第22話 再び、街へ
「寒く、ない?」
「なぃ、リリシア!」
馬に跨り、私の前に座っているスーに問いかけてみれば元気な声が返って来た。
最近は少しずつだが、スーが言葉を理解し始めた……のかな?
しかしながらやはりいきなりは難しいのか、単語単語で区切って喋ってあげないと首を傾げられてしまうが。
それでもたどたどしく話す彼女が微笑ましく思えて、思わずスーの頭に手を置いた。
「もう少しで、着くから。お買い物、しよう」
「まち!」
「そう、街だ」
私達が話している様子を見て、グラベルとシャームも別の馬に跨りながらニコニコしている。
本日は再びアーラム王国へ向かっていた。
本格的な冬の準備をする為に細々としたものを買うつもりなのと、スーとシャームの冬支度。
二人共真冬に耐えられそうな服を持っていなかったので、というのと。
「シャームはまた赤いコートでも買うか?」
「そうだな……スーがまた選んでくれるのなら、そうしようと思う」
グラベルとシャームもそんな会話をしながら、皆でゆっくりと街へと向かっていた。
スーがグリフォンから攫われた事件から、一か月程経った。
結局事の顛末は分からなかったが……それでも二人共無事に帰って来たのだ。
何がどうなったかは未だ気になる所ではあるが、ひとまずは良しとしよう。
シャームの怪我も良くなったし、スーはコレと言って森にトラウマが出来た様子も無い。
ただ一つ分かった事といえば、グリフォンの親はスーに牙を向いたらしい。
つまり大型の魔獣などは、スーでも手懐ける事は出来ないという事。
この辺りは、私達がより一層気を付ける必要があるだろう。
改めて気を引き締める想いだったのは確かだが……その事件の影響で、また小動物が増えてしまったのだ。
どうやらグリフォンの子供なら手懐ける事が出来たらしく、お土産とばかりにスーが三匹程連れ帰って来た。
ついでに言えば、以前の狩りの時に捕まえたという生き残った兎が一匹。
そちらは放し飼いにでもしておけば自ら餌を探しに行くが、グリフォンは別だ。
アイツ等は基本的に肉食なのだ。
今はまだ猫くらいのサイズだから何とかなっているが、このまま育ってしまった場合どうしたものかと頭を悩ませてしまう。
食料だってとんでもない量が必要になるし、何より私達人間に牙を向かないかという心配もある。
とはいえ随分とスーが可愛がっている様子なので、今の所飼ってはいるが……。
「スー、グリフォン……今後どうする?」
「ぐりふぉ?」
「そう、グリフォンだ。スーが捕えて来た、あのチビ共だが……」
「えさ!」
「そ、そうだな……餌が沢山いるな」
「でか、うまい!」
「うん? 旨い餌を沢山あげたいという事か?」
やはり気に入っている様だ。
だとすると、どこかへ売ってしまうとか始末してしまうのは考えない方が良さそうだな。
人の手によってどこまで、どう育つかは分からないが……魔獣を手懐けて商売する人間だって居るくらいだ、何とかなれば良いが。
「まぁ……上手く飼いならせれば戦力にもなる上、スーにテイマーの才能があるという実績にもなるしな」
「んん?」
「あぁ、気にしないでくれ。グリフォン、餌、いっぱいあげよう」
無理やりにでも納得させて、困り顔で微笑んでみれば。
「ぐりふぉ! うまい!」
「うん?」
未だ変に言葉繋がってしまうのか、たまにおかしな所が目立つ。
今の言葉のままでは、グリフォンを食べる為に育てている様に聞こえるのだが。
「ウサ、も、うまい!」
「兎にも旨い餌を、という事で良いんだろうか?」
何故か「旨い」だけはしっかりと発音する様になったスー。
喋れる様になって来た事は嬉しいが……やはり女の子なのだ、言葉遣いも徐々に直してあげた方が良いだろう。
私自身があまり柔らかい言葉遣いをしていないので、そちらも影響しているのかもしれないが。
「スー。旨いではなく、美味しい、だ」
「……おー、しー」
「美味しい」
「おしい!」
「惜しいな、確かに」
そんな会話をしながら、馬に揺られて私たちは街を目指すのであった。
――――
「俺は一度ギルドに行ってくる。以前協力してくれたパーティにまだ報酬が支払えていないからな」
「確か“豪鉄”だったか? 結局金額も定めずだったな。私も行こうか? グラベル。交渉事なら私の方が得意だ。それに森に居た魔獣の皮や魔石なども売って来るのだろう?」
街に着いた途端、グラベルが別行動を取ろうとし始めたので思わずそう提案してみたが。
当人は静かに首を振って、微笑みながらスーの事を見ていた。
「以前随分と慌ただしくなってしまったからな、スーが怖がっては可哀そうだ。シャームはどうする? 何か手続きがあれば一緒に来るか?」
「いや、コレと言って残して来た様な手続きはない。師匠ばかりに任せてしまうのは心苦しいが、その……護衛としてスーとリリシアに付いて居ようと思う」
「そうか。では、頼んだぞ」
シャームに関しては以前のグリフォン事件が響いているのか、あまりスーの傍を離れようとしない。
少し警戒し過ぎの様な気がしないでもないが、こればかりは本人が納得するまで何と言おうと聞かないだろう。
そんな訳で、結局グラベル一人に仕事を任せる事になってしまった訳だが。
「すまないグラベル、私たちは先に二人の買い物を済ませておくよ。何かあっても私とシャームが居るから、こちらは心配しないでくれ」
「あぁ、任された。スー、二人の言う事を良く聞くんだよ?」
「あい!」
理解しているのかいないのか、スーは元気よく返事を返す。
最後に彼女の頭を撫でてから、グラベルは人混みに消えていった。
さて、それではこちらもさっさと済ませてしまおう。
家で使う物や調味料などは彼が戻って来てからの方が良いとして、まずは二人の服か。
「さぁ二人共、今日は冬服だ。存分に選ぶぞ」
張り切りながら振り返ってみれば、スーはポカンとしながら此方を見上げ、シャームは気まずそうに視線を逸らしていた。
「しかし……私はあまり持ち合わせが。こんな事なら、森の中でもっと魔獣を狩っておくべきだったのだが……」
まだそんな事を言っているのか、この狼娘は。
思わずため息を溢しながら、シャームの頭を引っ叩いた。
「前にも言ったが、私とグラベルはそれなりに昔稼いでいたからな。しかも今では森暮らしだ。彼に弟子入りした以上、金の事は気にするなと言ったはずだが?」
「しかしっ!」
「では言い方を変えよう、そんな恰好で冬の森を過ごせると思うな。遠慮ばかりして、家の中で凍死でもされたら迷惑だ。一人前になるまでは大人しく買い与えて貰え、未熟者。ただでさえお前は若いんだ、老人からの施しは素直に受けるモノだぞ?」
言い放ってみれば、彼女はグッと唇を噛んだまま静かに頷いた。
それで良い、若い内から遠慮ばかりでは育つモノも育たん。
などと思いながら、フフッと笑みを溢してみれば。
「しかし相変わらずリリシアから子供扱いされるのと、自身を老人扱いしている所は何というか……違和感が凄いな」
「馬鹿を言うな、これでもグラベルより年上だぞ? というか年齢なんて三桁だ。私から見たらお前など赤子みたいなものだ」
「エルフの寿命だと、そういう感覚になってしまうのか……」
相も変わらずそんな会話を続けていれば。
おかしい、スーが居ない。
それに気が付いた瞬間、二人してサッと顔から血の気が引いたのが分かった。
「スー! 何処だ!? スー!」
大声を上げながら周囲を見渡していれば、当然周りから注目を浴びてしまう訳で。
立ち止まって此方を眺める連中もチラホラ。
くそっ、邪魔だ。
そこら中で突っ立って居られては、身体の小さいスーが居ても隠れてしまうではないか。
思わず全員魔法で吹っ飛ばしてやろうかなんて事を考え始めた瞬間。
「リリシア! シャーム!」
人混みをかき分けながら、スーが此方に向かって走って来た。
良かった、今回は攫われたとかそういう事態ではなかったらしい。
シャームと共に安堵の息を吐いてから、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「スー、頼むからどこかへ行く時は声を掛けてくれ」
「駄目じゃないか、一人でウロウロしたらまた攫われるぞ?」
二人して同じような注意をしてみるが、本人は何やら興奮した様子で私の手を引っ張り始める。
何かあったのだろうか?
今回ばかりはコチラが首を傾げてしまったが、引っ張られるまま着いて行ってみれば。
「屋台、か?」
「その様だが……スー、あの屋台がどうかしたのか?」
相も変わらずシャームと共に首を傾げながら呟いてみれば、彼女は何やら叫んでいる。
なんだろう? スーの元々喋っていた言語の方なので、理解できないのだが。
とにかく鬼気迫る様子で興奮している模様。
あまり見た事がない程の慌てっぷりだったので、あの屋台の人間に何かされたのかと警戒してしまった訳だが。
「――! ――……うまい!」
再び何かしら言葉にした後、確かに口にした。
旨いと。
更には頭に乗っていたムムを掴んで、はぐはぐと食べる仕草をしてから屋台を指差している。
これは、詰まる話……。
「食べたいのか? スー」
「――、べる! うまい!」
何かあったのかと大騒ぎしかけたが、どうやらお腹が空いただけらしい。
もう一度安堵の息を吐き出してから、スーの手を引いて屋台に向かって歩き始めた。
「スーがこれだけ興奮するくらいだ、一体何の屋台なのやら」
「今回は良かったけど……スー、頼むから一人で歩き回らないでくれ」
もはやシャームの心配様が、本当の姉妹かと思う程になっている。
これはこれで面白いが、確かに彼女の言う通りもう少し言い聞かせておくべきだろうな。
となると、言葉の練習が最優先事項になる訳だが。
残念な事に彼女は狩りに行くグラベルとシャームを見逃さないのだ。
絶対に着いて行こうとするあの癖は、どうにかならないものか。
そんな事を考えながら屋台を覗き込んでみれば、そこには。
「麺、か?」
「そうみたいだ。スー、ラーメンが食べたいのか?」
そこには汁に浸かった麺が売られていた。
パスタとはまた違う、随分と熱そうなスープに入った料理。
シャームはどうやらこの料理を知っているのか“ラーメン”と表現して、コレと言って驚いた様子も無い。
もしかしたら私たちが森に引きこもっている内に流行った料理なのだろうか?
この手の変わった料理は、どうにも手を出しづらくて避けて来たのだが……。
「――! うまい!」
どうやらスーは食べる気満々の様だ。
これはもう、諦める他あるまい。
「リリシア、どうする?」
「どうもこうもないさ。店主、すまないが三人分頼む」
それだけ言って、私達はそれぞれ席に付いた。
眼の前には箸が出されたが……こういう店でフォークを頼むと嫌な顔をされるし、かと言って箸でクルクルしていては時間が掛かる。
どうしたモノかな、なんて思って周囲を見回してみれば。
他の客を見る限り、啜るのが正解なのだろうか。
他所で似たような料理を食べた事はあるが、啜るという行為がどうにもなれなくて非常に食べにくい思いをした経験があるのだ。
などと思っている内にも、すぐさま目の前には“ラーメン”とやらが登場した。
見た目は非常に豪華、というより大盛りだ。
とにかく一口、レンゲでスープを掬って口に運んでみれば。
「お? これはなかなか……癖になりそうな味だ」
「リリシアは初めてなのか? 結構旨いし、安い、良いものだ。しかもココは当たりだな、他よりずっと旨い」
そんな事を言いながらシャームは豪快に麺を啜り始め、私達の間に挟まれたスーも慣れた様子でズルズルと麺を食べ始める。
ふむ、二人共器用だな。
などと思いながら、真似をして箸で掴んだ麺を吸い込んでみれば。
「ゴ、ゴホッ!」
喉の奥にスープだか具材だかを吸い込んだ、痛い。
「リリシア、アレだ。ストローってあるだろ、アレで飲み物を飲む感じで啜れば平気だ」
「ゴホッ……ストロー、ストローか。過去に何度か使った事はあるが」
「……今じゃその辺でも使われているぞ」
呆れたような視線をシャームから向けられながらも、何度か繰り返している内にコツを掴んで来た。
なるほど、慣れてくればこうして勢いよく食べるかの様な料理も悪くないものだな。
以前は食べるのが遅すぎて、麺が伸びてしまったりと色々大変だったが。
「これは確かに、悪くないな。作り方を調べて、材料も買い込んでから帰ろうか」
「森でラーメンを食べるつもりなのか?」
「スーも喜びそうだしな、グラベルにも食べさせてやりたい」
フッと口元を緩めながら隣に視線をやれば、そこには必死に麺を啜っているスーの姿が。
というか、おかしいな。
私やシャームよりよっぽど食べ方が綺麗というか、慣れている様子が見て取れるのだが。
もしかしたら、スーの故郷ではこう言う料理が多かったのだろうか?
「スー、おかわり、するかい?」
「ん!」
だ、そうで。
ブンブンと勢いよく首を縦に振っている。
思わず微笑みながら、店主にもう一杯追加で注文するのであった。
ちなみに私が一杯食べ終わる事には、スーは二杯目を完食していた。
この小さい体のどこにそんな量が入るのだか。




