ヒロインと攻略対象者達、入学式の出会いイベント
入学式の日。
コレハは学園の敷地内にて、物陰から様子を窺っていた。
その視線の先には所在なさげにウロウロする金髪の美少女が居る。
『ヒロイン』こと、化粧をしたり付け毛をしたりした結果の魔改造サマーだ。
悪役令嬢御用達の高級化粧品を使ったのだが……鏡の前で「これが……私!?」とか言っていた。お約束である。さすがヒロインだとコレハは感心した。
そして出会いイベントが発生するはずの『正門入ってしばらく歩いたところにある広場』でスタンバらせていた。
場所についてはコレハは間違いないと確信できる。なにせこの少し遠くに学舎が見える公園のような広場は、VRゲームでヒロインの一人称視点で見たそのままの光景が広がっていた。
……聖地巡礼みたいな感じで、少し感動を覚えた程だ。
で、これからここで何が起きるかというと。
「む? そなた、新入生か?」
無駄にキラキラした攻略対象、ハークス・ダイード殿下がお声がけくださるのだ。
しかも側近のケンホ・クトゥグアも一緒だ。火属性の赤い髪をツンツン立たせた脳筋で、騎士団長の息子である。
細マッチョと言うにはギリギリな筋肉量で、筋肉フェチなお姉様達から結構な人気があったキャラだ。
「ア、ハイ。新入生デス。んん、あ、あなたは……」
「ああ。俺も新入生だが……こんなところで何をしている? 入学式が始まってしまうぞ。早く行こう」
「ハ、ハイ!」
と、サマーは若干の棒読みでコレハから教わった台詞を言ってのけた。
少し不安になる固さだったが、きっと緊張しているといい具合に認識されたに違いない。
だってサマーはヒロインなのだから!
「ん? そなた……」
「ひゃいっ!?」
「ハークス様、あまり女性をジロジロ見ない方がいいんじゃないですかい?」
「ああ、すまん。名前が出てこなかったのだ。新入生の顔と名前は一通り頭に入れておいたはずなのだが」
コレハは「おお、これがOPイベントの初『顔見て』ですわね!」とちょっと興奮した。
そう、VRゲームであった『かお☆みて』では、ヒロインの顔を攻略対象をガンガン見てくるし、攻略対象の整った顔もガンガン見ていいのだ。
目が合えば合うだけ好感度が上がるというシステムであった。
「あー、その、私は平民ですので、お名前をご存じなくても仕方ないかと」
「……ふむ、確かに貴族でなければ名鑑には載っていない。その顔は間違いなく貴族だと思ったのだが」
「め、めっそうもございません!」
コレハは「うんうん、ここゲームで見たとこですわ!」と満足げに見ている。
ただ一点不満を述べるなら、ハークスからの呼び名が「貴様」ではなく「そなた」になってはいたことか。だが、それはどうでもいい些細な違いだろう。
それでこの後ヒロインの名前を入力、つまり名乗りになるわけだが――
「(……あ。そういえば名前どうすればいいか決めてませんでしたわ!?)」
コレハ、ここにきて痛恨のミス!!
ここでサマーと名乗ろうものなら正体がコレハのメイドであるとバレてしまう。
しかし偽名を名乗っても名簿とかに載ってないので怪しすぎる。
それ以前にコレハは隠れていて何もできない! サマーの判断に委ねるしかない!
「してそなた、名前は?」
「え゛ッ!? あー……」
チラッチラッ、とサマーは助けを求めるようにコレハが隠れている茂みを見る。
コレハは口パクで「アドリブで! 良い感じに!」と無茶ぶりする。
「ん? そっちに何かあるのか?」
「……あ、いやその! ひ、ヒィロ・インです」
「イン……ふむ。確かインスマス家があったな。その縁者だろうか」
「さ、さぁー? 家系図は見たことないので」
ここでサマーが取った手段は、一時しのぎであった。
後で名簿を調べられたら一発で嘘がバレてしまう。だが、ハークスがもし名簿を調べたりしないのであれば気付かれずに済む。
「(いちいち平民の名前なんて調べないでしょう。良い選択ですわ、サマー!)」
茂みの中でうんうんと頷くコレハ。
と、その動きで音が立ったのか、ハークスがコレハの隠れている茂みの方を向いてきた。
コレハは慌てて息をひそめる。……「だるまさんが転んだ」の気分だ。はやくヒロインの方を見るかさっさと行け、もうイベントは一通り済んだから。そう思いつつ、隠れたまま様子を窺う。
「ん? 何かあったかハークス?」
「…………いや、可愛らしいスミレの花が咲いていただけだよ。さて、そろそろ行かねば、遅刻になってしまうな。ヒィロだったか、そなたも遅刻しないように急ぐといい」
「あ、はい」
そしてハークスはケンホを連れて講堂へと歩いていった。
「……お、お嬢様ぁ! 私、これやっぱ無理かもです! 絶対怪しいですって私!」
「ちょっと! そこは王子が歩いていったほうを向いて『ハークス様……』と呟くシーンでしてよ! あと結構いい感じにできてましたわ! 大丈夫、あいつらバカだから!」
泣き言をいうサマーをコレハは叱咤激励する。
「いやいやいやお嬢様! 王子様方をバカ呼ばわりはちょっと不味いですよ!?」
「でもサマー、あの距離で顔つき合わせたのに気付かれなかったじゃない? 面識あるのに」
「それは……確かに?」
「計画は完璧ですわ! この調子で進めていきますわよ、サマー……いえ、ヒィロ・イン!」
「あぁー、とっさに言ったの採用なんですねぇ。まぁもう王子様にそう名乗っちゃったんで仕方ないですけど……あ! そろそろ行かないと本当に遅刻ですよ!」
「おっと」
流石に王子の婚約者が遅刻はマズイ。こちらはあくまでも完璧な婚約者でなければ『ざまぁ』にケチが付いてしまうというも。
「急ぎますわよヒィロ!」
「あぁ、えっと、もうそういうあだ名ということで受け入れるしかないですかねぇ……あ、お嬢様、葉っぱ! 葉っぱメチャついてます! 取るんであんまり揺れないように早歩きしてください!」
コレハ達は少し早歩きで入学式に向かい、無事に入学式の開始に間に合うことができた。
――かくして、ゲームは始まった。