断罪劇(2)
全く思い通りに行かない展開に、コレハは焦った。
「くっ、こうなったら……私はその聖女を階段から突き落としたのですわ!!! そうですわよね、ヒィロ!!」
「……そうなのか?」
「え? あー……ハイ、階段カラ突キ落トサレマシター」
こんなこともあるかもしれない――と、そういうわけではなかったのだが、一応やるだけやっておくかとこっそり安全を確保した上で突き落とした事実だけ用意していたのである。
尚、目撃者は誰も居なかった。怪我人も居なかった。本当にちょっとやってみたかっただけだったので。
できればヒィロには王子に誤解するような伝え方をしてほしかったのだが、良い感じの手口が思いつかなかったのでお蔵入りにしたのである。
「まぁ怪我はなかったんだろ?……で、何段目から突き落とされたんだ?」
「……1段でした。いくわよー、押しますわよー、せーのって声かけてくれるお嬢様可愛かったです……!」
「ちょっとヒィロ!! あなたどちらの敵でして!? 聖女の自覚ありますの!?」
「ごめんなさい! 私はもう、耐え切れません……!!」
ここでヒィロが泣き崩れた。
お、ちょっとこれイジメてるみたい! やったぁ! と思いつつ、言動がそうじゃないだろうと頭を振るコレハ。
「だって私、もうお嬢様大好き過ぎてぇ!! 殿下に黙ってろって脅されてたんですが……実はもうバレちゃってたんです!!!」
「……バレ、は? ちょ、ちょっとまってくださいましヒィロ!? バレちゃってたって……」
「私がお嬢様の侍女だと、ぶっちゃけ入学初日にバレてました!!」
ガーーーン、と、頭を殴られたかのような衝撃を受けるコレハ。
「おいおいヒィロ。それはさすがに黙っておけといったではないか?」
「ぐすん……すみません、お嬢様……!」
と、どこか親し気に話し合うヒィロとハークス。
……いや確かに親し気だったからそこに違和感はないんだけど。
ヒロインと攻略対象が仲良さげなのは当初の予定通りなのに、まったく予定通りじゃない。
コレハは絶望した。
手玉にとっているつもりが、手玉に取られていた――
――これでは、断罪されてしまう……?
いや、それでも! 断罪される謂れはないはずだ!
そのために、コレハは積み上げてきたのだ! 正当な理由を! 回避フラグを!
時節の挨拶や誕生日プレゼントだって贈ってあり、婚約者の義務にも抜かりはない!
ハークスからもドレスを贈られたりしてるしエスコートもサボられていないので五分五分だが……少なくともコレハは悪くないのだ!
「ふ、フフ。しかし殿下。私を断罪はできませんわねぇ……? なぜなら、私には、何の非もありませんもの!」
「ああ、そうだ。色々噂が流れていたようだが、これまでのやり取りでそれは全て消滅しただろう」
「そう! つまり、私と別れるとしても有責は殿下のほうにしかありえないのですわ!!」
「そうだなコレハ。普通にお前が、俺の婚約者として何の問題もないということが証明されただけの話だ」
「ん?」
すんなり認められ、首をかしげるコレハ。
「そもそもコレハは王子妃教育も完璧だし、この噂以外に傷はなかった婚約者だからな。悪いところがあるとすれば俺の方だな?」
「え? ええ。そうですわね…?」
普通に褒められて戸惑うコレハを見て、ニヤリ、とハークスが笑う。
「さて! 皆の者、これが『悪行』の真実だ! 分かったか、すべての噂は誤解であったのだ! これで我が婚約者になんの傷もないことが証明された! それを我が婚約者も俺も認めた! 皆が証人だ!!」
改めて周囲にそう呼びかけるハークス。
パーティーの参加者は「確かにあの噂は不自然だった」「なんだのろけか」「ナイアトホテプ嬢は生徒会でも優秀だと聞くしなぁ……」と納得している。
「え!? 真実って……そういう、こと、ですの!?」
「そういうことだ。――コホン。皆が卒業するにあたり、そのあたりの勘違いをしたままにして欲しくなくてな、このような茶番をさせてもらった。そして――」
「え?」
ハークスは、コレハの前に跪く。
「コレハ。婚約関係はもう終わりだ」
「……先ほど、私になんの傷もないと証明されたばかりですが?」
「ああ。コレハになんの傷もない。つまり――誰もが、コレハを俺の妻として認めてくれるということだ。では、結婚しような」
「……はい???」
首を傾げた。
コレハに向かって、ハークスは愛を乞うように見上げ、手を伸ばす。
「コレハ。これからは妻として、俺と共に歩んでくれるな?」
「……え? 聞いてませんわ?」
「婚約関係をショウカするぞと尋ねただろう。良いって言ったじゃないかお前」
「それ言い間違いでなかったの!? てっきり解消を言い間違えたのかと……ショウカってどのショウカでして?」
「まぁそう間違えると思ってあえてチョイスしたからな。昇華……ある状態から、更に高度な状態へ飛躍することを意味する昇華だ」
婚約状態からさらに高度な状態へ……それはつまり、婚姻関係ということ。らしい。と、コレハは気付いた。
「……!? え!? 私、プロポーズされてましたの!?」
「フッフッフ、その通りだ。ついにお前を出し抜いてやった……感無量だな」
「ハークス様……!?」
「なんだ? それとも、俺に非があるか?」
そう言って跪いたまま、器用に1歩距離を詰めてきた。
コレハの手を優しく捕らえるハークス。
「……! そうだ、契約! 殿下、あなた私との契約を覚えてまして!? 異性に触れたら罰金の契約を!! あれに違反――――……してませんわね」
「してないが?」
していなかった。今ヒィロの側にいるのはクルシュである。ハークスはコレハしか見ていない。
「あの。そういえば私殿下から一度も罰金を頂いていませんけど」
「そりゃ、一度も違反していないからな?」
「……なんでですの!?」
「契約を守るのは大事だと、お前が俺に教えてくれたんだろうが」
「ガチですの、ヒィロ!?」
「ガチですお嬢様。殿下は手袋越しでも私に指一本触れたことありません。握手すらクルシュ様が代行しています……!」
ヒィロがそういうなら嘘ではないのだろう。
「……えー? じゃあダンスの練習とかどうしてましたの?」
「クルシュとかに付き合ってもらってたぞ。あとダンスの講師も男にしてもらった。ここは第一王子としての権力を使わせてもらったがな。ここ数年は母上とも非接触だ」
本当にもう、どうして、どうして? とコレハの頭の中で疑問符がグルグルと飛び回った。
「……! そもそもが浮気防止のための契約! 浮気していたならそれはそれで問題ですわよ!」
「ほう、浮気? 俺が浮気していたと?」
「ええ! これを見るがいいですわ!!」
コレハはポシェットから手紙の束を取り出した。




