反省会。
寮の部屋に帰ってきた二人。
「オーッホッホッホ! 今日もまた殿下に格の違いを見せつけてやりましたわ!」
「見事なプチざまぁでした、お嬢様!」
「でしょう? でもサマー。いえヒィロ? あなた、私の事分かりすぎてない? 今日のは思い返せばだいぶギリギリだったと思いますわ」
ふぅ、殿下がバカで助かった、気付かれなくてよかった。と、コレハはため息をついた。
「た、確かにヒィロとしてはお嬢様と面識ない設定でした……でもあれはお嬢様が書式について話を振ってきたからでは!?」
「だ、だってまさかナイアトホテプ侯爵領以外では、これほどまでに書式の概念自体があやふやだなんて……前に王都の孤児院で見た帳簿は多少ちゃんとしてあったのに」
「商人はわりとちゃんとしてますからね、そういうの」
でも思い返せば線がガタガタだったかもしれない、と幼き記憶を思い返す。
「私はナイアトホテプ領出身ですし、ヒィロ・インもナイアトホテプ領の常識に染まってる感じでいいと思います」
「うーん、バレないかしら……」
「むしろ他の領地出身だと言ったらそこからボロがでますよ。実際よそなんて知らないですし」
「……まぁ、ウチの領地なら問い合わせが来たとしてもなんとでも出来ますし、都合もいいですわね」
仮に他領の出身だと偽ったとして、そこの領主子息が出しゃばってきたら面倒だ。
ヒィロは美少女ゆえに、接点があったらホイホイ絡んできておかしくないし。
「さて。ヒィロにはどんどんハークス殿下の篭絡に取り組んでもらわないといけませんわね」
「……はい、ゼンショシマス……!」
「なぁにそのやる気のない回答は。いつものサマーなら『やってやりますよぉ!』くらい言うと思ってたのですけど」
「アッ! ほら、今はその、ヒィロ・インの気持ちになってるんでッ! ちょーっと控えめにオドオドしてる方がそれっぽいかなって思いましてぇ!」
「あらそう?」
なら良いわ、と話を切り上げる。
「でもどうやって殿下を篭絡すればいいんでしょう?」
「なんかこう、身体押し付けたり……とか?」
「殿下、女性との接触避けてますよ? お嬢様と変な契約してたじゃないですか。それで」
「え。あれまだ覚えてましたの!?」
「あっやべ……じゃなくて、えと、婚約者が嫉妬深いからこういう契約があるんだ、と言ってました! 先日お昼休みの時に!」
「ああ。この間の。……早速そんな情報を漏らさせるほどに懐に入り込んだのね、やるじゃないヒィロ」
「えへへ、たまたまですよぉ」
頭を撫でられ、デレッと顔をとろけさせる。完全にサマーが出ている。
「でもよく考えたらゲームでも身体接触はほぼなかったですわね」
「そうなんですか?」
「ええ。てっきりVRで接触して感触がなかったら興覚めだというシステム的な都合だと思ってましたが……あるいは、こういう事情があったのかも?……ふーむ」
そうなると、篭絡するには何か別の手順が必要なのかもしれない。
「非接触で篭絡するとなると、定番では全肯定ヒロインの方面かしら?」
「全肯定ヒロインですか?」
「ええ。軽々しく好きとか言ったり、成果も出ていない努力を誉めたり、地位なんて関係ない、あなたはあなたのままで素晴らしいんだーなんて甘言を与えまくるのよ。まるで母親のように」
「あ。すみません。私母親とか言われても分からないです」
「……そう言えばそうでしたわねぇ。えーっと、親代わりの人とか」
「お嬢様ですね!」
「さすがに私を参考にするのは違う気がしますわ?」
「でもお嬢様は私の事メッチャ褒めてくれますよ!? これって母親では!?」
「それはサマーが成果をちゃんと上げてるからでしょう? 無能なら褒めませんわ」
「つまり私のこと有能って認めて褒めてくれてる! しゅき!!」
心底嬉しそうに見悶えするサマーを見て、やれやれとため息をつくコレハ。
「分かったわ。なら私がサマー相手に全肯定ヒロインを演じてあげるから、それを参考にしなさい」
「え? お嬢様が?……はい! よろしくお願いします!!」
力強く頷くサマーに、コレハは早速全肯定ヒロインを演じ始めることにした。
接触はしないで、耳元で囁く。
「サマー。好きよ。あなたはいつも頑張ってる。私の大切な人。でも無理はしちゃだめよ、あなたが傷ついたら私、とっても悲しいもの」
「はわ、はわわ……」
「私、あなたの笑顔が好きだわ。いつも笑ってくれてたら、私もいっぱい幸せな気持ちになるの。これってもしかして、恋……なのかしら? なんてね」
「お、お嬢様ぁぁ……」
「あなたにも私のこと、少しでもいいから好きになってくれると嬉しいな――ごはぁッッ!!!」
突然コレハが咽て、部屋備え付けのベッドに倒れ込んだ。
「お、お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
「無理。拒絶反応出ましたわ」
悪役令嬢のコレハにとって、全肯定ヒロインは正反対すぎる存在。
あたかもゾンビが回復魔法でダメージを負うが如く、コレハの魂にダメージが入る所業だった。
ぐってりとベッドにうつ伏せになるコレハ。
「それで、私がこれほど疲弊したのです。何か掴めまして?」
「……はい! お嬢様の愛、しかと受け取りました!! やってみせますよぉ!」
「フフフ、それでこそヒロインですわ。期待してますわよ……ッ!」
かくして、サマーことヒィロは、全肯定ヒロインとしてハークスにハニートラップを仕掛けることになった。
そして翌日の放課後、わずかな間であったがコレハはハークスがヒィロとイチャイチャしている姿を目撃した。肉体的な距離こそ50cmは離れていたが、親し気に楽しく会話していたのである!
おお、やりますわね! 帰ったら褒めてあげなきゃ。と、コレハは軽くスキップして生徒会室へと一足先に向かった。仕事があったので。
「フッ、そんな薄っぺらい言葉よりコレハの実のある罵倒の方が何倍も嬉しくないか?」
「ですよね!! 完全に同意です。……でも、お嬢さまのお手本、すごかったんですよぉ?」
「詳しく話せ。……くっ、俺もそれは一度受けてみたい……!」
(イチャイチャ)




