(閑話)ロボロフスキーとの薬草販売契約
薬草の販売に関する契約書を作るコレハとロボロフスキー。
もちろんナイアトホテプ侯爵ヤルコットも立ち合いで、しっかり条件を煮詰めていく。
「してコレハ嬢。こちらのキヤスじゃが、これくらいの販売値段でどうかのう?」
「ふむ」
そこに書かれていたのは現在の薬草の約半分の価格である。
効能を考えれば妥当な価格といえよう。しかし、コレハは首を横に振った。
「ロボロフスキー先生。折角ですが、この価格では頷けませんわ」
「ふむ? やはりもう少し利益がある方がよいかの」
「いいえ」
ニコリと微笑み、コレハは試算された価格の一番下の桁を消した。
「なんと……!? コレハ嬢、本気か!?」
「私、このキヤスはとーってもたくさん広まって欲しいんですの。利益は私のお小遣いになる程度に出れば十分ですわ」
「……お、お嬢様! なんと……なんと……!」
ロボロフスキーはその慈悲深さに震え、目端に涙を浮かべる。
そう。お金も欲しい。確かに欲しい。
しかしコレハはそれ以上に、このキヤスを飲んで苦さに悶絶する表情が広まって欲しかったのである!
しかも――
「(うふふ、ロボロフスキー先生。莫大な利益が見込めそうだったのに一気に薄利になっちゃって可哀そう! 泣くほど悔しいのですわね! まぁ私も巻き添えだけど、元がタダみたいなもんだしノーダメですわぁ!)」
ロボロフスキーの表情を見て、コレハはにっこりと悦に入った。
そのコレハの柔らかな笑みを見て、ロボロフスキーは更に聖母かと感動し、利益を得ようとしていた自らの行いを恥じて顔を赤くした。
「分かりました。そうとなればこの老骨の利益は一切要りませぬ! せめて我が取り分をお嬢様に献上いたしましょう」
「あら? そうですの?……断るのも野暮ですわね。ありがたく頂戴しましょう」
ふっ、顔真っ赤ですわ! ヤケになりましたわね! とコレハはしたり顔で頷いた。
お金が貰えるならそれはそれでやっぱりありがたいので。
これで契約成立――と握手を交わそうとしたその時、ヤルコットがスッと手を伸ばして握手を妨げる。
「なんですのお父様?」
「侯爵殿。邪魔をしないで頂きたい!」
「うーん、二人の心意気は素晴らしいと思うのだけれども……さすがに既存の薬草の20分の1はどう考えても赤字だから、もう少しちゃんと計算しないかい?」
おおっと。流石に桁を削るのはやり過ぎだったようだ。
「……赤字はマズイですわね」
「そうですな。恒久的に続けていくには、利益が出なければ不健全ですじゃ」
うんうん、と頷く二人を見てヤルコットはやれやれと肩をすくめた。
「ええ。そしてロボロフスキー先生も、利益を得ないのは責任も放棄するという事。ですから、多少は受け取っていただきたいのですが」
「むむ、そう言われては仕方ありませんな」
かくして、ヤルコットの調整を経てキヤスの売買契約は成立。
一応、最初の価格よりは安くなったし、3人に利益がきちんと入る額で落ち着いた。
さすが、現役侯爵はやり手である。
尚、後日の話ではあるが、「自分の作った薬草が使われるところを見てみたい」というコレハの希望により治療院への視察が行われた。
治験者はキヤスの苦さに顔をしかめつつ、自分の作った薬草が十全に効果を発揮するのを見て満足げなコレハの慈愛に満ちた表情を見て「侯爵令嬢は聖女なのでは?」とちょっとした噂となった。




