第26話 幼児化
「はぁぁ……まさか臨時収入を得てしまうとは」
いつまでもギルドに居ると、酒のおかわりが止まなそうなので逃げて来た訳だが。
あぁくそ、飲み過ぎた。
まだ昼間だと言うのに、俺自身酒臭いのが分かる上にクラクラする。
流石にコレは駄目だ、リリシアと顔を合わせたら一発でバレる。
どこかで酔いを醒ましてから帰ろうか……とはいえ、どうしたものか。
水をがぶ飲みしてから合流するか? それとも蒸し風呂にでも行って無理矢理酒を抜いてからにするか?
なんて事を考えながらフラフラと歩いていれば。
「グラベル……」
「え?」
歩く先に、低い声を上げるリリシアが立っていた。
不味い、まさかこんな早く合流してしまうとは。
慌ててマフラーで口元を隠し、酒の匂いを少しでも緩和しようと最後の抵抗をしてみれば。
「どうしよう、この歳で衛兵に捕まってしまった。私はもう保護者として駄目かもしれない。私はいつまで経っても未熟者な上に激情家。事態も分からぬまま攻撃を仕掛ける様な愚か者だ……グラベルゥ」
なんだなんだと混乱している内に、リリシアは腕の中に飛びこんで来た。
俺としては非常に懐かしいというか、昔の泣き虫だった彼女を見ている様で和んでしまった訳だが。
「すまない師匠……色々あって、私とリリシアが衛兵の厄介になった。それからその、罰金が少々。以降、リリシアの様子がおかしいんだ……」
非常に気まずそうな視線を向けるシャームと、興味深そうにこちらに視線を向けるスーが路地の先に立っていた。
待て、本当に待て。
この状況はスーの教育に良くない。
頼むから落ち着いてくれリリシア。
などと思いながら彼女を引き剥がしてみれば。
「……ん? 酒の匂い。しかも非常に濃い臭いがするな」
引き剥がした瞬間、リリシアは冷たい眼差しを此方に向け始めた。
これは、非常に不味い。
やはり一発でバレた。
「グラベル、お前まさか……私達がせっせと買い物を済ませていた上に、こんなトラブルに巻き込まれていたその時に……豪快に酒を呷っていたのか?」
「色々と事情があるんだ、頼むから聞いてくれ」
慌てて言い訳を口にするも、彼女の瞼は徐々に下がって行く。
もはや半目どころか、薄目で此方を睨んでいる様な状況だ。
状況的には仕方なかったというのもあるが、確かに彼女の言う通り皆に働かせて俺は遊んでいた様なもの。
彼女も冒険者である以上、しっかりと説明すれば理解はしてくれると思うが……子持ちとなった今の状況では、あまり褒められた行動ではないのは間違いない。
「もう今日は宿を取るぞ」
「流石に早く無いか?」
「いいから、宿を取る!」
「あ、はい」
何やらご機嫌斜めのリリシアが俺の手を掴み、ズンズンと進んでいく。
その後を追う様に、シャームとスーが手を繋ぎながらついて来る訳だが。
「師匠……リリシアはどうしたんだ?」
不安げに問いかけて来るシャームの行動も、こればかりは納得してしまう。
俺だって昔は同じ事を思った。
普段は堅苦しい喋り方というか、威厳のある喋り方の彼女がここまで子供っぽくなってしまったのだから。
「シャーム、覚えておけ。例外も居るが、エルフという種族は……基本的に幼いんだ、特にこうやって街中に姿を現す様な物好きはな」
「幼い? いや、しかし普段のリリシアは」
「俺達から見れば気が遠くなる程の寿命がある彼女達、エルフ。なんたって年齢二桁の内は子供扱いされて過ごすくらいだ。つまり知識を蓄え、技術を学ぶ時間はあれど……その、なんだ。戦闘に身を置けば害意などには慣れるが……それ以外は、うん」
「まさかとは思うが……“怒られる事”に慣れていない、とか? 敵意や害意ではなく、お説教的な意味で」
驚愕の表情を浮かべるシャームに、苦しい顔を浮かべながら頷いて見せた。
エルフという種族は、多くが森の中で生活していると聞く。
そしてその寿命を生かし、世界の知識を集めながら森と共に暮らしている個体がほとんどだとか。
リリシアの様に、外の世界に興味を示し飛び出して来た様な者は非常に希少。
とはいえ全体で見れば結構な数は居るらしく、しかも里を飛び出してくる様なエルフは大抵若い。
しかしそこはエルフ基準になってしまうので、我々から見れば長寿の凄腕に見えてしまう訳だ。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「普段は恰好を付けていても、本気で怒られたりすると泣いて喚いて、そして拗ねるまでが一通りの流れだ。こう見えて我儘っ子なんだ、何たって九十九年は甘やかされて生活するんだからな」
「グラベル! 余計な事を言うな! 私は子供じゃないし、お前より年上だぞ!」
「あー、はいはい。わかったから、そんなに怒るな。大丈夫だ、話も愚痴もゆっくり聞いてやるから」
年齢が上か下かで煽って来る時点で、相当アレな気はするが。
未だ涙目の彼女は、俺の手を引きながらズンズンと進んでいく。
「何というか、師匠も苦労しているんだな。子供好きな理由が分かった気がする」
「おいシャーム、それは些か誤解を招く発言だぞ?」
呆れた瞳を向けて来るシャームと口論していれば、キッと此方に鋭い瞳を向けて来るリリシア。
これはしばらく機嫌が直らない事を覚悟した方が良さそうだ。
「だって! 物凄く怒られたんだぞ!?」
なんかもう昔みたいな口調に戻っている彼女に苦笑いしながら、とにかく頭に手を乗せてみる。
「大丈夫だ、リリシア。お前が勘違いで激怒するような状況があって、それでも怒られる程度で済ませたんだろう? 昔に比べればずっと成長したじゃないか。あとでちゃんと話は聞くから、事情も愚痴も、お前の気持ちもちゃんと聞いてやるから。そんな怖い顔するな、な?」
むすっとした表情でそっぽを向いて、再び歩き出してしまうリリシア。
これはまた、随分とへそを曲げてしまったらしい。
こんな姿をスーに見られれば、後になってまた悶える彼女の姿まで予想出来てしまうが……大丈夫だろうか?
ちょっとだけ心配になって、チラッとスーの方へと視線を投げてみれば。
「リリシア、――」
何故か非常に満足そうな表情のスーが、何かを呟きながら微笑ましく見つめていた。
これではどちらが子供か分かったもんじゃないな。
やれやれと首を振ってから、未だツンツンしているリリシアの隣に並ぶのであった。
――――
「はぁぁぁ……すまない、シャームにも情けない所を見せた」
「まぁ、驚いたが……確かに年齢が三桁になるまで子供扱いを受けるとなると、仕方ないのかもしれない」
宿に着いてから、師匠に本日あった事の説明……もとい不満を吐き出していたリリシアだったが、師匠の説得とスーの持ち帰った甘味を食べた影響もあり、今では普段通りの様子を取り戻していた。
そして現在、大浴場に来て居る私達。
前回の様な個室の露店風呂という訳ではなく、宿に泊まっている誰もが使えるという大きな風呂場。
獣人の私やスーが居ると、周りにあまり良い視線を向けられないのではないかと心配したが、今はまだ随分と早い時間だ。
私達三人以外の姿はなく、のんびりと体を伸ばしていた。
「はぁ、本当にすまない。スー、私を見放さないでおくれ……」
「んー?」
先程からため息ばかりのリリシアの腕の中で、スーが不思議そうな顔をしながら彼女の事を見上げていた。
一緒にお湯に浸かりながら、後ろから抱き着く様な体勢でスーの耳の間に収まっているエルフ。
なんだかもう見慣れてしまったが、種族は違えど本当に親子の様だ。
いや、見た目的には姉妹くらいにしか見えないか。
「まぁスーも気にした様子も無さそうだし、皆無事釈放されたんだ。良かったじゃないかリリシア。今後はもう少し事情を探ってから行動を起こす様にしよう、お互いに」
「あぁ、その通りだな。はぁぁ……というかスー、お前ももう少し行動には気を使ってくれ。急に居なくなったら慌ててしまうじゃないか」
腕に抱かれたままお湯に溶けそうな緩い表情を浮かべているスーに、リリシアが優しい口調で叱ってみる訳だが。
当の本人は分かっているのかいないのか、ふにゃっと微笑みを浮かべて機嫌良さそうに耳を揺らしている。
まぁこの年齢の子供に、全て言う通りにしろと言う方が無理なのだろうが。
とはいえこの子は妙に相手の関心を得てしまうきらいがあるのだ。
人であっても、獣であっても。
だからこそ、もう少し注意して欲しいと思ってしまうのは確か。
「やはりまだまだ子供、興味を引かれる物があると一直線に飛び出してしまうんだろう」
やれやれと息を溢しながら、彼女の頬を指先で突いてみれば。
「んー」
大人しく頬をプニプニされるスー。
警戒心も何もあったもんじゃない、むしろこちらまで表情が緩んでしまう。
それにしても柔らかいな、スーのほっぺは。
何て事を思いながら飽きることなくムニムニしていると、どうやらリリシアも気になったらしく逆側の頬をプニプニし始める。
「ん~」
のんびりとした声を上げるスーは、弄り回されながらも機嫌良さそうに目を細めながらお湯にぷかぷか。
まるで人に慣れ過ぎた飼い猫の様だ。
この子を見ているだけで、非常に和む。
「まぁとにかく、今日はもうのんびりしよう。グラベルもあの調子では出かけようとはするまい」
「ギルドの連中は、大金が入るとすぐ酒を奢ろうとするからな。生憎と私はそんな施しを受けた事は無いが」
「そう言う所は、今も昔も変わらないという事だな。しかしシャーム、豪鉄の連中を見て分かっただろう? 全てを一括りに見なければ、受け入れてくれる者も居る。今度はお前から歩み寄ってみても良いんじゃないか?」
「そう、かもしれないな」
私の中で、人族への苦手意識はまだ完全になくなった訳ではない。
だが、少しずつ変わり始めているのも確かだ。
今はまだ師匠やリリシアから教わっている立場にあるが、もしも今後一人前として認められ、街に戻る事があったとすれば。
「独り立ちしたその後は……こちらから声を掛けてみようと思う。でも今はまだ、二人の元で色々と教えて欲しい」
改めて頭を下げてみれば、リリシアは呆れた様な笑みを浮かべながら。
「まぁ、好きにすると良いさ。人生は長い、先急ぐことはないだろう」
なんて、流石はエルフだと思ってしまう様な言葉を紡ぐのであった。
急ぐ必要はない、か。
今までの私はいつだって焦り、急いでいた気がする。
早く一人で生きていける様にならなければ、もっと強くならなければと。
環境に怯え、世界そのものに牙を向いて生きて来た。
だというのに、皆と出会ってからは。
「随分とゆっくりする時間が増えた気がする」
「体を休め、心を労わるのだって、生きていくには必要な事だ。覚えておくと良い、狼娘」
「そう、だな。その通りなのかもしれない」
“強くなりたい”という気持ちは今でも変わりない。
しかしながら、私の中で“強さ”というモノの意義が変わり始めている気がする。
ただただ強ければ良いという訳ではない、相手を討伐せしめる力が手に入れば良い訳ではない。
それだけでは守れないモノもあるという事が、ここ最近で良く分かった。
守る物が増えれば増える程、強さというモノは意味や形を変える必要があるのだろう。
現状では想像しか出来ないし、どうしたらもっと強くなれるのかなど見当もつかないが。
でも私は、師匠の様な強くて誰かを守れる人間になりたい。
なんて、柄にもない事を考えながら。
「とりあえず、今はこの広い風呂を満喫しようかな」
「あぁ、それが良いさ。私ももっと精進しなくてはな……」
思い切り体を伸ばし、スーの真似をしてお湯に浮かんでみた。
あぁ、大きな風呂というのはやはり気持ちの良い物だな。
そんな事を考えて、私はしばらく風呂の中をぷかぷかと漂うのであった。




