第30話 お夜食とお説教
その後、何事もなく部屋に戻って来た俺はひたすらにグラベルの背中をマッサージしていた。
相変らず岩の様に固いが、乗って構わないとの御言葉を頂きちょっと背中の上に失礼している状態。
ビルがいなかったらマジで何を言っているのか分からなかった上に、こんなマッサージの仕方は子供の頃親父相手にやった記憶しかない。
という事恐る恐る背中に登ってみた訳だが。
何という事でしょう、とても安定する。
背中が広いし、岩だし。
背骨に直接体重を掛けない様にだけ気を付けながら、ひたすら踏み踏み。
前回の揉み解しより、圧倒的に楽である。
だって足踏みしていれば良いだけだし。
『なぁスー、海老は?』
「あ、やべ。色々あって忘れてた」
『えぇ……』
「ごめんってば、明日もこの宿に泊まる様に頑張って伝えるから」
なんて会話をしていれば、リリシアが不思議そうに首を傾げながら此方を覗き込んでくる。
もはやビルと喋っているのは見慣れた、と言わんばかりの雰囲気だが内容が気になっている御様子で。
「えっと、海老ってこっちの言葉で何て言うんだろうな」
『俺に聞かれてもなぁ……』
「だよねぇ、どっちも一緒に聞えるんだもんねぇ」
ふむ、どうしたものか。
踏み踏みしながら腕を組み、うーむと首を傾げた後。
「コレでどうだ! 海老、海老ー! 旨い! じゃなかった、えーとなんだっけ」
『しゅぅちゅらすとぅらぁー?』
「それだ、ソレ! しゅぅちゅらすとぅらぁー!」
両手でチョキチョキと海老についてたハサミを表現しながら、お爺ちゃんを踏み踏み。
うん、自分でも思うけど非常に馬鹿っぽいよね。
先程妹を見た影響か、とても幼稚な行動を取っている気がして非常に悲しくなって来た。
ジェスチャー勝負だから仕方ない面は強いが、見た目同様に幼い行動ばかり取っている気がしてきて今更ながら心に来るものがある。
哀しい。
だがしかし効果はあったらしく、リリシアは納得したように頷き何やらテーブルに用意し始めてくれた。
そこにあったのは。
「お? おぉ!? ビル喜べ! 多分海老だぞ!」
『マジか!?』
テーブルの上に乗っているのは、何やら小っちゃい海老の揚げ物っぽく見える。
先程のデッカイ海老とは違うが、アレはアレで美味しそう。
というか今日本当に食べてばっかりだな、大丈夫か俺。
このままヒモ生活を満喫していて良いのかと思ってしまうが、目の前に美味しそうなモノが出現したのだ、食べる他あるまい。
そんな訳ですぐさま飛びつこうとしたが、今はグラベルのマッサージ中。
どうしたものかと足元に目を向け、再びテーブルに視線を向けて「うぅぅ」とか唸っていると。
「スー、――――?」
何やら微笑みを浮かべるグラベルが、俺の手を取って背中から下ろしてくれた。
これはアレだろうか? 食べてからで良いって事だろうか?
いやっほぉぃ!
思わずベッドから飛び降り、一目散にテーブルへと向かってみれば集まって来る小動物達。
そんでもってリリシアがジュースっぽい何かを用意してくれて、シャームがクスクスと笑いながら小皿に海老の揚げ物を取り分けてくれた。
目の前に置かれたのは、間違いなく小エビのフライ。
アレだ、ピザ屋のサイドメニューとかにありそうなあいつだ。
用意してもらったフォークを受け取り、思い切りブッ刺してみれば。
「あぁ……これだけで分かる、絶対旨いヤツ」
『それで何か分かるのか?』
「刺した瞬間にね、こう、なんていうか。弾力がさ……プチッとかじゃなくて、ブツンッ! って刺さる感じ。絶対食感良いよコレ」
『外側剝いてくれ、油っぽいのはいらない』
貴様なんて勿体ない事を、とは思ってしまうが相手は猫。
致し方あるまい、しかしまずは俺から頂こう。
そんな訳で、ピザ屋で見るよりでっかいシュリンプフライを口に放り込んでみれば。
「ふ、ふふふふ」
『どうだ? 旨いか?』
「うんまい! 超すごいぞコレ! サクサクふわふわ、しかも海老を噛みしめるとジュンワァって旨味が来る! 夕飯の海老も旨かったが、コイツも別の感じで凄いぞ!」
『早く! スー! 俺たちにも!』
という事で、ちょっと行儀は悪いが衣を剥いで二匹分け与えてみる。
ビルは鼻息荒くもっしゃもっしゃと噛みしめ、ムムは思考停止でもしてるんじゃないかと思う程口に入れた海老もモモモモモッ! と噛み砕いている。
大層お気に召した様だ。
素晴らしいな、この世界の水中の生物は。
魚も旨いし、海老もこんなに旨いんだ。
蟹とか食ったらどうなってしまうのだろう。
なんて事を考えながら、二匹が残した衣をもしゃもしゃと食べていく。
あ、これだけでもちょっと海老の味がする。
旨い。
「スー、――」
俺たちの様子を見ていたグラベルが、何やらソースを小皿に盛ってこちらに寄せて来たでは無いか。
そして目の前では大人達が皆それぞれ酒と思われる飲み物を片手に、小エビのフライを口に運んでいる。
あぁ、いいなぁ。
イメージでしかないけど、こういうのって絶対お酒に合いそうだよね。
ジッと眺めていれば、何かを呟きながらグラスを遠ざけられてしまったが。
お前にはまだ早いって事なのだろう。
分かっているさ、これくらいなら通訳が無くても言っている事が分かる。
と言う訳で、大人しくジュースを口に含んでみれば。
「おぉ?」
旨い、とても。
なんだろう、葡萄って事は分かるんだけど……他の味もする。
もしかしたら“こっち側”では葡萄はこういう味なのかもしれないが、何かちょっとさっぱり。
何と言えば良いのか。
葡萄のジュースを飲んだ後、喉の奥に残るあの感じをさっぱり洗い流してくれる様な爽やかさと葡萄とは違う甘みがある。
うっま、炭酸とか入ってたらもっと美味しそう。
『スー。海老、海老』
「あ、ごめんね。そうだった」
ジュースに夢中になり過ぎて、海老の事を忘れていた。
膝の上では今か今かと待っている小動物達。
俺ばかり食べていては、明日から二匹がへそを曲げるかもしれないからな。
そんな訳で再びフォークを手に持ち、先程のグラベルに貰ったソースにちょんちょん。
そのまま口に放り込んでみれば。
「おっ、おっ!? コレうまっ! ピリ辛っ!」
『それもくれ!』
「良いけど……平気? 小動物って辛いの平気だっけ?」
『ちょっとくらいなら問題ねぇよ、野生で生きてる以上色々なモノを食うからな』
「あー、ビルは問題ないかも知れないけど」
問題はムムだ。
こっちはビル以上に身体が小っちゃいし、辛いのとか与えて体に悪かったりしたら嫌なんだけど。
「えぇっと……ビルはとりあえずちょびっと付けるね。ほい、あーん」
『んあーん』
バクリと食いついたブサ猫は、一瞬だけビクッ! と身体を震わせた後、もっしゃもっしゃと普通に食べ始めた。
これは大丈夫だったって事かな?
相変らず衣は食べないけど。
後は……。
「ムムー、お前は辛いの止めておこうなぁ?」
そんな声を掛けながら衣を向いた海老を差し出してみれば、プイッとそっぽを向かれてしまった。
ありゃ? さっきはあんなに美味しそうに食べていたから、海老が嫌な訳じゃないと思うんだけど。
はて、と首を傾げてみれば。
ムムが急にビルを攻撃し始めた。
攻撃って程激しいモノじゃないかもしれないが、寄越せと言わんばかりに前脚をビルの口元に突っ込もうとしている。
『んー! 止めろムム! こっちは俺のだ!』
なんだか凄い事になってしまった。
詰まる話、ムムも辛いのが食べたいのだろうか?
いやでも、本当に大丈夫?
自分も皆と同じ物が欲しいのは分かるけど、辛いって事をそもそも理解していない気がするんだけど。
はぁとため息を溢してから、ムム用の海老にもソースをほんのちょっとだけちょんちょんする。
「ほらムム、ビルのを取ろうとしないの。あげるから、お前にもあげるから」
そんな訳で、ちょびっとだけソースを付けた海老を差し出してみれば。
いつも以上にクンクンと匂いを嗅いだムムが、おもむろに海老を口の中に押し込んだ。
おっまえ、それ。
いっぺんに食って平気か? 確かにリスに近い生物なんだろうが。
などと心配しながらムムの事を見つめていれば。
「ムムッ!?」
全身の毛が逆立ったムムが、普段の二倍くらいモフモフに変化し俺の膝を飛び降りた。
そしてそのまま部屋中を駆け回り、高い所にも上りモモンガ特有の羽を広げて飛び回ったりしている。
何、どうしたの。
それはどういう感情表現?
俺とビルどころか、他の皆まで慌てた様子でムムの姿を見守っていた訳だが。
やがて落ち着いたのか、俺の頭の上に戻って来たムムがモモモッ! と凄い勢いで口の中の海老を噛み砕き始めた。
やっぱり辛かったのかな、多分。
今度からムムにはあげない様にしよう、などと思いながら残った衣をもしゃもしゃと食べていると。
「こらムム! なにしてるの!」
あろうことか、ソースが置かれたテーブルに滑空し始めやがった。
慌てて掴み取り、何とかテーブルにたどり着く前に回収できたが。
「ダメッ! ムム! 小動物でもテーブルに登るのは許さないよ!」
我が家では、御猫様ですらテーブルに上がる事は許していなかった。
SNSとか動画では、わりと皆気にしていない様だが。
生憎とテーブルとは、人間含め動物が乗っかる所ではないという認識なのだ。
細かいと言われてしまうかもしれないが、それでも駄目だ。
ご飯を食べる所に足や尻を乗せるなんて言語道断。
と言う訳で、ムムを叱りつけながら膝の上に戻してみれば。
「……そんな目で見るなよ」
ムムが非常に悲しそうな瞳を此方に向けて来るでは無いか。
何、どうしたのお前は。
『辛いの、気に入ったんじゃねぇか?』
「この反応見る限りそうだよなぁ……」
思い切り溜息を溢しながら、もう一回だけムムに辛いソースを付けた海老を与えてみる。
その際も走り回り、テンションが凄い事になっていたが。
コイツはビルと違ってでっかくなったりしないからなぁ……本当に大丈夫かな?
不安になりながらも、ちょっと早い時間のお夜食を俺達は減らしてくのであった。
この後はお爺ちゃんのマッサージの続きと、シャームの揉み解しだ!
――――
「……なんのドタバタ音なのかしら?」
壁に耳を当てながら、スッと息を顰めて神経を集中させていた。
隣の部屋、あのグラベル様とその他諸々。
更には私と同じ顔をした猫耳娘がいる部屋。
少しでも様子を伺おうと、必死で壁に引っ付いていた訳だが。
「いや、それは流石にキモイってミー」
「うっさいわね、気になる事があるんだから仕方ないじゃない」
仲間の一人がそんな声を上げて来るが、それどころではないのだ。
隣の部屋で何が起きている?
宿屋で人間がこれ程特殊な騒音を立てるものなのか?
「自分と同じ顔の少女、という所までは分かるが……ミーの場合あのダンディーお爺ちゃんの情報を探ろうとしている様で気味が悪いな」
「だからうっさいって言ってんでしょ。あぁもう、こうなったらスキルでも使って……」
「止めろ馬鹿、普通に犯罪」
もう一人からはドン引きした様子を見せられ、最後の一人からは思い切りチョップを脳天に貰ってしまった。
だって気になるんだもの、仕方ないじゃないか。
何てことを思いながら叩かれた所を押さえ、涙目で睨んでみれば。
「今すぐ、止めなさい。失礼、犯罪。そして気持ち悪い、あと昼間も暴れた。いい加減勝手な行動は控える、迷惑」
えらく冷たい瞳を向けて来るパーティリーダーが、本気で怒ってますって雰囲気で迫って来た。
あぁ、不味い。
この子だけは、怒らせたら不味い。
「ご、ごめんってば……でもホラ、私って特殊な環境にあるって説明したでしょ? だからその手掛かりになるかもって……」
「それはそれ、これはこれ。いくら自らが特殊な環境にあっても、人に迷惑を掛けて良い理由にはならない」
「うっ……」
「大好きなお兄さんにも言われなかった? お前は何がしたいんだ? とか。ミーは提言している言葉が少ない癖に、行動が大胆過ぎる。だから誤解を生む。何が知りたいのか、何を求めているのか。それをはっきりさせないまま動くと、周りの反感を買うと覚えておくと良い」
「うぅぅ……」
グゥの音も出ない御言葉を頂きながら、静かに怒る彼女を見上げてしまった。
確かにお兄ちゃんからは似たような事で何度も怒られた。
結局どうしたいんだ? 結局何を求めているんだと問われ、答えられないで居るとムスッとした表情のまま私が何かを喋るまで待ってくれた。
でも結局私は答えられず、罵詈雑言を吐いて逃げ出していた気がする。
とても悪い癖だ、甘えっぱなしだったのだ。
言わなくても分って欲しい、それとなく察して欲しい。
そんな気持ちはあるが、それを言葉にするのは恥ずかしい。
だからこそ、いつだって求める事ばかり。
これじゃいけないと分かっていても、お兄ちゃんならいつも最後には許してくれるから。
呆れたような様子を見せながらも、結局私を構ってくれるから。
何て事を続けている内に、甘える事が当たり前になってしまったのだろう。
兄が居なくなってから、初めてその事に気付いた。
もう、遅かったのだ。
ごめんなさいって言いたかった、本当はお兄ちゃんが大好きなんだって言いたかった。
でも、帰って来てくれなくなってしまった。
だからこうして、“異世界”にまで兄を探しに来たと言うのに。
「ご、ごめんなさい……」
私は未だ、成長出来ないでいる。
「しばらく覗き見みたいなスキルは使用禁止。それと明日、あのエルフさんに謝りなさい」
「そ、それはちょっと……ホラ、アレはお互い様というか、色々あって……」
「謝りなさい」
「……はい」
ウチのパーティリーダーは、私の兄程優しい人ではなかったらしい。




