家の者を味方につけるのですわ!
目指すは『正当防衛ざまぁ』だ。そうと決まれば話は早い。
まずは味方を増やすのだ。世間知らずのお嬢様が一人でできることなどたかが知れている。
「お嬢様、その、入ってもよろしいでしょうか?」
「あら、その声はエマですわね。よろしくてよ、お入りなさい」
エマを部屋に呼び入れる。まずはメイド達から仲間にしよう。
そう思って見たエマは、手にフリフリのリボンが付いたドレスを抱えていた。
「お嬢様。御所望の運動着でございますが……こちらでよろしいでしょうか?」
「……随分と飾りが多いですわね?」
と、そう口に出してから「(でもいつもの服よりシンプルでつまらないデザインね)」と頭をよぎる。……なるほど、どうやら比較的運動向けのドレスという事らしい。
「も、もうしわけありませんお嬢様! すぐに違うモノをお持ち致します!」
エマは青い顔をして頭を下げる。
まずい。コレハはそう思って慌てて声を掛ける。
「お待ちなさいエマ!」
「は、はいぃ!」
エマは足を止めた。その顔は青ざめている。
いい顔だ、とコレハは思わすにやけそうになる。……が、堪えて微笑み程度にとどめることに成功した。
「(うーん、使用人がいちいちこれだとやりにくいですわね……)」
コレハの言葉にいちいちビクビクされていては、用事を申し付けても上手く動いてくれるか分からない。もちろん、最低限仕事として言われたことはするかもしれないが、そこにある意図を汲み取る、手足のような動きはできないだろう。
父親に隠れてコッソリと何かをするときも手伝ってはくれまい。
それに、心象の悪さはそのまま毒を盛られるフラグだった。
正当防衛ざまぁ計画を実現させるには、使用人の掌握は必須でもある。盛られるのは毒だけとは限らない。悪事の証拠も盛られたら、無罪ではなくなってしまうではないか。
むしろ都合の悪い証拠を率先して隠してくれる程に心酔してくれるのが理想である――あくまで理想なので、そこまでは求めないが。
「私、別にそれが悪いとは言ってませんわ。というか、それで良いです、いえ、それが良いです!……エマが私のために選んでくれた運動着ですもの」
「ふぇっ!? あ、は、はい……」
いぶかし気な表情をするエマ。まぁ、恐らく、普段――今までのコレハであればこのような使用人を慮るような言葉は掛けなかったのだろう。
仕方ない。少しずつ好感度を上げていくしかない。例えば前世の小説では他にどんな風に言っていただろうか。
「あー、その。私、心を入れ替えましたの!」
「はぁ、そう、なんですか」
「ええ、ええと。夢を見たのです。……使用人を大切にしないと、なんかこう、大変なことになるぞって! あれはきっと天国のおばあ様の忠告に違いありませんわ!」
「大奥様はご健在であらせられますが」
「まちがえましたわ! ひいおばあ様です!」
何を言ってるんだこの娘は、という視線を感じなくもないコレハだったが、ともかくこうしてアピールして、実際に使用人の扱いも改善したとなれば状況も変わっていくだろう。
「今までごめんなさいエマ。いきなり心を入れ替えたと言っても信じられないかもしれませんけど、ええと、そういうことですので」
「いえ……そう、ですね。かしこまりました」
まだ疑っている様子ではあるが、とりあえずは納得してくれたらしい。子供の気まぐれがいつまで続くのだろう、そんな返事だった。
が、まずは変わったんだとアピールするのが大事なのだ。実際、変わっているし。
「とりあえず、着替えさせてくださるかしら?」
「はい、お嬢様」
エマの持ってきた運動服に着替える。さほど重くなく、動きやすい柔らかな布で作られており、このまま寝間着にしたい程。なるほど運動服なんだなとコレハは軽く体を動かして確認した。
「うん、ありがとうエマ。良い感じですわ」
「いえ……時にお嬢様、運動着を着て何をされるおつもりで?」
「それはもちろん運動――」
そう言いかけてコレハはふと思い出す。この世界には魔法があるのだと。
ゲームではコレハは毒魔法が使えるという設定だった。
筋肉は自分を裏切らない。それは常に自分と共にある存在だからだ。
ならば、魔法の腕前も自分を裏切らないのではなかろうか。
あと、どうせなら魔法を使ってみたい。(本心)
「魔法の特訓ですわ! エマ、修練場? みたいなところはあるかしら。案内なさい!」
「えっ、あ、はい」
こうして、コレハはエマに案内され、ナイアトホテプ家の修練場へとやってきたのである。




