第20話 皆の行方
「これは……間違いなくシャームだな。点々と残っている所を見ると、戦闘していた訳ではなく単純に道しるべか」
木に突き刺さったナイフを引き抜きながら、彼女が通ったであろう道を大人数で走って行く。
“豪鉄”のパーティは此方に遅れる事なく森の中を付いて来てくれる為、懸念していた遅れもなく順調に探索が進んでいると言えよう。
あとは、俺達が到着するまでシャームだけで耐えてくれる事を祈るばかり。
しかしながら、今はスーも一緒に居る筈なのだ。
誰かを、しかも子供を守りながら戦うとなると相当厳しい戦況になっている事だろう。
何処かにスーを隠して、シャーム一人で一匹を相手している状況に持ち込めていれば良いが……それらしい印も見つからない。
これだけ道を知らせる様にナイフが残してあるのだ、スーを隠したのならそちらにも目印があって当然と考えるべきだろう。
だが今の所、何かを追っていた痕跡しかない。
最悪の事態を考えるならグリフォンにスーが攫われ、シャームが追いかけながら目印を残したという可能性。
もしもその場合は……望みは薄いと考える他あるまい。
本当に相手がグリフォンで、更にはスーを攫っていた場合、間違いなく子供の餌にするつもりだろう。
グリフォンは魔法も使用しながら空を飛ぶ為、とにかく速いのだ。
いくらシャームが脚に自信があったとて、そう簡単に追いつけるものではない。
そしてこの森の中だ、見失った可能性だって十分にあり得る。
なんて、嫌な想像ばかりが膨らんでいく中。
「グラベル、無理かもしれないが落ち着くんだ。大丈夫だ、きっと。今はそう考えよう、そうしないと戦闘の前に気が滅入ってしまう」
隣を走るリリシアが、心配そうな顔を此方に向けていた。
いかんな、傍から見ても冷静さを欠いているのが分かる程顔に出ているらしい。
今は今日会ったばかりのメンバーも連れているのだ、先頭を走る俺がこの調子では周りにも影響してしまうだろう。
「すまない、大丈夫だリリシア。しかし、急ごう」
「そうだな、二人を迎えに行ってやろう。スーの事だ、もしかしたらグリフォンさえ手懐けて今頃巣で遊んでいるかもしれないぞ?」
そんな軽口を叩きながら、とにかく先を急いだ。
リリシアの言う通り、あぁいった生物にもスーの特徴が効けば良いのだが……なんて、そんな妄想は次の目印によって打ち砕かれた。
「これは……シャームの」
「あぁ、間違いなく彼女のコートの切れ端だな。ココで戦闘が起きたのか、それとも目印代わりに残したか。出来れば後者であって欲しい所だが……急ごう、グラベル」
頷きあってから再び走り出してみれば、点々と残されている赤いコートの切れ端。
どうやら目印代わりにしていたナイフが切れただけだったようで、思わず安堵の息を吐いてみるが。
「これはまた……まさか飛び降りたのか?」
苦い顔をするリリシアが見つめる先には、崖から飛び出した位置にある枝にシャームのボロボロになったコートが引っかかっている。
しかも眼下にはゴツゴツとした岩肌が広がっており、とてもじゃないが普通の人間なら飛び降りて無事で済むとは思えない。
更に。
「おい二人共! あそこだ! あれを見ろ!」
豪鉄のパーティリーダーが指さす先には、岩陰に隠れた場所に巨大な鳥の巣が作られていた。
間違いない、グリフォンの巣だ。
あそこに、二人が居る。
そう考えれば、腹の底から言葉に出来ない感情が湧き上がって来た。
「すまない、先に行く! リリシア、頼む!」
「了解だ!」
「お、おいアンタ等! 流石にこの高さじゃ――」
豪鉄の面々が口々に止めに入る中、俺達だけ崖を飛び降りた。
普通なら死ぬ、そう言う高さだとしても。
リリシアが居てくれれば、俺が知る限り最強の魔法使いが居れば大丈夫だ。
そう確信して彼女と共に崖の下へと落下していると、下から押し上げられるかの様な突風が巻き起こり落下の速度を和らげてくれる。
そのまま着地位置を調整してもらい、上から見えたグリフォンの巣へと降り立ってみると。
「これは……どういうことだ?」
目の前には、輪切りになったグリフォンの死体が転がっていた。
巣の周りに黒焦げの個体も転がっているが、何が起きた?
シャームの言う事では、彼女は身体を強化する様な魔法しか使えなかった筈。
だとすると他に魔法使いがこの場に居たと考えるべきだろう。
では、一体誰が?
「二人は居ない様だが……まて、グラベル。ムムが反応してる」
彼女の懐に収まっていたモモンガのムムが、慌てた様に顔を出したかと思えば巣の端に向かって飛び立って行った。
そして、何かを見つけたらしく騒がしい鳴き声を上げる。
枝を編んだかのようにして出来上がっている巣の中から、ムムは“ソレ”を引っ張り出して来た。
四隅にクローバーの刺繍が施された、白いハンカチ
これは間違いなく、リリシアが作ってスーに渡した物。
「……ココにあの子達が居たのは間違いない様だ」
「しかし、当人達の姿が見えない。その上雛も居ないとなると、いよいよ分からないぞ。親はソコで輪切りになっているにしても、雛は何処へ行った? そしてスーとシャームは? 誰かに助けられて、何処かで保護されていると考えるべきだろうか……」
冷静を装って言葉を紡ぐリリシアも、眉を顰めながら周囲を確認している。
他に何かないのか? シャームが残していた様な道しるべは?
ここまで来たことは分かったが、この先の道のりが分からない。
そしてもしも、もしも悪い予想だけで語るのであれば。
シャームが何とか一匹は仕留めたが、他のグリフォンによって力尽きたという結果が想像出来る。
その場合は親が居なくなり、ココに残っていた子供も他の巣へ移った可能性があるのだ。
何たってグリフォンは、仲間意識の強い魔獣なのだから。
そして仲間を殺したシャームを生かしたまま他の巣に運ぶはずも無く、彼女の仲間と認識されているスーも。
この想像通りだった場合、既に二人は……。
「大丈夫かぁ!? お探しの相手は見つかったぁ!?」
豪鉄のメンバー達が、ロープを伝いながらスルスルと此方へと降りて来るのが分かった。
しかしながら、俺達はその声に答えられる心境では無かったのだ。
俺は黙ったまま空を見上げ、リリシアは必死で痕跡を探ろうと巣の中を調べているが、瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるのが分かった。
「俺達は、間に合わなかったのだろうか……」
「違うぞグラベル! 違うはずだ! スーは動物に好かれる、だからきっと、きっと違う……シャームだって強い獣人だ。この程度で死ぬはずがない!」
もはや縋る様な勢いで、リリシアは叫んでいた。
やがて降り立った冒険者達も加わり、巣の中を探索するが。
結局、何も見つからなかった。
では、どうするか。
近くの巣を探索するか、それとも……諦めて帰るか。
ギルドの依頼はグリフォンの討伐の様だったから、前者を選択するべきなのだろうが。
しかし、ここまで条件が揃ってしまっていては……もう、俺たちには“理由”がない。
そう、思っていたのに。
「グリフォンだ!」
仲間の誰かが、声を上げた。
再び空を見上げてみれば、上空を旋回するかのように飛び回っているいくつかの影が見える。
やはり近くに巣があったのか、グリフォンは群れで幾つも巣を作るからな。
多分他所から騒ぎを聞きつけて集まって来たのだろう。
今にも急降下してきそうなソレに向かって、俺は弓を構えた。
今回ばかりは、全力で魔力を込めながら。
「どいつだ? 俺達の子供を攫ったのは」
ポツリと言葉を溢してから、引き絞った弦を離せば。
ズバンッ! という音と共に、一匹のグリフォンが爆散した。
少しばかり派手に魔力を込め過ぎた様だ、しかし関係ない。
続く二本目の矢を構えてから、もう一度狙いを定める。
「グラベル、私にもやらせてくれ。気が収まりそうにない」
呟きながら立ち上がったリリシアが、乾いた瞳で上空の相手を見つめてから杖を掲げた。
「無事に帰れると思わない事だ、獣共……私達の大事な物を奪っておいて、何を偉そうに頭上を飛び回っている……堕ちろ! 下等生物が!」
リリシアが叫んだ瞬間、ズンッと体が重くなった。
恐らく重力を増す魔法などを、複数組み合わせて使ったのだろう。
空を飛ぶ生物は、基本的に自らの感覚を最も大事にしていると考えられている。
自らの重量、風の流れ、そして羽ばたく為の体力。
その一つでも崩れれば、鳥は簡単に地に落ちる。
しかし今この瞬間、リリシアはその全てを崩した。
自らの体の重量は増し、風は遮断され、重力が増した事により慌ててしまい羽ばたく事も出来なかったのであろう。
それは魔法を行使する生物だって、決定的な敗因となる。
何たって彼等は、空を舞っているのだから。
「落ちる前に狩るか?」
「いや、魔力の残滓を追って巣を探す。追撃はしないでくれ」
「了解した」
彼女の言葉により、俺は弓を収めた。
そして、空から地面へと落ちて来る獣達。
あの高さから落下したのだ。
当然無事な筈も無く、脚の骨が折れた個体も居れば、頭から落ちて命の灯を消した個体も居る。
そこら中で致命傷を負ったグリフォンが鳴き叫ぶ中、森の精霊たるエルフは口元を歪めるのであった。
「さぁ、案内してもらおうか。君達のお家はどこだい?」
この森には悪魔が住んで居る。
もしもそんな噂が立つ事があれば、間違いなくリリシアの事だろうと予想出来そうな程、邪悪な笑み。
しかしながら、俺の方もそこまで感情の余裕は無かったらしく。
「グラベル、あまり数を減らさないでくれ。痕跡が追えなくなる」
「すまない、魔法を使おうとしていた気配があったのでな」
気付いた時には、一匹のグリフォンの首を刎ねていた。
この害獣共め。
いつの間にやらこの森に住み着き、我が物顔で闊歩していたのか。
そう思うと、全て駆逐したくなってくる気分にはなるが。
今は我慢だ。
リリシアが調査を終えてから、全ての首を刎ねれば良い。
「あ、アンタ等……マジでやべぇな……」
豪鉄の面々だけは、俺達の姿を見て冷や汗を流している様子が見受けられた。
年寄り感覚になってしまうが……昔はもっと派手だったぞ?
――――
リリシアの調査が終わり、全てのグリフォンを討伐してから。
各所の巣を巡った俺達。
しかしながら、巣に居たのは親一匹と子供が複数。
やはりスーとシャームは見つからず、最後の巣も潰してしまった。
「待て、待ってくれ。他に巣が無いか探してみるから……」
リリシアは最後まで頑張ってくれたが、夜明けと共に探索は打ち切られた。
グリフォンの素材と雛は色々と使い道があるとかで、豪鉄のメンバーがひたすら回収していたが。
めぼしい成果と言えばその程度。
結局スーとシャームは見つからず、それ以上の痕跡も安否も確認できないまま、俺達は帰路に着いた訳だ。
生きているのか、死んでしまったのか。
それすら分からないまま、俺達は帰り道を歩いていく。
向かう時は俺を収めてくれたリリシアだったが、帰りはずっと嗚咽を溢している程。
いくら歳を取ろうとも、どれほど経験しようとも。
やはり仲間を失うという事実は辛いものだ。
俺だって今すぐにでも膝を付いて泣き叫びたいが、リリシアを支えてやらなければ。
そんな事を思いながら、皆口を噤んで家まで戻って来てみれば。
「あぁ、やっと帰って来た! お疲れさまでした皆様、お待ちしておりました。それからそちらのお二人は特に、全く……心臓が止まる思いでしたよ」
家に残したギルド職員、俺達に依頼を持って来たその人だった訳だが……彼が慌てた様子で俺達を出迎えてくれた。
「なにか、あったんですか?」
「何かあったじゃないですよ! 皆様が出かけた後、急に扉がノックされたかと思えばボロボロの女の子二人が帰って来るんですから。しかも片方は気を失っているし、もう片方は言葉が喋れないと来たもんだ。本当に焦りましたよ! 今は二階のベッドルームにお連れして治療を施しましたが……部屋が違っていても怒らないで下さいね?」
言葉を聞いた瞬間、俺とリリシアは彼を押しのけ二階へと走った。
そして、叩き破る勢いで扉を押しのけてみれば。
「スー、シャーム……」
二人が、俺達のベッドの上で眠りこけている姿が映った。
思わず駆け寄ってみれば確かに息をしているし、外傷も既に治癒された後の様だった。
二人の間に挟まったビルだけは、鬱陶しそうな顔を此方に向けてからもう一度眠りに付いた様だが。
「良かった……二人共、ちゃんと帰って来た……」
ボロボロと涙を溢すリリシアの胸元からはムムが飛び出し、皆と一緒にベッドの中に潜り込んでいく。
生きていた、それだけで俺達にとっては最大の朗報だった。
思わず安堵の息を溢しながら、その場に腰を下ろしてしまった。
「は、ははは……やっぱり子供っていうのは、心配させてくれるな」
「本当だよ、全く。どれ程心配した事か……でも、良かった。二人が無事で、ちゃんと帰って来てくれて」
リリシアも気が抜けたのか、俺に抱き着いて来たかと思えばそのまま座り込んでしまった。
本来なら下に居るお客様の相手やら、結果報告やら色々あるのだが。
それでも、今この時だけは。
「ただいま。スー、シャーム。お前達が無事で良かったよ……」
「おかえり、の方が良いのかもしれないな。本当に、良かった」
今だけは、皆で一緒に居たいと思ってしまったのであった。




