悪役令嬢のスペック・毒魔法の特訓ですわ!
ゲームにおけるコレハは、毒魔法使いであった。
悪役令嬢らしいといえばらしいのだが、貴族令嬢としてはどうなのだろう。
とはいえ、少なくとも鍛えればゲームのコレハ程度には、いや、それ以上に魔法が使えるのは間違いない。
そう確信して、コレハは修練場にて毒魔法を使おうとした。
「……えーっと」
「お嬢様、魔法の特訓とは何をするのですか?」
しかし、何をしたらいいのか良く分かっていなかった。
前世と今世の記憶を合わせてみても、さっぱり分からない。
ゲーム『かお☆みて』において、コレハの毒魔法はコッソリ使われていた。
だって毒だもの。
堂々と毒を入れて、それを飲む馬鹿がどこにいる? いや、使用人に飲ませて苦しむ姿を楽しんだりしている、というエピソードはあった気がするけど。それもヒロイン――プレイヤーの視点からは預かり知らぬ事。
故に、どうすれば毒魔法が使えるかとか、まだこの世界でも習っていないコレハには分かるはずもないのだ。
「(くっ、悪役令嬢の投げつける毒の玉を避けたり撃ち返したりするミニゲームとかがあればよかったのに!)」
もちろんそんな何とかセイバーみたいなミニゲームもなかった。
が、コレハはもうすっかり魔法を使う気になっていた。
だって! 折角魔法のある世界にいるんだから、本物の魔法を使いたくなるじゃない!
「(やっぱり今から運動する、というのは負けたようで嫌ですわ! 私、カレーが食べたい時にシチューで妥協するようなお安い女ではなくってよ!)」
――と、ここでふと思い返す。
確かにコレハが魔法を使うシーンはなかったが、ヒロインが魔法を使うシーンはあったのである。
とはいえ、ヒロインの使う魔法は聖属性という特別な物。それが果たして毒魔法の参考になるかどうかといえば、甚だ疑問が残るところ。
だが試す価値はある。
「……聖なる祈りよ、我が魔力に応えよ――ホーリーライト!」
しかし、何も起こらなかった。
そりゃそうだ、この世界において魔法は適性が無いと使えないのである。
「あの、お嬢様……」
「~~~ッ」
エマの視線が生温かかった。それはまるで、魔法少女にあこがれる女の子が玩具のステッキで変身ポーズを決めているのを眺めるような、そんな微笑ましい視線だった。
「わ、わかってますわよ! 適性、適性が無いと使えないんですわよね!?」
「はい。それに、お嬢様はまだ適性検査をされていなかったと思われますが……」
「そ、そのっ、私、自分の事は自分でわかりますもの!」
言ってから、なら聖属性が使えないのに聖属性魔法を使おうとしたという恥ずかしい事になっていると気付き、コレハは顔を赤くする。
「……ちなみにエマは何属性なんですの? 良かったら見せてくださらないかしら」
「私は水属性です。水よ、我が魔力に応えよ――クリエイトウォーター」
ぱしゃん、とコップ一杯程の水が地面に落ちた。
「……ふむ、なるほど、なるほど。ありがとう、参考になりましたわ」
まじまじと地面のシミを見つめるコレハ。
「(要は、属性云々と、『我が魔力に応えよ』という詠唱、そして呪文の組み合わせですわよね。あら、これ結構単純なのではないかしら?)」
あとはイメージ力でカバーとか、そういう話なのかもしれない。
とりあえず思いついたらやってみよう。女は度胸!
「……火よ、我が魔力に応えよ――クリエイトファイア!」
しかし、何も起こらなかった。
「あの、お嬢様。お嬢様は火属性なのですか……?」
「……本当に適性がない魔法はつかえないのかな、と思っただけですわ! ほら、聖属性は特別過ぎてアレですもの!」
「な、なるほど。そうでしたか」
言ってから、適性検査を受けていないのに何故知っているんだと言う言い訳を言っておく。幸いエマは特に気にしなかったようだ。
「……ですが、火魔法であれば火のない場所では使えないかと」
「そうなの?」
「はい」
なんということでしょう。魔法は、その要素がない場所では使えないらしい。
水であれば空気中に水分があるから行けるんだとか。
「……大地よ、我が魔力に応えよ――クリエイトクレイ!」
「だから適性が無いと使えないんですってお嬢様」
「ええ、分かってますわ。試しただけですわよ」
やはりダメだった。こうなると、適性がない魔法は使えなさそうである。
「(……でも、『じゃあ毒薬を用意して』なんて言えませんわよねぇ)」
メイドがそんなホイホイ毒を用意出来たらそれはそれで問題である。
そもそも、ゲームのコレハはそんな風にメイドに毒薬を用意させてたから、あっさりメイドに毒を盛られてしまったのではなかろうか。
そもそも毒属性っていうのも外聞が悪そうな気がするし、あまり大声で言わない方がいいかもしれない。今は使用人を味方につける時期。毒魔法の使い手と言って怖がらせるのは悪手だろう。
「(……あれ、でも空気中の水分を集めたところで、あの量の水にはなりませんわね)」
そう。仮に空気中の水分だけをあの量になるまで集めたとすれば、この場所は今砂漠以上に乾燥しているはずだ。けれどそうでもない。
であれば、そこは魔力でいいように補完してるのだろう。(元々『かお☆みて』はそういう設定方面に力を入れた作品というわけでもなかったし)
だがそれはつまり、この場合の要素というのは「触媒」――それ自身は反応せず、あるだけで良いという代物――で十分なのではないか。
「(なら、少量の、わずかでも毒があればいいはず……そうですわ!)」
天才的発想だ。コレハはそう自画自賛し、エマに向かってその調達を頼む。
「エマ。芽の出ているジャガイモを持ってこれますか?」
「え? じゃ、ジャガイモですか。厨房に尋ねてみないと分かりませんが……」
「お願い。聞いてきてもらえる?」
「はぁ、分かりました。ここでお待ちいただけますか」
「ええ。いくらでも――は無理だけど、1時間くらいなら待つわ」
「そんなにかかりませんよ。では行ってきます」
わずかな毒でも毒は毒。芽の出た、あるいは日光を浴び緑色になったジャガイモには、ソラニンという有害物質が含まれる。
そう、コレハはどこにでもある天然毒素に目を付けたのだ。
幸いこの世界は乙女ゲーということもあり、食文化は日本級に充実している。ジャガイモの発見による生産チートはできないが、代わりにジャガイモはどこでだって手に入るお安い食材なのだ。
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか」
そうしてエマが持ち帰ってきたジャガイモ。それはバッチリ芽が生えており、しかもほんのり表面の皮が緑色になっていた。完璧な毒ジャガである。
「ええ! これよ、これを待っていたの。ありがとうエマ」
「そんなのをどうするんですか? ま、まさか私に食べさせ――」
「そんなことしませんわよ! どく――」
毒魔法、と言いかけて、やはり毒魔法は外聞が悪そうなのでここは隠すことにする。
「ドクダミ茶が飲みたいですわぁー」
「えっ、唐突ですね……今すぐご用意するのは難しいですが」
「ならしかたありません、良く考えたらそこまで飲みたくもありませんでしたわ」
「は、はぁ……」
間抜けな事を言い出したコレハに振り回され、疲れた表情を浮かべるエマ。
ともあれ、これで触媒は手に入った。芽の出たジャガイモを掲げ、コレハは――小声で呪文を呟いた。
「……毒よ、我が魔力に応えよ――クリエイトポイズン」
お試しだからなるべく強くない毒を――そう願ったコレハ。
直後、ふわりと透明な液体がコレハの手の上に現れた。そして、ぱしゃんと重力に引かれて落ちる。
「(おおっ、成功……って、あわわわっ! 毒が、毒が手についてしまいましたわ!!――んん??)」
くん、とニオイを嗅ぐ。どこかツンとして、スーッとするような、それでいて鼻の奥が温かくなるようなニオイ。――これは。
「……お酒ですわ!?」
「ええ!? お、お嬢様、し、失礼……ほ、本当だ。酒精の香りですね……!?」
アルコール。言ってしまえば『人体に有益な毒』。
もちろん取りすぎれば身体を壊すのでまごう事なき毒であるし、コレハのようなお子様は摂取してはいけないと法律で決まっていた、少なくとも前世では。
「(もしや、イモを手に持っていたから、イモ焼酎が……ということですの!?)」
「お嬢様、これはいったい……え? み、水属性ですか?」
そう聞かれて、素直に毒属性ですと答えて良い物か改めて悩む。
そんなコレハの手の中には、芽の生えたジャガイモがひとつあって。
「えっと、その……あっ! イモ! イモ属性ですわよ!」
「イモ属性!?」
「そう! イモ属性なのです!」
咄嗟に出たその言葉は、大変酷い言い訳であった。
きっとアルコールのニオイで酔っぱらって正気を失っていたに違いない。




