お金が欲しいですわ!
「お金が欲しいですわ!!」
翌朝、起きて早々コレハはそう叫んだ。
何をするにもお金は大切。そう思い至ったのだ。
「国外追放されるにしても、お金があって困ることはないはずですの。現金があれば何でもできる! あれやこれも、いち、にー、さん、パーッっと!」
こぶしを突き上げてお金の妄想をするコレハ。頭に思い描くは札束風呂――この国は金銀銅貨が流通しているので、金貨風呂になりそうだ。
うん、普通に重そう。圧迫マッサージかな?
「(それに、そろそろ他人の不幸を摂取したい……悪役令嬢の本能がうずくのですわ!)」
記憶を得てからこの方、コレハは良い子ちゃんすぎた。
しかしコレハは悪役令嬢。人の不幸は蜜の味。そろそろ不幸の蜜をペロペロ味わいたくてたまらなくなっていた!
これではざまぁ系ではなく断罪系の悪役令嬢まっしぐらである。……合法的に、恨みを買わないように不幸を味わう必要がある。
そこで、お金があれば、多少不幸な目を味わわせた後に札束ビンタで円満解決もできるだろう――硬貨だから銭投げだろうか。痛そうだが、それがもし金貨なら相手もニコニコで許してくれるさ。きっと。
つまりは、お金が欲しい!! に帰結する。
「お嬢様。欲しいものがあるのであれば、旦那様におねだりしてはどうでしょうか?」
「エマ、私が欲しいお金はお小遣いとかそういうモンじゃないのです。私の差配で右から左へ好きに動かせる、私だけのお金なのですわ!」
「お嬢様が難しい言葉を……! で、それはつまりお小遣いではないのですか?」
「もっと大きなお金が欲しいのですわ。商売、そう、商売をしますの!」
「侯爵家のお嬢様のお小遣いともなれば、小さな店の一つや二つは買えそうですけど」
「……ぱ、ぱねぇー、ですわね」
改めて貴族の凄さを思い知らされるコレハ。
「でもほら、お小遣いって結局お父様のお金、ひいては民からの税金でしょう? そんなの汚い事とかに使いにくいじゃないの」
「汚い事、ですか?……例えば?」
「ええと……買い食いとか!」
「お嬢様って以外と純粋だったんですね」
流石に札束ビンタとは言いづらくなんとか誤魔化そうとしたが、これだとまるで「『あいつ、俺達の金でデザート一品追加しやがった!』とか思われたら恨みを買うかも!」とか考えているようになってしまった。
「それで、お嬢様は自分でお金を稼いで、なんの気兼ねもなく贅沢したい、とお考えなわけですか」
「ええ、大体その通りですわ! エマも私の事がわかってきたようね」
ふふん、とコレハは得意げに鼻を高くする。
心の中の前世じゃないコレハが「え、愚民共から搾り取った金使って別に良くない? むしろ愚民共の悔しがる顔が見たいですわー」とか言ってそうだが。
さすがにそれは破滅待ったなしだろうとブレーキをかけておく。
「大変素晴らしいかと思います。で、その商売は何をするんですか? 元手は?」
「……最初だけお父様におねだりするとしますわ!!」
家のモノを勝手に売ったりするのは、流石にダメよねぇ、とコレハは素直にヤルコット侯爵におねだりすることにした。
* * *
そして、手に入れたのがこの畑である。
屋敷の庭の片隅、とはいえかなりの広さを畑として使ってよいという許可を得て、早速庭師に頼んで、土魔法でがっつり畑にしてもらったのだ。
雑草もなく、むき出しの黒い土が畝うねになっており、すぐにでも作物を植え付けられそうである。
侯爵家の優秀な庭師が一晩でやってくれました。結構な額の特別手当も支給された模様。
「あの、お嬢様。なんで畑を……? 商人を雇うとかそういうのではなく?」
「? 畑なら何度でも作物を穫れて、お得だからですわ!」
コレハ的には、畑は時間経過で何度でも商品が生えてくる無限財源だと考えている。
手入れこそ必要だが、それは作物を売ったお金でペイできるはずだ。
あと侯爵令嬢のコレハは、庭師に頼んで手入れしてもらえばいいだけだ。……多分当面追加手当を払うのはヤルコット侯爵だけど。利益が出てきたらコレハから出しても良い。
「まぁお嬢様の畑だし好きにしたらいいと思いますよ? それで、この畑で何を育てるんですか?」
「フフフ。我に秘策アリですわ! これですの!」
そう言ってコレハが取り出したのは、その辺に生えてる雑草であった。根っこに土がついている雑草を、乱暴にわしづかみにして取り出したコレハ。
「……あの。これって雑草じゃ」
「雑草という名前の草は無いのですわ!!」
びしぃ! とエマに指と雑草を突きつける。
「この草は私が魔法で見つけた、魔法の草ですの!」
「えぇ? 本当に? 食べたらお腹壊すやつでは? その辺に生えてるやつですよね」
「うふふふ。私、植物図鑑で調べましたの。これは薬草なんですわよ!」
「……これがぁ?」
怪訝そうなエマ。当然だ、なにせどう見てもその辺に生えてる草なのだから。
「ベック。ベーーック。この草を見て頂戴!」
「はいお嬢様、およびで」
パンパンと手を叩き庭師のベックを呼ぶ。そして草を見せた。
「これを育てたら売れると思うのだけど、どうかしら?」
「……これは野良薬草のキヤスですね。芽に薬効があるらしいですが、売れるとは……ん? いや、まってください。これはかなり、やけに上質ですね?」
野良薬草。それは一応回復効果の成分はあるらしい、薬草の端くれのような存在の草の総称。樽1杯分でほんのちょびっとだけ回復するらしい程度のもの。その中でもこのキヤスはわりとその辺に生えている雑草でもあった。
しかしコレハはこれに目を付けた。
――薬草って私の毒魔法で強化できるのでは? 薬も過ぎれば毒となるって言うし。
そしてなんか成功してしまったのである。
なにせ魔法はイメージ。できると思ったときには、わりとできるのである!
しかも元が貧弱な分、毒魔法の強化で丁度いい程度の強化具合となってくれた。
さらにキヤスは元々はその辺に生えてる雑草なので、生命力も強く育てやすいはず。
お手入れ簡単ってコト!! 一石二鳥!!
そしてこれはコレハ的に大事な事なのだが――この強化キヤス、とても苦い。
試しに軽く口に含んだだけでウォエッとお嬢様にあるまじき顔になってしまったくらいだ。
強化キヤスが広まれば飲んだ連中も『オエッ!』と苦々しい顔になること間違いなし。
心の中のコレハも「苦悶の表情はさぞ見ものでしょうねぇ! オーッホッホッホ!」と楽しみにしていると思う。
つまりは! 一石三鳥だったのだ!!
「へぇー! お嬢様のイモ魔法って、薬草にも効いたんですね」
「水魔法! 水魔法ですわよエマ! 薬草の中の水分をなんかこう良い感じにアレしたのですわ!」
対外的には水魔法なのですかさず訂正するコレハ。
「それで、どうですのベック。売れそうかしら?」
「少々お待ちください。鑑定します――植物鑑定!」
侯爵家の優秀な庭師であるベックは、植物限定で使える鑑定魔法を覚えていた。
そして、驚いた。
なんと、普通にポーションとして使われる薬草の半分程度の薬効が、芽でもないこの草全体にあるという結果が出たのだ。つまりたった2本で、通常の薬草1本分になるということだった。
「……おお! これは売り物になると思います!!」
「むふふん、そうでしょうそうでしょう。そして出来た薬草はお父様の伝手で売ってもらうのですわ!」
「結局そこは旦那様頼りなんですね」
それはまぁ最初は仕方ないだろう。しかしいずれは独立し、コレハ独自の財源となってくれるはずなのである!
元が雑草なので実質タダ! それがお金に化けるのだ!
濡れ手に粟、ウハウハである!
「で、これを増やして売るとして……他の野良薬草はどこにあるのですか? 1株だけじゃ流石に増やせませんよ? できるだけ多い方が増やすのも簡単ですけど」
「……おっとぉ?」
このだだっ広い畑に対し、強化野良薬草は現在1株。……元とする薬草は、コレハが1株1株手作業で強化しなければならない。
果たして、この広い畑の、せめて半分を埋めるほどに用意するには、何株に魔法をかけなければいけないのか。
「……さ、最初はもっと小さい畑で十分でしたわね……!?」
「いきなり大きい畑をおねだりしすぎましたね、お嬢様」
その後、コレハは3日かけて畑の4分の1程の量の野良薬草を強化した。
……あとはベックがどうにか増やしてくれるとのことである。
優秀な庭師様様ですわぁー……! と、お嬢様はぐったりしながらも親指を立ててベックを讃えた。
(※尚、強化は種にも無事引き継がれてくれた模様。原理は知らん)




