第24話 甘味は人を優しくする
ぷはぁ、と息を吐くと未だにラーメンの香りがする気がする。
でも大満足、お腹いっぱいです。
非常にご機嫌な状態でビルを抱えながら街中を歩いていく。
今は俺やシャームの冬服を買う為に、幾つもの店を梯子していた。
もう結構買ったし、十分じゃねってくらいには購入したはずなのだが、リリシアの勢いが凄い。
一つのお店に入ると物凄い時間滞在する勢いだ。
女性の買い物ってのは、やっぱり長いんだなぁ……なんて事を思いながら隣を歩いている訳だが。
「スー」
以前の様な真っ赤なコートを羽織ったシャームが、ポムッと此方の頭に手を置いて来た。
どうやら前回のコートは冬の前に駄目にしてしまったらしく、新しい物を探していた様子があったので全力で選んだ。
狼っ子で、日焼け跡があって、更にはキリッとした雰囲気のシャーム。
だったら格好良いモノを選んでやらなければ! という事で、結構厳つい物を選んでしまったが。
彼女は満足気に微笑み、今では俺の選んだ服に袖を通している。
なんだろう。
その雰囲気は可愛いとか、大人の女性とかそう言うのともかけ離れるくらいに“格好良い”のだ。
今回は良いモノが見つかった、大正解だと言えるだろう。
それくらいに、戦う彼女のイメージに合っているゴイツのが見つかって良かった。
にへへっと緩い笑みを浮かべてみれば、彼女もまたニコッと微笑み返してくれる。
どうやら気に入ってくれたみたいだ、やったぜ。
などとやっている内にリリシアが次の店の扉を開き、ソレに続く俺達。
だった筈なのだが。
「ん?」
『どした、スー』
「いや、アレ」
不思議そうにビルが声を掛けて来るが、視線の端に映ったその光景に思わず足を止めてしまった。
ココはちょっと坂道というか、斜面になっている場所にお店がある。
その通りを、車椅子を押した女性が歩いているのだ。
しかも椅子に座っている男性は随分と……その、大きい御様子。
「ちょっと手伝って来るか」
『はぁ? 放っておけよ』
「ちょっとだけ、坂を上がるくらいまでだよ」
『なっ、ちょっ。お前それなら二人に声の一つでも――』
ビルの声が終わる前に、俺は走り出してしまった。
ウチの婆ちゃんが車椅子生活で、爺ちゃんが押している光景をよく見ていたのだ。
そして、ちょっとした坂道でも結構大変だって聞いた事があった。
だったら、これくらいのお節介くらい別に良いだろ。
「あのぉ! そこの人! 手伝いますよー!?」
『あぁ~あ、しーらね』
呆れたセリフを吐くビルを地面に下ろして、俺は彼等の元へと走るのであった。
――――
「姉さん、すまないね。こんな事まで面倒見てもらって」
「何を言ってますか、弟の面倒を見るのは姉の役目です。それに、今ではこれくらいしか役に立てませんからね」
足が不自由な俺は、短い距離なら自分で何とかなるが街中までとなると、こうして車椅子を押して貰わないと移動出来ない。
だったら大人しく引きこもっていろと言われそうだが……コレも仕事の内だ。
それに、“城”の中は色々と息が詰まる。
だからこそ、こうしてお忍びで街中を見て回っている訳だが。
「この辺りも平和そうで良かった……治安が悪い地域が広がっている様なら、すぐに手を回さないとだから」
「裏路地も……もう少し探索します?」
「いや、そちらは兵に任せるよ。俺の足と、姉さんの見た目じゃ問題が起こる未来しか見えないからね」
お互いに帽子で顔を隠しているにしても、あまり大っぴらに顔を晒す訳にはいかないのだ。
俺は今この国の王であり、最高責任者なのだから。
それに姉は……俺同様色々と体に問題は抱えていても、見目麗しい女性なのは間違いない。
だったら問題が起きそうな行動は控えるべきだろう、なんて言っても今更かもしれないが。
ただでさえ今は最低限の護衛だけで、兵を連れていないのだから。
「そろそろ帰ろうか。ごめんね、重くない?」
「全然、この魔道具便利ね。くぼみを触っている間は勝手に進み続けるんだから。こう言うのも貴方が色々と理解を示して、国全体に普及している。今じゃ日借りできるんだから、凄いわねアグニ」
「ほんと、こういうモノを作れる術師や技術者には感謝しかないよ」
クスクスと笑う姉に対して、思わず笑みを返してみれば。
何やら、背後に小さな影が接近していた。
立場上思わず警戒してしまった訳だが、彼女は腕に持った猫を下ろすと何事か呟き。
「んー!」
とても必死な顔で、俺が座った車椅子を押し始めた。
しかし、その頭から生えているのは黒い猫の耳。
間違いなく獣人だ。
過去の記憶も合わさり、思わず険しい顔を浮かべてしましそうになるが。
「アグニ、この子は手伝ってくれているだけよ? 私達に手を出した連中とは違うわ」
「……あぁ、その様だな」
振り返った先に居る少女は、思い切り力を入れていると分かるくらいに顔を真っ赤にしながら車椅子を押していた。
そもそも魔道具だからそんな事をする必要も無い上、俺みたいな巨体が乗っていれば無理に押そうと思っても力が足りないだろう。
だと言うのに、彼女は必死に車椅子を押し続ける。
「君、コレは魔道具だ。そんなに必死に押さなくても、自然に進むから大丈夫だぞ? あまり無理をするな」
「――! ――、――!」
「ん? えっと、すまない。何と言ったのかな」
彼女が放つ言葉は、この周辺のモノでは無かった。
きっと遠い地から訪れた旅人と予想出来る。
格好を見てみても、奴隷として流れて来たという雰囲気でもない。
だとすれば、何処かの国からの旅行者と考える方が妥当だ。
ならば、というのもおかしいかもしれないが。
“獣人”というだけで彼女の事を目の敵にするのは、間違い以外何者でもない。
しかもこの立場では、余計に。
彼女は俺の“傷”とは全く関係上、遠い地で生まれ育った心優しい女の子なのだろうから。
その後も彼女は坂道を登りきるまで俺の車椅子を押し続け、やがて平坦な場所に到着したと同時にその場に座り込んでしまった。
相当重かっただろう、もう少し体重を減らさなくては……いつまでも逃げ続けて怠惰な王に成り下がるのは不味い。
「ありがとう、助かったよ。何か御礼がしたいんだが、何が良いかな?」
改めて振り返り、彼女に微笑みかけてみれば。
「ん?」
彼女は疲れた様子で荒い息を吐きながらも、不思議そうな表情で首を傾げて見せた。
コレが孤児だった場合や金銭を求める人々だった場合、事が終わった瞬間報酬を求めて来る事だろう。
しかしながら、彼女にはそう言った様子はない。
獣人と一括りにして差別していれば、こんな風に観察する癖もつかなかっただろうが。
彼女の耳は、ピクピクと声を聞こうとしているかのように揺れ動いているが、相手を騙そうとか、何かを求めている動きには見えなかった。
詐欺師は、人族が多い。
その理由がコレだ。
獣人や他の種族では、身体の特徴とも言える“ソレ”に感情が乗ってしまう。
彼女には尻尾は無いみたいだが、獣耳がピンと立って俺の声をしっかりと聞こうとしている様に見える。
「あぁ、すまない。こちらの言葉が分からないのかな……なにか、欲しい物、あるかい? 美味しい物とか、綺麗な服とか、お礼がしたいんだ」
言葉を短く切りながら、身振り手振りで表してみれば。
彼女よりも先に、姉にクスクスと笑われてしまった。
「アグニ、今の姿はとっても素敵よ? 貴方が獣人の女の子に、必死でお礼しようとしている」
「良いだろ別に」
ムスッと唇を尖らせてみれば、眼の前の少女は困った様子でキョロキョロし始めてしまった。
おっと、言葉が通じないなら余計に表情や仕草に気を付けないと。
「すまないね、大丈夫。お父さんや、お母さんは、一緒かな? お礼に何かご馳走しても、大丈夫かな? お菓子は、好き? 甘い物、好き?」
俺は手話なんて知らない、だからこそ大袈裟な身振り手振りで表現しながら言葉を区切っていれば。
彼女は不思議そうに首を傾げ、足元の猫に視線を下ろした。
ありゃ、これは伝わらなかったか。
何て事を思いながら、ふぅと息を溢してみれば。
「ん、うまい!」
そう言って、彼女は近くの菓子屋を指差した。
何やら時期の物を提供しているらしく、看板にはデカデカと栗の絵が描かれている。
「栗、好きか? 甘い物、食べるか?」
「うまい!」
「そうか。ではご馳走しよう、姉さん、すまないが頼む」
「はいはい、了解しました。衛兵に声を掛けて来ますね?」
もしも迷子の場合だった事も考えて、という事なのだろう。
姉はすぐ近くにあった衛兵の詰め所に走り、その間俺は彼女と会話する事になった。
「栗、好きか? 甘い、旨い、ホクホクだ」
「うまい! すき! ――――!」
俺の拙いジェスチャーに、少女は全力で答えて来る。
恐らく他国語であろう言葉を紡ぎながら、色々と喋ったり胸元に猫を抱き寄せたり、頭の上に乗っかっているモモンガを指差しながら何かを必死に伝えて来る。
不思議な子も居たものだ。
獣人と言うだけで壁を作っていた俺が、自然と話せている。
彼等全てを恨んでいると言う訳ではないが、やはり経験上警戒してしまうのだ。
だと言うのに、この子はどうだろう?
コロコロと変る表情に、獣人特有の“耳”の感情表現からしても不審な点は見られない。
それどころか眼の前の甘味のお店に興奮した様子を見せ、腕と頭の上に小動物を携えている。
コレを警戒しろと言う方が、無理だと言うものだ。
「コレがメニュー表の様だ、姉が帰って来る前に決めてしまおう。どれが食べたい? どれも旨そうじゃないか」
そんな事を言いながら車椅子を動かし、店の前に立った看板を指差してみれば。
「……うまい、――」
もしかして、文字が読めないのだろうか?
少しだけしょんぼりとしながら、難しい顔で看板を覗き込んでいる。
喋れないなら、おかしい事では無い。
という事で、メニュー表の上からゆっくりと読み上げていった。
もしかしたら、菓子の名前は他国でも一緒だったりもするかもしれないからな。
「~~だ、次にこっちはシュークリーム。パリパリ、フワフワ、ソレに中には甘いクリームだ。ガブッと食べると、凄く旨い」
「がぶっ! 旨い!」
身振り手振りで伝えていた訳だが、コレが一番刺さったのか。
彼女はシュークリームの説明をした瞬間に眼をキラキラと輝かせ、俺のガブッとする動作を真似して何度も繰り返した。
「アグニ、お待たせしました。衛兵にお話は通しておきましたので、それらしい人が居たら声を掛けてくれると言っていました」
息を切らして戻って来た姉に、二人して振り返って笑みを浮かべた。
「しゅ、りーむ!」
「シュークリーム、だ。食べる物が決まったな」
クックックと笑みを浮かべてみれば、姉さんも柔らかい笑みを浮かべながら店先の看板を指さして見せた。
「シュークリーム、ね? 食べる? 美味しいわよ?」
「しゅ、くーむ! うまい!」
「ふふっ、そうね。美味しいわね」
「おーしー」
二人は笑みを浮かべながら手を繋ぎ、俺は自分で車椅子を動かして店内へと入った。
この程度なんて事は無い、むしろ俺に手を貸して彼女を放っておくようなら、一言言ってしまったくらいだろう。
「いらっしゃいませー、三名様でよろしいですか?」
若い店員が柔らかい笑みを浮かべて声を上げて来る訳だが、俺は五本指を立てて返した。
「三人と、小さいお客さんが二人だ。猫とモモンガだが、大丈夫だろうか?」
俺の言葉に店員は些か困惑した様子は見せたものの、小さい獣人の少女が抱いている猫と乗っかっているモモンガ見た後頬を緩めた。
「他のお客様のご迷惑になるといけないので、テラス席でも大丈夫ですか? そちらならすぐご案内出来ます」
「あぁ、それで頼む。この車椅子は魔道具だから、多少の段差は気にしないでくれ」
「畏まりました、お客様。ご案内いたしますね? 五名様、テラスにご案内しまーす」
良く通る若い女性店員の声が店内に響き、俺達は席へと案内されるのであった。
不思議なものだ。
過去の経験により獣人を嫌っている心は残っているが、国のトップに立ちながら個人の差別意識を表立って他人に押し付ける訳にはいかない。
だがしかし、獣人を見ると思いだすのだ。あの時の光景を。
だと言うのに、今俺は獣人の少女とお茶の席を共にしようとしている。
やはり潜在意識的なモノが残っているだけで、いざ共にしてみればそこまで嫌悪感は無いのか。
いや、街中で荒っぽい獣人を見かけた時には、舌打ちを溢しそうになった事を記憶している。
だとすれば、何故?
彼女が他国から来た来訪者だから? それとも子供だから?
色々と考えてみるが、結局答えは見つからず俺達は席に付いた。
そして。
「シュークリームを頼む、人数分だ。あぁ……すまない。シュークリーム三人分と、小さな仲間達には、何かあるだろうか?」
緩んだ笑みを浮かべながら、俺はそんな注文をしていたのであった。




