第31話 君の望みは?
夢を見た。
牢獄に囚われる美しい妖精が、鉄格子の向こう側で寝ころがっている光景。
相手が囚われていているのか、それとも俺が檻の中に居るのか。
曖昧な意識の中、ただただ彼女を眺めていた。
やがて彼女は起き上がり、此方を振り返った。
雪の様な真っ白い髪の毛に、輝く様な赤い瞳を向けて来る。
「貴方は、何が欲しい?」
彼女は表情を変える事無く、言葉を紡いでくる。
何が欲しい? そりゃもう色々あるだろう。
“この世界”で通じる言葉も欲しければ、すんごい力とかも欲しい。
お金だって欲しいし、元の世界に帰れる術だって欲しい。
本当に、色々ある。
あるのだが。
「アナタは、ソレを叶えたらどうなるの?」
何故だか、そんな言葉を紡いでしまった。
彼女は表情を変えず、静かに俺の瞳を見つめて来る。
血のように赤いその眼で、ジッとこちらを眺めていた。
「神様や精霊ってね、色々あるの。だから、君も何か欲しいのかと思って」
なんて事を言い放ち、彼女は此方に寄って来た。
四つん這いで、獣みたいに艶めかしく。
昔の男子中学生の体なら鼻血でも吹き出していた様な動作と恰好だったわけだが、生憎とこっちは現状ケモ耳幼女。
だからこそ、彼女の行動を静かに眺めていた。
そして、その掌が頬に触れ。
「何をあげたら、喜んでくれる?」
彼女は、少しだけ泣きそうな表情で此方を見上げて来るのであった。
「逆に聞くとさ、何をしたらここから出られるの?」
その問いかけに、彼女は少しだけ困った様に笑った。
「私はビルとは違うから、あの腕輪じゃ駄目なの。あの門を潜った訳じゃないから、貴方とも繋がれない」
「え?」
「何でもあげる、だから探して。私が貴女の力になれる“鍵”を」
全く持って意味が分からないが、彼女は俺を鉄格子の向こうから抱きしめて来た。
彼女の少しだけ冷たい細い腕と、硬い鉄格子の感触。
そしてチラッと見える生足。
そこから視線を上げていけば、綺麗なヒップラインが見える。
なるほど、コイツは凄い。
とてもとても美人さんだ。
「スー、お願いね」
その一言と共に意識が遠くなっていくのが感じられた。
感覚はぼやけ、まるで眠りに落ちるかの様に。
でもまぁ、こんな美人さんに牢越しとはいえ抱きしめられているのだ。
前の俺なら、抱きしめられた瞬間に気を失ってもおかしくはないだろう。
であれば、コレが本来の正しい反応……。
『どした?』
ハッと目を開けてみれば、ブサ猫が此方を覗き込んでいた。
周囲に視線を向けてみれば、前回の宿とは違い人数分用意されたベッドが並ぶ光景。
それぞれのベッドには皆が横になっており、静かに眠っている姿が見える。
窓の外へと視線を向ければ、未だ日が昇っていないらしい。
「なんか……変な夢見た」
『へぇ、どんな?』
興味を持ったと言うよりも、子供を寝かしつけるみたいな優しい声でビルが答えてくれる。
もしかしてうなされていたのだろうか?
寝る時は大概近くに居るビルだが、今日に限って俺の眼に見える所に丸くなり視線を此方に向けていた。
「えっと……なんだったかな。とりあえず、お尻を見ていた気がする」
『聞いた俺が馬鹿だった』
それだけ言ってズボッと自らの体に顔を埋めるブサ猫。
球体猫の完成である。
物凄く近くにある為、圧迫感が凄いが。
『寝ろ』
「あ、うん」
ビルの声に答えながらもう一度目を瞑ってみれば、服の中から這い出して来るモモンガが一匹。
またありもしない谷間に隠れようとでもしたのだろうかコイツは。
ぺったんこの身体の上をズリズリと這う様にして、ぺったこんになったムムが顔だけ出して来る。
そして、そのまま寝た。
こっちもこっちで寝ぼけていたのだろうか?
今では幸せそうな顔でスピスピと鼻を鳴らしているムム。
「なぁビル、お前と違うスゲェ存在って言うと何か思いつく?」
『そんなもん星の数程いるだろ』
「まぁ~そうなるよね」
『いいから寝ろ』
「うーい」
そっけないおじさん声の猫から再び視線を逸らし、今度こそ大人しく瞼を下ろした。
もう一度眠ればあの夢の続きが見られるだろうか?
そんな事を考えながら、緩やかに夢の世界へと旅立っていく。
その夜俺は、お尻饅頭なるものを食べる夢を見たのであった。
――――
「昨日はすみませんでした……」
朝部屋から出てみれば。
先日の生意気な小娘が部屋の前で待機していたのか、すぐさま頭を下げて来た。
正直未だにイラッとするが、それでもスーと同じ顔をしている為何だか妙な気分だ。
こうも大人しい態度を取られてしまうと、何故かすぐ許してしまいたくなるというか。
どうしたものかと表情をムズムズさせながら耳を揺らしていれば。
「パーティリーダーとして、私からも謝罪する。本来なら、昨日の段階で私が止めるべきではあったけど……この子はちょっと、暴走すると手が付けられない。本当に申し訳ない」
それだけ言って、彼女のパーティメンバー全員が頭を下げて来る始末。
これではいつまでも怒っている方が大人気ないというものだろう。
思わずため息を溢しながら、グラベルとシャームへと視線を向けてみると。
グラベルはやれやれと首を振って答え、シャームは唖然とした様子で何度も頷いている。
であれば、決まりだ。
「いや、そもそもはこちらの人違いから始まったいざこざだ。今更コレと言って何かを言うつもりは――」
色々諦めて、穏便に済まそうとしたその時。
「――――、――」
スーが何かを呟きながら、昨日の少女の脳天に対してチョップをかましたではないか。
これには流石に相手方も驚いたらしく、我々と共に目を見開いてしまった。
ただ一人、例外が居たが。
「いったぁ!? 急に何すんのよ!」
「――?」
「いやだから何言ってるのか分からないって言ってんの! ていうかあんた何!? なんで私と同じ顔な訳!? 気味わるいんだけど!」
同じ顔の二人が、何やら喧嘩を始めてしまったでは無いか。
相手は激高した様な表情を浮かべているが、スーの方は今までに見た事も無い程呆れた表情を浮かべている。
やはり知り合いか関係者だったのだろうか?
しかし言葉がお互いに通じていない所を見ると、何とも判断し難いが。
などと思っている内に相手はパーティメンバーが止めに掛かり、スーに関してはグラベルが制止する。
が、しかし。
「はぁ……――、――――?」
溜息を溢しながら、スーは何かを呟いた。
私達には相変わらず理解出来ない言葉だったが、どうやら彼女には何かしら伝わったらしく。
「……なにそれ、どういうつもり?」
「はぁ……」
訳も分からぬまま眺めていると、取り押さえられた彼女は更に牙を向き始め。
「お前みたいなのが、お兄ちゃんの真似をするなぁ!」
相手から爆発的に膨れ上がって来る魔力。
コレは流石に不味いと私も杖を引き抜いて彼女に向けてみた訳だが。
「――」
この威圧に反応して剣に手を掛けたであろうグラベルの拘束を抜け、再び彼女に近付いたスーが思い切り相手の頭にチョップを叩き込んだ。
そして、再び溜息を付いた後。
「……――、ミヤビ」
「え? ちょ、今私の事雅って……」
何やら呟いた後、スーは呆れた表情と共に廊下を歩いていく。
もう、間違いないだろう。
同じ顔のこの二人は、何かしらの繋がりがある。
しかしながら何かの原因により意思疎通が出来ない。
そう考えるのが妥当だとは思うのだが……今の所、コレと言った結論にたどり着かない。
皆がポカンと口を開けている中、歩き去ってしまったスーの後をムムが追いかけ、続くビルが此方に視線を向けながら。
「んなぁぁお」
と、いつもの間延びした声を上げた。
なんだ? どういうことだ?
全てが理解出来ぬまま、私達は小動物に続いてスーの後を追うのであった。
未だ現状が掴めず、唖然としている彼女達を残して。
――――
あ、焦ったぁ……。
やっぱアイツ絶対何かチート能力貰ってるって、絶対普通じゃない何かに進化してるって。
未だバクバクする胸の鼓動を押さえながら、物陰に隠れた瞬間座り込んでしまった。
威圧感パナイ。
妹だからって事で一応昨日の事を叱りはしたが、反発力がヤバイ。
高反発枕もびっくりな勢いでガーッと来たよ。
駄目でしょ! って叱ったら次の瞬間には消し炭になりそうな程の威圧感を感じた。
もう無理、昔みたいにアイツを叱りつけるとか無理。
ぜぇぜぇと苦しい呼吸を繰り返していれば、いち早くこちらに到着したムムが胸の中に飛びこんで来た。
「ムム~妹がやべぇよぉ……今の俺じゃアイツが癇癪起こしただけでぶっ殺される可能性あるよぉ……」
抱っこしても抱き心地も何も無いちっこいモモンガを抱きしめながら、ブルブルと震えた。
やべぇ、妹やべぇ。
リリシアも杖構えてたし、グラベルも剣に手を掛けてた。
それくらいにヤバかったって事なのだろう。
異世界に来ても妹が出現したらなら、少しくらい面倒を見てやろうと思った次第ではあったが。
アレは不味い、面倒を見る前に俺が輪切りにされそうだ。
「ひぇぇぇ……異世界こえぇ。暴君の妹が完全バーサーカーに進化しちまった……」
プルプルしながらムムを抱えて、廊下の片隅で膝を抱えていると。
『スー、おい平気か? ったく、そんな耳畳んで。そこまでビビるなら関わらなければ良いだろうが』
やけに心配そうなブサ猫が、のっそのっそと近付いて来た。
どうやら俺が畳んだのは膝だけではなく、頭の上の耳までぺったんこになっていたらしい。
「ビル、腕輪あげるから妹を懲らしめて来て」
『何言ってんだお前は』
「だってアイツ絶対チート貰って調子に乗ってるじゃん! あのままじゃ不味いって! アイツの性格からして世界征服とか考えそうだよ! 世界中のイケオジは私の物だとか言い出しそうだよ!」
ふんがー! とばかりに吠えてみれば、ビルは非常に呆れた視線を此方に向けて大きなため息をついた。
『安心しろ、今はもう大丈夫だよ。向こうも向こうで思う所があったんだか、大人しくなってる』
「絶対嘘だ!」
『だったら見てみりゃ良いだろ……』
そんな事を言われ、そっと廊下の先を覗き込んでみれば。
「スー!」
シャームとリリシアが慌てた様にこちらに走って来る姿と、グラベルがゆっくりと歩いてくる光景が映る。
そしてその向こうに未だ不満そうな顔をした妹と、困惑気味な顔を浮かべる妹の仲間達。
思わずヒッと言いながら頭を引っ込めてしまった訳だが。
「あれ絶対まだ怒ってるって! 怒られたからひとまず謝ったけど、全然納得してませんって時の顔してるもん!」
『流石にそこまでは知らん……が、敵意は引っ込めた。上々じゃねぇか』
「後が怖いんだって! アイツ結構しつこいんだぜ? 後になってからネチネチ言って来るんだぜ!?」
そんな事を喋っている間にシャームとリリシアが此方に到着し、心配そうな表情で抱き上げられてしまった。
この歳になってまで妹にビビり散らした上に、お姉さんに抱っこされて励まされると言うのは非常に恥ずかしいが、シャームの乳は良い。
という事で大人しくくっ付いていれば。
『だが、久々に姉妹と会ったんだろ? 良かったじゃねぇか。姉妹で良いんだよな?』
「……姉妹? 俺にはあの暴走する妹しか居ないぞ?」
『んじゃ姉妹じゃねぇかよ。ていうかお前が姉かよ……』
え? は? どういう勘違い?
とかなんとか思ってしまった訳だが、今の俺はケモ耳幼女。
だからこそ姉妹で間違っていないという事に気付くまでにしばらく掛かった。
そりゃ妹だって混乱するわな、全然言葉通じないし。
やべぇ、普通に日本語で説教してしまった。
向こうからすれば似たような顔の奴が、急に分からない言葉で偉そうな態度を取ったのだ。
そりゃ怒るわ、妹なら余計に。
「やっべぇ……相手が言ってる事分からなくても、こっちの言葉は通じてる前提で喋っちまった」
正直、怒っていたので。
だってあのリリシアがブチギレるくらいだ、相当失礼な事を言ったのだろう。
そしてあのグラベルが少女相手に剣を抜きそうになったくらいだ。
そりゃもう結構な異世界チートキャラに成長しているのだろう。
だからこそ、イラッとして言葉を紡いでしまった訳だが。
『ま、なんだ。相手が大人しくしている内に飯行こうぜ? それともアレか? お前は妹と暮らしたい、とかあるか?』
やけに渋い声で言って来るくせに、不安そうな眼差しを向けながら俺を抱いたシャームの足元にすり寄って来るビル。
可愛い奴め。
「正直気になる所はあるけど……今は無理。近づくだけで噛みつかれそう」
『だよな……とりあえず、飯にしようぜ?』
そんな訳で俺たちは、というか俺は。
シャームに抱っこされたまま食堂へと向かうのであった。
待て待て待て、何かこれもこれで恥ずかしいぞ?
途中で降ろしてくれとジェスチャーで伝えたが、困った様な笑みを浮かべられて終了。
ビルに聞く限り、俺が猫耳を畳んだままなのが原因らしいが……ちくしょうこのケモ耳。
俺が妹にビビりまくってたのが丸分かりじゃないか。




