第23話 ラーメンと酒盛り
異世界に来てから、今日二つ目の大発見。
再び街に訪れた俺達。
グラベルはどこかへ行ってしまったが、残るリリシアとシャームは何やら話し込み始めてしまった。
やはり女性が二人三人と集まると話が長くなるのか、俺は二人の目を盗んで周囲を探索し始めた。
そして、見つけてしまったのだ。
一つ目の大発見はポテチ。
異世界にもポテチがあるのかと大手お菓子会社に感謝した。
そして二つ目。
前回はポテチ食べたし、久しぶりにカップ麺とか食べたいなぁとか思っていた所に、コイツだ。
ラーメン。
二つ目の大発見、異世界ラーメンである。
しかも漫画でしか見た事がない様な、チャ〇メラみたいな屋台。
コイツを生で見られた事にも感動したが、もはや食べる以外の選択肢は存在しなくなってしまった。
急いで二人の元へと戻り、必死に手を引っ張りながら食事にしようと誘ってみたのが、興奮のあまり日本が出てしまったらしくなかなか伝わらない。
「えぇと、えぇっと……ビル! こういう時なんて言うんだっけ!?」
『知るか。俺にはどっちも同じように普通に聞こえるって言ってるだろ』
「和訳は出来ても通訳としてなりたってねぇぇ!」
『あぁもう、アレだ。今喋れる言葉と行動でそれっぽく伝えておけば何とかなるんじゃねぇの?』
ビルの言葉に「なるほど」と納得して、身振り手振り全開でラーメンが食いたいと所望した。
美味しい、と一言伝えるだけでも言葉が違うから一苦労。
雑な発音でも何とか伝われば良いのだが、こう何というか……とにかく発音が独特なのだ。
巻き舌というかなんというか、そういうのにばかり意識を持っていかれると単語を忘れそうになるし。
でも頑張って覚えた。
聞け、俺の渾身の“美味しい”を。
「しゅぅちゅらすとぅらぁー!」
『何言ってんだお前』
「コレがこっちの世界の“美味しい”なの! 多分! 分かんないけど!」
両者の言葉が分かるビルとしては、俺が無理して使っている言葉はそのまま伝わってしまうらしい。
非常に使い勝手の悪い通訳デバイスである。
しかしそれでも伝わらなかったのか、二人は未だ険しい表情を浮かべている。
で、あるならば。
「いつも通りジェスチャー勝負だ!」
頭に乗っかっていたムムを掴み取ってから正面に持って来て、モグモグする動作をしながらモモンガに顔を埋める。
家を出る前に丸洗いしたから、小動物からは石鹸の香りがするが。
当の小動物は遊んでいるとでも思っているのか、機嫌良さそうな声を上げながらワチャワチャと手足を動かしている。
おとなしくしろ、ムム。
俺がラーメンを食べられるかどうかは、お前に掛かっているんだ。
そんな訳でモモンガに齧りつきながら、必死で屋台を指差していれば。
やっと理解してくれたのか、二人は手を引きながらラーメン屋台に向かって歩みを進めてくれた。
やったぜ、異世界ラーメン初体験だ。
『旨いのか?』
「多分、俺が知ってるモノと同じだったらめっちゃ旨い」
『ちょっとくれ』
「結構熱いよ? あと味濃いけど……あんだけデカイ猫になるなら、大丈夫か。フーフーしてやんよ」
『頼むわ。あとムムも欲しがってんぞ』
「あいあいー」
ナルトとか入ってたら、二匹にくれてやろう。
麺は……細かくすれば大丈夫かな?
今更だけど、ペットに詳しい人に見られたら滅茶苦茶怒られそうな行動を取ってるよね俺。
まぁビルは多分平気だとして、ムムだけちょっと気を付けてやれば良いだろう。
本当に“向こう側”にいたモモンガと一緒かも分からないし。
という訳で思考を放棄し、俺達はラーメン屋に突撃するのであった。
――――
「ふぉぉぉ……」
目の前に出て来たのは、紛れもなくラーメン。
しかもまさにチャル〇ラって感じの醤油スープ。
だがしかし、そこはカップ麺とは違いお店ラーメン。
厚めのチャーシューも入ってるし、煮卵もある。
各種野菜もモリモリの状態で、“向こう側”では考えられない程に具沢山だ。
更に器もデカイ……のは俺が小さくなっている影響で、そう見えるのかもしれないが。
とにかくユラユラと立ち上る白い湯気からは、間違いなく俺の記憶と同じ様な“ラーメン”の香りがするのだ。
であれば、食う他あるまい。
「いただきます」
手を合わせてから箸とレンゲを取り、まずはスープから。
落ち着け俺、ココで一気に麺に行くのは愚策だ。
スープによって口全体をラーメン一色に染めてから、存分に味わえば良い。
そんな訳で、スープを一口啜ってみれば。
「んはぁぁぁ……旨ぁぁい」
舌触りの優しい醤油味。
ジワリジワリと広がる旨味に、濃厚と感じる程の油。
他にも色々と下味が付いているのか、とにかくスープだけでもドバッと唾液が溢れて来そうなくらいに旨い。
ほぉっと吐き出した息でさえ、旨味を含んだスープの香りが鼻に残るくらいだ。
“こちら側”にもこれだけしっかりした醤油があるというのも驚きだが、そこら辺は何処の世界だって食に拘るのが人間の宿命。
似たような食べ物があれば、似たような調味料が開発されていてもおかしくない……のかな?
異世界モノのアニメや映画のレビューで、この文化ならこの調味料があるのはおかしいとか、醤油や味噌があるのはおかしいみたいなコメントは見た事がある。
その度に「へー、そうなのかー」とかぼんやり思っていた訳だが。
実際来てみて、そこに在ればあるって事で良いじゃない。
だって異世界だし、あった方が便利だし。
“向こう側”で過去何があろうと、同じペースで発展をするとは限らないって事なのだろう。
もはやコンソメブロックやインスタント麺が出て来ても驚かねぇぞ!
だって旨いポテチあったし。
というかそういう難しい事は、もっと頭の良い奴が考えるべき事例であり、俺は旨い物が食えれば良いのだ。
という訳であまり難しい事を考えず、食う。
ずるるっ! と盛大に音を立てながら麺を啜り上げてみれば。
「良いじゃないか……こういうので良いんだよ、こういうので」
『お前は誰と話してんだ』
膝に乗ったビルからは呆れた声が返って来るが、それどこじゃない。
結構太麺で、確かに啜っているのだと感じられる。
噛み応えも良い、モチモチとした食感はまさにラーメン“らしい”といえるだろう。
豚骨スープとかにコレが入っていたら違うと感じるかもしれないが、醤油スープなら大正解だ。
啜る、噛む、旨い。
それがラーメンの正義。
しかも麺に絡むスープは、これでもかと香りと味を口の中に運んでくるのだ。
場所によるのかも知れないけど、“向こう側”より少し薄味かな?
でもうんまい、好き。
そして野菜各種。
シャキシャキと歯ごたえの良いもやし。
絶対にいないと困る定番脇役の様に、存在を主張してくれるネギ。
口直しとばかりに入っているほうれん草や、海苔。
どいつもこいつも、最高に旨い。
たまに知らない野菜が出て来るが、一緒に入っているのだから食べられるのだろう。
何か見た事無い緑色の……なんだ? 凄いコリコリした食感、メンマみたいな物なのかな? うんまい。
夢中になって口に放り込み、最後に……チャーシューだ。
ガブッと噛み付いてみれば、肉厚のくせに随分と柔らかい。
脂身なんか溶けるかの様、そしてプリプリとした食感を返して来る肉。
コイツは……最高だぜ!
もはや止まらなくなり、ガブガブズルズルとラーメンを貪っていれば。
『スー、俺等の分は?』
「あっ」
膝の上に乗ったビルとムムが、ジッとこちらを眺めていた。
やってしまった。
いつの間にか、俺の丼にはもはやスープしか残っていない。
コイツも堪能しながらゆっくりと味わおうと思っていたのだが、それどころでは無くなってしまったらしい。
「もう一杯どうにかお願いするから、待って」
『あいよ、旨かったか?』
「うんまい」
『そりゃ良かった。俺らは味見程度で良いから、満足するまで食いな』
最近やけに優しくなったビルに声を返してから、俺は頑張って異世界語を紡ぎながらおかわりを注文する事に成功する。
異世界ラーメン、やべぇぜ。
その後たまに具材を小さく千切り、フーフーしてから二匹の小動物にも御裾分けするのであった。
次にいつラーメンが食べられるか分からない以上、無理をしてでもいっぱい食べておかなければ。
――――
「すみません、豪鉄というパーティの方々はいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません、今豪鉄のメンバーは遠征しておりまして。そろそろ帰って来るはずなのですが……って、え? 神獣狩り?」
「人違いです」
きっぱりと伝えた筈なのだが、受付嬢はパクパクと口を開閉させた後、ギルドの奥へと走り去ってしまった。
これは……どうしたものか。
豪鉄のメンバーも居ない様だし、一度出直してから……などと考えていると。
「神獣狩りがまたギルドに足を運んだというのは本当ですか!?」
いつか見た、ギルドの若い男性職員が奥から物凄い勢いで登場した。
グリフォン狩りの時、我が家に滞在したその人な訳だが。
「お久し振りです、先日はお世話になりました」
「何を仰っていますか、それはこちらのセリフです。あぁ、いつまでもこんな所で申し訳ありません。どうぞこちらへ、座れる場所がありますから」
そんな事を言う彼に案内され、建物内の隅へと移動してからソファーに腰を下ろした。
多分依頼主が高い位にある人間に対しての処置なのだろう。
確かに貴族相手に、いつまでもカウンターで相手をしていたら後で何を言われるか分かった物じゃない。
だとしても、俺がここに通された意味も分からないが。
「ではまず支払から始めましょうか」
軽い調子で話し始める男性職員はいくつもの書類を机の上に広げ始め、順に此方に見える様に並べてくれた。
「そうですね、遅くなってしまって申し訳ない。それでおいくら程になったでしょうか? 些か急な依頼だったものですから、相当高くなったとは思いますが」
「それはもう。指名依頼な上、緊急依頼の為別途手当の支払い。それに相手はグリフォン、しかも複数と来ていますから。期待して下さい」
「期待……ハハッ、耳が痛い」
俺とリリシアの稼ぎは、昔は確かに良かった。
しかしながら、金とは無限にある物じゃない。
もう先は長くないとは分かっているが、全て使い切ってしまおうとは考えていないのだ。
だからこそ、あまり高い支払いになってしまうと正直痛いと思ってしまう所だが……まぁ、前回の緊急事態を考えれば致し方ない事なのだろう。
何だかんだ、豪鉄の皆も最後まで手伝ってもらったしな。
「まずは依頼の報酬として、金貨八枚。しかし複数体どころか群れを相手にしたという事で、追加で金貨三枚。一つずつ済ませていきましょうか、合計白金貨一枚と金貨一枚です」
「はい……承知しました」
まさか最初から白金貨になってしまうとは。
ぐぬぬっと苦い顔を浮かべながら提示された金額をテーブルの上に乗せてみれば。
「あれ?」
「はい? 何をしていらっしゃるのですか?」
相手もまた、同じ金額をテーブルの上に置いていた。
どういうことだ、これは。
「……あー、もしかしてグラベルさん。あの時“豪鉄”に依頼を出すって仰っておりましたが、まさか今日はそのお支払いに?」
「えぇ、まぁ。そのつもりで」
そう呟いた瞬間、眼の前の男性は非常に大きなため息を吐いてから、両腕で正面にバツ印を作った。
「そういう口頭のみの依頼は、冒険者ギルドが関わる以上禁止でーす。駄目でーす。そもそも何故ギルドが七面倒臭い書類を大量に作って、依頼を出したり受けたりしているか知っていますか? 言った、言って無いという下らない事態が起こるのを防ぐ為と、報酬が的確であるか、それは犯罪行為にならないかの調査などなど。色々ある訳です。口頭依頼が成立するなんて、いつの時代だって話ですよ」
何やら急に軽い雰囲気になった男性に困惑の眼差しを向けながら、「はぁ」とか気の抜けた返事を返してみれば。
彼は笑ったままちょっとだけ眉毛をピクピクさせて、俺の出したお金を掴み取り此方の手に返して来た。
「つまり、あんな状況であんな場所、依頼だ報酬だなんだと叫んだところで、ギルドは承認しませんよって話です。無効ですよ無効。あれで豪鉄が金銭を求める様なら、我々は彼らから冒険者としての身分を剥奪しなければいけません。今はそれくらいに厳しいルールが決められているんです、特にお金関係は」
「え、ちょっと! それは困る! 俺達は確かに彼らに同行してもらったし、一晩中グリフォン狩りに付き合ってくれたのは事実だ! だからこそ報酬を払わなければ、こちらも気が収まらないというものでしょう!?」
「それは個人の判断であり、ギルドを通した物では無い。以上です」
「そんな事って……」
どうしたものかと、返された硬貨に視線を落した瞬間。
「お? お!? マジでいやがった! 神獣狩りの爺さんじゃねぇか! グラベルさん、俺だ! 覚えてっか!?」
背後からデカイ笑い声が聞えたかと思えば、いつか見た豪鉄のメンバーがゾロゾロと此方に向かって来ていた。
誰も彼も、満面の笑みを浮かべて。
「久しぶりだね。今日は皆に報酬をと思って足を運んだのだが……その」
「んん? 報酬ならもう貰ってるぞ?」
「……どういうことだ?」
改めて正面に座る職員に視線を向けてみれば。
彼はクックックと静かに笑いながら、目を細めてニッと口元を吊り上げた。
「勝手に進めて大変申し訳ないとは思ったのですが、神獣狩りのお二人を前回の依頼のメンバーに含ませて頂きました。もちろん望んでいらっしゃらない様なので、公表は控えております。そしてなにより……前回持ち帰られたグリフォンの素材各種。こちらも結構な値段になりましてねぇ、参加したメンバー全員で“ほぼ”等分させていただきました。それが此方の書類になります」
そう言ってから、もう一枚の書類を差し出し来る職員。
こちらにはグリフォン素材の名称と、買い取り金額が淡々と並んでいた。
更には。
「先程の金額が、依頼達成報酬。そしてこちらが買い取り金額、お二人分の“分け前”になります。ギルドの方でも数割程度手数料を頂いておりますが、ご了承くださいませ。コレも規則ですので」
なんだか怖い事を言い始めた彼は、眼の前のテーブルに次々と硬貨を並べていく。
しかも見間違いじゃなければ結構な枚数の白金貨があるのだが。
白金貨というのは、庶民であれば年単位で一枚二枚と稼ぐ代物だったはず。
だというのに、この数はなんだ。
グリフォンの素材は今、こんな金になるのか?
「本日は“報酬受け取り”にお越し頂きまして、本当にありがとうございます。我々としても、支払うべきお金が手元に残ったままなのは些か問題がありまして」
「……俺は、豪鉄に支払いに来たつもりだったんだが」
「であれば、酒の一杯でも奢れば宜しいかと。彼らもそれで満足しますよ、何たって馬鹿みたいな量のグリフォン素材が手に入り、彼らにも同様……とはいきませんが、近い金額が支払われているのですから。流石に本人達から、殆どグラベルさん達が狩ったなんて言われれば、同額は出せません」
彼が呆れた様に呟いてみれば、豪鉄のメンバーはニカッと笑いながら親指を立てて見せた。
いいのか、それで。
思わずため息を溢していれば、豪鉄のリーダーが隣に腰を下ろし。
「旦那、この後は暇かい? 一杯やろうぜ、大物を狩った後は酒を飲むのが冒険者ってもんだろう」
本当に、全く。
いつの時代も、冒険者というヤツは変らないらしい。




