これはヒロインのイベントですわ!?
孤児院の視察を終えて数日後。コレハは馬車の中に居た。
しかもただの馬車ではない。荷馬車だ。
それも手足を縛られ、口に猿轡を噛まされた状態で。
「(って誘拐されてますわぁーーーー!?)」
見れば肉体労働者っぽい男が2、3人。あと御者もいるので計4人だ。
「いやー、あの孤児院にこんな上玉がいるなんてしらなかったぜ」
「まったくだ。これでコワルトのヤツが掴まった補填ができるってなもんよ」
「ったく、小狡ずるい帳簿改竄がアッサリバレて掴まるたぁなー」
コワルトとは確か逮捕された孤児院長の名前だったはずだ。
なるほど事情は把握した。
「(元々予定されていた取引か何かの商品として掴まってしまったのですわね……)」
コレハはあの後の様子を見にお忍びでこっそり孤児院に訪れており、帰り道で掴まってしまったわけだ。
理由? 王都の孤児院の子供達が良い感じに幸薄そうだったので鑑賞に。とはいえ、コワルトが捕まって環境が良くなったのか不幸が薄れており、一目見てもういいかとすぐ引き返えしたけど。
そして侯爵令嬢であるためもちろん一人ではない。お忍び用平民衣装監修をしたメイド、サマーも一緒だった。コレハと同じく縛られているが。
「(……完成度の高い変装がアダとなった形ですわね。うう、私としたことが!)」
と、ここまで考えてひとつ思った。
もしかしてこれ、イベントなのではなかろうか、と。
現実逃避とも言えなくもないが、コレハはこれまで自らを取り巻く環境が物語のようにとんとん拍子に進むのを感じている。その流れに当てはめるのであればこれは――
「(――ヒロイン誘拐イベント! ヒロイン誘拐イベントを悪役令嬢が代わりにやっちゃうパティーンってやつですわぁー!!)」
そう、この手の物語では定番のやつで、ヒーローが助けに来てくれるというやつである。
……そう思っていなければ怖くて尊厳が下から漏れ出しそうなので、そう思うことにした。
お忍びとはいえ、王都で王子の婚約者が動くにあたって護衛か監視はついていたはずなので、今頃コレハ救出のために動いているとは思われるが……
隠れた護衛を見つけられるほどの知識はコレハにはなかった。
「(というか、護衛が居たなら攫われる前に守って欲しかったですわ……って、逆に言えば護衛や監視が居なかった? 誘拐犯とグルだったとか?)」
と、そこまで考えたところで、コレハは考えるのをやめた。
これ以上考えたらやっぱり尊厳がアレでコレでソイヤしてしまいそうだったので。
不幸になるのは他人がいい。
「(……というか。なんで王都の中で捕まって、フツーに町の外に出れていますの? これ門番の職務怠慢か癒着では? 関所が機能していないですわよッ!)」
そうやって怒りを燃やすことで、恐怖を忘れることにした。
* * *
「おらっ! ここに入ってろ!」
「きゃっ!」
王都を出たところにあるアジト。山小屋のようで、中々に部屋数のある屋敷のようでもあるそこの、奥の方の一室にコレハとサマーは閉じ込められた。
こんな拠点を用意するくらいには儲けていて、常習だったのだろう。
「むにゃ、あれ、コレハ様?」
「ちょ、サマー!? あなた今の今まで寝ていたの!? 図太いですわねぇ……」
「……すみません、コレハ様が居たので大丈夫かなって安心してました!」
てへぺろ! と舌を出しつつ謝るサマー。
「まぁいいですわ。1人でなく2人ならできることもありますわ。まずロープを」
「そうですね。よいしょっと」
言うや否やサマーはあっさりと立ち上がった。
「……サマー? あなた、ロープは?」
「切りましたが……え、コレハ様こういう時の為にナイフとか仕込んでないんですか?」
「むしろ仕込んでるんですの!?」
「誘拐されたときに備えて仕込んどけってエマさんから教わったんですが……あ、切りますねー」
「エマが。まぁ実際助かりますけど……」
スパスパとロープを切ってもらい、手足が自由になった。
毒魔法で溶かそうかと思ったけどやる必要はなかったようだ。
「私、お嬢様は誘拐犯を一網打尽にするためにわざと誘拐されたのかと思ってました」
「そんなわけあるはずがないでしょう!? 囮にするなら他の人に頼みますわよ!」
コレハは一応運動はしているものの、貴族のお嬢様の域を出ない身体能力しか持っていないのだ。
「でも王家から護衛ついてるじゃないですか?」
「ついてますわね」
「昨日、その人に『明日は少しほっといて欲しいですわ!』って言ってたじゃないですか」
「……そんなこと言いましたっけ?」
と思い返す。……そういえば今日はお忍びだからとそんな風に言ってた記憶があった。
だから動かなかったのか、護衛!
そうなると監視自体は継続して付いているのだろうか、とコレハは窓の外を見る。
隠れているなら見つけられないかもしれないが一応――と思っていたコレハの目に、チカチカと目に眩しい光が入ってきた。
短く3回、一拍間を置いてもう一度。というのを規則的に繰り返している。
「あらこれ。何かの合図ですわね。……救出! 救出来ましたわ!!」
「おお!」
コレハは合図に対して気付いたと伝えるべく、こくりとうなずいた。
すると更にチカチカしまくってきた。……うん、暗号だ。暗号に違いない。しかしコレハはその暗号を知らないのである。
「……とりあえず、は・や・く、た・す・け・てー」
相手が唇を読みやすいよう、窓の外に向かって一文字ずつくっきりと口を動かして言う。
すると茂みがガサリと動いた。
風ではなく生き物による動きだ。……で?
「コレハ様。助けはいつ頃になりそうです?」
「……ちょっと分からないですわね」
二人はとりあえず救出を待つことにした。
「(……こういうのって好感度の高いヒーローが助けてくれるヤツだったかしら? あ、でもそういうのはゲーム始まってからのイベントだろうから、攻略対象との誰かのイベントかしら)」
そんなことをコレハが考えていると、ガタンガタン、ドッタンバッタンと騒がしい音が聞こえてきた。
そして、「コレハ!! 無事か!!」と、ハークスが入ってきた。
「……なんでハークス様自らが剣をもって乗り込んできていますの?」
「婚約者だからだが!? 助けた御令嬢が傷物になっていないと証明するためにも婚約者の俺が助けなければいけなかったのだが!?」
言われてみれば。
「でも王子はもっと安全な場所で待機しておくべきでしょうに」
「自らが囮になるという無茶をしたコレハに言われたくはないな」
「いやそれは……そ、それもそうですわね! お相子ですわ!」
「だろう? 案外、俺達は相性良いかもしれんな」
コレハはわざとでなく誘拐されたわけだが、ハークスの発言に乗っかって誤魔化した。
「殿下、こっち終わりましたぜ」
「……おおジャンガリア。首尾は上々、というやつだな」
「はい、無事全員確保しましたよ。ちょっと御令嬢にはお見せできないですが」
見れば、革の胸当てを付けた冒険者のような男が扉の向こうに居た。
濃い茶髪と目立ちにくい髪色をしたイケメンである。
これはもしや攻略対象者だろうか、とコレハは記憶を辿ると――
『ジャンガリア・ハスター』、王家に仕える影の一員。
イケオジ枠の攻略対象者。
幼い頃に誘拐されたヒロインを助けたことで顔を知られている。
――って、やっぱりゲームのイベントでしたのねこれ!! しかもヒロインの!
コレハはイベント横取りをしてしまったことに軽く眉間にシワを寄せた。
とはいえ、本来はハークスまでは来なかったはずだ。先ほどの発言でもコレハが誘拐されたから来たという話だったし、コレハの記憶にもない。
ともあれ、お礼は言っておこう。
「助かりましたわ。ありがとうごさいます、ハークス様」
「! あ、ああ。それじゃ、騒ぎになる前に帰るとしよう」
顔を赤くしつつもコレハ達を先導して小屋を出るハークス。
外には馬車が待機しており、さりげなくエスコートもしてくれた。けれど誘拐犯たちがどうなったかを見せてくれなかったのでコレハ的には少し減点である。
こうして、無事にイベントは終了したようだった。
あと誘拐犯とグルだった門番もしっかり捕まったそうな。平和平和!