愛しの婚約者(第一王子視点)
俺はハークス。ダイード国第一王子にして、王太子の最有力候補である。
というのも、俺には弟もいて……と、それは今は置いておく。
今日語りたいのは、俺の婚約者の事だ。
*
俺が言うのもなんだが、俺の婚約者はとても変わり者で、気高く、そして優秀である。
領民からは「薬の聖女」とまで呼ばれて慕われているし、俺もそれは妥当だと思う。
正直、最初会った時は嫌いだったが……まぁ、当時の自分が目の前に居たら一発拳骨を喰らわしてやりたいとは思っている。
俺がコレハ・ナイアトホテプに助けてもらった事は多い。
まず一つ大きな点。それは、俺の傲慢を教えてくれたことだ。
というのも、当時の俺は教育係に妙な思想を植え付けられつつあるところだった。
何だよ「『俺様』と『貴様』で対等である」とか。そんなわけないだろ!
長男だから王太子だとか、ウチの国そこ確定してねぇから!
平民は道具なので個人を気にしなくていい、とか、もうさぁああ!!
そんな感じで、行動が自然と……自然と? 傲慢になるように教育されてしまうところだったのだ。使用人ぐるみでの犯行であり、国王である父上にも報告が捻じ曲げられて伝えられていたらしい。
それを、コレハは見事見抜き、教育係を一新した。
おかげで俺はまともな教育係からまともな教育を受けることができ、それまでの自分がいかに愚かだったのかを自覚することができたのだ。
次に、コレハの生み出した薬草、キヤス。
これは国に大きな、とても大きな影響を与えた。
まず民が気楽にポーションを使えるようになった。
薬師たちは仕事が忙しくなったと苦情を言う者もいるが、これにより民の死亡率が大幅に減少。特に赤子だ、ベビーラッシュが起きているに等しい。
国力が跳ね上がることが予想できるというものだ。
まぁ薬の苦さには生まれたばかりの赤子ですら顔をしかめているが。あまりの苦さにそのまま産声を上げているという。
……俺も飲んでいるから分かる。アレは従来のポーション同様に怪我や軽い病気はすぐ治るが、何度飲んでも慣れないえぐい苦みがあるのだ。
というか、傷口にかけて接種しても苦みを感じるとはどういうことなんだ本当に。呪いか? コレハが作ったのでなければ、生産者の性格の悪さを想像してしまうところだった。
……あー、いや、まぁ、コレハの性格が良いかと言われたら……うん、良い性格をしている、といっておこう。
勿論いい意味で……ということにしておいてくれ。俺は嫌いじゃない。王妃向けだと思うしな。
だがこの苦いのは、コレハの狙い通りなのだろう。
値段的には気安くなったのだが……苦くておいそれと使いたくないので、品切れになっていることもまずない。『本当に必要な人だけが使う』という回復薬として理想の形になっているのだ。
また、苦いおかげで従来のナオリ草ポーションにも需要が残っている。どうしても苦いのが嫌ならそちらを使えばいいからな。
次に、安価なポーションのおかげで騎士団の運営事情が改善し、より激しい訓練を行うことができるようになった。
特にポーションの苦味を味わいたくないがために、防御や回避のスキルが上がり、今は逆にポーションの使用量自体が減った。
実際、俺も騎士団の連中も、一段、いや五段くらい実力が上がった。ああ、そのようなやや情けない事情で上がった実力ではあるが、実力は本物だ。きちんと魔物退治や治安維持に生かされている。
万一の時もこのポーションで一命をとりとめることができる。つまり生還率が上がった。それは同時に戦力の離脱が減り、傷病手当金の出費も減り――ポーションを大量に買った分が余裕で黒字になったのである。
物を買ったのに金が増えた。不思議な感覚だ、と予算担当者が苦笑していた。
そしてコレハのポーションは国も救っている。
疫病イルンザの流行を抑え込むことができたのである。
実は一時期流行りかけたこの病は、他国の間者が手引きした『人災』であったことが判明している。もし早期の対応に失敗していたら国内でもかなりの死者が発生しただろう。キヤスのお陰で、国内におけるイルンザの死者は2桁前半で収まったのである。
また、ポーションの耐えがたい苦味を戒めとし、手洗いうがいをしっかりやるようにしようと心に決めた者も少なくない。俺も含めて。
……やはり、ポーションの苦みはコレハの与えた試練なのでは?
あいつはこうやって人を育てるところあるからな。実際、皆順調に鍛えられている。色々と。
うん。話が薬草の方に逸れてしまったな。
一旦話を戻そう。コレハの良い所について……だったか? ああいや、助けられた事だったな。
王族としての心構えも、コレハに教えてもらったことだ。
孤児院の件を覚えているだろうか? あれは中々大事件だったからな。
なにせ王都の孤児院での大々的な不正だ。あれを発見したのが、コレハだ。
もし気付かずに放置していれば、王家の不信にも繋がっただろう。
……俺もその時帳簿は一緒に見ていたのだがな。ああ、それからだよ、座学に帳簿の見方を増やしたのは。計算だけでなく、その意味、意図まで読み解く力を鍛えるべく、マダマ宰相に教えてくれと頭を下げたんだよ。
国王としても必須のスキルだしな。宰相の親戚筋の、良い文官を紹介してもらった。クーサ・ダゴンというやつだ。ああ、マダマ宰相の甥だな。
なぁケンホ、お前も将来騎士団に入るんだろう? 帳簿仕事は覚えておいて損はないぞ。踏み込んだ先で、証拠となる帳簿が本物かどうかも分かれば強い。
……何、俺は騎士団長になるからそんな補佐向きな仕事はしたくない?
バカだなお前は。騎士団長こそ全体を統括するために事務能力が必須なんだぞ。組織運営とはそういうものだ。
バカに勤まるのは、せいぜい切り込み隊長くらいなもんだよ。それでいいのか?……と、俺の婚約者ならそう言うだろうな。
……いやもっと酷いかな。
スマン、俺では想像もつかない心の抉り方をしてくるとは思うんだが。そうだ、今度紹介してやろう。
え? 嫌? お前なぁ、俺の側近候補なんだからその婚約者との顔合わせを断るなよ。
そういうとこだぞ。うん、バキバキに心折ってもらおうか。
あ。クルシュはコレハとは従兄妹だったな。会った事はあるか?
ほう。昔に会ったことがある、か。昔のコレハも可愛かっただろう?
ほぉ、あれはダメだと思った……? うん、見る目ないなぁお前……
いや! まぁ当時はクルシュも今より子供だったんだし、仕方ないか。人は失敗するものだ。失敗は次に生かせ。な!
というか俺も人の事言えなかったわ! スマン!
そうそう。まさかあの我儘がこんな風に化けるだなんて、父上……国王でも見抜けなかっただろうよ。……我儘なのは今もそんなに変わらないところあるけどな。質が違うというかさ。
なんやかんや民の為になる事してるからさ、コレハは。
これはここだけの話なんだが、誘拐事件の囮をしたこともあってな……
……ああ、ちゃんと俺が見守ってて、助けたから変な疑いはするんじゃないぞ? それに5歳だ。誘拐犯もなにかしようとは思わない年齢だろ。
は? それでも手を出す変態はいる?……まぁ、実際そういうヤツに売る為に誘拐されてたから否定できないな。
うん、当然売り買いしてたヤツごと潰したからそこは心配するな。な、ジャンガリア。
ああ。コレハがあの時点で囮をしてくれなかったら、まだ組織が残ってて、人知れず被害に遭う民もいただろうな。
せめて他のヤツを囮にして欲しかったが、なんやかんや言って優しいからな、コレハは。誰かを犠牲にするなら自分がまず動く、そういうヤツだ。
孤児院で作ったクッキーも、アイツが真っ先に食べてたしな。毒見もしないで。
…………ん? いや、毒は効かないのかアイツ……
あ、スマン。今のは聞かなかったことにしておいてくれ。特にケンホ、忘れろ。お前は口が軽いから……聞こえなかった? なら良し。
ところでジャンガリア。ロボロフスキーはまだナイアトホテプ侯爵家にいるのか?
そろそろハスターの本業を思い出して欲しいものなんだが……
……婚約者の護衛も仕事といえば仕事だが、惚れ込みすぎだろう。
まったく、老人でなかったら父上に王命を出して貰っているところだぞ。
何? 男の嫉妬は醜い、だと?
……嫉妬くらいするさ。婚約者なんだ、大事に思って何が悪い。
俺は絶対にコレハを手放さないからな。アイツとなら、この国をより良くして行ける、そう思ってるから。例え弟に王位を譲ったとしても、コレハだけは譲らないぞ。
……ただその。アイツ、俺の事あんまり好きじゃない感じなんだよなぁ。
なぁジャンガリア。ハスターの手腕を教えてくれないか? そう、女性の口説き方ってやつだ。
アイツが一般的な女性かどうかはさておいて、基本は覚えておいて損はないだろ? 王子なんだし人心掌握にも役立つはずだ。
頼む、この通り!
……本当にスマン。王族が頭を下げたらお前達が断れないのは分かっているが、俺もなりふり構ってる余裕が無いんだよ!!
この間なんて妙な契約書を作ってな……
(第一部、完ですわー!
第二部は明日、AM0時、5時、8時…あとはAM9時以降1時間毎に予約投稿してありますわ!)