第21話 平穏と、新たな波乱
気が付けば目の前にはスーが眠っていて、師匠の家に戻って来ていた。
私は、グリフォンに負けた筈だ。
だからこそそのまま餌となり、奴等の糧になると想像していたのだが……現実はそうならなかった。
きっと師匠やリリシアが助けに来てくたのだと思ったが、どうやらそういう訳では無い様だ。
では、一体何が起きたのか。
あの場にはスーしか残っておらず、彼女にはグリフォンを狩る様な能力は無い。
だとするとやはり、懐かせたのだろうか?
何てことも思ってみたが、私が見た限り少なくとも親の方は彼女に牙を向いていたのだ。
状況的に、どう見ても他者の手が加わったとしか思えない結末になった訳だが。
スーが喋る事が出来ない為、真相は闇の中。
よって、今私に出来る事があるとするならば。
「ぜやぁぁ!」
「速いな、だがそれだけだ」
師匠にチョンっと足を引っ掛けられて、そのまま盛大にスッ転んだ。
こんなんじゃ駄目だ、もっと周りを見ろ。
相手がちょっと出したつま先が避けられない様では、魔法を回避する事なんかできない。
もっと鍛えて、もっと強くなって。
そして、魔法さえ回避出来る様になれば。
私は、グリフォンにだって負けない。
今度は誰の手を借りる事も無く、私の手でスーを守ってやれる。
強くなりたい、その気持ちは今でも変わらないが。
しかしながら、誰かを守りながら戦うと言うのは……“強さ”の方向が違う気がするのだ。
ただただ強いと言っても、色々と方向性がある。
敵を討伐する強さ、誰かを守る強さ、その他諸々。
多分私が予想出来ないくらいに、“強い”という言葉は枝分れしているのだろう。
だったら、私は。
その“全て”が欲しい。
「もう一度お願いします!」
「いいだろう、来い。シャーム。お前を俺以上に強い戦士にしてやる」
今まで生きて来て、ただ強い存在になりたいと渇望していた。
だと言うのに、街の外に出た瞬間目標が増えてしまった。
でも、悪い気分じゃない。
私は強くなりたい。
目の前の師匠の様に、神獣さえ討伐できる程の力が欲しい。
獣人だからと言って馬鹿にして来る奴等を、実力で見返してやれるだけの力が欲しい。
そして何より。
『シャーム!』
私の名を呼んでくれる、頼ってくれる子供を危険から守ってやれるくらいの実力が欲しいんだ。
その為だったら、どんなに厳しい稽古だろうと乗り切ってみせよう。
どんなに厳しい試練だったとしても耐え抜いてみせよう。
いざという時、最高に格好良い背中を見せてやれるのならば。
私は今、泥に塗れようじゃないか。
「しゃぁぁぁ!」
「甘い、勢いだけで攻めようとするな。相手を見ろ、全てを警戒しろ」
渾身の一撃は、あっさりと躱されてしまうのであった。
私が強くなる道のりは、まだまだ遠く険しい様だ……。
――――
「なぁビル~なんでまた小っちゃくなっちゃったんだよぉ?」
『色々あんだよ。またやべぇ時は腕輪を貸してくれりゃデカくなってやるさ』
「付ける? 付けちゃう?」
『ボォケェが。デカくなった瞬間グラベル達に狩られたらどうすんだ? ん? いいのか? お前の通訳が居なくなるぞ?』
「すんませんっした……でも。でっかいモフモフ……」
『今は周りのちっこいので我慢しとけ』
アホな会話を繰り広げる俺のベッドの上には、ビルを初めとするモフモフ達が集まっていた。
随分心配させてしまったのか、ムムがヒシッ! って感じに頭に張り付いて来るし。
以前捕まえて来た兎はおっとりとした雰囲気で、腹の横に身を寄せている。
それくらいだったら、まだ良かったのだが。
「さ、流石に鬱陶しい……」
『つっても、まだ食える程育ってねぇしなぁ』
ピーピーと泣き声を上げながら、俺の体の上と周りをグリフォンのチビ共がウロウロしているのだ。
最初は小屋にでも入れようかと思っていたのだが、コイツ等普通に脱走して俺の所まで来る。
なんでここまで懐かれた? 俺君らの母親討伐指示した人間よ?
などと思った所で、ピヨピヨさん達は懐きまくっている御様子で。
「どうすっかなぁ……コイツ等」
『デカくして食うか、もしくは戦力にしちまえば良いんじゃないか? グリフォンは懐いた相手には従順だぞ?』
「でもビルの方が強いし」
『全部俺を使って解決しようとすんじゃねぇよ。理由があるから、またちっこい姿になってんだからな?』
「猫としてはデカい方なんだけどなぁ。やーいデブ猫ー」
『ここの飯が旨いのが悪い』
「全然気にしないのな、まぁビルらしいけど」
本当にいつも通りのテンションのブサ猫は、俺の腹の上で丸くなっている。
うーむ、コイツがあんなにでっかく格好良いモフモフになっていたとは今でも信じられん。
事実腕輪を嵌めた瞬間に“昔の力”とやらを取り戻したらしく、ビル曰くあっちが“本来”の姿だと言う話だが。
凄いね、異世界は謎がいっぱいだ。
俺には良く分かんないけど。
そして特にグラベルとリリシアには、あの姿を見せられないとか何とか。
今ではいつものブサ猫に戻って、俺の上でゴロにゃんしている訳だ。
「ビルー、重いー」
『腹筋鍛えろ腹筋、ただでさえ何も出来ねぇもやしなんだから』
「もやしかぁ……ラーメン食べたい」
『旨いのか?』
「うんまい」
そんな会話を続けながら、小動物に塗れていれば。
下の階から「スー!」と俺の事を呼ぶリリシアの声が聞えた。
もしかして、そろそろご飯なのだろうか。
それともその準備のお手伝いか。
どちらにせよ、エルフ美女に呼ばれたのだ。
向かう他あるまい。
「よっと! どけどけお前ら、今すぐ食っちまうぞ!」
適当な言葉を吐きながら周りの小動物を退かしてみるが、ベッドから降りれば皆して付いて来る。
なんだろう、ピク〇ンみたい。
『肉が良い』
「いつもそれだなお前は、まぁ良いけどさ。なんかそれっぽいの作ってたら、お前の分も作っておいてやるよ。薄味の方が良いんだろ?」
『やったぜ』
相変らずのブサ猫に適当な言葉を返しながら、部屋を出て階段を下りる。
その間にもムムが頭やら服の中やら移動して、妙にくすぐったいが。
コイツは何をやっているのだろう?
もしかして安定して滞在できる場所を探しているのだろうか?
残念だったなムム、俺は皆と違って妹に似た残念スタイルだ。
胸元に潜った所で、下まで落ちるぞ。
女性だったら自虐になりそうなネタだが、俺にとってはどうでも良い。
自らのおっぱいより、他人のおっぱいだ。
などと下らない事を考えながら、キッチンに踏み入れてみれば。
「スー、――」
リリシアが、何やら微笑みながらテーブルの上の食材を指差していた。
お? おお?
食材と、キッチンに有る物を見ると……もしかして鍋ですか?
テーブルの上にも野菜各種が並んでいるし、まず間違いないだろう。
やったぜ、俺鍋大好き。
ウキウキしながら手を洗ってみれば、足元からは不満そうなビルが此方を見上げていた。
『汁モノだと……すぐ食えないんだが……』
「えっと、怒られない程度に焼いてみるよ。生じゃ嫌だろ?」
『ちゃんと料理した奴が良い』
だそうで。
なんとも贅沢猫さんが居たもんだ。
思わずため息を溢しながら、俺はリリシアのお手伝いを始めるのであった。
色々大変だし、言葉も通じないし。
その上そこら中に命の危険もある、とんでもない世界だが。
徐々に徐々に、俺は“こちら側”に馴染み始めているのであった。
とは言っても皆に頼りっぱなしだし、ヒモ生活と言って過言ではない状況な訳だが。
それでも今まで出来なかった体験をこの身で経験し、毎日旨い物がいっぱい食べられるこの生活が結構気に入ってるのだ。
傍からすれば若者の妄想と言われそうな魔法と剣の世界なのだ、楽しまなくてどうする。
当然“向こう側”の事も気になったりはするが……戻れる術が思いつかないし、後回しにするしかないだろう。
という訳で、本日も俺は美人エルフの隣で料理を手伝う。
こればっかりは、“こちら側”に来た特権と言えるだろう。
リリシアは美人だし優しいし。
今は外に出ているらしいシャームは最近やけにくっ付いて来る上、リリシア以上に弾力が凄いし。
あとお爺ちゃんが妙に俺を気遣って来るので、お礼に毎日マッサージを始めた。
風呂上がりの親父の背中を揉んでいた事もあったので、習慣としては全く苦ではないが。
グラベルはとにかく体が硬いのだ。
悪い意味ではなく、筋肉的な意味で。
大変ではある、なかなか解れないし。
でもその分、俺の筋トレにもなる筈だ。
外で鍛えようとすると魔獣に攫われるので、家の中で鍛える事にした。
主にお爺ちゃんを使って。
かといって、引きこもるつもりは無いが。
『スー、なんかくれ』
「なんかってお前……あ、これ。多分鳥皮、焼く?」
『焼く』
「あいあいー」
『焼けたらちゃんとフーフーしてくれよ?』
「わかってるってば、猫舌め」
物凄く気の抜けた会話を交わしつつ、本日も異世界生活を満喫するのであった。
いつまでもこのままとはいかなくても、しばらくこんな感じが良いなぁ。
そんな事を思いながら、串に刺した鳥皮を焼き始める。
ちなみにリリシアは完全に事態を把握しているらしく、ニコニコするだけでコレと言って怒られる事は無かった。
他の小動物達も強請って来ているが……足りるかな? コレ。
――――
「……ここが、異世界?」
目を開けてみれば、そこには暗い森が広がっていた。
これだけでは元の世界なのか異世界なのかという判断は出来ないが、自らの掌に視線を向けた瞬間。
「ほんと、ゲームみたいね」
私のステータスが表示された、まるでネットゲームの様な感じで。
なるほど……さっき遭遇した神様を名乗った不審者は、どうやら本物だったみたいだ。
そうなると私は、間違いなく“異世界”に転生した訳だ。
“向こう側”で死んだわけではないので、転生というのはちょっと違うのかもしれないが。
そして、神様を名乗る彼らの言葉を信じるのであれば。
「この世界の何処かにお兄ちゃんが居て……クエストを達成すれば連れ戻せる。また“向こう側”で一緒に暮らせる」
グッと拳を握りながら、夜の森を睨んだ。
こんな摩訶不思議な現象、信じる方がどうかしている。
普通なら夢か何かと思った方が正常だろう。
でも、彼等は言ったのだ。
お兄ちゃんは“選ばれた”からこそ、“こちら側”に来てしまった。
本当に偶然。
誰かの意図や害意などではなく、たまたま噛み合ってしまったからこそ“電波が混線するかの様に”たまたま、ふとした瞬間に選ばれて“こっち”に呼ばれてしまった。
だったら、連れて帰らないと。
お兄ちゃんが消えたその日から、私の家はおかしくなった。
なんたって、“代用”と言わんばかりの全く知らない他人が家の中に居たのだから。
しかも、両親は彼の事を私の兄として認識しているのだ。
確かに私たちと同じ遺伝子から作られたのだろうと思われる程、“それっぽかった”が……間違いなく兄では無かった。
“神様”とやらの言う事では、ままある事だと言う。
代用品として、他者の記憶すり替え“その人”として他の世界の人間を紛れ込ませる。
ソレに気付く私の方が異常なのだと言われてしまったが。
そんな不思議な他人と一つ屋根の下で過ごしてなどいられず、私はひたすらに兄が消えた神社で祈った。
どうか、お兄ちゃんの元へ連れて行って下さい。
そしたら、引っ叩いてでも連れ戻しますから。
何てことを数年続け、やっと願いが聞き届けられたと言う訳だ。
だったら……。
「待っててね、お兄ちゃん。絶対連れ帰ってあげるから……」
強い意思と共に、私は拳を握りしめるのであった。




