将来のための布石ですわ!(前)
かくしてコレハ印の薬草は飛ぶように売れた。
ロボロフスキー先生から習った知識でさらなる毒魔法による強化で、ナオリ草と同等の薬効を得た強化キヤス。
従来のナオリ草にくらべ半分以下の安い価格での取引ではあったが、なにせ畑でいくらでも穫れた。元々雑草なキヤスは成長も早く、侯爵家の庭師にかかれば二週間で収獲まで持っていける程で、これまでのナオリ草より遥かに多い流通が可能だった。
やたら苦いという欠点はあったものの、「気休めの野良薬草キヤスが、気安く使える薬草キヤスになった」という評判と共に、コレハの評判もうなぎ上りとなった。
(うまい事言うわね、とコレハは地味に感心した)
「民達の顔がたまりませんわー」
「お嬢様……」
もちろんコレハの思い浮かべているのは苦さに悶絶する表情だが、最近すっかり絆されたエマは喜ぶ顔のことだと誤解していた。
些細なすれ違いだが、そのおかげもあってかナイアトホテプ侯爵家はすっかり平和だ。
さて。そんなこんなで大繁盛である。
結果、畑の規模も拡大され、薬草はコレハの手を離れてナイアトホテプ侯爵家の一大事業と相成り、収益の一部がしっかりコレハの懐に入ってきた。
強化された薬草が無事次代も強化されたままでいてくれたおかげで、薄利でもそれ以上に多く売ることができ、コレハはこの年齢にして既に安定した不労所得を得るに至った。
「……ハッ!? でもよく考えたら私の魔法がないと薬草が維持できない、の方がいざって時の布石になったんじゃなくって!?」
「いざという時というのは分かりませんが、朝から晩までキヤスを強化する日々をご希望でしたか? 今の生産ペースで考えると徹夜しても終わらないと思いますけど」
「楽してお金だけ貰えるのサイッコーですわぁー!!」
労働は貴族のお嬢様には厳しかった。
それと貰っているお金は正当な報酬なので、このお金でデザートを頼もうが、屋台で買い食いしようが、誰も文句を言わないお金だ。心の中のコレハも「貧乏人共に財力を見せびらかしてやりましょう!」とウキウキである。
しいて言えば買い食いはお行儀が悪いとマナーの先生に叱られるかもしれない。
さて、コレハはすっかり小金持ちになった。
小金を得たところでコレハには新たに欲しい物ができた。
それはざまぁ系の話ではよくある代物――いや、物というよりかは、者である。
そう、『無駄に優秀で心底忠実な従者』だ!
ゲームの本編には出てこない、ストーリーの外からの刺客。ゲームの強制力とは無縁な助っ人!
――そういうのが悪役令嬢を颯爽と助ける話みたことある。私は詳しいのですわ!
ざまぁ物にはたまに見かけるヤツだ。だが当然、そういう優秀な従者が優秀な状態で転がっているわけではない。
素質があるかもしれない者を育てて味方にするのである。それがざまぁ系悪役令嬢の嗜みというものだ。
こういうのは拾った孤児とかが滅茶苦茶才能にあふれていて、しかも無駄に美形だったりで、という都合のいい話になるもんなのだ。
……逆説的に言えば、そんな都合のいい存在が転がっていたら、この話は間違いなくコレハを主人公としたざまぁ系の展開待ったなし! ということである。
そういう未来を占うためにも、とりあえず一人は平民の孤児なりを拾って従者として育ててみたいと思っていたのだ。
そんなわけで、あんまり治安のよろしくなさそうな下町まで馬車を出してもらった次第。
とはいってもそこはナイアトホテプ領。薬草事業のおかげで空前絶後の好景気の町。
「……結構綺麗ですわね」
馬車の窓から見える風景は、中世っぽい世界観なのに、ちゃんと綺麗な街並みだった。排泄物が道端に捨てられていることもなさそうだ。
と、そういえば中世風であって中世ではなく、魔法もありつつ、しかも乙女ゲームの世界だったわということを思い出すコレハ。
デートするときに道が排泄物まみれだったら興覚めだ。この清潔感は、乙女のデートのために維持されているに違いない。
「それで、お嬢様は何をお求めなのでしょうか?」
「ええ。丁度いい子供がいればいいんだけど……お! あれは!」
コレハの目に、一人の少女が捉えられた。
この街並みに対してみすぼらしいボロ布の服。手には編み籠。そこにそこらへんで摘んだような花が入っている。
間違いない、花売りの子供だ!……買う人いるのだろうか?
「ジョニー! 馬車を止めてくださいまし!」
御者に馬車を止めさせ、降りた。
コレハを追いかけてエマも降りる。その間にずんずんとコレハは花売りの少女へ距離を詰め、話しかけていた。
「オーッホッホッホ! あなた、そこのあなた! 随分みすぼらしいですわねぇ!」
「な、お、お貴族様……っ……」
「それは、お花を売ってるのかしら? 売れるのかしら? おいくらで? あらあらしなびてて元気のない花ねぇ! こんな花、貰っても嬉しくないでしょう? 誰が買うのかしらぁ?」
「うぅ……」
嬉々とした表情で、辛辣な言葉を並べて少女を追い立てるお嬢様。あからさまなイジメのような状況に、追いついたエマが「お嬢様!」と止めようと手を伸ばす。
「で。これでその籠の中身全部買えるかしらぁ?」
「えっ?」
と、コレハが取り出したのは銀貨1枚。日本円にして1万円相当。
しなびた雑草のような花たちを買うのに、十分すぎる金額だった。
「え、あ、ありがとうござ――」
「良い事? 物の売り方というのは大事ですわ。まずあなたの見た目! 素材はよさそうなのにそんな小汚い恰好をしていては売れるものも売れませんわ!」
「あ、えっ」
「ん? あら、これよく見たら野良薬草ですわね? 図鑑で見た覚えがありますわ」
「あ、はい。メイシン、という薬草です」
キヤスと並んで候補に考えていたメイシンだ。花びらに強化前のキヤスよりは多少マシな薬効があった。
だがメイシンの花びらは種を取るころにはしおれて散ってしまい薬にならない。薬にしつつ増やすのにキヤスの方が向いていた。あと苦くもなかった。
「でも最近、全然売れなくなってしまって……孤児院の皆も同じで……」
「……」
なんということか。それは間違いなくコレハ印の薬草キヤスのせいだ。
つまり収入源を断ってしまったのはコレハということ。
自分の欲望オカネのために本来なかった薬草畑を作り上げてしまったコレハ。
自分の影響で生まれたその幸薄そうな憂い顔に、思わず笑みが漏れそうになり――少しとどまる。
これはもしや……婚約破棄からの追放されて国を出るまでの最中に「よくも私たちの収入源を! 積年の恨み、今こそ果たすとき!」と刺されるヤツなのでは?
よろしくない! 大変よろしくない!!
と、ここでふと思い出す。話を聞いていて脱線しかけてしまったが、元々コレハは平民の従者候補を探していたのである。
しかもちらりと言っていたが孤児院がどうとか。つまり孤児である。
マッチポンプのようではあるが、困窮から救う形なら忠誠心もスタートダッシュしてくれるんじゃなかろうか。マッチポンプのようではあるが。むしろマッチポンプ以外の何物でもないわけだが。
まぁその、薬草で儲けたお金を薬草売りに還元するならトントンだろう。うん。きっと。たぶん。おそらく。あわよくば。
コレハは思わずにやけそうになる表情筋を抑えて少女に提案する。
「……あなた、仕事欲しくありません? 今私、従者になってくれそうな人をさがしているのですわ。私のポケットマネーですが、それなりの収入をお約束しますが――」
「やります!!」
ギラン、と少女の目が光った。獲物を狙う肉食獣のような目だった。
(ヤルコット侯爵「え? 孤児院へ寄付金も薬草販売の利益で十二分に増額してるよ?」)