第32話 再び、勘違い
色々あったがどうやら本日中に森に向けて出発するらしく、皆準備を進めている様子が伺える。
俺としては特にやる事も無く、ムムを頭に乗っけてビルを抱えながら皆に着いて行く事しか出来ない訳だが。
ふと思い出して、背後を振り返ってみるが……そこにはどことも知れない路地が広がっている。
街中を歩き回っている内に方向感覚も失われ、今朝までお世話になった宿の位置すら分からない。
今の俺には、その程度の能力もないのだ。
「……」
『気になるのか? 妹』
「ん、まぁ」
腕に抱いたビルに問いかけられ、素直にそう答えてみた。
不思議なもんだ。
人間相手だったら、意地を張って「あんな妹知るか」とか言いそうなもんなのに。
猫相手だったら、意外と素直に答えられる。
「アイツさ、意外と泣き虫なんだ」
『お前と一緒だな』
「短気だし、すっげぇ性格悪いけど。でもあの歳でも何だかんだくっ付いて来る妹だったし」
『お前を好いてたんだろうな。猫でも結構居るぜ? やけに懐いてんのに、いちいち絡んで来る馬鹿が。お前に構って欲しかったんだろ』
「あとたまに意味分かんねぇ事言い出すし、俺の外見にいちいち文句言って来るし。我儘だし、超ウザいし」
『お前だからこそ、甘えてたんだろ。お前ならって、他じゃ見せねぇ姿を見せてたのかもしれねぇな。なんたってまだまだガキだ、それに……なぁ?』
「ん、あいつは……妹だからさ。兄貴の俺がちゃんとしてやらねぇとかなって」
『兄貴じゃねぇだろ』
ビルのツッコミを受けながらも、今しがた来た道を走り出した。
このまま森に戻ってしまって良いのか? アイツを放っておいて良いのか?
そんな事を考えながら、両足を動かした。
ココは異世界だ、俺たちの常識が通じない世界だ。
だったら、明日には会えなくなってしまってもおかしくないのだ。
だったら、伝えるなら今だろう。
だったら、引き入れてやるなら今だろう。
前みたいに我儘も聞いてやる、正直うざったいと思いながらも一緒に過ごしてやる。
だから俺の所に来い、俺はお前の兄貴なんだから。
以前同様何にも出来なくて、今ではお前の方がすげぇ存在になっていても。
俺はアイツの兄貴なのだ。
だったら。
「身内が他人様に迷惑を掛ける前に、俺が一緒に居てやるべきだよな」
『好きにしな、協力だけはしてやるよ』
そんな事を言うビルを胸に、俺は走った。
もはやどこにあるかも分からなくなってしまった宿屋目指して。
アイツに言ってやろう、一緒に来いって。
すっげぇ面倒くさいし、森の生活も今の四~五倍は鬱陶しくなるだろう。
でも俺はアイツと兄妹なのだ。
もしもグラベル達に追い出されたら、妹と一緒に森を彷徨うか街にでも戻って来よう。
きっとアイツの能力ならどうにかなんだろ、何たってグラベルだって咄嗟に剣を抜きそうになるくらいだ。
だったら、きっと戦闘とか狩りはアイツだけでもどうにかなる。
そんな事を思いながら、路地を抜け広場に走り出してみれば。
「ぶはぁっ!?」
思い切り正面衝突をかました。
路地を抜けた瞬間、目の前に現れた車椅子に突撃してしまった。
あまりの勢いにひっくり返るが、どうやら相手は無傷の御様子。
不幸中の幸いか……なんて事を思って鼻を擦りながら立ち上がってみると。
「――、――――」
車椅子に座った絶対防御のファットマンが、柔らかい笑みを浮かべているのであった。
――――
「スー!?」
急に走り出した彼女を追って路地を抜けてみれば、そこで思いがけない二人と再会してしまった。
車椅子に座ったアグニと、ソレを押すアレクシア。
変装はしている様だが、どちらもこんな所に護衛も付けず姿を現す人間ではない筈だ。
だと言うのに。
「チッ、またお前か……」
「アグニ、口が悪いわよ! グラベル様……お久し振りです」
二人は各々対照的な反応を示しながら、俺の事を眺めて来た。
こんな所で何を……とは思ってしまうが、何故だろうか?
アグニ王子がスーを膝に乗せようとしているのだが。
「すみませんお二方、そちらの少女は私が今保護している子供でして……」
「お前が獣人の子供を、ねぇ? 何かの当てつけか?」
「アグニ!」
「いえ、そんなつもりは……」
会話が進む中、捕獲されたスーは茫然としながらアグニ王子の膝の上に乗せられている。
コレは、どういう状況なのだろうか?
俺に続いたリリシアとシャームも驚愕の眼差しを向けているくらいだ。
「えぇと、とにかく……その子を返して頂けると……」
「まるで俺達が攫ったような言い方だな」
「いえ、そんな事を言うつもりは……」
アグニからはキッと強い眼差しを向けられて、アレクシアからは困った様な眼差しを向けられてしまった。
コレは一体……。
「えぇと、追々説明しますので。皆様お茶にでもしませんか? いつまでもこんな空気を放っていては、この子も怯えてしまいますし」
アレクシアがそんな事を言い放ち、スーへと掌を向けてみる訳だが。
「――!」
「ははっ、相変わらず何を言っているか分からんな。どうする? また菓子でも食うか? 分かるか? 菓子、甘い、旨い、だ。バクバクバクーって、今回も食べるか?」
膝に乗っけたスーに対して、王子がやけに緩い反応を示しているのだが。
対するスーは慌てた様に彼の膝から飛び降り、脚を擦って心配そうな声を上げている。
「平気だ、大丈夫。足はいつも通り、気にするな。お菓子、食べるか?」
良く分からないが、今の雰囲気を見るにスーと二人は今までに会った事があるのだろうか?
未だ困惑しつつ、両者に視線を向けていれば。
「関わるな、とは言ったがな。こちらから関わってしまったんだ……屁理屈をこねるつもりは無い。どうだ? 菓子でも食いながら少し時間を共にしないか?」
信じられないお誘いを受けてしまう俺達は、ただただ呆然とする他なかった。
――――
脚悪い人の上に座っちまった! という罪悪感と共にひたすら相手の脚を擦った。
正直病気か何かの場合、こんな行動何の意味も無いのだが。
それでも慌てながら再び現れたファットマンの膝を撫でた。
「ごめん、俺みたいな体重でも、結構痛いよな? ……ごめん」
『別に平気そうだが?』
「ビルの馬っ鹿! こういう人は自分の体諦めてでも孫を膝に乗っけんの! 無理させたら駄目なの!」
『お前……コイツ等の孫だったのか?』
「ちっげぇけど、そういうアレじゃないの! あぁもう、ビル回復魔法とか使えないの!?」
『無理』
「んもぉ! 攻撃ばっかりにステ振っちゃった子はコレだから!」
と言う訳で、必死にファットマンの膝をなでなでした。
ウチのジジババはこうだったのだ。
膝が痛い、腰が痛いって時には必死で撫でていると「温かい」って言ってくれて、良くなったって言ってくれたのだ。
だから、そうした。
俺には医療技術の専門知識なんか無いし、本人達が楽になったという言葉を信じる他あるまい。
しかも俺が衝突してしまったのだ。
意図せぬタイミングで変な衝撃が来れば、人の体は急に力を入れる。
それくらいは知ってる。
だからこそ、彼の体に異常が発生していないかと心配してひたすらナデナデしていた訳だが。
「――、旨い。――?」
以前シュークリームを奢ってくれたファットマンは、満面の笑みでそんな事を言って来るでは無いか。
俺のジジババもそうだった。
「もう大丈夫、痛くなくなった」とか言って、次の日にはポックリ逝っちまうんだ。
まだ痛いんじゃないか、全然平気じゃないじゃないか。
そんな事を思いながら、葬儀に参加した記憶がある。
だからこそ。
「うぉぉぉぉ!」
『何やってんだお前は……』
きっと俺に与えられた能力はマッサージだ。
だってリリシアだって寝たし、シャームも寝た。
しかもグラベルだって揉み解す事が出来たのだ。
だからこそ、彼の足を揉んだ。
それこそ出張マッサージ師かって程に、揉みしだいた。
だというのに。
「――――」
彼は笑みを向け、俺に分からない言葉を紡いでくる。
『あぁ、えっと。今の言葉はな――』
「ありがとう、もう大丈夫。とかだろう? 分かってんだよ、俺に何も出来ない事くらい」
もう、雰囲気だけで分かった。
ウチに居た爺ちゃんと婆ちゃんと一緒だ。
もう諦めているから、行く末が分かっているから。
ある程度で止める様に促して来る。
多分きっとこの人も同じなんだ。
それこそ、“気持ちだけでも受け取っておく”的なアレなのだろう。
正直、あんまりそう言うのは好きじゃなかったが。
『なんて顔してんだお前は。相手は大丈夫って言ってんぞ』
「へーへー、わかってますよー」
ムスッとしながら相手の事を見上げてみれば、やっぱり随分と柔らかい笑みを溢しているファットマン。
ホント爺ちゃんと婆ちゃんみたいな顔で笑いやがって。
なんて、ちょっと二人を思い出してしまい不機嫌そうな顔を浮かべていれば。
『また菓子食おうってよ。断って妹の方行くか?』
「んー……どうしよ、一回冷静になると何とも。今更ながら戻った所でまたキレられる気がして来た、あと道が分かんない」
『わりと裏道使ったからなぁ』
ビルとそんな会話を続けていればファットマンからは頭に手を置かれ、彼の付き添いのお姉さんからは手を繋がれて笑みを向けられてしまった。
早くも選択肢が無くなった気がするんだが。
『ま、一旦旨いもんでも食って落ち着け』
「……ん、そうするわ」
という事で、俺たちは団体様となり近くの喫茶店に向かうのであった。
俺の頭に手を乗せられた際、ムムがファットマンの膝の上に移動してしまったのだが……相手も気にした様子も無く、伸び切ったムムを撫でているから良いのかな?
何やってんだアイツ。
「ムム、こっちおいで。失礼だよ」
ちょいちょいっと手招きしても動かないモモンガ。
あれ、おかしいな。
いつもならこんな事無いのに。
ちょっと不思議に思いながらも、ファットマンが満更でも無さそうなので良しとしておいた。
――――
「ここはカップケーキが旨い、それで良いか?」
「……? ん!」
本当に不思議な少女だ。
まるで猫と話しているみたいに会話の途中で変な間が空くが、その後はコチラが話している事を理解したかの様子で声を返して来る。
そしてなにより彼女は獣人だと言うのに、全く嫌悪感を覚えないのだ。
「すまないアグニ王子……我々までご馳走になってしまって……」
グラベルが申し訳なさそうな声を上げて来るが、ヘッと鼻で笑って返してやった。
「もう王子ではない。公の場では間違えるなよ? 英雄グラベル」
「これは失礼。いやはや、昔の癖が抜けませんな」
困った顔で頬を掻く老人。
そう、老人なのだ。
記憶に残るグラベルより、ずっと年老いている。
風貌からするにまだまだ戦えそうな見た目をしているが……やはり年月には勝てなかったという事なのだろう。
隣のエルフ、英雄リリシアは昔のままの姿だったが。
などと過去の事を思い出している内に、俺たちの前には数々の菓子の類が運ばれて来た。
こんな物ばかり食べているから太るんだ、とは自分でも思うが。
しかし旨いのだ、仕方あるまい。
「さぁ、お食べ。スーと言ったね、遠慮する事はない。ペット達のオヤツも作らせたから、こっちのモモンガにも食べさせてあげよう」
先程から俺の膝に張り付いていたモモンガを持ち上げて、運ばれて来たナッツの類を目の前に差し出してみれば。
「ムム」
「ん?」
「ムム」
スーと呼ばれた少女は、モモンガを指差しながらそう言い放った。
「あぁ、なるほど。このモモンガはムムと言うのか。そっちの猫はなんて言うんだい?」
大人しく彼女の膝に乗っている猫を指差して問いかけてみれば、彼女はズイッと此方に猫を持ち上げて見せながら。
「ビル」
「ほぉ、ビルか。賢そうな名前だ」
ガシガシと猫の頭を撫でてみると、少しだけ鬱陶しそうな顔をした猫が「んなぁ~ぉ」と間延びした声を上げる。
本当に不思議な少女だ。
普通の主人とペットの関係というより、まるで小動物達が彼女の事を好いているかの様。
それくらいに、彼女から離れようとしない。
「さぁ、スーもお食べ。ビルにはこっちのケーキだ、この店はペット用のオヤツも販売しているからな。安心して食べると良……ん?」
「アグニ? どうしました?」
俺が急に脚を触り始めた事が気になったのか、アレクシア姉さんが席を立って隣に寄って来た。
流石にこの歳になってまで過保護過ぎだとは、何度も言っているのだが。
しかし。
「――!?」
慌てた様子のスーまでもが、席を下りて俺の膝を撫で始めてしまったでは無いか。
何やら先程から随分と心配されている様だが……もしかしてまだぶつかった事を気にしているのだろうか?
だからこそ、気にするなと頭を撫でてやろうかと思ったのだが。
「え? そんな馬鹿な……」
両足から、ムズムズとした痒さの様な感覚が伝わって来た。
おかしい、俺の脚は今までずっと感覚なんて無かった筈なのに。
足が腐り落ちたりしない様に毎日治癒術師に診て貰ったり、自力では動かせなくとも手を使って動かしたり、揉んだりはしていたのだが。
一向に感覚は戻らなかった筈。
だと言うのに、これは何だ?
「スー……俺に何かしたか?」
「んん?」
分かるのだ、彼女が擦っている感触が。
俺の脚に触れている温かさが。
ほんの僅かだとしても、スーの小さい手の感触が伝わって来る。
「アグニ……それって……」
「あぁ、姉さん。もしかしたら、彼女は……俺たちにとって救世主になってくれるかもしれない……」
古傷を治す。
それは普通の治癒術師でも難しいとされている。
だというのに彼女は。
たった二回出会っただけの俺の足を、感覚が戻る程に治してくれたのだとしたら。
「グラベル、相談がある」
俺達は今、この子を手放すには惜しい可能性を見つけてしまったのだから。




