目標は「ざまぁ」ですわ!
「頭を上げなさい、私は、悲鳴を聞いて一番に駆けつけた貴女を評価していますのよ! ええと、ほら! 特別ボーナスをお父様にお願いしてあげようと思うのだけど、名前が分からないと困るでしょう?」
「そ、そうでしたかお嬢様……」
そう取り繕うと、メイドは疑いつつも顔を上げる。
「それで、お名前を教えて下さるかしら?」
「はい、私の名前はエマと申します」
「エマ。そう、良い名前ね」
実際良い名前かどうかは良く分からないが、とりあえず褒めておくコレハ。
とりあえず、現状エマを処罰するつもりはない。しても楽しい以外に得がないからだ。
「(……って、私ってば普通に処罰すると楽しいとか考えちゃってますわ!?)」
ぶるっと身体を震わせるコレハ。思っていた以上に、身体に意識が引っ張られている。
「お、お嬢様? お体の具合がよろしくないのでは……?」
「そ、そんなことありませんわよ!? ほら、ほら絶好調ですわ! おーっほっほっほ!」
おもむろにスクワットして健康をアピールするコレハ……だが、3回目くらいで力尽きてしまった。蝶よ花よと溺愛に育てられたコレハは、実に貧弱であった。
「(ひ、貧弱ッ! 貧弱お嬢様ですわッ!?……これダンスもままならないのではなくて!?)」
3つの選択肢。そのどれを選ぶにしてもこの貧弱な体力はいただけない。
そう思ったコレハは、体力づくりをすることに決めた。
「あ、あの、お嬢様? 大丈夫ですか?」
「それは『頭が』と言う意味ではないですわよね……?」
「……滅相もございません」
今少し間がありましたわね。と重箱の隅をつつくようにいじわるしても良かったが、コレハはそんな事よりも体力づくりを優先することにした。
実際今の自分の頭が大丈夫かどうかの自信もなかったが、何はなくとも筋肉は自分を裏切らないらしいと前世で聞いた覚えがあった。色々な事をするためにも行動力――つまり体力は必須だ。
「……エマ。一つお願いがあるのだけれど」
「何でございましょうか、お嬢様」
「運動着を用意してくださらないかしら? こう、汚しても大丈夫な感じの服を」
「え、ええと。クローゼットを確認してきます」
「ええ。任せましたわエマ」
エマはぺこりと頭を下げて部屋を出ていった。
さて、ついでに今のうちに方針を決めてしまおう。
改めて3つの選択肢を頭に思い浮かべるコレハ。
1、婚約を回避し、悪役令嬢の立ち位置にならないパターン。
2、いずれ起きる破滅に対し全力で準備するパターン。
3、すべてを捨てて逃げるパターン。
「(……まず、3はありえないですわね)」
すべてを捨てて逃げる。そんなことをしては、お嬢様なコレハは多分死ぬ。
なにせこんなに美少女なのだ。市井に紛れようと人攫いの格好の獲物。自分を守ってくれる貴族としての身分は手放してはいけない。
「(……1も好ましくないですわね)」
1は、貴族の身分を手放しはしないものの、日陰に生きる道だ。どうして私がそのような我慢をしなければならないのか――と、恐らく思考が体に引っ張られてはいるが、そんな我慢と感じるような方策はいずれ無理が出る。少なくとも優先順位は低くなる。
「(残るは2、ですわ)」
これは上手くいけば最高の線だ。貴族としての地位も守れる。1や3のように逃げる形ではない。それはコレハの気質にも沿う考えだ。どうせならやられる前にやる方がいい。
そしてなにより――
「――なにより、面白いですわ……!!」
最高に上手くいけば、本来コレハを貶めるはずだった連中を逆に罠に嵌め、正当に不幸のドン底をプレゼントすることができる。その上で、自分は安全を確保した特等席で敵が無様に踊る様を見ることができるのだ!
敵の不幸は最高の娯楽!!
そして、前世の価値観も言っている、『ざまぁ展開はとっっっっても楽しい』と!!
もうこれしかない。
目指すは『悪役令嬢』。悪の令嬢ではなく、悪役――つまり一見悪く見えるけど、対策済みで陥れようがない実質無罪の悪役な令嬢だ!
前世の自分と、今のコレハが『ガシッ』と固い握手を結んだ瞬間であった。
「決めましたわ! 私、最高の悪役令嬢になって正当防衛ざまぁ致しますしますわぁーーー!!! おーっほっほっほ!!」
朝の爽やかな屋敷に、本日二度目のコレハの奇声が響き渡った。