第33話 初めての御指名依頼
「今、何と……?」
「スーを此方に渡してくれないか? あぁいやすまない、この言い方は誤解を招くな」
急におかしな事を言い始めた王子に対して、俺たちは唖然として口を開けてしまった。
彼は現状この国の王だ、本来ならば従う他ない。
しかしこの場で確たる理由もなくスーを寄越せなどと言われれば、この国と今後関わらないつもりで逃げるか、敵対する覚悟で守ろうと思ってしまった訳だが。
彼はしばらく考えるかのような素振りを見せ、言葉を紡ぎ直した。
「まずいくつか質問しても良いだろうか? この子は治癒魔術師なのか?」
「い、いえ。スーの鑑定は済ませましたが、そのようなスキルや称号は見受けられませんでした。その後もそれらしいスキルを使った事もありません」
「ふむ……」
何やら先程から理解出来ない言葉が続いている。
急に彼は何を言い出しているのだろう?
そんな事を思いながらアレクシアに視線を向けてみれば、何故か瞳に涙を溜めている。
本当に何があった?
「今起こった事を簡単に説明しよう。グラベルには前にも話したが、俺は獣人共の拷問により足が動かない。コレは単純に歩けないというだけでなく、感覚すらないと思ってくれ。例え膝にナイフを突き立てられようとも、俺は表情一つ崩さずに兵に対して取り押える指示が出せただろう……これまでは」
「と、いいますと?」
何やら含んだ言い方をする王子に、皆して視線を向けていれば。
「今までも多くの治癒術師に頼み、この脚を治療してもらった。しかし効果は無し、やはり過去の傷を癒すというのは難しいらしい。それに随分とボロボロにされてしまっていてな、だからこそ現状を維持するための治療を続けて来た訳だが……今、感覚が僅かに戻って来た」
そう言いながら、王子は自らの太ももを叩いて見せた。
僅かに顔を歪めたかと思えば、すぐにクククッと嬉しそうに笑い始める。
だが。
「――! ――――!」
「え? あぁ、すまない。自らを傷つけようとした訳じゃないよ、ちゃんと痛みがあったのが嬉しかったんだ」
脚に打ち付けた拳にスーが飛びつき、王子の事を何やら叱りつけている。
多分立場などを全く把握していないからこその行動なのだろうが、彼女は本気で怒っている様だ。
身元すら分からない、言葉も通じないスーに対して一国の王が素直に謝罪している光景は……何というか異様だ。
「今まで全く変化が無かった毎日、だというのにこの子が触れてくれた今日この日。俺の膝は僅かながら感覚を取り戻している。この子に会うのは今日で二回目だ、だと言うのにこの成果。毎日時間を共にすれば、もしかしたら……これで手放す馬鹿はおるまい?」
「しかしっ! スーはそのようなスキルを持っていない! それに魔力放出すら出来ないんだぞ!?」
リリシアが声を荒げ、席を倒す勢いで立ち上がった。
彼女が必死になるのも分かる。
今この場の空気では、間違いなくこの国にスーを持っていかれる。
俺たちの願望を前面に押し出すなら、彼女の笑みをこの先も見ていたい。
森の中で楽しく走り回る彼女の自由を、奪ってやりたくない。
そして何より、権力者に“飼われる”様な生活にスーを送り込みたくはない。
彼女の人生が、これまでそうであった可能性がある以上。
再び同じ空間に放り込むなど人としてどうして出来ようか。
そういう意味も含め、眉に力を入れながら口を開いた。
「その子は特殊な環境にあった可能性があります。だからこそ、自由に生きて欲しいと願っています。そして何より、スーが望むなら彼女の両親を探す旅に出る覚悟もある。だからこそ、スーを医療道具にするから渡せと言われても頷けるはずがありません」
相手を睨みつけながらそう呟いてみれば。
彼は大きなため息を吐いてから椅子の背もたれに体重を預けた。
「やはり、タダでは頷いてくれないか」
「お金の問題ではありません、“陛下”」
「ほぉ、俺を国の王と認めて喧嘩を売るか」
俺たちの間にピリピリとした緊張感が生まれ始め、周囲のテーブルの客たちはそそくさと席を外す程。
店には悪い事をしてしまったとは思うが、生憎と彼のお願いだったとしてもスーを渡してやるつもりは無い。
そんな事を要求して来る様なら、いっそのこと……などと思った瞬間。
「私の負けだ、素直に頭を下げよう。だからその敵意を引っ込めてくれ、こんな席で小便でも洩らしてしまいそうだ」
ヒラヒラと両手を上げるアグニ王子が、今までの様子が嘘のように軽い雰囲気に変わった。
コレは……どういう事だ?
「お前達の様子を見ていれば、最初から答えは分かっていたのだがな。まぁこちらの立場もあれば、俺の方から“関わるな”なんて言い放ったんだ。人としてそんな相手に媚び諂うのでは示しがつくまい? だから嫌な奴だと思われても良いから、この子を貰おうとしたのだがな」
「貴方は……何を考えていらっしゃるのですか?」
思わず表情を顰めながら、そう問いかけてみれば。
未だ不安そうな表情を浮かべながら彼の膝を撫でているスーの頭に手を置き、彼は微笑んで見せた。
「グラベル、貴方への無礼を謝罪したい。そしてその上で、恥を忍んでお願いがある。この子をしばらく王宮に留まらせてくれないか? 鑑定と言う意味での確証は無くとも、間違いなくこの子がきっかけで俺の脚に変化があった。ならばこそ、この子に仕事を頼みたい。せめて、姉の体だけでも治してくれないか? この依頼を、私個人としてこの子にお願いしたいんだ」
「しかし、スーの能力にそういったのは……」
「分かっている。藁にも縋る思い、というヤツだ」
そんな事を言いながらテーブルに置かれていたナッツを一つ摘まみ、スーの口に放り込むアグニ王子。
旨いか? なんて聞いて、彼女が微笑みで返せば彼も緩い笑みを浮かべる。
そこには紛れもなく、温もりだけがあった。
権力者が彼女の“特徴”を利用しようとしたり、使い潰そうとしている雰囲気はまるでない。
であるのならば、とは思ってしまいそうになるが。
「しかし、我々は彼女の保護者になると決めております。この責務を今更放り出すつもりは毛頭ありません。ですから彼女だけを連れていきたいと言われても、我々は首を縦に振る事は出来かねます」
先程から硬い表情を浮かべているリリシアは俺の言葉に頷いて見せ、状況を把握しきれていないらしいシャームも困り顔を浮かべながらも頷いてくれた。
コレが俺たちの意思だと言わんばかりに、再び圧を掛けてみれば。
「では、俺の恥の上塗りをしよう。お前達三人には、王族の護衛依頼を出す。俺達はこうしてたまに街の様子を見て回っていてな。その際に近くに居て守ってもらいたい、報酬はたんまり出そう。声が掛かった時は同行してもらうが、それ以外は基本的に自由にしてもらって構わない。もちろん、娘を此方に預けていては気が休まらないだろうからな。依頼期間内は王宮内を自由に行動して良いと言う許可も出そう」
「……は?」
この人は、何を言っているのだろうか?
スーの力を借りたいが為に、俺たち三人を用心棒に雇うというのか?
いくら何でも、やりすぎじゃないか?
いや、それくらいにスーの“何か”を感じ取ったのかもしれないが。
「えぇと……しかし」
「まだ不満か? であれば、そうだな。依頼期間内の出費は全て俺が持とう、武器でも防具でも道具でも、好きなモノを買うと良い。依頼達成後には、それらを無償で持ち帰る許可も出そう」
「あぁ、えっと。そういう事では無くて……」
どうしたものかとリリシアに視線を向けてみれば、交渉事を有利に進めるのが得意だった筈のリリシアさえ、ポカンとした顔を浮かべながら固まっていた。
シャームはもう完全に置物になっている、あれでは意見を聞く所ではあるまい。
「アグニ、本当に良いの? 貴方は彼に“関わるな”と言ったのよ? 私だってグラベル様に“我々を救おうとしないでくれ”とお願いしてしまった立場だわ。だというのに、彼等に関わっている彼女の力を借りるの?」
唯一冷静であるアレクシア王女だけが、彼に対して物申した訳だが。
「おっと、姉さんまでそんな事を言っていたのか。であれば、こうする他あるまい」
何を思ったのか、彼はテーブルに手を尽きながら額を押し当てた。
「どこかの地域では、無理な願いを聞き届けてもらう為にこう言った行為を行うらしい。本来は床に額を付けるらしいが、俺の足ではそれもままならない。だから、コレで許してくれ。どうか頼む、この奇跡を、姉に使わせてやってくれ」
「アグニ! 私の事なんて――」
「アレクシア姉さんは黙っていてくれ、こういう場に身内の言い争いは無粋だ」
とても必死な様子だという事だけは伝わって来た。
ただ頭を下げるだけでは無く、テーブルに額を擦りつけるかの如く懇願してくるアグニ王子。
確かにこの状況で「俺は知らん」と言って帰る事はなかなか出来ないだろう。
そんな風に思ってしまう程には、彼はスーの事を欲していた。
主に、姉であるアレクシア王女の為に。
本当に彼の言う通りスーに特別な力があるのであれば、この行動も納得できるのかもしれない。
しかし俺達が見たのは獣に好かれるという“特徴”のみ。
アグニ王子の言う様な、特別な治癒などと言われてもすぐに信じられる訳がない。
こればかりは、本当にどうしたものか。
しかも彼が求めているのはスーだ、我々はオマケの様なモノ。
だからこそ、返答に困ってスーへと視線を向けてみれば。
「んん?」
周囲の空気に当てられてか、どこか困った様子を見せながら必死でアグニ王子を起こそうとしている。
足が悪い人間があんな体勢で居るのだ、その事を心配しているのだろう。
本当に優しい子だ。
彼女の行動を見ていると、あぁだこうだと考えている自分が馬鹿らしくなってくる。
やがて彼を起こす事を諦めたのか、スーは此方に強い視線を向けて来た。
まるで、何故助けないんだと責めている様な眼差し。
そうか、それくらい単純で良いのか。
困っている相手が居て、更には懇願する程お願いして来ている。
どうせ先の短い老いぼれの人生だ。
変に転んだとしても、先の事ばかり心配する必要は無い。
だったら……。
「その依頼、お受けいたします。我々三名は護衛として、スーは陛下達の治療役として。しかし成果は保証できませんよ? スーにそう言った能力は確認出来ていない。だからこそ、期間を決めましょう。ずっと王宮で我々を雇う訳にもいかないでしょうから」
「感謝する……」
やっと頭を上げたアグニ王子が、ニッと柔らかい笑みを浮かべた。
あぁくそ、またスーがトラブルを拾って来てしまった。
やってくれたな? なんて事を思いながら呆れたため息と共に視線を向けてみれば。
「グフォ! うさ! 旨い!」
「ん?」
「なんて?」
何やら彼女が両手の拳を振り上げ、強く訴えかけて来た。
「グリ、フォ! うーさ!」
必死に伝えて来る彼女は、今までになく切羽詰まった様子で声を上げている。
えぇと、コレは?
「あ、あの師匠……もしかして依頼の事を理解した上で、森に残して来たグリフォンと兎の事を心配しているのではないだろうか?」
恐る恐ると言った様子で手を上げながら、シャームがそんな事を言って来た。
なるほど、確かに。
あの家にはスーのペットと呼べる小動物達が未だ残っている。
長期間家を空けるなら、あいつ等も此方に連れて来るべきなのだろう。
正直、勝手に外に出て餌を探していそうな連中ではあるが。
「アグニ王子……依頼開始は来週からでも大丈夫だろうか?」
「……まだペットが居るのか?」
コレに関しては若干呆れた様子を見せる王子も、手を振って了承の意を見せてくれた。
と言う訳で、俺たちはやはり一旦家に戻る事になった。
色々と買い込んだと言うのに、もしかしたら冬の間はこちらで過ごす事になるかもしれない。
荷物は置いて、ペット達を連れて早々に街に戻って来なければならなくなってしまった。
畑は……もはや祈るしかあるまい。
そんなこんなあった訳だが、俺たちはアグニ王子から菓子をご馳走になった後急いで帰路に着いた。
これから忙しくなるぞ。
思わずため息を溢しながら、跨った馬を急がせるのであった。




