王子と孤児院へ
お茶会も終了してホッと一息ついたのもつかの間、再び王家から手紙が届いた。
「まったくもー、今度は何なんですの?」
「どうやら王子が視察に行くので婚約者として同行しないかという話みたいだね」
「あら視察ですか。どこへ?」
「王都の孤児院だろうね。どうする、行くかい?」
孤児院。コレハにとって平民や孤児やらは別段忌避する存在ではない。
なにせお付きのメイド、サマーも孤児なのだし。
「王都の孤児院、ウチの領地の孤児院の参考になるかもしれませんわね。ちょっくらいってきますわ」
「……いやー、多分あんまり参考にはならないと思うよ?」
ヤルコットがそんなことを呟いていたが、とりあえず行くことにした。
* * *
というわけで、コレハはハークスと王都の孤児院へとやってきた。
「あら。随分と小汚いですわね」
「おいコレハ。そういうことを言うんじゃない」
先日は貴様呼びだったハークスだが、再教育の賜物か名前呼びになっていた。
特に許可出した覚えはないが、貴様よりはだいぶマシだし婚約者ならまぁ仕方ないので黙認している。
ちなみに一人称からも「様」が取れていた。新しい教育担当者が頑張っているらしい。
それはさておき。王都の孤児院はどことなく薄汚れた雰囲気があった。
幸薄そうな雰囲気にコレハは思わず鼻歌を歌いたくなったが堪えておく。
「いいかコレハ。平民の住む場所というのは――」
「ちなみに比較対象はウチの領地の孤児院ですわよ?」
「……そうか。それは、その。あー、えっと。だがこれでも掃除してくれているのだからな?」
「失礼しましたわ。ですが、これ寄付金ちゃんと使われていますの? 帳簿見せてもらわないといけませんわねぇ。視察ってそういうとこ見れるのかしら」
「帳簿!? ま、まぁ言えば見せてもらえるのではないか?」
「そうですわよね。やましい所が無ければ!」
多分やましいから見せてもらえないんじゃないかな、とコレハは予想した。
というか『かお☆みて』で確かそういうイベントもあった気がする。孤児院の不正を暴くとかなんとか。なら間違いなく黒だろう。
先日のお茶会を思い出す。実刑を宣告された教育係はとても良い顔だった。
またあんな顔を見れると思うと思わず笑いがこみあげてくる。しかし堪える。まだだ、まだ笑う時じゃない。と。
……その本能と上っ面のせめぎ合いの結果、上品な笑みに落ち着いているのはナイアトホテプ侯爵家の教育の賜物だろう。あるいは最近買ってもらった扇子のおかげかもしれない。
「コレハよ。先ほど領地の孤児院と比べていたが、普段から孤児院に行っているのか?」
「ええ。あいつら意外と使えるんですわよね。畑仕事させてますわ」
「……子供を働かせているのか?」
「そりゃもう。色々と役立つ立派な働き手ですわよ? ああ、ちゃんと日当出して希望者のみコキ使ってますわ」
なにせ薬草畑が好調で人手はいくらあってもいい。
というわけでサマーを足がかりに孤児院の連中を確保。
さらに希望があれば孤児院を卒業後にそのまま就職可能なルートが構築されていた。
「あと、使用人教育とかもしてますわね。そうすると商人に売れるんですわよ」
「……人身売買か?」
「人聞きの悪いことを仰らないでくださる? 職業斡旋ですわ」
「だよな。少し理解ってきた」
一歩間違えれば確かに人身売買にもなりかねない発言だが、コレハはナイアトホテプ侯爵領の侯爵令嬢であり、正しく領主主導の公的機関による真っ当な職業訓練と斡旋である。
仲介料は一応頂くが、これまた良心的な価格だ。
「思うに、ナイアトホテプ領の孤児院が綺麗だというのはその使用人教育によるものではないか? 掃除の仕方ひとつとっても、知っていると知らないでは結果が大違いだ」
「確かに。そういえば練習で掃除する場所がもうないって嘆いてましたわ」
あきらかにそれが原因だろう、とハークスは思った。
「そういう需要は王都の方が多いのではなくて?」
「ふむ。一理あるが……子供を働かせるのは、あまりよくないのではないか?」
「甘い! 甘いですわ殿下!」
ずびしっとハークスに指を突きつけるコレハ。
「ここの子供らには親がいないのです。つまり親のいる人よりも強くあらねば生きていけないのです! それを! 子供だからと遊ばせて? 成人年齢が来たら卒業とか言ってほっぽり出す? そんなのペットを飼うより責任とれてないですわよねぇ!!」
それならもう死ぬまで面倒見る分、ペットを飼うほうが責任を取れるだろう。
「私達為政者が為すべきは、孤児共を社会に役立つ存在にする事! つまり教育を施す事! 遊ぶのは勝手にできても、教える人が居なければ教育は出来ないのですから!」
「くっ! 一理どころか二十理くらいある!」
ぐぬぬと悔しそうなハークス。ハークス相手にマウントを取って愉悦に浸るコレハ。
「もっとも、ウチの領でもそうなったのは割と最近ですけど」
「そうなのか?」
「ええ、コキ使う人手が欲しくて。事務仕事とかもありますし」
正直に言ったコレハを、ハークスは「本気か?」といぶかし気な目で見る。
「ああ。それと鞭だけでは動きませんから、あとは飴ですわね。サマー」
「はいコレハ様」
コレハはメイドに小袋を渡した。
「それはなんだ?」
「フフフ、これには中毒性の高い白い粉が入っているのですわ。これで釣れば孤児共に言うことを聞かせるなんてチョチョイのパッパですわ」
「……ま、まさか怪しい薬――」
「発言をお許しください殿下。お嬢様の冗談で、これはただの砂糖です」
「言い方ァ! くそ、俺をからかっているな!?」
「あーら、私、嘘はついていなくってよ? ウフフ」
確かに今のは少し作為的なところがあったので、扇子で口元を隠しニヤニヤと笑っておく。
「それで子供らに簡単な焼き菓子でも作らせなさい」
「はいお嬢様。頑張った子には多めにご褒美ですね?」
「ええその通り。あとで私も食べるから変なもの入れないようにしっかり見張っておくように」
「かしこまりましたコレハ様」
と、コレハは孤児達に対してメイドをけしかけておいた。
元々孤児であるサマーなら、子供達とも打ち解けやすいだろうという思惑もある。
……確かにナイアトホテプ侯爵の言っていたとおり、あまり参考になるようなもののない視察になりそうだ。とコレハは思った。
「……子供達と同じものを食べるんだな」
「? 殿下、お忘れかもしれませんが、私達もまだ子供ですわよ? あいつらだけに美味いもの食べさせたりしませんし、子供が食べられる物を食べるのは当然でしょう?」
「そういう意味ではないんだが……」
やれやれ、とハークスは肩をすくめた。
「なぁメイド。コレハはいつもこうなのか」
「はい殿下。お嬢様の照隠し、最高ですね……!」
「照れ隠し……なのか? うーん?」
そうこう言っているうちに、馬車は孤児院へ到着した。
そしてコレハは子供達の面倒をみるのをメイドに任せ、王子とその護衛を連れて院長室へと向かい帳簿をチェックしたところ、無事不正が発覚。
孤児院長は横領により逮捕された。
「小娘が見ても分からないと思ったのかしらね、オーッホッホッホ! 孤児に作らせたクッキーよりも甘々ですわぁ!」
「……いや、小麦の値段を十倍に計算してるとかよく気付いたなお前」
「え!? ハークス様ってば主食の値段も把握してないってマジですのー!?」
「いやあれは帳簿の計算で誤魔化してただろう!?」
悪人は通報だけで不幸になってくれてマジ無様ですわー! と、コレハは楽しそうに笑った。