第一話
この作品では1話当たりの話を1500文字前後にしていこうと思います。
よろしくお願いします。
目の前で半透明となり、頑迷蒼白になっている白石桜。完璧な彼女の、こんなにも人間臭い姿をほかの生徒も先生も誰も知らない。そして知っているのは、ごくつぶしである俺だけなのだ。
「あ、あの……白石さん?」
恐る恐る声をかけてみると、桜はビクッと体を震わせた。まるで幽霊に声をかけられた幽霊かのようだ。いや、今の桜は、ある意味で幽霊よりも厄介な存在なのかもしれないが。
「ゆ、結城く……ん?」
途切れ途切れに発せられたその声は、普段の澄んだ奇麗な声とはかけ離れたといっても過言ではない、まるで震えた小鳥かのようだった。
「もしかして……見えてる、の?」
その言葉に、俺は隠しても無駄だと思い、正直にうなずいた。どう取り繕っても、現状をごまかせるとは思えなかったからだ。
俺がうなずいた瞬間に桜の顔はさらい青ざめた。みるみるうちに、その半透明な体が揺らぎ、まるで薄い靄のように空間に溶けていく。
「ちょ、ちょっと、待って!白石さん!」
慌てて手を伸ばすが、指先は虚空をつかむだけ。完全に姿が見えなくなった後も、その場に立ち尽くしていた桜の気配だけは、俺にははっきりと感じられた。
「や、やばい……。どうしよう……。」
焦りと混乱で、頭が真っ白になり。彼女は消えたわけではない。確実にそこにいる。でも、彼女は俺に見えていることを知ってパニック状態だ。
その時、宙からガシャンと音がした。どうやら、桜が手に持っていたらしき筆箱が床に落ちた音のようだ。続くように、何かをあさるような小さな物音が聞こえたかと思うと、ガタガタと机や椅子に何かがぶつかる音がした。
「……探してるな」
多分、彼女は着替えを探しているようだ。おそらく、透明な姿のままでは、さすがに人前には出られないと判断したのだろう。だが、この状況でどうすればいいんだ?俺には、透明な彼女をどうすれば元の姿に戻せるのか知るわけがない。
すると、再び筆箱が落ちたらしい鈍い音がした。
「うぅ……なんで、こんな時に……」
消え入りそうな声が、俺の耳に届く。その声には、苛立ちよりも、絶望に近い響きがあった。周りに完璧だと思われている桜が、こんなにも困り果てている。そのギャップに、俺の胸が締め付けられるような気がした。
「あの、白石さん。何か、俺に手伝えることとか、ある…?」
反射的に声が出た。困っている人を放っておけない、それが俺の性分だ。―周囲の人や家族にはお人好しだとよく言われる。―たとえ、相手が「透明」になってしまっている、学校一のアイドルだとしても。
声を聴いた瞬間。その場にあった空気がピタリと止まった気がした。そして、かすかに聞こえたのは、透明な体が「ハッ」と息をのむような音。
「……っ!?」
次の瞬間、俺の頬に、まるで風が通り過ぎたかのようなかすかな感触があった。それは、明らかに誰かの手が、俺の頬を叩いたような―いや、厳密にははたきかけたかのような動きだった。透明だから、痛みは微塵もない。でも、その意思ははっきりと伝わってきた。
『これ以上、私に近づかないで‼』
そんな桜の心の声が、なぜかダイレクトに俺の頭に響いてきた気がした。
俺は、呆然としながら、何も見えない空間に向かって問いかけた。
「……白石さん、ひょっとして、俺に見えてるって、誰にも知られたくない秘密、、なのか?」
すると、今度は激しくうなずくような、空気の振動を感じた。そして、再び聞こえてきた、消え入りそうな声。
「……絶対に、絶対に、、誰にも、言わないで……‼」
その声には、涙が混じっているように聞こえた。
俺は思わずこぶしを握り締めた。そうか。彼女は、この秘密を誰にも知られたくなかったんだ。そしてよりによって、霊感なんてどうだっていい特技を持った俺にその秘密を知られていしまった。
この時、俺の平凡な日常は、確実な終わりを告げた。そして、白石桜という、手の届かない存在だったはずの彼女との、奇妙で、少しだけ特別な関係が、始まったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次は7/16(水)の同じ時間に投稿予定です。