婚約者の戯れに付き合うのも一興(第一王子視点)
入学式の日、俺は他の生徒とは少し時間をずらして学園に向かった。
挨拶などの手順打ち合わせは前日までに済ませてあるので、混雑時に俺が行くことで騒動にならないように、という配慮のためだ。
一応従者としてケンホを連れている。
馬車で人気の少ない正門をくぐり、昇降場で下りるとケンホがため息をついていた。
「どうした? ケンホ」
「ああ。いやその、な? あの婚約者サマも来るんだよなぁ、って思ってさ」
「お前。まさか……コレハの事を好きになってしまったとか言うんじゃないだろうな!?」
「馬鹿言え!! あんなの好きになるのはお前くらいだろうが!!」
「は? あんなの? 今俺の婚約者をあんなのと言ったか?……まぁ気持ちは分からんでもないが、我が婚約者の名誉のために謝罪を要求する」
「……悪ぃ、今のは言葉の綾ってやつだな。コレハ嬢のことはお前でもなきゃ制御できないと思っているだけで、苦手意識の他に他意はない」
うん、よし。と謝罪を受け入れ頷く。
「お似合いの王太子夫妻になると思ってるよ」
「うん。ありがとう、それは最高に嬉しい言葉だ。そうなるよう努力しよう」
なんやかんや、ケンホもコレハ相手にバッキバキに折られたからな、心。
コレハがケンホの思う『理想の騎士』を兼ね合いに出して、現状のままでは絶対にそうなれない理由をランキング形式で発表していったのは酷いと思った。
まぁ、おかげで色々と改善しているのだから結果的には良かったのだろう。
以前のケンホなら苦手だと認めることもせず、謝罪なんてもってのほかで、いずれ俺の側近から外されていたに違いない。
コレハが外した教育係に育てられていたとしたら、そんなケンホともお似合いだったかもしれんな。
さて、そんな軽口を叩きながら講堂を目指して歩いていると、この時間だというのにうろうろと歩く怪しい女を見つけた。
艶のある長い金髪。学園の制服を着ている。服を着慣れていない感じからするに新入生だろうが……ハニートラップかな。
だが、身構えつつも、声をかけない訳にはいかない。ぽーっと見とれているケンホに肘打ちをして警戒しつつもさも今気づきましたよという体で話しかける。
「む? そなた、新入生か?」
声をかけると、びくんっと驚いたように体を震わせこちらを見る女。
「ア、ハイ。新入生デス。んん、あ、あなたは……」
「ああ。俺も新入生だが……こんなところで何をしている? 入学式が始まってしまうぞ。早く行こう」
「ハ、ハイ!」
怪しい。どうにも怪しいが……この声に聞き覚えがある。
この顔のパーツ配置も記憶に引っかかるものがあるな。
「ん? そなた……」
「ひゃいっ!?」
「ハークス様、あまり女性をジロジロ見ない方がいいんじゃないですかい?」
「ああ、すまん。名前が出てこなかったのだ。新入生の顔と名前は一通り頭に入れておいたはずなのだが」
おっと。ケンホに注意されてしまった。
俺はひっかかりを覚えたまま距離を取る。うっかり触ってしまったら大変だからな。
何せ俺には、『婚約者と家族以外の女に触れたら罰金』の契約がある。
……
あ。そうか。この顔の配置。
「あー、その、私は平民ですので、お名前をご存じなくても仕方ないかと」
「……ふむ、確かに貴族でなければ名鑑には載っていない。その顔は間違いなく貴族だと思ったのだが」
「め、めっそうもございません!」
うん。だろうな。こやつはサマー。我が婚約者コレハのお付きメイドで平民だ。
あ、いや。今は侍女に昇格したんだったかな?
ジャンガリアからの情報によれば侍女として入学を勝ち取ったという話だった。
ということは、コレハも近くにいる筈だが……
そうだ。こやつは名簿でサマーの名前で登録されていたはず。であれば、名前を聞けばボロがでるのではないか?
そしてボロが出たら、コレハに助けを求めるのではないか。
「してそなた、名前は?」
「え゛ッ!? あー……」
女の視線が茂みの方を向く。
そこにはやはり、紫色の。愛しい婚約者の色があった。
あえてそちらを真正面には見ず、視界の隅に入れるにとどめておく。
間違いない。コレハの仕込みだ。
ハニートラップを仕掛けて、俺の誠意を確かめようという『試し行為』か?
……ふーむ。せっかく用意してくれたわけだし、婚約者の戯れに付き合うのも良いかもしれない。
「ん? そっちに何かあるのか?」
「……あ、いやその! ひ、ヒィロ・インです」
「イン……ふむ。確かインスマス家があったな。その縁者だろうか」
「さ、さぁー? 家系図は見たことないので」
視界の隅で、ガサッと茂みが動いた。
潜伏が甘いなぁ。そして、どうやらわりと詰めが甘い。
適当な偽名すぎるし、後で名簿でも確認したらすぐバレてしまうだろうに。
ちらっと少しだけ目線を向けると、可愛らしく息をひそめていた。
「ん? 何かあったかハークス?」
「…………いや、可愛らしいスミレの花が咲いていただけだよ。さて、そろそろ行かねば、遅刻になってしまうな。ヒィロだったか、そなたも遅刻しないように急ぐといい」
「あ、はい」
と、後ろ髪を引かれる思いを振り切って、俺はケンホを連れて講堂へ向かった。
おい、「大丈夫、あいつらバカだから!」って。聞こえてるぞ。
……あとでサマーを呼び出して事情を聴くとしよう。
あの様子ならコレハがなにを企んでるかすぐ吐くだろう。
せっかくの学園生活、その企みに付き合うのも一興というものだ。