婚約者に傲慢なところをみせるのですわ!
サマーを教育していくと、スポンジが水を吸い込むようにどんどんと知識を吸収し、あっという間にメイドとして働けるレベルまで成長した。
これにはコレハもにんまりと笑顔になった。なにせ『無駄に有能な従者』ができたということは、すなわちこれ、コレハの物語だからである。いずれ訪れるヒロインへのざまぁに笑みがこぼれるのも致し方なし。
「エマ先輩。お嬢様の笑顔って、大変可愛らしいですよね……はぁ素敵」
「私には何か企んでそうに見えますが。以前のお嬢様をしらないサマーならそうでしょうね」
「以前のお嬢様とやらもきっと可愛らしかったに違いありません!」
メイドたちからはそんな言葉が聞こえてきたが、まぁヨシとしよう。
実際、悪役令嬢な上に将来のざまぁを企んでいるのは確かなのだし。
そんなある日、ヤルコット侯爵がコレハに手紙を持ってきた。
金色に縁どられたやたらと豪奢な封筒に入った手紙。既に侯爵がチェックしたのか開封済みだ。
「コレハ。王城からハークス殿下からのお茶会のお誘いだよ」
「お茶会ですの? 面倒ですわねぇ、私はそんな暇ではありませんのに」
「王族からのお誘いだから、断れないよ?」
婚約者からのデートのお誘いだったか。……やれやれ、きっと王妃様に言われて渋々書いたのだろうなぁ、とコレハには容易に想像できた。
一応手紙を見せてもらうと、ちゃんと作法に則った文章になっており、筆跡も綺麗なものだ。とはいえ、王城には代筆もできる文官が山ほどいるだろうから、本人が書いたとは限らないけれど。
「コレハは少し働きすぎだ。少しは息抜きしてきなさい」
「お父様? 王族からのお茶会案件が息抜きになると、本気でお思いで?」
「まぁまぁ。王族御用達の美味しいお菓子も出るだろうし」
むむ、それは確かに興味深い。とコレハは頷いた。
「あと陛下から無礼講の許可も出ているから、殿下に対して言いたいことがあるなら存分に言ってきて良いぞ?」
「まぁ! それは……それは楽しそうですわねっ! 分かりました、準備いたしますわっ!」
なんとも、子供同士だし、婚約者だし、言いたいことを言い合ってもいいじゃないかという約束を取り付けたらしい。
「お父様。つまり、このお茶会ではどれだけあの鼻詰まり王子を馬鹿にしても不敬罪になったりしないのですわね!?」
「そういうことだね」
コレハの目がキランと光った。
「(これはチャンスですわ! ここで王子に劣等感を植え付けて、婚約者である私を嫌わせる! そうすれば王子は学園でヒロインと迂闊な恋に落ち、盲目な真実の愛に目覚め、穴だらけの断罪劇という愚行に走る!! そのときこそ、私のざまぁが光るのですわ!)」
フフフフ、と子供らしからぬ笑いがこぼれる。
ヤルコット侯爵はやれやれと肩をすくめた。
尚、この無礼講は「相性を見てダメそうなら早めに婚約を解消しよう」という親世代による計略である。
なにせ最近のナイアトホテプ侯爵家は、コレハの薬草のおかげで国の医療を牛耳ったといっても過言ではないくらいの大躍進を見せている。
その立役者でもあるコレハが国外に流出しないように、そのための配慮であった。
「フフフ、フフッ! まっていなさい王子! 目にもの見せてくれますわ!」
この調子でいけば、順調にざまぁを敢行できるだろう。
コレハはその未来を疑いもしていなかった。
* * *
王城の中庭にて、王子とのお茶会が始まった。
「この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」
「フッ、よく来たな。今日はゆっくりしていくが良い」
王子は少しぽっちゃりが解消されていた。
なにせ以前は「フンッ」だったのが、「フッ」になっている。これは大きな進歩だろう。多分。きっと。おそらく。ちょっとは。
「殿下、お痩せになられました? 以前よりシュッとしてますわね」
「む、分かるか? そうなのだ。剣術を習い始めてな。1日3時間、素振りをしているのだ」
「へぇ3時間も……素振りだけを?」
「フッ、もちろんただ素振りするだけではない。平行して学科の講師に教科書の読み聞かせも行ってもらっているのだ。素振りをしながら口頭で座学も行っているわけだな。どうだ、すごいだろう?」
「あら。時間の有効活用。やりますわね」
思いのほか詰め込んだ教育をしているようだ。これはなかなか侮れない、とコレハは思った。
「ちゃんと両方の内容に集中できてまして?」
「フッ、いずれ王位を継げばこの程度とは比べ物にならないほど多数の事を同時に判断できなければならぬのだ。この程度造作もない事よ」
「それはそう。意外と立派に殿下やってて感心しましたわ」
やるじゃん、と素直に褒めるコレハ。
「意外ととはなんだ、意外ととは。そんなことより貴様はどうなのだ? 俺様の婚約者として、恥ずかしくない行いを心がけているのだろうな?」
「昨日はのんびり読書してましたわねぇ。ああ、それとお茶会のお誘いがあってからこのドレス作るのに忙しかったですわよ」
その発言に、王子はニヤリと笑う。
まるで付け入るスキを見つけたかのように。
「ではひとつ聞こう。貴様のドレスだが、それを作るのに民の血税がどれほど注ぎ込まれているか、知っているのか?」
「あらあら。ハークス殿下はこのドレスを作るのに幾らかけたかご存じでして?」
「フッ、見くびるなよ。そのドレスは最近城下町で話題のシマビレッジのオーダーメイドのドレスだろう。であれば一着あたりの値段は――ざっと金貨100枚」
得意げに答えるハークス。実際にその値段はおおよそではあるが、当たっている。
「オーッホッホッホ! よく勉強なさっているようですわねぇ! ですがこちらのドレスに民の血など1滴も入っておりませんわ」
「なんだと? だがそのドレスを作ったのはナイアトホテプ家。つまり貴族の収入であれば、全てが民の血税によるものだろう!」
そう言い切るハークスに対し、コレハはニヤニヤとした笑みを崩さない。
当然だ。なぜならこの発言は想定内。
「あらあら。お勉強の内容が偏ってましてよ殿下。近頃私の、ナイアトホテプ家の薬草事業についてはご存じありませんの?」
「薬草事業……む、確かに少し聞いた覚えがあるな」
「アレで儲けているので、このドレスには民の血税は一滴も。1銅貨たりとも入っていないんですのよ? オーッホッホッホ!」
「ぐ、い、家の金であろうが! 貴様の成果では――」
「あらあらあら! これまたご存じありませんのねぇ、そもそも薬草事業は私が発端でしてよ? まぁ最初の畑はお父様と庭師の手を借りましたが、その代金もノシ付けて支払い済みですの! これは完全に私が自由に使える私のお金で作った、正真正銘私のドレスでしてよ?」
そう。実は本日のドレス――この日のために、この愉悦のために、わざわざコレハのポケットマネーだけで作らせた、完全血税フリーのドレスだった!
最近ハークスが税金について勉強していると聞いたので、絶対そこらへんの話をしてマウントを取ってくるに違いないと予測済みであった!!
尚、情報提供者は陛下である。ナイアトホテプ侯爵経由の非常に確度の高い情報であった。
「なん、だと……!?」
「まったくそんなことも知らないなんて、王城なのに教育の程度が知れますわぁー! オーッホッホッホ!」
「ぐぬぬ……!」
コレハの高笑いが中庭に響く。
そう、それだ、その悔しそうな「ぐぬぬ顔」が見たかった!!
「そ・れ・で? ハークス殿下こそ今のお召し物はいったいどれだけの血税がつぎ込まれているんですのぉー? 王族御用達の仕立屋に金貨何枚つぎ込んだご一品なのかしらぁ?」
「うぐぅ!!……金貨80枚だ」
「あら。ちゃんと調べてきていたのですわね。偉いですわぁ、よもや自分の事を棚に上げて人の事を批難しようだなんて、そんな王族でなくて一臣下としてホッとしましたわぁ」
「くっ……申し訳ない。俺様が浅慮だった」
スッ、とハークスが頭を下げた。
これにはコレハが逆に驚く。
「……!? 殿下って、謝れるんですの!?」
「な、なんだよ。俺様だって、自分が悪かったら謝るぞ!?」
「いやぁ、王族は簡単に謝ったらいけない、とかいって絶対過ちを認めないタイプだと思ってましたのよ。偏見でしたわね。こちらこそ謝罪しますわ」
「確かにそういう面も王族にはある。……だが、貴様は将来、共に国を導く伴侶になるのだ。故に、特に対等であると思っている。他の者はさておき、貴様に謝ることができなければ、俺様が間違えた時に誰が止めてくれるのだ?」
意外としっかり考えてる!? とコレハは改めて驚いた。
前世の記憶とかあったりするんじゃなかろうかと疑いの芽が芽生えたくらいだ。
「というか、対等なら私のことを貴様とか呼ぶのやめていただけません?」
「……『俺様』と『貴様』で対等では?」
「教育係ぃー! ちょっと、教育係呼んで! 殿下に何教えてるのかしらぁ!?」
その後、殿下の教育係に一部強い思想をもつ者が混じっていたことが判明したりもしたが、それはそうとお茶会は無事終了。
ハークス殿下を相手にしっかりマウントをとれたし、王家御用達のお菓子は美味しかったし、解雇と刑罰を言い渡された教育係の絶望顔も見れ、更にお土産も貰ったのでコレハにとっては大満足の一日だった。
そして「今日はとても楽しかったですわー」と言ってしまったので婚約は継続されることになった。