完璧な悪役令嬢ですわ!
午後の陽光が、窓辺のレース越しに柔らかく差し込む。
部屋には学園の制服を着たコレハとサマー。あとメイドのエマが居た。
コレハ・ナイアトホテプは、15歳となった。
美しい艶の紫髪はトリカブト……もとい、桔梗の花束のようで、鋭い目つきは毒針……もとい名剣の如し。
そしてもみあげには、特にセットせずともくるんと丸まる縦ロール。
まさにゲームの3Dモデルで見た、悪役令嬢コレハ。
鏡の前に立つコレハは、学園制服のスカートを翻し、口元に手を持ち上げ高笑いする。
「オーッホホホ! ごきげんようヒロインさん。……ふふ、そんな顔をなさらないで。私、あなたのことなど少しも気にしておりませんのよ? 花にたかるアブラムシのような存在なんて、ねぇ?」
言い終えると、彼女は自分の表情をじっと見つめる。眉の角度、口元の冷笑、目線の高さ――すべてが計算されている。が、コレハはこれに満足いっていなかった。
「ちょっとネットリしすぎかしら? でも高笑いはもう少しタメがある方がいいかしら……オーッホッホッホ! ごきげんよう、ヒロインさん。あらあら王子とご一緒なの? そんな身体をくっつけて、なーんてはしたないのかしら。貴族の常識をご存じないの?」
今度は、コレハ的に満足良く出来だった。
コレハは頷き、部屋のテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばす。
「お疲れ様です、お嬢様!」
「ええ、サマー。これで予行練習は完璧よ。いつでもヒロインとハークス殿下をいびれるわ!」
「浮気死すべし、慈悲は無い! ですね!」
そこにはメイドから侍女に昇格した元孤児、サマーが居た。
サマーもコレハ同様、学園の制服に身を包んでいる。無事、学園での侍女枠として入学を勝ち取れたのだ。
「サマー。お嬢様の暴走を助長しないでくださいね? くれぐれも。ええ」
「はいエマさん。お嬢様の喜びが私の喜び! 学園でも誠心誠意お仕え致します!」
「論点がズレていますよ? わざとですね」
先に仕えていたメイドのエマが、サマーに口を出す。
「学園ではあなたが頼りなんですから、しっかりお嬢様の監視をしてくださいね、サマー」
「ですが、お嬢様の御心のままに素敵な学園生活を送って欲しいじゃありませんか?」
「お嬢様は未来の王妃となるお方。そろそろタガを締めてほしいのですが」
「逆ですよエマさん! ハメを外して許されるのは今が最後なんです!!」
一方コレハは二人の言い争いを微笑ましく眺めていた。
どうせ「ざまぁ」した後は王妃にならず、薬草の収入で悠々自適に暮らす予定なので関係ないのだ。コレハ一人で生きていくくらいは余裕、手伝いを2、3人雇っても十分な不労収入がある。
いずれ弟が家を継げば、家を出なければいけない。なので、今の内から借りる家を探してみるのもいいかもしれない。
……そう、コレハはナイアトホテプ家の一人娘ではなくなっていた。
両親の両親にしかできない仕事の結果、無事に7歳下の弟、モトモット・ナイアトホテプが生まれている。
8歳となるモトモットは既に次期領主としての教育も始まっているし、婚約者も居る。
しかもその子はコレハの薬草で一命をとりとめた御令嬢だとかで、弟とその婚約者はコレハのことをとても尊敬しているのだ。
やれやれ、できる悪役令嬢はつらいですわね! とまんざらでもない模様。
「サマー! そろそろ来週の入学に向けて、もうひと練習しますわよ!」
「はいお嬢様! というわけでエマさん、討論はこのくらいで!」
「……はぁぁ……ハークス殿下もこのお嬢様のどこがいいのか……」
ハークスとの婚約は未だに継続しているし、こまめに訪問もある。
誕生日の贈り物もあるし、デビュタントではエスコートもしてもらった。
そのたびにコレハはコレハで、ハークスをせせら笑うのだが。
ぐぬぬ、と毎度悔しそうな顔をする王子であるが、好感度は何故か下がらないのである。
多分ゲームが始まっていないからだろうとコレハは予想している。
……なら好きなだけあざ笑い、こまめにストレス発散させてもらおうとどんどん遠慮なしになっている。
最近はボードゲームでコレハが負けることも増えてきて逆にちょっと悔しがらされることもあるが、まだまだ最後にはいつもコレハが勝つ。勝つまでやるとも言うが。
「オーッホッホッホ!! 私こそ、コレハ・ナイアトホテプ侯爵令嬢ですわーーー!!!」
今日もお嬢様の高笑いが屋敷に響く。
いつものことなので、家族も使用人一同も「ああ、そろそろ昼休憩の時間だな」とのんびり受け止めていた。