第13話 過去と、今
「どうぞ、こちらへ」
アレクシアに案内されて辿り着いたのは、王へ謁見するような広間ではなく普通の一室。
ここが何だと言うのか?
不思議に思いながら扉を開いて中を覗いてみれば。
「ん? また何かの報告書か? そこに置いておけ、順に確認する」
顔を入れた瞬間、ガリガリと鳴り響くペンの音。
そして視線の先には大きな机が設置されており、その上には山の様な書類が積み重なっていた。
更には。
「アグニ王子……なのか?」
「んん? 誰だ爺さん、城の者という訳では無いな? どこから紛れ込んだ」
そんな声を洩らすやけに太った男が、机と向き合う形で鋭い視線を向けて来た。
「アグニ、一旦休憩にしましょう? 覚えているでしょう? 昔良くして頂いた、グラベル様です」
やけに暗い顔で部屋に入って来たアレクシアが、低い声を上げてみるが。
書類から顔を上げた彼は、彼女とは対照的に高笑いを上げて見せた。
本当に楽しそうに、両掌を叩きながら。
「おいおいおい、まさか神獣狩りのグラベルか? いやぁ、まさかまさか。獣を殺したら後の事は知らんとばかりに、さっさと国を出て行った英雄様が今更戻って来られるとは。今度はなんだ? 新しい獲物でも求めて舞い戻ったか?」
「アグニ! 止めなさい!」
まるで煽り散らすかのような台詞を溢す彼の声を、アレクシアが強い言葉で止めようとするが。
それでもアグニは楽しそうに口元を緩めながら、声を紡いだ。
「何を止める必要がある? 両国にとって同等に問題視されていた神獣、それが居なくなったから戦争が起きた。獣人共は、お前が狩り取った神獣という最大の障害が無くなった瞬間、これ幸いにとばかりに俺と姉貴を攫ったんだ。神獣と戦った後を狙って、俺達を人質にこの国に無条件降伏を求めて来た。結局親父は俺達の為に国を差し出す訳にもいかず、戦う事を選んだ。それがこの国の歴史だろうが」
「アグニ!」
「俺と姉はそりゃもう酷い目に遭ったが、幸い“人質”だったからな。最後まで生かして貰えたよ、あのクソ獣人どもにな! 戦争が終わるまでひたすら痛めつけられ、ろくなものも食わせてもらえず。だというのに、終戦後に聞いてみれば……神獣を狩る程の凄腕は、戦争が始まった直後に尻尾を巻いて逃げた上、森に引きこもったそうじゃないか!」
「グラベル様は冒険者です! 戦争の時に居なかったからとは言え、我々は責められる立場にありません! 国の事は私達王族と兵士の管轄でしょう!? それに原因があるとするなら国に密偵が紛れ込んでいた事です、それに気付かず手元に置いてしまった私達にこそ問題があった! なのに未だにそんな事を言っているのですか!?」
「それでも戦争の原因を作ったのはコイツだろうが!」
二人が口論を始めた頃、俺はただ茫然と立ちすくむしか出来なかった。
俺とリリシアが討伐した神獣、それが戦争の引き金になったのは知っていた。
しかしあの当時、俺達が神獣討伐の完了の知らせを聞いた王は。
「お前達の仕事はこれで終わりだ、ご苦労であった。そして我が国アーラムはこの時を境に、隣国に戦争を仕掛ける。全ては国の為、民の為。あの獣を打ち取ったとなれば、もう遠慮する必要は無い」
確かに、そう言っていたのだ。
一言も、この子達が攫われたなんて話は出さなかった。
だからこそ俺とリリシアは反発し、あまりにも勝手な判断に一度はこの国を見放す覚悟を決めた。
とはいえ、この戦争のせいで苦しむ事になるだろう民や隣国の事を考えると、いつまでも喉の奥に引っかかった棘の様な感覚は拭えなかったが。
しかしそもそもその言葉が嘘だったと、今のアグニは伝えて来る。
もうあの時から、王が俺達の恨みをあえて買う様な言動を取ったその時には。
戦争は始まっていたのだ。
水面下で、獣人達の攻撃により。
「何故……」
「何故? アンタがソレを口にするのか? この国を救ったような面をして、散々荒らして出て行ったアンタが!」
アグニは唾をまき散らすかの勢いで激高しながら、俺の事を怒鳴り散らした。
その眼に確かな憎しみを抱いて。
しかし、今の彼の姿は。
“何故父親を救ってくれなかったのか”。
そう、嘆いている様にも見えた。
「もっと聞かせてやろうか!? 俺は脚の筋を切られ歩けなくなった! 姉さんなんかもっと酷い、言葉にするのも悍ましい拷問紛いな真似をされ、もう一生子供が生めない体に――」
「アグニ! ……お願い、もう止めて」
二人の言葉で、王族の現状を理解してしまった。
何とか救い出された二人の子供。
しかし互いに障害が残ってしまう程に痛めつけられ、その後すぐに前王も亡くなったと言う訳だ。
しかも悪い事に、後を継ぐ筈の王子は足に障害を残し、王女は子を宿せない体になってしまった。
これだけの事をされたのだ、獣人を恨んでも仕方のない事なのだろう。
だが終戦後に虐殺など出来るはずもなく、表面上では平和を保っているのが……今のこの国という訳だ。
何故、あの時俺達を頼ってくれなかった。
今ではそんな言葉を紡いでも仕方のない事だが、思わずそう問いかけたくなってしまった。
更に言えば、何故あの時王の言葉を疑わなかった。
目の前の障害が無くなったからとは言え、急に他国に戦争を吹っかける様な人では無かったと知っていた筈なのに。
当時の彼の勢いと、誰の言葉も聞かないと言う様な断固たる態度に、俺達は彼の事を見放してしまった。
悔やんでも悔やみきれないとは、この事なのだろう。
何たって、もう問いかける相手が居ないのだから。
「もう……出て行ってくれ。俺だって本当は分かってるんだ、アンタに責任なんて無い事くらい。しかし辛いんだ、当時の事を思い出すと……。俺の国に立ち入る事も、生活する事も許そう。なんたって両国に被害を与えていた神獣を倒した英雄様だからな。しかし……頼む、もう俺達に関わらないでくれ」
最初とは打って変わって、非常に辛そうな様子で言葉を紡ぐ彼を見て。
思わず胸の奥がグッと苦しくなった気がした。
今の俺達に出来る事は、何も無いのだろう。
「すまなかった……何か償いが出来れば良いんだが……」
「いらん、国の事は俺がやる。俺だってもうガキじゃないんだ、自分の国の事くらい自分でやるさ。アンタは英雄譚だけを残し、静かに過ごしてくれりゃ良い……これでも、神獣を狩ってくれた事には感謝しているんだ」
「承知した……邪魔をしたな」
それだけ言って、彼の部屋を後にした。
振り返る事も無く、真っすぐ城の外へと向かって足を進めていれば。
「グラベル様!」
息を切らしたアレクシアが、俺の事を追いかけて来ていた。
彼女もまた、俺達の事を恨んだだろうに。
肝心な時に居なかった、彼女の父の友人であった俺を。
しかし彼女は昔の様な笑みを浮かべながら、何かを此方に差し出して来た。
「これは?」
「受け取って下さい。それと、お父様がいつもこんな事を言ってしました。私は最後に過ちを犯した、素直に友に助けを請えば、こんな結果にはならなかったかもしれない。しかし頼り過ぎてしまうから、グラベルは断らないから。私の頼みで、神獣にさえ挑んでしまう男だから。彼を戦争に巻き込めば、間違いなく“背負って”しまう。だからこれ以上巻き込みたくなかったと……もしも貴方がココに来てくれる事があれば、これを渡してくれと言われましたわ」
そう言いながら渡された包みを開けてみれば、綺麗な青い宝石が嵌った腕輪が入っていた。
宝石からは尋常じゃない程の魔力が感じられ、腕輪からも何かしら強力な魔術付与が施されているとはっきりと感じる。
「“ギフト”という魔道具です。そう簡単には手に入らない、強力すぎる魔道具。何でも装着者の能力を呼び起こす、もしくは新しいスキルを授け、更には今有る能力の底上げをしてくれるという、とんでもない物です」
つまりは人間そのものの強化魔道具という事だろうか?
今有る能力は引き伸ばし、潜在的で未だ発揮されていないスキルさえも引き出してくれる道具。
使用制限などが無いのであれば、これは確かにとんでもない代物だろう。
誰だってコレを装備すれば才能に開花するだけではなく、簡単に強くなれてしまう事になるのだから。
「しかし、こんなモノを貰う資格は……俺には」
思わず返そうとしたが、彼女は首を横に振った。
「貰って下さい、それが父の望みでもあります。あと、それから……アグニを恨まないであげて下さい。今でこそあんな様子ですし、口も悪いですが。あまり動けないせいなのと、過度な精神的負担から来るモノでして……発散の仕方を知らないのです。落ち着いている時なら、未だ優しくて責任感の強い子なのですよ?」
そんな言葉を残しながら、彼女は静かに微笑んで見せる。
普段はアグニも、今のアレクシアの様な優しい笑みを浮かべているのかもしれない。
過去俺が見た二人はいつでも仲がよく、そしてよく似ていると思えるような笑みを浮かべる姉弟だったのだから。
「私がこんな体になってもいつまでも近くに置いてくれる上、人一倍働く王様になったんですよ? 机に向かっている時のアグニは凄いんです、私なんかじゃ真似できない程」
その後もアグニの事を語る彼女は、誇らしげで楽しそうで。
未だに家族愛が耐えていない証拠だと実感できる程に、色々と語って聞かせてくれた。
そして最後に、アレクシアは困った様な笑みを浮かべながら。
「だから、もうこの国は大丈夫です。とても歪で、完璧とは言えない国ですが。それでも神獣狩りのグラベル様に、また何かお仕事を頼む様な真似は申し訳なくて出来ません。私達でどうにかして見せます。そう、弟と二人決めていますので。だからどうか、この国を“助けよう”とはしないで下さいませ。今後何が起きようと、私たちは私たちの手で、私たちの責任を果たしますわ」
そう言って、彼女は無理にでも笑うのであった。
きっと良い事ばかりでは無いのだろう。
大変な事も、苦しい事も。
そして外聞的な意味でだって、今の状態では良好とは言えないのだろう。
それでも二人は、共に生きていく事を決めた様だ。
残った王族として、この国を支えると決心しているみたいだ。
「大人になったな……アレクシア」
「グラベル様は、お爺ちゃんになってしまいました」
もう、俺に出来る事は無いのだろう。
この国の過去に、現状を見て不満もあったし後悔もあった。
しかしそれは様々な事情も、心情もあっての事だった。
であれば、俺が口を出す事では無いだろう。
俺は王族でも無ければ、偉い立場にある人間でもない。
ただの冒険者なのだから。
「では、さよならだ。アレクシア、元気でな」
「えぇ、グラベル様。リリシア様にもよろしくお伝えくださいませ」
その会話を最後に、振り返らずに門を抜けた。
もう、国の事には関われない。
滞在や入国の許しは出ているが、それでも後ろ髪を引かれてしまうだろう。
だとしたら、俺達はもう。
「このまま森で暮すか、旅にでも出るか……本当に、ままならないものだ」
空を見上げながら、ポツリと弱音を洩らしてしまうのであった。
――――
「ふぅ」
やり切ったぜ、とばかりに額の汗を拭ってみれば、扉からコンコンッとノックの音が響いた。
言葉の分からない俺が応対しても良いのかちょっと判断に困ってしまったが、居残り組の二人はベッドに突っ伏したまま手足を伸ばし、クラゲにでもなったかのようにピクリとも動かないので致し方ない。
ベッドから飛び降りて扉を開いてみれば。
「スー、――。――?」
俺が扉を開けた事に驚いた様子のお爺ちゃんが立っていた。
良かった、他の人だったらどうしたら良いのか分からない所だった。
だったら開けるなと言われそうだが、結果グラベルだったので問題なし。
そんでもって、キョロキョロしている所を見ると残る二人の事を探しているのだろう。
「リリシア、シャーム。ベッドで伸びてる」
なるべく短文で言葉を区切りながら指さしてみれば、グラベルは盛大なため息を吐いた。
なにやら疲れている御様子だが……何かあったのだろうか?
てっきり買い物にでも行ったのかと思っていたが。
はて? と首を傾げていれば、グラベルは何かを言って食事をするモーションを見せる。
多分「ご飯はもう食べたのか?」と言った所だろう。
なので首を横に振ってみれば、これまたため息が一つ。
余程疲れている様だ。
いつもは例え俺が困った事をやらかしても、こんなにため息ばかり溢したりする姿は見た事が無い。
目に力が無いようにも見えるし、ココは一つ俺が一肌脱いでやるべきであろう。
なんたって、ついに俺の才能が開花したのだから。
二人の実験体により、効果は絶大だという事も証明されているし。
という訳で。
「グラベル、こっち来て」
お爺ちゃんの手を引っ張ってとりあえず部屋に入れたは良いものの、どうしよう。
ベッドは二人が伸びているので、あまり場所がない。
なので一度装備を脱ぐ様に身振り手振りで伝え、薄着になった所で椅子に座ってもらい、俺も後ろに椅子を設置してその上に立った。
「クックック、俺の真の能力を存分に味わうと良い……」
口元を吊り上げ、暗い笑みを浮かべながらグラベルに襲い掛かった。
そして。
「凝ってますねぇお客さん、ホラこの辺とか……って、かったぁ!?」
本日判明した俺の力、それはマッサージであった。
女性陣二人をベッドの上で揉みほぐしてみた訳だが、シャームは腰から足に掛けて揉んでいる時に寝た。
リリシアに関しては肩から首へと、以前テレビで見た事のあるマッサージを試していたら寝落ちした。
つまり俺はマッサージの達人、これこそ異世界転生特典。
だと思っていたのだが。
「か、かてぇ……お爺ちゃんの肩が岩の様だ。ていうか筋肉がすげぇ! 岩が詰まってるよコレ絶対!」
本当にお爺ちゃんかよと聞きたくなる程、もりっもりの筋肉。
嘘だろ、今の俺のちっこい手では全く効いている気がしない。
「スー? ――」
ちょっと困った笑みを浮かべているグラベル。
無理するなとか言われている気がして、何故かムキになってしまった。
「やったらぁぁ!」
もはや意地など張っていられない。
コレが俺の力だと証明させる為、見栄えを度外視してグラベルの肩に肘を押し当てながらグリグリグリ。
体重を掛ける様にしてひたすらゴリゴリ、時に横に滑らす様にしてマッサージ。
これで老廃物とか言う代物も何処かへ行くはずだ、多分。
詳しくは知らん、マッサージ自体家族にしかやった事無いし。
「だぁ! おらぁ! ていやぁ!」
『お前……それ疲れねぇか?』
「めっちゃ疲れる!」
今ではグラベルの膝の上に居るビルが呆れた瞳を向けて来て、ムムもお爺ちゃんの頭の上で俺の事を不思議そうに眺めていた。
だがやるしかないのだ、コレが俺の真の力と証明するために。
女性陣は良かった、基本柔らかかったから。
シャームはリリシアより筋肉質だったが、でも表面は柔らかいのだ。
でもグラベル、コイツは厄介だぜ。
もはや岩だ。何度でも言うが岩だ、岩マッチョだ。
しかしながら続けていれば多少効果が出て来たらしく、段々と……本当に少しずつ柔らかくなっていく肩。
来た来た来たぁ! なんて、何故かテンションが上がり始めひたすらグリグリ。
肘が疲れてきたら、今度は握力が足りないながらも手でモミモミ。
相手が物足りなそうな様子を見せた瞬間に握り拳で肩を叩く。
どうだ、コレが俺の力だ! などとドヤッっていれば。
「スー、――」
お爺ちゃんはちょっと泣きそうな瞳で微笑み、俺の頭に掌を乗せて来たのであった。
はて? 泣く程だった?
思わず首を傾げてしまったが、嫌そうな様子は無いのでとりあえず続行。
なんだか、本当に何となくだが……グラベルが随分疲れている気がして。
今までよりまったりとしたペースに落としながら、女性陣二人が起きるまで肩もみを続けるのであった。
ちなみに俺は、翌日筋肉痛になった。




