断罪劇(3)
コレハはポシェットから手紙の束を取り出した。
「これは、殿下がヒィロに送った手紙ですわ!! 内容は……それはそれはもう、甘ったるくて! 砂糖吐くほどでしてよ!! これをどう弁明する気でして!?」
「ああ。ヒィロを使ってお前と文通していたヤツだな。……あまり見せびらかさないでくれ、恥ずかしいから」
「え?」
コレハは一瞬固まったのち、最初の、1通目の手紙を読み返す。
「……す、スミレの花のようだとか言ってますわよ!? 私そんな可愛くないですわ!?」
「可愛いが? 嘘だと思うならならそこのヒィロのどこにスミレの花要素があるか言ってみろ」
「……今日のドレスは紫色入ってますわね」
「はい! お嬢様の色、入れちゃいました!!」
「だそうだ。結局お前の色に帰結してるようだな?」
「まってヒィロ! それクルシュ様の色でなかったの!?」
「お嬢様の色です」
「私とナイアトホテプ嬢は従兄妹なので……色が似てるのは当然ですね」
従兄妹だもんなぁーーー! とコレハは頭を抑えた。
届くだろうか、と心配していたのも、『コレハに』というのであれば辻褄が合う。合ってしまうのだ。
「え、ちょっとまってくださいまし? 私と文通、と言ってました?」
「ああ。ヒィロに代筆してもらっていたんだろう?」
「……確かに私が内容考えてましたけど……! ヒィロ、あなた……貴族手紙の作法が分からないって言ってたじゃありませんの!?」
「え? やだなぁお嬢様。私、侍女としてお嬢様の手紙代わりに書くこともあるんですよ、貴族手紙の作法が分からないとか嘘に決まってるじゃないですか。でも殿下相手の手紙が書けないってのは本当でしたから!」
「私を……私を嵌めましたの!?」
「おいおいコレハ。あまりヒィロをイジメてやるな。……攻略対象とヒロインは、悪役令嬢を嵌めようとするものだ、と、そういう話だそうじゃないか?」
と、ハークスはコレハにそう言った。
「確かにそうですが……、え? って、え!? ヒィロ、あなた……そこまで話しましたの!?」
「すみません、相手が王族で逆らえず!」
「ああ。その点については強要してしまった。すまなかったな二人とも」
なんてこと。これではざまぁが……ざまぁができない!
というか。
「このこっ恥ずかしい愛の言葉は、私に送られてましたの!?」
「……こっ恥ずかしいとか言わないでくれ。お前の事を想って、頑張って考えたんだぞ」
手紙で提案した政策とかも、きちんとコレハの名前で陛下に伝わっているらしい。
なにより、あの愛の言葉や、知性を褒める言葉が、ヒィロではなく自分へのものだったと気付いて……コレハは顔を赤くした。
胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。なにこれ、知らない。人の不幸を味わっている時とはまた違う高揚感。
思えば、まともな王族として成長したハークスが、こうして膝をついて愛を乞うとか……相当下手に出てる。並の貴族の這いつくばっての懇願に相当するかもしれない。……と、コレハはそう思えてきた。
「……分かりました。分かりましたわハークス様。百歩譲って、私の事を妻にする気だというのは認めましょう」
「うむ」
「しかし! 王家としては……『聖女』を妻にしたいと思っているのではありませんか? そう。聖女を正室に、私を側室に。先ほどの聖女宣言、そういう事では?」
『聖女』を妻にする。それは、王家の宿願であり、細かい説明は省くが、聖女から拒否されない限りアプローチしない事はあり得ない。そういう設定である。
(細かい説明は省くというか、なんかそういう設定だったけど詳しくは覚えてないだけである)
「ああそのことか。安心せよ。俺は確かに『聖女』を妻にする気ではあるが、ヒィロを妻にする気は一切ない。お前だけだ、コレハ」
「……どういうことですの??」
首をかしげるコレハ。ハークスはその手を掴んだまま立ち上がり、コレハを抱き寄せる。
「皆! とても喜ばしい発表がもうひとつある!――今代の聖女は、2人いるのだ!!」
「え?」
「皆も聞いたことがあるだろう。『薬の聖女』の名を。しかしこの聖女はただの素晴らしい女性を指す言葉で、本物の聖女ではない――と、思っていただろう? 否! 彼女もまた、本物の聖女であったのだ!!」
そこにクルシュにエスコートされたヒィロが寄ってくる。
「はい! コレハ様こそ、私に力を与えてくれた、『真なる翼の主』にして、『大聖女』!! 私の力はコレハ様に授けられた恩寵の一端にしかすぎません!! かの魔王封印魔法もコレハ様との共同発動だったのです!!」
「――このとおりだ! 『片翼の聖女』の真なる翼。『三翼の大聖女』にして『恩寵の聖女』こそ、我が婚約者、コレハ・ナイアトホテプであると!! ここにいる2人の聖女が揃って『聖女』であると!! 『恩寵の聖女』コレハ・ナイアトホテプは我が婚約者改め、我が妻コレハ・ダイードとなることを、ダイード王家、王太子の名において宣言するッッ!!! これは陛下も承認していることだ、祝え!!!」
ハークスはコレハの隣に立ち、さらにぎゅっと抱き寄せてそう言った。
情報が混線しすぎだ。三翼の大聖女とは一体???
「……は?」
その宣言に、一拍遅れて、コレハ以外の者が「わぁああああ!!!!」と沸き立った。
コレハだけが置いてけぼりだった。
「え? え??」
「コレハ。皆が祝福してくれている。幸せな王家を築こうな」
「……王太子になりますの? いえ、聖女を娶るならそうなるのはなんとなく分かりますけど……」
「なる。聖女コレハを娶るからな。義父上、陛下も了承済みだ」
根回しも完璧であった。知らぬはコレハだけ……?
「……ざ、ざまぁは……私のざまぁはどうなりましたの……!?」
どうしてこうなった。
いままで、ざまぁのために積み重ねてきていたはずなのに……日々のぷちざまぁを糧に、頑張ったのに……
……あれ? もしかして、小出しにし過ぎた……?
なんということ! ざまぁは小出しにして、尽きてしまっていたのか!?
つまり……もう、ざまぁ、できない……ざまぁ、残っていない……!? ざまぁ無いよってコト!?
「うう! 私……これからどうしたら……」
「……おっと、コレハ。あちらは見ない方が良い。皆が祝福してくれているとは言ったが、例外はあるようだ」
「ん?」
ハークスの言葉に、見るなと言われた方をつい見てしまうコレハ。
そこには、嫉妬に顔を歪める女性たちが居た。
「!!!」
ハッとするコレハ。
ハークス第一王子殿下という優良物件の妻になることを、こんな大々的に宣言されて――嫉妬しない女が一人も居ないなどありえない!
あっ、いい! すごくいい! もっとその顔を見せて!
脱力していたコレハの気分が高揚する。ざまぁはまだ尽きていなかった。
否! ざまぁは不滅なのだ! 人が人であるかぎり、第二第三のざまぁは現れる!
「さて、あのような連中は王子権限でなんとかしようか――」
「いえいえハークス様。その必要はありませんわ。私が自分で対処したく思います」
「そうか?……困ったことがあれば何でも言えよ。俺はお前の力でもある。存分に使っていいからな」
「ええ、では、もっとぎゅっと抱きしめてくださいまし?」
「こ、こうか?」
ハークスにぎゅっと抱きしめられると、女たちの嫉妬顔はさらに険しくなった。
あああ最高! 嫉妬の視線が気持ちいいーーー!!
砂漠と化していた心に、豪雨が降り注ぎ森が生まれた。
そうだ、切り替えよう。
失敗したざまぁより、目の前のざまぁだ!! 不滅なら今後もどんどんざまぁを狙っていっていいに違いない。
「ええ、ええ。こうして幸せを見せつけてやるのが、一番の対処ですわ。ハークス様」
「そ、そうだな。気恥ずかしいが……あのような些末な者に一々構う時間が勿体ない。何かあった時に対処すれば十分か。ううむ、恥ずかしいが、これが一番の対処というなら仕方ない……くっ」
その顔もイタダキですわぁーー!!! コレハはドクンと胸を高鳴らせた。
「ほ、ほら、あいつらに見せつけてやりましょう! なんなら胸に手を突っ込んでくださいまし? 婚約者ならギリギリ許されるボディタッチでしてよ」
「そこまではしないぞ!? というかギリギリ許されんわ! 何を言ってるんだお前っ」
「うふふ! 冗談ですわ。うふふふ。そういうのは学園を卒業するまでお預けですわねぇ?」
「う、うむ」
顔真っ赤! お顔真っ赤でしてよハークス様! と自分の顔も赤くなってるのは棚に上げてテンションがどんどん上がってくるコレハ。
「……なあコレハ。今後は学園内でもお前の側に居させてくれ。ああいう輩はどこにでも湧く。お前を守れるようにしたいからな」
「ええ! そうしましょうそうしましょう! 見せびらかしてやるのですわ!」
新たな学園生活を想像し、コレハはウキウキしてきた。
王子へのざまぁはできなかったが、これはこれで……! 国中の女の嫉妬の的! よく考えたら中々の立場ではありませんか! たーのしぃーー!!
「折角バリカンも用意してましたのに、使う機会ありませんでしたわね……!」
「用意してたのか。お前がやりたいなら俺の髪くらい刈っても良いぞ?」
「……いや、それはやめときますわ」
見せびらかすトロフィーは見栄えが良い方が良い。あえて目の前で相手が欲しがっているモノを損壊してみせるというのもアリではあるが、ハークスの事は長く使う予定なのだから。
そう、多分一生。
一生、自分の隣に置いて見せびらかすのだ。
そして一生からかい倒してやることに決めた。
だって楽しいから。
「あ。そうだ王子。私を妻にするからといって、側室を娶らない、とは宣言しなくても構いませんわ。むしろ、門戸だけ開いたままにしておいてくださいます?」
「む? どうしてだ。俺はお前以外の妻を娶る気はないぞ」
「だって、そのくらいの希望は持たせてやるべきですわ?……それとも、ハークス様は私以外の女に靡くといいますの? ねぇ? 行動で証明してくださいますわよね? ねぇ?」
「……お前が望むなら、そうしておこう」
そういうことに、なった。
あとケンホは途中から話について行けずポカーンとしていた。
とってもあわれ。
「ところで三翼ってなんなんですの???」
「とりあえず医療、魔道具、人材育成だな。ヒィロはお前を支えるささやかな一翼でいたいそうだ。……あと大聖女なら六枚くらい翼あるだろうと言ってたが三翼に抑えさせた。さすがにヒィロとのバランスが悪すぎるしな」
「……お、おう」