第25話 シュークリームと連行
「うんみゃい……超甘味……」
『こりゃ確かにうめぇ、森じゃ食えんな』
目の前に現れたでっかいシュークリームに齧りついてみれば、非常にまろやか。
パリッとする外側に、フワフワ食感の生地。
デカイ口を開けなければ食べられない程大きいのだが、噛みしめてみればパラダイスが待っていた。
あんまい。
でもしつこくないんだ、口の中にふわぁっと柔らかい味が広がって溶けていく。
しかもクリームに混ぜ込んであるのか、後味に程よい栗の香りが残る。
うんまい、俺コレ好き。
異世界と言えば中世、ちょっと食に関しては古いんだぜ! 的なイメージを持っていたが、ラーメン同様こちらも進化を続けているらしい。
しっかりと香るバター、丁度良いと思わせてくれる甘みと舌触り。
更にはシュークリームの上に掛かった粉砂糖なんて、今までに嗅いだこと無い程甘く優しい香りを運んで来る程。
ソイツを口いっぱいに頬張ってみれば、幸せにならない訳が無い。
パリッ、モシャッ、ふんわ~って感じに、とてもとてもデザートを食べている気分にさせてくれた。
さっきまでお腹いっぱいラーメンを食べた筈なのに、何故か入る。
これが別腹というヤツなのか。
『つっても、あんまり目立つなよ。腕輪はちゃんと隠しておけ』
えらく格好良い声を紡ぎながら、口をクリームでベトベトにしたビルが声をあげる。
ペット用のケーキみたいなヤツに頭から突っ込む勢いで食べていた。
なんでも車椅子の人が色々と交渉してくれた結果、ビルでも……と言うか猫でも食べられそうなモノを今この場で作ってくれたらしい。
サービス精神の天元突破かよ。
何てことを思いながらテーブルの下へと視線を向けてみれば、ムムが必死にナッツを齧っている。
こっちもこっちで味が付いているらしい。
ビルの通訳交じりだったから、あまり詳細は分からないが。
それでも二匹とも大変美味しそうに食べておられる。
「この腕輪ってやっぱそんなにすげぇモノなの?」
現在はビルの助言により服の中に隠している腕輪。
俺が嵌めても何の効果も無いが、ビルに嵌めたら巨大化したソレ。
しかもコイツ、ムムにもしっかりハマりやがった。
サイズがキュッと小さくなって、首輪みたいに変化した。
結局どういった効果が表れたのかは知らないが、腕輪を外した後も未だに大人しいモモンガである。
『ま、俺を前世の姿に戻すくらいだからな』
「前世……プッ」
『実際見ただろうが?』
「いや言葉的にね? 大変素晴らしいモフモフでした」
『普通はそういう感想にならねぇんだよ』
などと会話を続けながら、でっかいシュークリームに齧り付いてみれば。
まさに至福。
こちとらもうすぐ高校生になるって所の若造な訳で。
自販機で小さい缶のコーヒーとか買い始めると格好良いみたいな、そんな程度なお子様な訳でして。
そりゃぁもう甘い物とか大好きですよ。
思わず顔面全ての筋肉を緩めながら、もっしゃもっしゃと味わっていれば。
「――――」
優しい顔をしたお姉さんが、ハンカチで俺の口元を拭ってくれた。
ちょっとしたボランティア精神で参加した車椅子押し上げ作業だった訳だが。
報酬はとんでもなく綺麗なお姉さんと滅茶苦茶旨いシュークリームが食べられるという、男子中学生なら無償だろうが応募が殺到する様な依頼だった訳だ。
物凄くやわらか雰囲気でずっとニコニコしているし、やけに撫でて来たり口元を拭って来たり。
ニヘラっと表情筋が緩み切ってしまいそうな程の甘やかされっぷり。
悪くない、非常に悪くない。
しかも俺が押すのを手伝ったビッグボーイ、いや彼をボーイと言って良いのか分からないが。
車椅子に乗った男性も、とても優しい笑顔で「どんどん食べな?」的なジェスチャーをして来るのだ。
ココで調子に乗って食べまくり、後で請求されるという恐ろしいパターンを想像して震えたりもしたのだが。
彼は非常にゆっくりと短文で喋ってくれる上、新しいデザートを頼んでも届いた瞬間新しいナイフで半分こにしてくれて、惜しげもなく俺に差し出して来るのだ。
凄い、太っちょだけどこの人良い人だ。
こんなに食べ物分けてくれるんだもの。
しかも顔がとても緩い、まるでグラベルが俺を見ている時みたいな感じだ。
そんな訳で、遠慮なく甘い物をご馳走になっていたが。
『そろそろ戻らなくて大丈夫か? グラベルならまだしも……あの二人だと不味いんじゃねぇか?』
ビルの一言により、あっと思わず口に出してしまった。
しかもフォークを取り落とす形で、その場で立ち上がって停止してみれば。
「――――」
「――、――――」
むしろ目の前の二人が慌ただしく動き始め、なんだなんだと見守っている内に店員が紙袋を手渡して来た。
本当に何だ。
状況が理解出来ず首を傾げていれば、車椅子の男性が柔らかい笑みを浮かべてジェスチャーと一緒に短文を紡いでくれた。
「後――、うまい。――、――。ありが――」
良く分からないが、お土産を貰ったという事で良いのだろうか?
差し出された紙袋を胸に抱き、残りのシュークリームを口に放り込み、残る小動物を回収しようと周囲を見渡してみれば。
『スー、ムムを回収しろ。アイツここのナッツにハマって、隠れてでも食ってんぞ』
「ムムー! お土産に持って帰ってあげるから! 残った分はポケットに入れてあげるから! 帰るよ!?」
叫んでみれば、ムムは頬をパンパンに膨らませながら俺の頭に戻って来た。
先程言った通りムム専用ナッツをポケットに突っ込もうとしたら、女の人の方がハンカチに包んで差し出してくれる。
伝わっているかは分からないが、とにかくこちらの言葉でお礼を伝えポケットにハンカチごと突っ込んでみたが、頭の上からぽろぽろとなんか零れて来るんですが。
間違いなくどっかのモモンガが、無理矢理口に突っ込んだナッツを溢しながら未だに齧っているのだろう。
人の頭の上で飲食しないでもらって良いかな……。
溜息を溢しながらムムを回収し、ビルと一緒に腕に抱いてみれば周囲からは微笑みを向けられてしまった。
見た目はちびっ子だからな、俺。
まるでぬいぐるみを抱えているかの様に映っているのだろう。
中身は男子な上、抱えているのも生モノだが。
まぁソレは良い、早い所リリシアとシャームと合流しなければ。
逸れたと知れたらリリシアは静かに怒り、シャームは買ったばかりのコートをまたボロボロにする勢いで走り回るかもしれない。
すぐに戻るつもりで始めたボランティア活動が、まさかここまで長丁場になるとは思ってもみなかったのだ。
今回は善意からの結果という事で、どうにかして言い訳を考えておこう。
「ご馳走様でした! 美味しかったです! ではまた何処かで!」
という事で、心配しているだろう二人の元へ向かって走り出した訳だが。
何やら背後から少し大きめな声が聞えた瞬間、店員に肩を掴まれて止められてしまった。
ありゃ? 帰って良い雰囲気だったけど、違った?
はて、と首を傾げていれば店員さんは微笑み、振り返ってみると先程のお二人も微笑んでいらっしゃる。
なんで止められているんだろう俺。
コレばかりはマジで理解出来ず、ひたすらに首を傾げていれば。
店の扉に取り付けられたベルが鳴り響くと同時に、兵隊さんを連れた店員が此方に歩み寄って来た。
「え? え? 俺別に食い逃げとかしてないけど……」
プルプルしている内に鎧を着た兵隊さんが俺の元へとたどり着き、ガシッと肩を掴まれる。
何か喋っているけど、生憎と内容が全く分からない。
困り果てて先程の皆様へと視線を向けるが、皆して微笑ましい笑顔を向けておられる。
ちょっとまて、奢ってくれたんじゃないの!?
お土産までくれたじゃん! なのに何故か俺捕まってるんですけど!?
払う! お金払うから! このデカイ籠手を今すぐ退けて!?
ヒエェーっと叫びそうになりながら抵抗して見せれば、相手も相手で慌てた様子を見せる。
やばい、大人しく連行された方が後々楽だろうか?
何てことを思い始めてみれば。
『スー、問題ねぇ。迎えが来るまでの護衛してくれるんだとよ』
「あ、そうなの?」
腕からぶら下がるやけに伸びた猫が、のんびりとそんな声をあげ始めたではないか。
だったら最初に教えてくれよと思ってしまったが、今一度大人しくしてから相手に頭を下げてみれば、兵隊さんも兜のバイザーを上げて微笑んでいらっしゃる。
あらダンディー。
とか言ってしまいそうな程、渋いお顔の髭オジがニカッと笑って見せた。
詰まる話、奢ってくれた美人さんと柔らかスマイルファットマンは、このお店から皆の元に戻るまでのお守りを付けてくれたらしい。
これは大変申し訳ない事をしてしまった。
でも迷子センターの職員なら、もう少しマイルドな格好をして欲しいと思うのは俺だけだろうか?
髭オジのスマイルはだいぶマイルドだが、鎧が厳つくて怖いのだ。
腰から武器も下げてるし、近くで見ると対人武具こえぇ。
「あ~えっと、なんだっけ。なうた、れう……ろー? で良いんだっけ、“よろしく”って」
『だから知らねぇって。俺からしたらその言葉の方が外国語だわ』
「俺だって必死に覚えてんだよ!」
というわけで無事無銭飲食の誤解も解け、俺は皆に頭を下げてから兵隊さんに連行される運びとなった。
腕に小動物を抱えた猫耳チビっ子と、フル装備の兵隊さん。
これ、傍から見たらどう見えるんだろう?
そんな事を考えながら、俺達は再び街中をテクテクと歩きはじめるのであった。
あ、小動物と一緒にシュークリームの袋抱えちゃったけど、溶けるかなコレ。
――――
「スー! 何処だ!?」
「くそっ、埒が明かない。私は上から探す、下は任せるぞシャーム! 臭いで探せ!」
「了解した!」
声と同時に走り始めるシャームを見送ってから、私は杖に腰かけ空へと飛び上がった。
視界に映るのは広大な街並み。
どこもかしこも人で溢れていて、この中からあの小さい女の子を探すのかと思うと気が滅入るが。
それでも、やるしかない。
「スー! どこにいるー!?」
大声を上げながら、あの小さな姿を必死で探した。
服屋に入るまでは一緒だったのだ、そこまで遠くまでは行っていない筈。
それこそ、誰かに攫われ馬車にでも乗せられていなければ……だが。
思わず悪い想像に舌打ちしながら、そこら中を飛び回った。
どこだ? 何処にいる?
焦燥感ばかりが先行し、無意識の内にイライラし始めたその時。
「その手を放せ!」
どこからか、シャームの叫び声が聞こえて来た。
急いで声が聞えた方向へと飛んで行き、視線を下ろしてみれば。
そこには、非常に不快な光景が広がっていた。
ナイフを抜き放ったシャームはとても低い姿勢で構え、ソレに対するは恐らく国の兵士。
装備を見る限り街の見回りをする衛兵と言った様子だが、その手には既に長剣が握られている。
更に、もう一方の手には。
「スー!」
探していたその子が、顔を顰めながら腕を掴まれていた。
まるでシャームから隠すかのように背後に彼女を追いやり、逃げない様にしっかりと掴んでいる。
獣人排他主義もここまで来ているのかと、思わず額に青筋を浮かべながら……暴風を巻き起こす魔法を行使しながら現場に舞い降りるのであった。
「やぁこんにちは、私はリリシア。君が今無駄に力を入れながら掴んでいる、獣人の少女の保護者だ。彼女、スーが首から下げている身分証を確認してくれても構わないよ? しっかりと刻印されているからね。大人しくこちらに引き渡してくれるかな? ……もしも下手な真似をする様子を見せたら。国に関わる者だったとしても容赦はしない、傷の一つでも付けてみろ……貴様はその瞬間肉片に変わるぞ」
つらつらと挨拶しながら舞い降りたのは開けた路地。
周囲にも人が溢れているし、私が巻き起こした風のせいでそこら中から戸惑いの声が上がっている。
流石に怪我をさせる程行使している訳ではないので、多分大丈夫だと思うのだが。
何てことを思いながら、眼の前の兵士を睨みつけてみれば。
「す、少しだけで良いので待っていただけますか!? お二人、お二人共です! ……えーっと、ごめんね? 君が探しているのは、あの二人で間違いないかな? 大丈夫? 本当に知り合い? ごめんね、一応身分証見せて貰っても良いかな? ホラ、これこれ。おじさんと同じの、持ってる? あぁ~それそれ、偉いね。ちょっと見せてもらうねぇ~」
……おや?
なんか、思っていた状況と違うんだが。
確かに先程は痛そうに顔を歪めていたスーだったが、今では彼の言う事に素直に従い、コレと言って嫌悪感を見せている様子もない。
それに兵士の男も、なんというか……とても子供好きな雰囲気を醸し出している。
もしかして向こうも向こうで、シャームの登場に慌てただけだったりするのだろうか?
焦って守ろうとした結果、強く腕を掴んだとか?
「えぇー、今一度確認致します。リリシアさん? 此方にいらして、貴女も身分証の提示をお願い出来ますか?」
「え、あ、はい」
完全に毒気を抜かれてしまい、魔力を霧散させてから相手の方へと近付いて身分証を取り出すと、彼はソレを覗き込んだあと「ふむ、問題なさそうですね」なんて呟いてからスーの背中を優しく押していた。
これはもしかして、やらかしてしまっただろうか。
「こちらのお嬢さん、とある身分の高い方のお手伝いを自主的にしていた為、貴女達と逸れてしまったそうです。どうか叱らないで上げて下さい。そちらの方から、この子を親元に送り届ける様にと言われた訳ですが……どうやらこの子より、貴女達に少々お話をお伺いしたい事態になってしまいましたね。街中での抜剣、決闘以外での攻撃魔法の使用、これらは法に触れる行為です。喧嘩に巻き込まれた、身を守る為に仕方なく、などの理由があれば罪に問われる事はありませんが……貴女達が牙を向いた相手は国の兵士だ。この意味が、わかりますか?」
不味い、これは不味い。
頭に血が上って、色々勘違いした末襲い掛かってしまった。
それはシャームも同じだった様で、真っ青な顔をしながらダラダラと汗を溢していた。
「こちらとしても、貴女方が武器を向けた理由が想像出来なくもない。獣人排他主義の者も多い上、人攫いだってある。しかし、問題行動は見過ごせません。少しだけ、お時間頂いてよろしいですか? お話を伺えればと思います」
とてもまじめな兵士さんだったようで、此方の事を考慮しながらもしっかりとお仕事をなされている。
と言う訳で、非常に不味い。
だがしかし、今から逃げ出す訳にもいかず。
「はい……すみませんでした」
「ま、まさかここまで普通な出来事だったとは予想出来なかった……すまない」
私達は、二人して兵士に頭を下げる事になった。
ちなみにスーはと言えば。
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、シャームでも知っているらしい高級菓子を取り扱う袋を此方に渡し、ひたすら頭を下げていた。
この子も悪気があった訳ではないのだ、注意するくらいにしておこうとは思うが……心臓に悪い。
前回この子はこの街で人攫いに、森ではグリフォンに攫われているのだから。
「では、此方へ。詰所もすぐそこですから」
「「はい……」」
そんな訳で、私達は静かに連行されるのであった。




