてくれたので多分問題は無かった筈。
妹の方も気になる所ではあったが、何か大仕事始まっちゃったみたいだし。
まぁこの状況では何も言えないよね。
しかもあの雰囲気なら、多分妹の方も生活に困っている感じでもないしね。
いいか、しばらく放置で。
だってアイツ、俺以上に異世界に馴染んでいるみたいだし。
何て事を思いながら大人しくリリシアに体重を預け、腕の中のモフモフの相手をしていると。
「グラベル――、――――!」
街の門に到着した瞬間、鎧を着た人たちに取り囲まれてしまった。
え? え? 今グラベルって言ったよね?
お爺ちゃんなんかやったの?
そんな事を思ってグラベルに視線を向けてみれば、彼は落ち着いた様子で鎧の人と話していた。
知り合い? なんて思ってしまう程、気安い雰囲気で会話をしている。
詰まる話、コレと言った緊急事態ではないらしい。
というか、そのまま鎧の人たちに囲まれながら入国の列の隣を素通りしていく俺達。
いいのこれ? 周りから凄い目で見られているけど。
などと思っている間にもサクッと入国手続きを終え、そのまま連れていかれたのは……。
「なぁ、気のせいかな。城なんだけど」
『城だなぁ』
隣を歩く馬の上で、呑気な声を上げるビル。
いやうん、城だね。
それが問題なんだけど。
「ねぇどういう事!? あのファットマン何者!?」
『俺が知るか。人の話は聞いてるだけで疲れるからな、半分聞き流してる』
「お前絶対半分以上聞き流してるだろ!」
ギャーギャーと騒いでいると、皆からはとても微笑ましい視線を向けられてしまった。
もしかしてお城を見てテンションが上がったのだと勘違いされたのだろうか。
やめて、俺をそんなメルヘンな子にしないで。
どっちかというとやべぇ所に来てしまったという感覚しかないから。
「やっぱりグラベルってすげぇ人なのかな……お城の人から依頼が来るのかよ」
思わず城を見上げながらボヤいてみれば。
『ま、神獣狩りは伊達じゃねぇってことだな』
「何、神獣って。超強そうじゃん」
フンッとつまらなそうに言い放つビルに、首を傾げながら視線を向けてみれば。
『俺の前世』
「……」
『おい、なんか言えよ』
「ソッカー、ビルも昔はワルだったんダネー」
『妙にムカつくぞ、絶対信じて無いだろ』
「ソンナコトナイヨー」
急に昔の武勇伝語りみたいな事を始めたブサ猫に、とても柔らかい視線を向けてから顔ごと逸らした。
そっかそっか、ビルも男の子って訳だ。
確かにあんなにデッカイ化け猫になるくらいだもんね、ちょっとくらい格好つけたくなっちゃうよね。
未だ前世がどうとか言ってるし。
俺の周りにも居た、そういう子達。
だからこそ、適当な返事をしてスルーしてみた訳だが。
どうやらビルに向けた微笑みを他の皆にも見られてしまったらしく、大人達からも緩い笑みを向けられてしまった。
今ここに中二病の猫と思考メルヘンなちびっ子娘が爆誕してしまった様だ。
やめて、そんな目で俺を見ないで。
――――
「待っていたぞ」
以前とは違い、部屋に入った瞬間書類を放り出してこちらに車椅子で近付いて来るアグニ王子。
その瞳は、何かを期待した様に輝いているが……。
「お待たせして申し訳ありません、アグニ王子……失礼、陛下」
「今更呼び方など何でも良い。呼びやすいなら王子でも呼び捨てでも好きにしてくれ」
流石にそれは良いのだろうか?
確かに昔の癖で度々王子と呼んでしまう俺も問題なのだろうが。
なんて事を悩んでいる内にも、彼はコチラまで辿り着きスーを膝の上に乗せた。
スーは本当に軽いからな、車椅子に乗っている状態でも難なく持ち上げられている御様子。
「よく来たな、スー。これから暫くの間頼むぞ? お? そっちが連れて来たペットか、随分と大人しいな。兎と……グリフォンか? 珍しいモノをペットにしているんだな」
やや驚いた様子を見せながらも、彼の膝に収まったスー。
彼女を追って足元の小動物達も王子に登ろうとしている訳だが。
「待て待て、お前達まで登るな。流石に不敬だぞ。リリシア、シャーム、手伝ってくれ」
「正直、スーを下ろした方が早そうだが……」
「ホラ、こっちにおいで……いったぁ!? このグリフォン、相変わらずスーにしか懐かないな!」
シャームは見事に噛み付かれてしまったらしいが、予防策として厚手のグローブを嵌めておいて良かった。
両手に持ったグリフォンの子供が必死に嘴で攻撃してくるが、全く問題ない。
今ではリリシアが呆れた顔で兎を抱え、慌てた様子のシャームが最後のグリフォンを捕まえようと必死になっている。
その様子を見たアグニ王子が口元を緩めてから。
「この子の近くなら大人しいのか? 別に乗せて構わんぞ? 小動物が増えた所で、何かを感じる脚ではないからな」
少々自虐の混じった様な台詞を吐いて来た。
流石に鵜呑みには出来ない上、笑えば良いのか注意すれば良いのか反応に困るのだが……などと思っている内に、ズバンッ! と背後にあった扉が開かれた。
「皆様がいらっしゃったという話と、何やら可愛らしいモノを連れて来たと聞きましたわ!」
何故か両手に土で汚れた手袋を嵌めたアレクシア王女が乱入してきた。
先程からちょっと事態に着いて行けないのだが、俺たちはどうすれば良い?
「姉さん、花壇を弄ったのならせめて手袋を外して来てくれ。壁や扉が少し汚れても、使用人は必死で掃除するんだぞ?」
「あぁ、コレは失礼しました……って、なんですかソレ!? 凄くモコモコの……何ですか?」
王女の方はグリフォンの子供を見たのは初めてだった様で、えらく興奮した様子でシャームが取り逃がした一匹に近づいて行く。
「アレクシア王女! いけない! ソイツ等は見た目の割に狂暴で――」
「あらぁ……随分と大人しいのね? 凄くモコモコしてる、でも足が四本あるから普通の鳥とは違うのね。何を食べるのかしら? 虫とか木の実でしょうか? それとも魔獣なら雑食なの? ん~可愛い、何か食べますかぁ?」
先程までシャームの手に噛みついていた筈のグリフォンの子供が、彼女に抱かれた状態で大人しくしている。
これは一体……なんて思ってしまったが、改めて彼女の様子を見て納得してしまった。
「ソレはグリフォンの子供です。魔獣なので基本的に肉食なのですが、グリフォンは自然を愛するとも言われています。きっとアレクシア王女の手袋の土の匂いと、花の香りで落ち着いたのでしょう。ホラ、ドレスに花びらが付いていますよ」
そんな事を言いながら、彼女のドレスにくっ付いていた花びらを取ろうかと思ったが。
生憎と両手にグリフォンの子供を持っている為不可能。
なのでシャームに目配せして、花びらを回収させてみれば。
「花の香りが好きなのですか? 素敵な魔獣もいるのですね」
「香りの好みに関しては個体に寄りますが、グリフォンは総じて甘い香りが好きですよ。蜂蜜が好物という個体は多いです」
「可愛い……王宮でも飼えないかしら……」
「アレクシア王女?」
何やらとんでもない事を言い出す彼女は、先程シャームが回収した花びらを受け取るとグリフォンの鼻先に近付けた。
余程その匂いが気に入ったのか、グリフォンの子供も腕の中で大人しくしているが。
「もふもふ……おっきいヒヨコみたい……」
何やらいたく気に入った様子で、腕の中のグリフォンを弄り回している。
相手も相手で、気持ちよさそうに目を細めているが……アイツ、あんなに人懐っこい性格だったか?
いつ王女に牙を向くかとハラハラしながら見守っていれば。
「まぁ、何はともあれメンツは揃ったんだ。早速仕事をお願いしようか」
そんな事を言いながら、アグニ王子がニヤッと口元を歪ませるのであった。
――――
『なんか妙な事になったな』
「これもお前がちゃんと聞いて通訳してくれないからだぞ」
『人のせいにすんな。ていうか俺だって結構役立ってると思うが? ん? 俺が居なくて生きていけんのか?』
「大っ変申し訳ありませんでしたぁビル様ぁ……今日はお城でご飯なので、貴方様の好きなモノなんでもあげちゃいますぅ……」
『よろしい』
アホな会話をしながら、ひたすらモミモミ。
ものっ凄い柔らかいし、手触りも上質なソレは触ってるだけで幸せになれる程。
そんでもって、今俺が何を揉んでいるかと言えば。
「スー――、――?」
「あっ! えっと、平気です! 全然大丈夫なんで横になっていて下さい!」
半裸と言って差し支えない……王女様? 王妃様?
彼女の体をひたすら揉み解していた。
俺のマッサージ技術はついにこんな所にまで来たらしい、やったぜ。
とか言えれば良かったのだが、絶対違う。
グラベル達に仕事をお願いして、そのお手伝い……というか俺を預かってもらっている的な何かだ。
お城が託児所ってのもヤバイが。
やけに綺麗な彼女の肌に触れながらアワアワしていれば、彼女は微笑みを溢しながら再びうつ伏せに寝転がった。
その背面はまさに女神。
真っ白く美しい背中に、寝床によりむにゅっと潰されてはみ出た柔らかそうな何か。
でっかい人はうつ伏せに寝ると苦しいと聞いた事があったが、それは本当だったらしくモゾモゾもと度々体の体勢を変えている程。
なんだ、一体何なんだ。
コレが今回の俺のお仕事? マジで? 最高か?
緩みそうになる顔を引き締めて、改めて彼女の腰を揉んでいくと。
「おいムム、流石に駄目だって。降りなさい」
この人絶対物凄く偉い人だよね? 状況的に。
以前会った時は優しいお姉さんって感じだったけど、お城では物凄く豪華そうなドレスとか着てたし。
そんな彼女の背中に、ピトッとくっつきそうな勢いでへばり付いているムム。
確かにこのモチモチ肌を全身で味わいたい気持ちは分からなくも無いが、流石に駄目です。
不敬だとか言われたら、モモンガでさえ処刑されかねない世界感なのだから。
という事で、彼女の背中にへばり付いたモモンガを回収してベッドの脇に放り投げてみれば。
「おいコラ」
『もう諦めて良いんじゃねぇか?』
すぐさま背中の上に戻って来て、プクプクと声を上げ始めるムム。
何コイツ、何してんの羨ましい。
じゃなかった、マッサージの邪魔なんだけど。
言葉の通じない小動物に、ちょっとだけイラッとしながら再び手を伸ばしてみれば。
「スー――、――」
何やら寝ころがった美女が言葉を紡いで来たので、ビルに視線を向けてみると。
『別に気にしなくて良いとよ。つぅか、一匹グリフォン取られたな』
「あ、やっぱあれこの人に懐いてんの? もう攻撃とかしない感じ?」
『まぁアレだけ懐いてりゃ大丈夫だろ、花の匂いが好きな個体だったんだろうな』
とりあえずムムは放置という事になり、改めてこの人にくっ付いたグリフォンへと視線を向けてみれば。
そこには四つ足のデカいヒヨコが溶けている姿があった。
もはや原型なんぞない、警戒心なんぞ消し去って餅みたいに溶けてやがる。
その状態で、彼女の首元に滞在しているのだ。
「ったく、皆には噛み付いた癖に。懐いたら一発かよ」
『いいのか? くれちまって』
「別に良いよ、後に二匹居るし。育てば腹いっぱい食えるだろ」
『……はぁ、お前が食えるとは思えんがな』
「んだよ、育ったら俺が食われちまうってか?」
『そうじゃねぇよ、勝手にしろ』
ビルと会話しながらも、ひたすら見目麗しい彼女の背中をモミモミ。
若干ムムが邪魔な所にへばり付いているが。
「――、――?」
一通り背中を揉み終わったかと思えば、彼女は体を回転させて上向きに寝ころがって来た。
ジェスチャー的に、お腹のマッサージ? をしろと言っている様だが……しかし。
「で、でかい……」
『おい、早く仕事しろよ。軽く揉めってよ』
「揉んで良いの!?」
『ん? あぁ、下っ腹辺りだって言ってるぜ?』
「……うっす」
目の前に広がった桃源郷をチラチラと盗み見ながら、ひたすら彼女のお腹を擦って行く。
服で隠れてはいる、いるのだが凄いのだ。
ていうか待って、お腹のマッサージって何? どうやれば良いの? そもそも腹筋って凝るの?
ひたすら疑問符が浮かぶ訳だが、視界端で揺れる柔らかそうな何かが気になって仕方がない。
だというのに。
「ムム……」
モミモミしているすぐ近くに、相変わらず小動物が集まって来てしまった。
プクプク言っているモモンガは今まで通りにしろ、他の連中も暇になったのか。
残る二匹のグリフォンはベッドの上を動き回り、時に彼女の体に身体を擦りつけ。
最後の希望である兎は、俺の手を離れたグリフォンが気になるのか。
家出グリフォンに身を寄せながら一緒に寝転がった女性を鼻先でツンツンしている。
流石にコレはくすぐったかのか、彼女も笑いを堪える様にしてプルプルしているが。
「お城に呼ばれてまでやる仕事が、これで良いのか……」
『そればっかりは知らん』
ビルだけは、呆れ顔のまま大人しく俺の隣に座り続けているのであった。




